第68話 相手にとって不足はねぇ




「──以上がことの顛末になります」

「動物の言葉が分かるとは……流石に兎人族の戦士殿、というべきか。まさかそんな手段で試練を突破するとは」


「ええ。ですが感心しているばかりではありません。状況はどうなのです?」

「……済まぬ。全力で当たってはいたが、まさかこんなに早く達成するとは思ってもみなかった」


「いえ、仕方ないでしょう。儂も同じ気持ちです。まさかこのようになろうとは思いも……いえ、言っても仕方ありませんな。また時間を稼がなければ」

「しかし、どうする気じゃ? 戦士の試練以上のものなど、他には何も……」


「……仕方ありません。こうなったらアレを取ってくることを課題としましょう」

「む? アレとは……ぬん!? ま、まさかアレか? いかん、それだけはいかんぞ! 兎人族の戦士殿に何かあったら!」


「ですが、アレならば確実に時間を稼げるのは間違いありません。いえ、達成するというのも不可能でしょう。なにせ、我が里の総力を挙げたとしても難しいことなのですから。

 手こずっている間にこちらの準備を整え、折りを見てこちらから提案すればいいのです。試練こそ達成出来なかったが、その勇気を見させてもらった。これならば我らも信に値する、と」


「し、しかし、やはりアレだけは。戦士殿に万が一のことがあったら、エルフの一族として、儂らは……」

「エルフの誇りが掛かっているのです!」


「————ッ!」

「エルフの誇りが掛かっているのですよ、お歴々方。どうか覚悟をお決めください。

 なに、問題ありません。エドガー殿は歴戦の戦士。そのお付きの者も中々の手練れ。怪我はするかもしれませんが、命だけは守り通してみせるでしょう。どうかご決心を」


「……分かった。許す。クレイドよ、お主のいう通りにやってくれ」

「ありがとうございます。どうかご安心ください。全ての責任は儂が被りますゆえ」


「……済まぬな。お主一人に責任を負わせてしもうて」

「いえ、これも族長としての務め。それでこの里のエルフの誇りを守れるのなら、喜んで泥を被りましょう」


「うむ、ではよろしく頼むぞ。その間に儂らも行動しておく」

「ええ、よろしくお願いします。その件は長老衆に任せるより方法がありませんので」


「うむ、任せておけ。お主が稼いだ時間をこれ以上無駄にはせん。……じゃが、本当に大丈夫じゃろうか?」

「は? と、言いますと?」


「いや、ここまで思いもよらぬ方法で試練を突破しておる。まさかとは思うが、次もあっさり抜けることもありえるんじゃないかと」

「はっはっは。確かにエドガー殿は優れた戦士ですが、流石にアレは困難でしょう。いくらなんでも……出来る、はずが……」


「……………………」

「……………………」


「里の戦士格全員──いや、成人以上の者全てに声をかけよ! 今から里全体でことに当たる!」

「片っ端から資料を漁れ! それと、周囲の地形よりそれらしい場所に当たりをつけよ! 急げ! 余裕があるとは思うなよ!」


「エドガー殿には申し訳ないが、これほどまでに人の失敗を願うのは初めてだな……!」




 ♦︎   ♦︎




 翌朝。エドガー達の前で、クレイドはテーブルに額をつけ謝罪していた。


「申し訳ない。どれだけ説得しても頑として意見を変えず、結局次の課題を言い渡されることになってしまい。本当に、どう謝ればいいのか……!」

「族長、頭を上げてくれ。薄々こうなるだろうとは思ってたからな。心の準備は出来てるぜ」


「ここで族長を責めても何も変わらないからな。今度こそ文句のつけようがないほど完璧にこなせばいいだけだ」

「そう言って、お前今回はなんの役にも立ってねぇじゃねぇか」


「それはお前もだろうが!」

「ケンカするのはやめましょうよ。今回はエドガーさんしか活躍してないんですから。認めたくはありませんけど……」


「次はどんな試練だろうね? 楽しみだね」

「おう。まぁ俺にかかればどんな試練だろうと楽勝だがな」


 和気藹々と話している五人に、ホッとクレイドは息を吐く。思ったよりも不満はなくて助かった。

 しかし、油断したのがいけなかったのか。思ってもみないところから批判が飛んできた。


「お父様……」

「エドガー様達はあんなに頑張ってるのに、どうして……」


 フィリスが怒りの目で、フィーリアは心底悲しそうに、自分を見ていた。


「い、いや、私とて努力したのだぞっ。しかしだな、長老衆方に反対されては」

「そこをなんとかするのが族長なのでは?」

「後から言いがかりをつけるなんて、最初から駄目だと言うより酷いと思います」


「そんなこと言われても、儂とて……」

「まぁまぁ二人とも、そう責めるなよ。娘から責められる族長の気持ちを考えてやれ」

「……エドガー様がそう言うのなら」


 渋々とだがフィリスが口を収める。フィーリアも不服そうではあるが、素直に従った。

 クレイドはホッと息を吐く。娘からの批判はさすがに堪えた。


「あ、ありがとうございます。エドガー殿」


「なに、気にするなよ。なんだかんだ俺たちも楽しんでるからな。

 だが、次の試練はシンプルなもんにしてほしいもんだな。こじつけで不達成と言われるようなことがない、分かりやすいやつだ。いつまでもここで足止めをくうわけにも行かないからな」


「も、もちろんですとも。そこはご安心ください。次の試練はエルフでないと達成できないものではなく、実力さえあれば誰でも出来るようなものなので」


 クレイドは引きつった笑みで言う。同時に、そろそろ猶予がないと思い知らされた。

 ニッと、エドガーは笑った。


「そうか。それならいいんだ。それで、どんな試練なんだ?」

「はい。この森には【豊穣の果実】というものがありまして、それを――」

「お父様!」


 クレイドを遮って、フィリスが立ち上がって叫んだ。ワナワナと震え、クレイドを睨みつけている。よっぽどの怒りようだ。

 だが、異変が起きたのはフィリスだけではない。フィーリアもまた、恐怖からか口元を押さえ震えていた。


「お父様! 貴方は何を考えているのですか!? よりにもよってアレを試練にするなど!」

「お姉様のいう通りですっ! いくらなんでも酷すぎますっ! お父様はエドガー様に恨みでもあるのですかっ!」


 震えていたフィーリアも立ち上がり、クレイドに涙を流しながら抗議する。

 フィリスはもちろん、泣くほど怒りを見せるフィーリアに、クレイドは狼狽える。


「いや、儂とて反対したのだっ! だが、確かにアレならば不正のしようがないであろう?

 必要なのは単純に実力! アレを取って来ることさえ出来れば、誰もがエドガー殿達を認めざるをえまい!」


「だからといって……! 本当にそれをやらせようとする人がありますか!? いくらなんでも限度というものがありますっ!」

「そうですっ! エドガー様が死んじゃったらどう責任を取るつもりなんですかっ!」

「待て待て待てっ。お前らだけで盛り上がるなよ」


 興奮する二人を宥め、エドガーは言う。


「そんなに言うからには何か理由があるんだろうが、まずはそれを話してくれ。でないと俺達も判断つかねぇからよ」

「……そうですね。興奮して申し訳ございません。お父様、ご説明を」

「う、うむっ」


 ギロリと睨んでくるフィリスに、クレイドは頷いた。有無を言わさない迫力だった。


「先ほど言いかけましたが、この森には【豊穣の果実】と呼ばれる物がありまして。試練の内容としては、それを取ってくるだけの試練です」

「ほぅ。簡単そうに聞こえるが、この二人があそこまで反対するんだ。何か他にもあるんだろう?」


「はい。と言いますのも、【豊穣の果実】はとある木に一個だけしか成らない貴重な果実なのです。

 この森が恵みに溢れている時のみ、実と成ってその姿を現わす。

 それゆえに【豊穣の果実】と呼ばれるのですが、この貴重な実を独占している者がいるため、手に入れるにはその目をかいくぐらなければなりません」


「ふぅん、随分と贅沢な真似をする奴がいるもんだ。だが、なるほど。そいつが問題な訳だな」


「はい。“光り輝くエミュール”──我々が森の守護獣と呼んでいる存在です」

「……なんだか神々しい名前ですね」


 ゴクリと、ネコタは唾を飲み込む。

 エドガーはへっ、と吐き捨てるように言った。


「ピカピカ光ってるだけじゃねぇか。何が神々しいだ。ビビってんじゃねぇよ」

「ビビってる訳じゃありませんよ! ただそう思っただけで!」

「いえ、ネコタ殿の言うこともあながち間違いではありませぬ」


「ん? そりゃどういうことだ?」

「エミュールは、神からの祝福を受けた動物だと言われているのです。我らが信仰する神、【森と獣の神ブディーチャック】様の」

「そいつはつまり……【聖獣】の一種ということですか?」


 ラッシュの問いに、クレイドは重く頷く。

 なぜエルフ姉妹があそこまで反対したのか、ラッシュは理解した。


「よりにもよって【聖獣】ですか。神の祝福を受けた獣が守る果実だ。そりゃ慌てるのも当然ですな。なんとかして戦いだけは避けたいところだが……」


「いえ、その可能性は限りなく低いでしょう。

 エミュールは【豊穣の果実】をこよなく愛しており、その木から離れようとしません。そして【聖獣】なだけあってその感覚は普通の獣をはるかに上回る。

 何人たりとも、エミュールに気づかれることなく果実を盗むことは出来はしない。果実を取って来いとは言いましたが、実質、この課題はエミュールと戦えと言っているのと同じなのですよ」


「【聖獣】との戦い、か。良いね、分かりやすくて良い。ようはそいつに勝ちゃあいいんだろ? 今までのもんよりずっとあたし好みの試練だ」


「ありえません! エミュールに挑むなんて、戦いにすらなりませんっ!」


 ゴキリと拳を鳴らし好戦的な笑みを浮かべるジーナに、フィリスはピシャリと言い放った。


「この里でも、過去に【豊穣の果実】を盗もうと挑んだ愚か者が居ました。ですが、挑んだ者は誰一人として帰ってこれませんでした。

【豊穣の果実】にさえ近づかなければ、森の恵みを育み、森の平穏を守る偉大なる賢者。ですが、果実に手を出せばその性格は豹変し、敵を殺し尽くすまで止まらない戦士となる。

 エミュールはそんな二面性のある【聖獣】なのです」


「お姉様の言う通りですっ。エミュールへの挑戦は試練ではなく、死刑として扱われるほどなんですよ。そんな物に命をかけるなど正気とは思えませんっ!」


「死刑、か。私たち、凄く嫌われてるみたいだね」

「遠回しに死ねって言われてるようなものですもんね」


 アメリアとネコタが苦い顔をする。

 慌ててクレイドが言った。


「い、いえっ! 決してそのような意図ではなくてですなっ!

 祭壇への案内に見合う試練を考えた結果、こうなったというだけで……フィリスはああ言ったものの、過去には無事【豊穣の果実】を持ち帰った例もありますし、そもそも殺されそうなら逃げても良いのですっ! 

 ですから殺すためにこの試練を選んだ訳では……!」


「でも実質、私たちを認める気はないってことだよね? こんな試練を用意するんだから」


「いえ、これを達成出来るなら、誰もが認めざるを得ないという理由で選んだだけで、決してそのような……」


「まっ、いいじゃねぇか。どのみち、これをクリアしなければ祭壇へ連れていってくれることもないんだろ?」


 ずっと黙っていたエドガーが、あっけらかんとして言った。

 チラリと目配せをされたクレイドが、申し訳なさそうに頷く。


「えっ、ええ。そのように言われております」

「なら、ここで文句を垂れてもしょうがねぇな。誰もが納得できる結果を出す。それだけだ」


「おっ? なんだウサギ、珍しくやる気じゃねぇか」

「エドガー様っ、いけません! いくらエドガー様でもっ!」

「そうですよ! 今回だけは本当にまずいですっ! 殺されちゃいますよ!」


 泣きそうになるエルフ姉妹に、エドガーは笑って言った。


「安心しろって。俺達はこれでも勇者一行だぜ?【魔王】すら倒そうって連中なんだ。いくら【聖獣】だろうとそうそう遅れはとらねぇよ。ヤバかったら迷いなく逃げるしな。それに、だ」


 エドガーの空気が変わった。

 いつもの飄々とした、人をからかう雰囲気からは程遠い。

 あふれんばかりの闘志に満ちた、戦士の表情だった。


「【聖獣】には前から興味があったんだ。あいにく今まで縁がなかったが……しかもそれが森の神のブディーチャックってんなら、相手にとって不足はねぇ。これ以上無い相手だぜ」


「ははっ! なんだよなんだよ! お前今日はいつになく本気じゃねぇか! あたしはもちろん賛成だ! お前らがやらなくても二人だけでやるぜ!」


 いつもは喧嘩ばかりする二人だが、今日に限っては意見が揃った。

 同じく闘志をみなぎらせ、ジーナは残りの三人に目をやる。

 アメリアは迷いなく頷いた。


「エドガーだけ危険な目に合わせるわけにはいかないから。私も当然行くよ」

「ぼ、僕だって行きますよ! これでも勇者なんですからっ!」

「まっ、仕方ねぇな。たまにはこういうのもいいだろ」


「──わ、私も行きます! 皆様の試練をお手伝いしますっ!」

「フィー!?」


 あり得ないことを言い出した妹に、フィリスはぎょっした顔になる。


「何を言っているのですかっ! あなたをそんな危ない目に合わせるなど……!」

「フィリスのいう通りだ。お前が行っても……」

「私は火の精霊術師ですっ! この里の誰よりも、エミュールを相手にするなら向いていますっ!」


「確かにそうかもしれんが、これはエドガー殿達に向けた試練だ。そもそも、お前に参加する資格は……」

「それでは、お父様はみすみすこの方達が危地に向かうことを見過ごすというのですか!? 長老衆に認められないから。そんな理不尽な理由で向かわせるこの方達を! 現族長としてそれになんら思うこともないのですか!?」

「それは……」


 今までに見たことの無いフィーリアの姿に、クレイドは息を飲んだ。可愛くはあるが、不出来な娘とは思えない迫力だった。まさに炎の如き怒りに、それ以上口を出すことができなかった。


 キッと、芯のある目で睨み、フィーリアは言う。


「認めてください。もしエドガー様達が死ぬようなことがあれば、私も共に死にます。エミュールが相手であれば、私が加わったところで長老衆方も文句は言わないでしょう。族長の娘である私が犠牲になれば、見捨てたつもりはないと面目も立ちます。どうかご同行の許可を」


「……ふっ。まさかお前にここまで説得されるとはな。良かろう、同行を許可する。エドガー殿の足を引っ張らぬようにな」

「はい! ありがとうございますっ!」


「お父様!? あなたも正気ですか!? ああ、フィー! どうか考え直して――」

「ごめんなさいお姉様。でも大丈夫。絶対に無事に帰ってきますからっ」


 涙を流すフィリスを笑顔で慰めるフィーリア。そして、エドガーに向き直る。


「と言う訳で、私もお手伝いさせていただきますっ! どうかよろしくお願いしますねっ!」

「いや、お前どんくさいから要らない。いざという時逃げられなくなるし」


「ひどいっ! い、いざとなったら見捨ててくださって構いませんっ! だから……!」

「冗談だよ、冗談。お前の炎は切り札になる。頼りにしてるぜ」

「は、はいっ! 任せてくださいっ!」


 パァッ、と。フィーリアは顔を輝かせた。

 ニッ、と強気に笑い、エドガーは言う。


「【聖獣】殺しか。魔王退治の訓練にはちょうどいい。腕がなるぜ」

「いや、流石に森の聖獣を殺すのは勘弁してほしいのだが……」


 


 なんとも罰当たりなウサギであった。





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