第81話 ったく、世話のかかるエロフだな



「エドガー、どう? 寒くない?」

「うんっ、大丈夫! すっごく暖かいよ!」


「ふふっ、そっか。それなら良かった。待っててね、休める場所を見つけたら、すぐに火を点けてあげるから」

「わぁい! ありがとうアメリア! でも、無理はしないでね。アメリアが倒れたら、僕……」


「心配してくれてありがと。でも、大丈夫だよ。エドガーの為だったらいくらでも頑張れるからね」

「へへっ、そんなこと言われると照れるや!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、アメリアの胸元から顔だけ出したエドガーはくしくしと頭をかく。そんな可愛らしい仕草に、アメリアは頬を緩めていた。


「なんだアレ、気持ち悪っ」

「よくもまぁ、あそこまでブリっ子が出来ますよね。恥ずかしくないのかよ」


「おやおやぁ〜? 負け犬がなんか言ってるぞぉ〜? 男の嫉妬は見苦しいなぁ!」


「あの腐れウサギ……!」

「女神よ、あの色欲に塗れた畜生に天罰を……!」


 男二人は今にも血の涙を流しそうな形相で、ギリィ! と歯を噛みしめる。

 悔しいが負けを認めざるをえなかった。そこに至る経緯はどうあれ、今のエドガーは男として勝ち組である。


 うまくやりやがって! と、二人は睨みつける。そんな憎しみの目を、エドガーは心地好さそうに受けていた。他人の嫉妬ほど受けて心地よいものはない。ウサギの図太さの証明である。


「おい、いつまでもふざけてる場合じゃねぇだろ。このままじゃフィーリアが限界だぞ」

「す、すみませんっ。ご迷惑をおかけしてっ」


 ジーナに肩を担がれたフィーリアが、申し訳なさそうな声で言った。

 エドガーの危機に持ち直したものの、一時的なものでしかなかったらしい。

 無事だと分かるとホッとして、疲労を思い出し再びダウンしかけていた。


「早く休む場所を見つけねぇと、そう長くは持ちそうにねぇぞ」

「とは言ってもな、この雪じゃ探索も難しい。そんな都合よく休める場所が見つけられるとも思えねぇしな」


「キツイかもしれないですけど、やっぱりアメリアさんの魔法で暖を取るしかないんじゃないですか?」

「駄目。いくら私でも、この雪の中で火を出し続けるには大変。私が倒れたら、誰がエドガーを守るの?」


「そうだそうだー! お前は俺を殺す気かー! この鬼畜勇者ー!」

「うるさいっ! 殺しても死ななそうな奴がほざくな!」


「というか、私じゃなくてフィーリアが自分で火を出せばいいんじゃないの?」

「出来たらそうしたいんですけど……あんまり寒いせいか、火の精霊さんがどこにもいなくて……精霊さんがいないと、精霊術は使えません……」


「精霊術の使えないエルフとか、まさしく飛べないブタはなんとやらってやつだな」

「お前もう少し言葉を選べよ! 言っていいことと悪いことがあるだろ!」


「事実だろうが。精霊術が使えなければ、そいつに残ってるのはお花畑な頭といやらしい身体だけだぞ? それが今何の役に立つ?」

「うっ、うぅぅ……! ご、ごめんなさい……! 私、エドガー様の役に立つために……でも、足を引っ張るばかりで……やっぱり、森を出るんじゃ……!」


「そんなことないですって! フィーリアさんはこのパーティーの清涼剤ですから! ろくでなししか居ないこのパーティーの中で、貴方の性格がどれだけの安らぎを僕に与えてくれることか! フィーリアさんは居てくれるだけで力になってくれているんですよ!」

「ネコタさん……うっ、うぅ……! ありがとうございますっ……!」


 フィーリアは嬉しさからボロボロ涙を流す。この身はエドガーに捧げる覚悟であるが、何かあったら必ずこの恩を返そうと心に誓う。ネコタは期せずして、フィーリアの信頼を得ることに成功した。


「そうか、お前、あたしらのことをそんな風に思ってたんだな」

「よく言うよね。自分だって似たようなもののくせに」

「ネコタ、今は見逃してやる。だが、あとでしっかりと話合おうか」


「えっ? あっ、いや、違います! 今のはですね、少し口が滑ったというか!」


 しかし、その代償はデカかった。

 フィーリア以外からの目は、酷く冷たかった。

 ケッ、と。エドガーは吐き捨てるような口調で言った。


「こんな時にまで女の歓心を買おうとしてんじゃねぇよ、この色ボケ。状況を考えろ、状況を」

「はぁっ!? 違いますよ! あんたが無意味にイジメるから慰めただけでしょ!」


「バカかお前。俺だって余裕があるならもう少し言葉を選ぶわ。本当に現実が見えてねぇな。いいか? これでもまだここまでは順調なんだぞ? こんな吹雪の中でもし襲われでもしたら、それこそ――」


 ピタリとエドガーは口を止めた。

 そして首だけを動かし、ピクピクと耳を動かす。

 その様子から察し、ラッシュが声をかけた。


「どうした? 何かあったか」

「ああ。何か妙な音が……ッ! 来るぞ! 構えろ!」


 その声で、瞬時に備えるラッシュ、ジーナ、アメリア。

 えっ、えっ? と、うろたえるネコタ。

 プギャンッと、ジーナに捨てられて悲鳴を上げるフィーリア。


 それぞれが違う反応を見せた次の瞬間、エドガーが見ている方角でボフンッと雪が爆発した。同時に何かが高く飛び上がる。


 その姿を目にし、ラッシュはその正体に思い至った。


「――【雪男イエティ】か!」

「ゴォオオオオオ!」


 白い体毛に身を包んだ人型の魔物が、雄たけびを上げ固まった六人めがけてそのまま飛び込む。


「――ッ! 散れ!」

「言われるまでもねぇ!」

「えっ? え!? あっ、やば――!」


 反射的に左右に素早く散った仲間に、どちらに行くべきかとネコタは硬直する。すぐ傍まで迫ったいたイエティを見てからようやく、ネコタは背を向けて走り出した。


 背中のすぐ傍で、バフンッ! と大量の雪が弾け飛ぶ。その勢いに巻き込まれ、ネコタは雪の上を転がった。


「ぶっ、ぺっ、ぺぺっ! あ、危なかった!」

「馬鹿野郎! 死にてぇのか! 真面目にやれ!」

「うるさい! お前が言うな!」


 ネコタはすかさず言い返した。

 この期に及んで、アメリアの胸元から頭だけを出している奴には言われたくなかった。キリッと決めた顔が尚更ムカつく。イエティよりも先にあいつを殴りたい!


「とうとうやってきたな。それも団体さんときたもんだ。こんな雪の中で頑張らなくてもいいだろうに」

「いいじゃねぇか。温まりたかったところだ。ちょうどいい」


 ぼやくラッシュとは対照的に、ジーナはバシリと拳を叩きつける。

 いつの間にか、大量のイエティに六人は囲まれていた。

 大の大人よりも一回り大きい体躯。そんな見るからに手強そうな獣に囲まれ、ネコタは怯む。


「ちょうどいいって……一匹二匹ならともかく、この数じゃ……」

「情けねぇこと言ってんじゃねぇよ。たかがちょっとデケェだけの毛の分厚い猿だぞ。この間の光るゴリラより全然マシだろうが」

「比べる相手が悪いと思いますけど、確かにその通りか。このパーティーなら戦える……よし!」


 ネコタは気合を入れ、剣を抜いた。

 ここに居るのは、誰もが才能と実力を持った仲間だ。数に任せた相手など相手ではない。

 ネコタがそう自分を奮い立たせていると、アメリアの不思議そうに辺りを見廻していた。


「……あれ? フィーリアは?」

「あっ、あそこだ。何やってんだあいつ」


 釣られて、全員がエドガーの目線を追う。

 姿が小さくなるほど遠くで、フィーリアはイエティに攫われかけていた。


「た、助けてください〜!」

「ウホッ! ウホホホウ! ホウ!」

「何やってんですかアンタ!?」


 ネコタはギョッとした顔で叫んだ。

 一体いつの間にあんなところまで離されていたのか。

 フィーリアを攫うイエティの様子に、ふむとエドガーは興味深そうな目を向ける。


「どうやらあのイエティ。フィーリアを番にするつもりのようだな。見ろ、あのだらしない表情を。頭の中ではベッドインまで予定が進んでいると見た」

「言ってる場合か! 助けるぞ!」


 ラッシュの焦った声を合図に、全員がフィーリアの元へ駆け出そうとする。

 しかしそれとほぼ同時に、囲んでいたイエティ達が襲ってきた。


「チッ、邪魔だボケ!」


 ジーナのボディブローが前を塞ぐイエティに突き刺さる。一撃でイエティは悶絶するが、すぐに後続が襲いかかった。


「クソが! 鬱陶しい!」

「誰でもいい! 包囲を抜け出してフィーリアを助けろ!」

「そう言われても、これじゃあ……!」


 ジーナが次々沈めているというのに、限りなくイエティは襲いかかってくる。

 ますます小さくなっていくフィーリアの姿に、ネコタは絶望した。


「まずいですよ! このままじゃ本当に!」

「ったく、世話のかかるエロフだな。アメリア!」

「うん、分かってる。フィーリアは渡さない。――【炎よみんな道を拓けもえちゃえ】!」


 アメリアの魔力が唸りをあげた。

 燃え盛る炎の絨毯が、前方に居たイエティを骨も残さず焼き尽くす。


 炎が消え、ポッカリと広い道が出来た。すかさずフィーリアを追いかけようとするが、残ったイエティが足止めに再び襲いかかる。


「――ッ! 抜けたぁ!」

「でかした! ネコタ、急げ!」

「へマすんじゃねぇぞ!」


 いち早く包囲から抜け出したのはネコタだった。


 脅威度を見抜かれ、ジーナやラッシュと比べ軽視されていたせいだろう。二人に比べ敵の数が少なかったネコタは、聖剣でイエティを斬り払い、そのままフィーリアを追いかける。ラッシュ達はネコタの援護として、残ったイエティの食い止めに移った。


「ネ、ネコタさんっ! た、助け……!」

「はい! 今行きます!」


 追ってくるイエティはいない。ネコタは神経を前方の敵のみに集中させた。


 今は少しでも軽い方がいい。ネコタは躊躇わず背囊を投げ捨てる。グンッ、と明らかにスピードが上がり、みるみると距離が詰められる。


「はあああああああ!」

「――! ホウァ!?」

「きゃああああああああああ!?」


 ネコタの鋭い剣線を、イエティは咄嗟に体をずらして避ける。すぐ目の前を通った仲間の攻撃にフィーリアは悲鳴を上げた。


 ネコタの剣はイエティを捉えきれなかったものの、動きを止めるには十分だった。


 避けるのに必死なあまり、イエティはフィーリアを手放した。投げ捨てられ、雪に叩きつけられたフィーリアは、ぷぎゅんっと悲鳴を上げる。しかしすぐに起き上がり、涙目であわあわと言いながら、四つん這いで離れようとする。


「ウホッ!? ホアアアアアア!」

「いやああああああ!? 離して! お願いだから離して!」


 しかし、逃げようとするフィーリアをイエティはしぶとく狙い続けた。

 ガシリッ、とフィーリアの背負った荷物を掴む。フィーリアは必死に暴れまわるも、イエティは決して離そうとしなかった。


「このっ! いい加減に――のわ!?」

「ぴぎゃあああああああああああ!?」


 イエティに斬りかかったネコタだが、雪に足を取られ狙いがずれた。髪を掠めた剣にフィーリアは情けない声を出す。しかし、スパンッと背囊の肩掛け部分が切れ、フィーリアは無事イエティから逃げ出した。


 震え、縋り付くフィーリアを背中に隠すネコタ。イエティは名残惜しむようにフィーリアを見るが、剣を構えるネコタを、そして手に持ったフィーリアの荷物に目を向け、声を上げる。


「ウガアアアアアアアアアアア!」


 その声が合図だったのだろう。

 ラッシュ達と戦っていたイエティはピクリと身体を揺らし、すぐに背中を向け、一瞬で雪の中に姿を消した。呆気ない戦闘の終わりに、どこか拍子抜けする。それほど見事な撤退だった。


 半ば感心しながら、ラッシュは呟く。


「なんとまぁ、潔いことで」

「感心なんかしてんじゃねぇ! クソが! 襲ってきたくせにとっとと逃げやがって!」


「逃げてくれたならいいじゃない。戦うだけ面倒だよ」

「だな。俺らにはなんの得にもなりゃしねぇ。逃げてくれたことに感謝しておこうぜ」


 ぬぐぐっ、と悔しげな声を出すジーナとは違い、アメリアとエドガーは気楽に言う。

 不満げなジーナを宥めながら、四人はネコタとフィーリアに合流する。

 見れば、へたり込むフィーリアをネコタが介護しているようだった。


「二人とも、怪我はないか?」

「ええ、僕は大丈夫です。フィーリアさんも腰が抜けてるだけみたいです」


「そうか、なら良かった。良くやったぞネコタ。お手柄だ」

「いや、そんな、皆さんが援護してくれたお陰ですよ。たまたま僕が包囲を抜け出せたってだけで……えへへっ」


「ああ、そうだな。確かに良い働きだったが、俺だったら最初の一撃でイエティを仕留めていたぜ。チャンスが二度あるなんて思うな。確実に、一撃で仕留めろ。驕らず精進しろよ」

「うるさいっ! お前がとうとう何もしなかったことは忘れないからな!」


 したり顔で語るエドガーをネコタは怒鳴りつけた。少なくともこいつが言うのは間違っている。

 フィーリアは涙をドバドバと流し、ネコタに礼を言う。


「ネ、ネコタさん……ありがとうございました……! 私、もう本当に駄目かと……!」

「いえ、いいんですよお礼なんて。仲間なんですから、助けるのはあたりまえでしょ」


「そうそう、一歩間違えばお前がネコタに斬られていたところだったからな。礼なんか必要ないぜ」

「黙れ! なんでお前はそうやっていちいちケチを付けるんだ!」


「うぅ……本当にごめんなさいっ……! 私、役に立つどころか迷惑をかけてばかりで……こんなことじゃ、エドガー様の言う通り、やっぱりついて来ない方が……!」


 天然な部分がある彼女といえど、よっぽど責任を感じていたらしい。いつになくフィーリアは落ち込んでいた。

 呼吸すらおぼつかなくなるほど泣くフィーリアを見て、ふん、とエドガーはぶっきら棒に言う。


「お前が足を引っ張ることなんざこっちは想定済みだ。それを承知で、俺はお前がついて来ることを認めたんだよ。

 いつまでもメソメソしてんじゃねぇ。お前はお前が出来る範囲で頑張りゃいいんだよ。

 長い旅なんだ、お前の力が役に立つ時がそのうちくる。今回の失点を取り戻したいっていうなら、その時に人一倍頑張ればいい。ただそれだけのことだ」


「……エドガーさんが素直じゃないのは知ってますけど、もう少し優しく言ってあげればいいのに」

「分かってねぇな。こいつにはこれくらいで丁度いいんだよ」

「本当に素直じゃないですね」


 とはいえ、エドガーなりの優しさは彼女にしっかりと届いたらしい。

 グスッ、と涙を引っ込めると、フィーリアは目元をぬぐい立ち上がる。


「はい、エドガー様の言う通りですね……。ご迷惑をおかけして申し訳ございません、次は気をつけます」

「ううん、気にしないで。それより、フィーリアが無事で良かったよ」


「だな。無事でなによりだ。何事も命には代えられない」

「おい、これからはあたしの側にいろ。お前が逃げる時間くらいなら稼いでやるからよ」


「ぐすんっ! ……はい、ありがとうございます!」


 今度は嬉しさから、また泣き出しそうになる。

 故郷にいた頃は、家族以外からこんな優しさを受けたことはなかった。これだけ気遣われているだけでも、フィーリアはこの旅について来て良かったと思う。


 いつまでも落ち込んでいる姿を見せるわけにはいかない。精一杯笑って、フィーリアはおどけたように言う。


「ご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いしますね! 私も、せめて自分の荷物だけはちゃんと背負って――」


 ――スカッ!


 背中の荷物に手を伸ばしたのに、その手は宙を切った。

 んんん? と、フィーリアは笑顔のまま背中を見る。

 背負っていた荷物は、どこにもなかった。肩にかける紐の部分だけが、自分の肩に残っていた。


「…………えええええ!? あれ、なんで!? どうして!?」

「あっ、すみません。僕がイエティに斬りかかった時に、間違って紐部分を斬っちゃったみたいで。そのままイエティに奪われちゃって」


 混乱でグルグルとした頭に、ネコタの言葉が響き渡った。


 ――紐部分を、斬った?

 ――そのせいで、荷を奪われた?

 ――ネコタのせいで、荷物が!


「まぁでも、そのお陰でフィーリアさんも助かったんで、許してくださいね? なんて、あはははは――」


 ――バチンッ!


 吹雪に負けないほどの音が響いた。

 フィーリアが全力でネコタの頬を引っ叩いた音だった。

 突然の仕打ちに、ネコタは呆然としながらフィーリアを見る。


「えっ? ……え? あの、なんで……」

「なんでじゃないでしょう! あ、あああああ、あなたはなんてことをしてくれたんですか!」


「え? 何って、フィーリアさんを助け……」

「私だけを助けても意味がないでしょう! どうして荷物を守らなかったんですか! ご飯が! 私のご飯が!」


「た、確かにそうですけど……」


 でも、あの場合仕方ないんじゃないだろうか?

 命が掛かっていたのだから、荷物と引き換えに済んで喜ぶべきでは?

 腑に落ちないネコタに、ボソリとエドガーは言った。


「だから言ったんだよ。こいつにはあれくらいの扱いでいいってな。お前、まだこいつのことが分かってないみたいだな」

「いや、でもこれはいくらなんでも……」


「どうして荷物を守ってくれなかったんですか!? 私だけ助けても、ご飯がなかったら意味がないでしょ! バカーー!」

「バカって……」


 おかしい、命の恩人のはずなのに、なぜ責められるのだ。これじゃあ助けた意味が……。

 いや、そのようなことは言うまい。感謝を求めて助けたわけではない。誰かを助けるのに理由は要らない。ただ、助けたかったから助けたのだ。そう、僕は後悔などしない。


 ネコタはそう自分に言い聞かせ、フィーリアを宥めるように笑みを見せた。

 素晴らしい心意気であった。この時ばかりは、彼はまさしく勇者であった。


「そうですね。すみませんでした。でも、大丈夫ですよ! 僕の食料を分けますから、フィーリアさん一人くらいならなんとか……」


 そう言いながら、自分の荷物に目を向けるネコタ。

 イエティを追いかける為に一時的に投げ捨てた荷物は――いつの間にかどこかへ消えていた。


「あれえええええええええ!? なんで!? 僕の荷物は!?」

「お前の荷物なら、撤退したイエティが去り際に拾って逃げてったぞ。気づいてなかったのか?」

「そ、そんな……」


 ズルリ、とネコタは膝を落とした。エドガーの冷めた目なんか気にしていられないほどショックだった。一人ならともかく、二人分の食料を失うのはまずい。考えるまでもなくわかることだった。

 うーんと顎を撫でながら、エドガーは感心した声を上げる。


「フィーリアはあくまでついで。本命は俺達の持ってる食料だったんだろうな。いや、当初の目的を忘れず、欲張らないで撤退するとは、大したもんだ」


「どうしてくれるんですか! バカー! アホー! ボケー! ポンコツ勇者ー! 私に分けてくれるって言ったじゃないですかー! どこに分ける食料があるって言うんですかー!」


 泣き喚きながらネコタの胸ぐらを掴み、ブンブンと降るフィーリア。ネコタはがっくりとうなだれ、されるがままだった。

 困った顔をしながら、ラッシュはポンとフィーリアの肩に手を乗せる。


「まぁまぁ、助けて貰ったんだからそう責めてやんなよ。ネコタもお前の為に必死だったんだぞ」

「うっ、うぅぅ……! でも、でもぉ……!」


「確かに泣いて当たりたい気持ちはわかるけどな。なにも不運ばかりじゃねぇ。不幸中の幸いっていうこともあるもんだぞ」

「どこにそんな物があるっていうんですか! こんな吹雪の中で食べ物を無くした分を打ち消す幸運なんかあるわけないでしょ!」


「そうでもねぇさ。ほれ、見てみろ」


小さく笑って、ラッシュは指を指す。

 イエティとの戦闘で、アメリアが放った炎――その先に。




 雪で隠れていた、小さな洞窟が姿を現していた。






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