第137話 織田信行

末森城の一室。


「ああああああ!!! もう! 信長信長信長信長信長信長信長信長信長ああああ! 誰も彼も信長に臣従しやがる」


飲んでいた湯飲みを壁にぶつけて、怒りを隠せない織田信行。


「末森城下の経済も停滞気味なのよね」

土田御前が愚痴を言う。


「停滞? 下降線を辿ってるの間違いでしょう。」

ぼそっと聞こえない様に呟く林秀貞。


「………」

無言の柴田勝家。


ここには織田信行、土田御前、林秀貞、柴田勝家がいた。最近はいつも土田御前の愚痴と林秀貞の皮肉と、織田信行が怒声を上げて怒り捲るのを黙って見ている勝家だった。


「勝家! お前が清洲城攻略で出遅れた為に俺の与力まで信長に臣従したんだぞ! 責任を取れ! 何か良い手はないのか?」


もう何度も聞いている台詞だ。


出陣が遅れた一因は信行のにもあるのに、自分の事は棚上げだ。


とは思っても、何とかしたいのは勝家も同じだ。しかし林秀貞と何度か策を練って実行したものの、全て失敗に終わった。


今川義元と影で手を結び信長を倒す計略も実施しているが、義元が信長を警戒してなかなか腰を上げない。


また、三河国と接する尾張国知多郡には、信長の近臣である内藤昌豊が鳴海城に、高坂昌信が桜中村城にいる為、迂闊には動けない。


既に万策は尽きている。尾張下四郡の勢力を信行の物にして、信秀の家督を継がせる事は出来ない事は分かっている。


もう家督奪取は諦めて信長に恭順して、共に外敵と戦い織田家をもり立てて行こうとは思わないのか? そうなって欲しいと思い始める勝家だが………、信行の性格上無理な事も分かっている。


「状況が変わらないと……。今のところ打つ手はありません」

柴田勝家が信行に答える。


「くっ、またそれか。それ以外は言えないのかああああああ!!!」


「………」

押し黙る勝家。


しかし、勝家も歴戦猛将だ。だんだん怒りが込み上げてくる。


勝家は信秀に敬服し臣下となって、敬愛する信秀の頼みで信行の面倒を見る事になった。信行には爪の先ほども敬服の気持ちはなく、主君とは言え青二才にここまで言われる筋合いはない。


勝家の顔色から心情を察し、秀貞が慌てて信行を諌める。

「まあまあ、落ち着いてください。信行様、言い過ぎではないでしょうか。勝家殿もやることはやっての返事故、ここまでにしましょう」


「なにぃ!………、いや、言い過ぎた。済まない………」

信行は勝家の表情を見て肝を冷やした。


静まる室内。


「はぁ、私が雇った者達の暗殺もことごとく失敗に終わってるわ、本当に何か良い手はないのかしら。皆さん頭を冷やして考えましょう。今日のところはここでお開きね」


土田御前に言葉で、今日もまた意味の無い会議が終わる。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


信行は自分の部屋に一人で戻った。


椅子に腰掛けると、また怒りが沸々と沸き上がり、机を拳で叩く。


「クソッ! 信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長め、信長めえええええええええ! ………俺にもっと力が有れば、………誰にも負けない強い力、誰もが従う力がぁ!」


その時、天井に影が揺らめいた。


「ククク、力が欲しいか」

地獄のそこから聞こえる様なかすれた声が、天井から微かに聞こえた。


「な、何者だ!」

驚き慌てる信行。


すると耳元で甘美で蕩ける様な声が囁く。

「力が欲しいのねぇ。良いわよぉ。そのどす黒く薄汚い心の中にある『嫉妬』に応えてあげるわ」


いつしか、信行の目はとろんとして、涎を流し何も無い宙を見ていた。

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