第150話 さすがにあれはイカれていやがる


 六人は宙を浮かぶ骸骨の騎士──シーザーを見上げていた。


 しかし覇王、シーザーはそれに見向きもしない。己の身体をじっくりと見廻し、ようやく地面に目を向ける。


 そして、ゆっくりと倒れているマリンへの元へ降り立った。


「久しいな、マリン。我が賢者よ」

「お、おおっ……陛下っ! お久しゅうございます!! またこうしてお会いできる日を心待ちにしておりました!」


 声を掛けられたマリンは、笑ったまま涙を流した。

 そんなマリンを見下ろしながら、うむ、とシーザーは頷く。


「我もだ。しかし、久々の再会だというのに、別れが近いようだな。貴様ほどの男がそのような無様な姿を晒すとは。よほどの相手か?」

「それなりには。ですが、陛下の敵ではございません。これは私の不徳の致すところです」


「そうか。だが、そのような姿になってまで、よくぞ我を蘇らせた。貴様の忠義は確かに見届けたぞ。マリンよ、大儀である」

「おお、陛下……!! もったいないお言葉、身に余る光栄です……!!」


「いや、貴様でなければ我の復活は叶わなかっただろう。先の言葉に過分はない。適切な評価である。だが……」

「だが、なんでしょうか?」


「これは不完全な復活であろう。──この愚か者が!!」


 ──グチャリ!!


 シーザーの意に応え、骸骨の馬が高々と足を上げ踏み下ろす。

 その足は躊躇わず、マリンの頭部を半分踏みつぶした。


 ヒッ、とフィーリアが小さな悲鳴を漏らす。そのあまりの所業には、その他の者も顔を顰めた。


「この我に骨だけのみすぼらしい姿を晒させるとは、無礼にも程がある。我に恥をかかせた罰だ。貴様はそのまま消え失せろ」


 仮にも自身を蘇らせた忠臣に、この対応。

 それを見たネコタは、顔を引き攣らせた。


「蘇らせてもらってあれですか。いくら敵とはいえ、どうかしている」

「まともな神経を持った奴が、虐殺なんざする訳ねぇだろ。あのクソ野郎がどうなろうと知ったこっちゃねぇが……」


 さすがのエドガーも、これにはマリンに同情した。

 これではせっかくの忠義も報われまい。


「──それでこそ我が王!!」


 しかし、マリンは顔を踏みつぶされながら、喜々とした声を上げた。

 ハハハハッ、と大笑しながら、王を称える。


「ああ、懐かしい! すっかり忘れかけていた! この私にでさえ苛烈なこの仕打ち! ああ、これこそシーザー陛下です! これを見たくて、私は数百年も生き延びてきたのです! アハ、アハハハハハ!!!」


「すまん、狂人に同情した俺が間違いだったわ」

「いや、無理もねぇ。さすがにあれはイカれていやがる」


 げんなりとした顔を見せるエドガーに、珍しくジーナが同意する。

 この二人でさえ引くほど、マリンの感性は常軌を逸していた。


 ひとしきり笑うと、マリンはふっと穏やかな表情になった。


「ああ、本当に嬉しく思います。唯一残念なのは、私自身の目で王の行く末を見ることが叶わないことか。王よ、ご武運を。私は冥府にて、王の御威光を見届けさせていただきます」


 そう言い残すと、マリンの身体は霞のように消えていった。

 シーザーは消えていくマリンを見届け、フンッと鼻を鳴らす。


「死ぬ間際までおかしな男よ。だが、よい。骨の身とはいえ、殺戮を行う分には問題ない。その忠義に免じて許してやる」


 シーザーはゆっくりと振り返り、ネコタ達を見据えた。


 眼窩で妖しく光る炎に、言いようのない怖気を感じる。その目で捉えられた瞬間、全員が見定められた感触を覚える。


 ほうっ、と。シーザーは感心したような声を漏らした。


「なるほど。マリンめが言うだけあって、それなりにやるようではないか。我への供物としては上等だ」

「……供物だぁ? 骸骨風情が偉そうに。」


 ヘッ、と吐き捨て、エドガーは剣を構えた。


「時代遅れの勘違い野郎が。俺らが供物になるかどうか、その身で確かめてみろ。もう一度あの世に送り返してやるよ」


 エドガーの戦意に応えるように、それぞれが武器を構える。

 それを見ても、シーザーはクツクツと笑った。


「この我を前にしてその太々しさ。よい、よいな。獲物は活きの良いほうが殺し甲斐があるというもの。だが、その前に試し切りが先か」


 シーザーの発言に疑問を持つ六人。

 それに構わず、シーザーはゆっくりと剣を抜く。


 ちょうどその時、この場に新たな声が現れた。


「こっちだ。誰か居るぞ!!」

「アンタら、何が起こったのか知っている……ひっ!? ば、化け物!」

「アンデッドか!? な、なんだあの気配、普通じゃないぞ!?」


 それは、マリンの呪縛から解放された者達だった。


 町の人間らしき者、冒険者らしき格好の者が、数人ずつ混ざっている。支配から解放され、この異常事態を調べていたのだろう。


 そうして目にしたアンデッドの騎士に、彼らは揃って震えあがった。そんな彼らの反応にも気にせず、シーザーは剣を構える。


「ッッ!! テメェら!! とっとと逃げ──」


 エドガーが声を上げた時、シーザーは剣を振り払った。


 ──フォンッ。


 まるで音を斬ったかのように、辺りが静まり返る。

 軽々と振ったその一振りに、何か得体のしれない物を感じ、エドガー達は体が硬直していた。


 そして、それはこの場に紛れ込んでしまった者達も同じだった。

 呆然と、剣を振った姿勢で固まるシーザーを見つめている。


 そして次の瞬間、離れた場所に立っていたその者達は、胴体を真っ二つに斬られ、揃って崩れ落ちた。


「~~~~ッッ!! の野郎!!」


 間に合わなかった苛立ちに、エドガーは剣呑にシーザーを睨み付ける。だが、その表情には隠せない恐怖があった。


 同じく剣を使う身だからこそ分かる。

 常識ではありえない、理外の力が働いていた。


「ヒッ!? そ、そんなっ! 人があんなにあっさり……!」

「フィーリア、落ち着いて。大丈夫だから……」


「明らかに間合いの外だぞ? 斬撃を飛ばしたってのか? どういう技……いや、スキルか?」

「いや、スキルって感じじゃねぇ。おそらく素の力だと思うが、だとしたらやべぇな」


 ジーナでさえ、今の剣に脅威を感じていた。珍しいことに、強敵に対する興奮よりも、恐怖を感じている。それだけの力を感じる一振りだった。


 しかし、誰もが恐怖を感じているその中で、ネコタだけは違った。

 燃え滾るような怒りが、彼の中に渦巻いていた。


「どういうつもりだ!? お前っ!!」


 ぎょっと仲間からの視線がネコタに集まる。しかし、ネコタは鋭くシーザーを睨み付けていた。


 しかし、シーザーとってそれは大したことではないらしい。己の剣を検分していたシーザーは、ネコタの声に反応し、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。


「どういうつもり、とは。どういう意味だ?」

「どういう意味だと!? なんであの人達を殺したのかに決まっているだろうが!! あの人達を殺すことに何の意味があったんだ!?」


「ただの試し切りだ。特に意味はない」

「た、試し切り……?」


 何を言っているのか分からず、ネコタの頭が怒りで真っ白になる。

 それに気づかぬように、シーザーは心なしか弾んだ声で続けた。


「復活したばかりで、なおかつ肉のない身だ。生前とは何もかもが違う。ゆえに、この体の性能を確かめる必要があった。そこに丁度いい的が現れたゆえ、試し切りをさせてもらっただけのこと。どこにおかしいことがある?」


「お前は……人を殺しておいて、何も思わないのか?」


「思うところ、か。脆すぎて斬った気がしないのは、不満ではあったな。試し切りならば、もう少し手応えのある者を斬りたかった」


 斬ったことに対する罪悪感は欠片もなく、それどころか不満さえ見せる。それを当然のように語るシーザーに、誰もが絶句した。


 そんなネコタ達の衝撃にも気づかず、シーザーは続ける。


「しかし、出来ると思い振ってみたが、まさか本当に斬撃を飛ばせるとはな。骨の身でどうしたものかと思ったが、マリンもやるではないか。先の言葉は撤回しよう。よくやってくれたものだ」


 こころから嬉しそうな声で、シーザーは続けた。


「──これならば、より多くを殺せる」


 表情の見えない、骸骨の顔が。

 悦んで、嗤っているように見えた。


 その瞬間、六人は心から理解した。


 ──こいつは、存在してはいけない。

 ──必ずここで、滅ぼさないといけない敵だ。


 魔王に匹敵する脅威との戦いが、始まろうとしていた。




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