第149話 まっ、もう君は死ぬんですがねー!


「エドガー、今治すからね」


 マリンとの決着を付け、アメリアはすぐにエドガーの治療に移っていた。

 アメリアが全力でかけた治癒魔法に、エドガーの容体はみるみると回復していく。


 焼き焦げた毛と肌は、元のキレイな物に。肺も綺麗になり呼吸が楽になる。今にも失いそうな意識が、ハッキリと戻っていく。


 もとのふわふわなウサギさんに戻ったエドガーは、カッ、と目を開くと立ち上がり、シュババッとポーズを決めた。


「エドガー、完全復活! 不死身のエドガーとは俺様のことよ!」

「本当に大丈夫? どこか痛い所、残ってない?」


「ああ、大丈夫だ。むしろ前より調子が良くなったくらいだぜ。ありがとう、アメリア」

「……そっか。うん、治って良かったよ」


「うっ、ううぅ……! ええっ、良かったです……もう本当にダメかと……」

「アホか。こんくらいで俺がくたばるわけねぇだろ。要らねぇ心配してんじゃねぇよ」


「だって、だってぇ……!」

「ああもう、大丈夫だから泣くなって。ほれ、この通りピンピンしてるだろ」


 鬱陶しそうな態度を見せるエドガーだが、どこか気まずそうにしているあたり照れ隠しなのは明白だった。


 それに気づいたアメリアは、フッと笑みを見せた後、表情を曇らせる。


「ごめんね、エドガー。私がまんまと操られたせいで、こんなことになって。それに、エドガーにも酷いことを言って。本当に、なんて謝ればいいのか……」


「いや、まぁ、あれは俺も悪かったっていうか、俺が十割悪かったし、謝る必要もないっていうか……と、ともかく気にしてねぇから! だからアメリアも気にすんなよ! それよりもほら、フィーリアの治療も頼むわ! こいつもボロボロでみっともねぇ姿だからよ! このままだと唯一の長所が見る影もねぇからさ!」


「ひどいっ!? 私だってもっといい所ありますよ!」


「ふふふっ。それじゃあ、フィーリアも治そっか。……エドガー、ありがとうね」

「いや、マジで気にしないでいいから。ほんとに、そんなんじゃねぇから……!」


 微笑むアメリアを、エドガーはまともに見ることが出来なかった。すっと目を逸らし、落ち着かないようにブルブルと震えている。


 知らないというのは、幸せなことである。


「やれやれ、まんまと助かりましたか。せめてあなただけでも道連れにしたかったのですがね」


 落ち着いたその声に、ぎょっとして三人は振り返った。


 見れば、マリンが倒れながらこちらの方を見ている。胴体に風穴が空いているにも関わらず、なんでもないような表情で声を出すその姿は、ハッキリ言って異様だった。


「お前っ、まだ生きて……!」

「ああ、大丈夫だ。アメリアはそのままフィーリアを治してやってくれ。アイツの相手はオレがすっから」


 ヒラヒラとアメリアに手を振り、エドガーはピョンコピョンコとマリンの元に向かう。

 傍まで来たエドガーに、フフッ、とマリンは笑った。


「あれだけの重傷を負いながら生き残るとは、大した生命力ですね。ああ、そもそも人ではなく獣でしたか。それならばそのしぶとさも頷けますかね。野生で生きる獣は、これだから手に負えな──」


「【必殺ラビットシュート】!!!!」


 エドガーは迷わずマリンの横顔を蹴り上げた。ゴキッ、と嫌な音が聞こえ、マリンのうめき声が漏れる。首がねじ切れてもおかしくない見事な蹴りだった。


「ひ、人が話している途中でいきなり暴力とは。これだから野蛮人は……」

「そんな状態でも減らず口とは、スゲェなお前。そもそも、腹に穴が空いてるのに何で生きてんだ?」


「ふっ、ふふっ。これでも伊達に数百年は生きていません。この程度で死ぬと思われるのは心外で──」

「どうせ幻術を自分に掛けて延命しているとか、そんなとこだろ? まぁ種が分かれば誰だって思いつくわな」


「こっ、このウサギ──ッ!!」


 からかうつもりで、からかわれていた。獣に対してこれほどの屈辱はなかった。

 マリンは睨み上げるが、エドガーのほほんとした顔で受け流す。その顔がまたなんとも憎らしかった。

 

「だが、出来るのは延命まで。さすがにそれほどの傷を負って、生き延びるのは不可能。だろ?」

「……本当に憎たらしいウサギですね。ええ、その通りです。直に私は死にます。」


 諦めたようにマリンは息を吐くと、空を見上げる。そしてぼやくように言った。


「あと少し……ほんの少しだったのですがね。もう少しで、私はまた陛下に仕えることが出来たというのに。まったく、ままならぬものです」

「世の中そんなものだよ。人はそれでも、生きていかなきゃならんのだ。まっ、もう君は死ぬんですがねー!」

「この畜生がっ……!」


 煽るような変顔を見せられ、マリンはこの状況でありながら怒りでプルプルと震えていた。散々痛めつけられた仕返しか、死に際の相手にも容赦のないエドガーであった。


 こんなド畜生が生き、なぜ自分のようなものが死ななければならないのか。マリンはこの世の不条理を嘆いた。マリンの行動の是非はともかくとして、それを憎まれっ子世に憚る、という。


「ふぅ。まぁいいです。この期に及んであなたと言い争う気はありません。さぁ、楽にしてもらえますか? 私も少々辛くなってきたので」

「嫌なこった」


 ヘッ、と、エドガーは気に入らなそうな顔をする。


「俺がわざわざ手を下す間でもねぇよ。どうせ何もしなくても死ぬんだ。だったら、そのままゆっくりと迫る死を自覚しながら死にやがれ。それが死者と生者を弄んできたテメェへの報いだ」

「……まったく。敵とはいえ、死の間際の願いも聞いてくれないとは。厳しい人です」


 ──そして、とても甘い。


 そう、マリンは続けた。


「くっ、ふふふふっ。さっさと殺しておけばよかったものを。そうやって余裕ぶって見逃すから、手遅れになるのですよ」

「なに?」


 マリンの太々しい態度に、ピクリとエドガーは眉を動かす。

 その時、マリンの身体が怪しい光に包まれた。

 その光を見て、エドガーは思わず距離を取った。そしてマリンに問い詰める。


「テメェ、何をやってやがる!?」

「ふふっ、知れたこと。我が悲願を叶えようとしているだけです」


 マリンはニタリとした笑みを見せた。

 それに、エドガーは目を瞠る。


「悲願って……待て。お前まさか!?」

「はい、ご想像の通りです。私はここで死にます。ですが、ただでは死にません。その代わり、陛下は蘇らせさせてもらいます」


「待て、おかしいだろ。まだそれだけの力が足りていなかったから、他にバレないよう俺達を口封じしようとしたんだろうが! どこにそんな力が……!」


「はい。確かに信仰の力はまだ集まり切れていません。ですが、それに代わる力を代替すればいいだけの話です。例えば、命そのものとかね。そしてここには、陛下に命を捧げる者が私の他にもいる」




 ♦   ♦




「お主がもう少し粘っておれば、私がトドメ刺せていた! ゆえにお主が悪い! 此度の敗北の責はお主にある!」

「はぁ!? どの口で言っているのだ貴様! 正面から堂々と真っ二つにされたくせに! 私が仮に隙を作ったとしても、貴様程度ではやはりやられるだけだろうが!」


「元気だなぁ……」


 体を両断され動けなくなっているにも関わらず、お互いを罵り合うヴェイドとスロウ。

 そんな二人にネコタは呆れたような、感心したような声を漏らした。


 二対一の死闘を潜り抜け、もはや突っ込む気力もない。ぼうっとしながら二人の言い争いを眺めていると、二人が怪しい光に包まれた。


「むむっ、これは……」

「チッ、奴の支配下にある以上、最悪この結果も予想はしていたが……まぁよい。断りもなく私を捧げるのは許せぬが、悲願は果たせるのだ。多めに見てやろう」


「な、なんですか!? もしかしてまた戦うんですか!?」


 またあのしんどい戦いを続けることになるのか。

 不安になったネコタに、ヴェイドはカカッと笑った。


「安心するがよい。我らは再び冥府へと戻る。この勝負は少年の勝ちである!」

「そ、そうですか。よかった……」


「まぁ、お主の戦いはこの後が本番であるがな」

「えっ!?」


 不吉な言葉に、ぎょっとした顔を向けるネコタ。

 そんなネコタに、ヴェイドは語り掛けた。


「少年、感謝するぞ。心躍る戦いであった。そして丸投げするようで悪いが、後のことは頼んだぞ。今世に生きる者として、そして【勇者】として、決して負けるなよ」

「待ってください。それってどういうことで──」


 ネコタが問いかけようとした時、ヴェインの身体は光に溶け込むように解れ、その光が空へ飛んでいく。


 呆然としながらそれを見ていたネコタの耳に、チッとスロウの舌打ちが聞こえた。


「私は奴とは違い、この時を望んでいた身だ。本来、貴様にかける言葉などないのだが……曲がりなりにも貴様は私の剣を使うのだ。あっさり負けるのもそれはそれで複雑な気分になる。まぁ、せいぜい足掻くといい」


「いや、あの、ちょっと! せめてちゃんと説明を──」


 一方的にそう言い残し、スロウもまた、ヴェイドと同じように光になって消える。


「……どういう意味だったんだろう?」


 釈然としないものを感じつつも、迷ったネコタは、光が飛んで行った方へ向かって走り出した。




 ♦   ♦




「い、いやだっ! 私はまだ、死にたくなっ──」

「おわっ!? びっくりした! まだ死んでなかっ……ん?」


 同じ頃、ラッシュの所でも。


「あ? 何やってんだお前?」


 ──そしてジーナの所でも、同じことが起きていた。


 倒れながら、ぼんやりと光る己の身体を見て、フンッとアグニは鼻を鳴らす。


「どうやらマリンはしくじったようだな。クククッ、策士気取りで余裕ぶっておきながらこの様とは。笑える話だ」

「なんかよく分かんねぇが、ともかく、あのマリンって野郎が誰かにやられたってことか? それでお前も消えると?」


「そうではない。どうやら、奴は自身も含め、私達を生贄に捧げることで陛下を蘇らせようとしているらしい」

「は……はぁ!? ふざけんなよおい! 今までの戦いはなんだったんだよ!」


「まったくだ。我らを強制的に使役しておきながら、最後はこの扱い。そこまでして陛下を蘇らせようとするとは、妄執にもほどがある」


 理解できん、とばかりに言うアグニに、ジーナは言う。


「呑気に言っている場合じゃねぇだろうが! テメェだってその陛下とやらの復活には反対なんだろ!? おまけに利用されるだけされていいのかよ! 最後くらい気合入れて反抗してみせろ!」


「出来ればそうしている。言っただろう。我らは使役されている身。逆らうことなど出来ん」


 アグニは呆れたように息を吐くと、深刻な声で続けた。


「我らの命程度では、信仰の力には及ばん。ゆえに、復活するとしても不完全なものになるだろう。とはいえ、そうだとしても脅威には変わりない。

 あの方を放置すれば、どれだけの犠牲が出るか分かったものではない。止められるのは貴様達だけだ。私が言えることではないが──頼んだぞ」


 そう言い残し、アグニは光となって消えた。

 目を丸くしてそれを見届けたジーナは、ガシガシと頭をかく。


「ったく。最後の最後に好き勝手なことを。分かったよ。殺し合いをした仲だ。精々やってやろうじゃねぇか」




 ♦   ♦




「あわわわっ、なんだか嫌な感じですっ!」

「……とんでもない力が集まってる。私でも干渉出来ないくらいの」

「ああ、やべぇな。こりゃマジでバケモンかもしれん」


 治療を終えたアメリアとフィーリアも、エドガーの傍に立ち、その脅威を感じていた。


 マリンを包む光は、細い線となって真上に伸び、何かを形作ろうとしていた。

それはまるで、生まれる前の卵のようだ。そして、どこかから飛んできた光がそれに合流し、ますます大きくなる。


 傍に立っているだけで伝わってくるその存在感に、嫌な汗が止まらない。

 今からでも、どんな手を使ってでも止めなければならない。

 その心を察してか、先回りするようにマリンは言った。


「フフフッ、無駄ですよ。儀式はもう始まっています。私を消し去ろうと、私の魂は既に捧げられている。何人たりとも陛下の復活を止めることは出来ません」

「チッ! 小細工ばかりしやがって!」


 復活するのが防げない以上、戦って止めるしかないということだ。

 だがこれだけの相手に、果たして三人だけで勝てるだろうか。


「あっ、居た! 三人共、無事ですか!?」


 聞き覚えのある声に、エドガーはチラリと振り返った。

 見れば、バラバラに逃げた仲間が、三人そろってこちらに駆け寄ってきていた。

 駆けつけるなり、ラッシュがほっと息を漏らす。


「お前らも無事だったんだな。その様子だと、アメリアも正気に戻ったようだな」

「うん。エドガーとフィーリアが助けてくれたんだ。迷惑かけてごめんね」

「気にすんな。お前のせいじゃねぇだろ。それよりこの気配、どういう状況だ?」


 アメリアの謝罪をあっさりと流し、ジーナは厳しい目で頭上の光を見ていた。

 エドガーもそれから目を離さぬまま、応える。


「端的に言うと、狂った王様が復活するらしい。復活を防ぐ方法はないそうだ」

「はい、その通りです。あなた方は幸運ですよ。陛下の再誕に立ち会えるのだから」

「どこが幸運だ。悪夢以外のなにもんでも──」


 エドガーがマリンに言い返そうとしたその時、頭上の気配が膨れ上がった。


 ぞっと全身に寒気が走る。それほどまでに強い殺意と、凍えるような死の気配を全員が確かに感じた。

 

 誰もが硬直している中、光がはじけ飛ぶ。

 その中から現れたのは、骸骨の馬に跨った骸骨の騎士だった。


「──ああ、長い時だった」


 地の底から響くような声を、その騎士は漏らす。

 牢獄から解き放たれたような、恍惚とした声だった。


「これほどまでに待ち遠しく感じた時はない。さて、やっとこうして舞い戻ることが出来たのだ。前祝にもならぬが……殺戮を始めよう」


 ジロリ、と。

 狂気を感じる赤い目が、エドガー達を射抜いた。






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