第71話 生駒吉乃

「あらぁ、吉乃きつのちゃん?」

養徳院が女性に声を掛ける。


「え! 養徳院様、ご無沙汰しております。吉乃です。今日はどの様なご用件でしょうか」


「久しぶりねぇ。大きくなったわねぇ。ここにいるって事は……」


「えへ、出戻っちゃいました。主人に先立たれちゃった」


「あらぁ、そうなのぉ。それは辛かったわねぇ。あぁ、私は今日は信長様の付き添いで……、信長様、信長様、……あらぁ、あらあらぁ、これはまた、そっかぁ」

吉乃に見惚れる俺を見て養徳院は察した。


その時。

「はははは、遊び人で追放された大うつけが何しに来たぁ!」


俺の家臣を掻き分けて、5人ぐらいのお供を連れた信清が現れた。


信清の言葉に池田恒興、新免無二、杉谷善住坊、鐘捲自斎ら怒り易い家臣が刀の柄に手を伸ばす。それを富田勢源、愛洲小七郎、真田幸隆が止めた。


「がはは、コイツら殺しちまおうぜ。なに、死体を果心居士殿に収納して貰えば分かんねえよ」

「おい、お前ら死にたいんだよなぁ?」

新免無二と鐘捲自斎が聞こえる様に凄む。


「今、信長様は手柄を上げなくちゃ行けないのに、面倒事を起こしてどうする。俺が斬り殺したいところだ」

愛洲小七郎が宥める。


しかし怒りを押さえきれない家臣達が殺気を放つ。信清のお供の者達は震えて気が気ではない様子だが、信清はその事に全く気付かず吉乃だけを見ている。


「信清様、駄目ですよぉ。出仕停止ですが、信長様は嫡男なんですからねぇ」

養徳院が信清に言う。


「ちっ、養徳院と一緒か」


「信清様、それ以上は黙ってられないっすよ」

恒興も怒り顔で信清に迫る。


「なんだ恒興、ママと一緒にお買い物──」


「信清様、態々おいでいただき有り難うございます」

吉乃が信清の言葉を遮り頭を下げる。


「ちっ、だから母ちゃんと一緒に来るのは、イヤだったんだよ」

と恒興が呟く。


「お、おう、吉乃、今日こそ良い返事を聞かせてくれ。」

信長は吉乃の手を取ろうとして振り払われた。


「はぁ、何度も申し上げておりますが、生駒家牧場の主様ぬしさまに認めていただかないと嫁には行けません」


「はぁ、領主の俺が側室にしてやろうと言ってんだぞ!」


「信清様、そこまでにしていただきましょうか」

迫力のある中年の男が現れた。

俺が吉乃に見惚れいる間に来てたらしい。


「ちっ、家宗いえむねか」


「信長様、ようこそお出でいただき有り難うございます。私は生駒家の当主、生駒家宗でございます。志賀城下の発展はお見事でございました。あの反物は、是非私どもにも扱わせていただけると有難いのですが………」


「あぁ、志賀城下の商いは伊藤屋に任せているのでな、伊藤屋に生駒家にも卸す様に言っておこう」

信清が来て吉乃に見惚れていたのが、通常に戻った俺。


「ああああ、駄目よ。そんなに簡単にアタイ達が作ってる事ばらしちゃ。カマかけられたのよ。女に見惚れてるからよぉ」

帰蝶が俺の袖を引っ張耳元で囁く。


あぁ、そうか。そりゃ失敗だ。


「それは有り難うございます。今日はどのようなご用件でございますか?」


「うん、私と家臣達の馬を買いに来た」


「おお、そうでございますか。存分にご覧下さい。吉乃! 信長様をご案内して差し上げなさい」


「おいおい、俺は無視か!」

と叫ぶ信清は無視して、会話は続く。


「承知しました。信長様、どのような馬をお探しでしょうか?」

吉乃が俺の横に来て話す。


「お、俺は生駒家秘蔵の、スレイプニルを所望したい」

ちょっと動揺する俺達。


「「「スレイプニル!!!!」」」

生駒家宗、吉乃、織田信清が揃って声をあげた。


「信長ぁ、ぬしには俺が先に用があるんだ。俺が先に行くぞ。今日こそ俺を認めさせてやる」

信清が俺の前に来た。


「ふ~ん、どうぞ、先に用事を済ませてくれても良いぞ」


「信清様ぁ、止めましょうよ」

お供達が止めるのを聞かず、ズカズカと牧場に入って行く信清。

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