第67話 この世はな、結果が全てなんだよ



「くそがぁあああああ! 駄目だ! どうあっても抜けられねぇ!」


 ラッシュは苛立ちのあまり、年甲斐もなく髪を掻きむしった。

 試練に挑戦してからもう大分時が経つ。あたりは暗くなりはじめ、夕暮れ時になって居た。


「まっ、土台無理な話だったんだ。暗くなってきたし、今日はもうこのへんでいいんじゃねぇか?」

「そうですね。それに、正直これ以上は何も思いつきませんし」

「ぐぬぬぬっ、このままおめおめと引き下がるしかないのか……! 何か、何か手はないか……!?」


 ジーナ、ネコタは見切りをつけていたものの、ラッシュは諦めが悪かった。だが、ネコタの言う通り何も思いつかない。

 徒労感を感じながら、ラッシュは振り返った。そしてエドガー達の姿を見て、ピキリと表情がひきつる。


「こ、こいつらっ。人が頑張ってるっていうのに」

「エドガーさん、なんて羨ましい状態に……」


 エドガーはアメリアとフィーリアに添い寝されていた。胸に顔が挟まれ、表情を緩ませながらスヤスヤと眠っている。はっきり言って嫉妬が止まらない。男として羨ましいすぎる状況だった。


「なにのんびり眠ってやがんだテメェら! 状況が分かってんのか!?」

「うん? ……ふっ、ふわあぁ〜!」


 ラッシュは眠っていたエドガー達に怒鳴り散らした。

 しかし、エドガーは特に気にした様子を見せず、のんきにあくびをする。のそのそと、他の二人もゆっくりと目を覚ました。


「なんだ? もう終わったのか?」

「んっ……ふっ、んん〜! っふぅ、すっかり眠ってしまいましたね」

「うん、凄く気持ちよかった……」

「そりゃそうだろうよ。あんだけぐっすりと眠ってりゃあな」


 嫌味っぽくラッシュが言うが、二人はあまり聞いていなかった。

 のんびりと体を起こし、ぐっと手を上に伸ばす。二人の胸が張り、大きく揺れた。特にフィーリアのそれは大きかった。

 ゆっさりと揺れる凶器にネコタは思わず頬を赤く染める。無防備な色気が、いつも以上に視線を誘った。


 キョロキョロと辺りを見回し、エドガーは驚いた顔をする。


「なんだ、もうこんな時間なのか? んで、どうだったんだ? 試練は出来たのか?」

「ぬぐっ!? そ、そりゃお前……」


「ああ〜、やっぱり出来ませんでした。僕たちも頑張ったんですけどね」

「結局、森で迷っていた時と同じだ。何をしようとその都度反応が変わる。あたしらじゃどうにもならねぇなこりゃ」


「ほれ見ろ。やっぱり駄目だったじゃねぇか。だから無理だって言ったんだよ」

「うるせぇな! 何もしてねぇ奴に言われたかねぇよ! それどころかサボって昼寝してたくせに知ったような口聞いてんじゃねぇ!」


 イライラとしてラッシュは当り散らした。事実とはいえ、協力を見せなかった奴に言われては我慢できなかった。


 さすがに気まずく思ったらしい。アメリアとフィーリアは居心地悪そうに身をすくめる。しかし、エドガーはやはり変わらず、フンと不遜に鼻を鳴らした。


「お前こそこんな時間まで試して何の成果も上げてねぇくせに、偉そうにしてんじゃねぇ。この世はな、結果が全てなんだよ。結果を出さなけりゃ意味がねぇ。駄目だったけど頑張りました、なんてのは所詮ただの自己満足だ。結果の共わない努力なんざクソの役にも立ちゃしねぇ」


「口ばっか達者な奴だな! 挑戦すらしなかった奴が言うことか!? そういう偉そうなことを言うならお前がこの試練を達成してみせろよ! 出来ねぇくせに上から目線で語ってんじゃねぇ!」


「出来るぞ」

「はぁん!? 何がだよ!」

「だから、試練が。すぐにでも終わるぜ」


 あまりにも簡単そうな口調に、皆、一瞬何を言ったのか分からなかった。

 ラッシュは目を丸くして驚いていたが、へっ、とバカにするような笑みを浮かべる。


「さっきまで寝てたくせによく言うぜ。嘘をつくならもう少し上手い嘘をつけよ」

「嘘じゃねぇよ。今すぐにでも出来るっての」


「アホか! 何もしてねぇ奴が何で出来るようになるってんだ! ハッタリも大概にしとけ! 本当なら今すぐにでもやってみろや! おらっ、出来ねぇだろ!」

「よぉし、そこまで言うなら見せてやるよ。その代わり、出来たらお前、地べたに頭つけて謝れよな」


 ビキィッ、と額に筋を浮かべてエドガーは言った。ここまで言われては温厚で知られるエドガーさんといえど許すことは出来なかった。


「はっ、いいぜ。やれるもんならやってみな。もし出来たら土下座でもなんでもしてやるよ」

「言ったな。その言葉忘れるなよ」


 エドガーはヒョイと側に居たリスを持ち上げる。そして、トコトコと祠へ続く道の前まで歩き、止まった。


「よし、じゃあ頼むわ」

「チチッ、チチチチッ!」


 リスは応えるように鳴くと、ピョイとエドガーの手から抜け出す。そして着地するなり、ピューッと迷いなく祠へと駆け出した。


 全員が見守る中、リスはなんの問題もなく祠まで辿り着き、鈴を咥える。そして同じように走って戻り、鈴をエドガーに渡した。その光景を、ラッシュ達はあんぐりとしながら見ていた。


 チリン、と鈴を揺らし、エドガーは何でもない顔で言った。


「──試練達成」

「なんじゃそりゃあああああ!? おまっ、ちょっ、そんなのありか!? なんでそうなるんだ!?」


 わなわなと震えながら、ラッシュは鈴を指差す。何が起こったのかは分かっているが、なぜそうなったのかが全く理解出来なかった。ツッコミ所が多すぎて、どこから指摘すればいいのかも分からなかった。


「せ、【精霊の審判】はどうした!? 今だって精霊が幻惑しているはずじゃ!?」

「精霊が惑わすのは人族をはじめとした知性体、及び危険な魔獣なんだと。調教された動物はともかく、野生の動物には効かないんだとさ。そもそも悪意なんぞねぇからな」


「そ、そうだったんですか? そんな抜け道があったなんて……」

「にしたってなんでお前がそれを知ってるんだよ!? そんな重要な情報を何処で知った!? フィーリアに聞いたのか!?」


 ラッシュは責めるようにフィーリアを見た。フィーリアはブンブンと首を振っていた。


「わっ、私じゃないですっ。それどころか、そんなこと初めて知りましたっ」

「フィーリアじゃないとすると、一体誰が……」

「そんなの本人に決まってるじゃねぇか」

「はぁ? 本人って……」


 皆の目が、エドガーの頭の上にいるリスに集まった。

 リスは可愛らしく小首を傾げた。


「……え? もしかして、エドガーって動物と喋れるのっ?」

「いや、アメリア。いくらなんでもそれは……」

「流石に魔獣と話すことはできないけどな。普通の動物が相手なら問題なく話せるぜ」


「はぁ!? お前それ本気で言ってるのか!?」

「コイツから話を聞いて、俺の人参を渡す代わりに、鈴を取ってきてもらうように頼んだんだよ。だから協力してくれたんだ」

「ああ、それで……えぇ? じゃあ本当に話せるんですか?」


 ネコタは困惑した。いくら見た目が動物だからと言っても、そんなのありか?

 しかし、アメリア達にとってそんなことは些細な問題だった。


「凄いっ、それじゃあエドガーって本当に動物と喋れるんだねっ! いいなぁ! 私もお話したい」

「はいっ、本当に羨ましいですっ! 私もリスさんとお話を……あれ? そ、それじゃあもしかして、さっきエドガーさんが言ったことって……まさか本当に? リ、リスさん?」


「チッ、チチチチッ、チチッ」

「仕事に私情は交えない。それがプロフェッショナルってもんだ。だとさ」

「そんなっーー! と、友達だと思ってたのに……!」


 フィーリアは四つん這いになってうな垂れた。出来れば知りたくない真実だった。これから何を信じて生きていけばいいのか分からなくなった。


「チチッ、チチチチッ、チチッ!」

「今まで付き合った時間までが嘘になる訳じゃない。共に過ごした時間は面倒ごとの方が多かったが、俺自身も確かに楽しんでいた。だとさ」

「リ、リスさん……ッ! わ、私の方こそ……!」


「チッ、チチチチッ」

「まっ、所詮仕事の関係だ。雇用が切れればそこまでだがな。だと」

「はうぁっ……!?」


「ちょっとエドガーさん! 上げて落とすとか辞めてあげてくださいよ! 可哀想でしょ!」

「すげぇな。本当に喋れるのか。そんな特技を持ってたなら早く言えよ。なんで黙ってたんだよ」


 感心した様子で尋ねるジーナに、エドガーはふっと笑った。


「隠しておくと意外と便利なんだよ。悪どい相談をしている奴らを突き止めたり、俺の悪口を言っている奴を調べたり、とかな。まさか動物に聞かれてるとは誰も思うまい」

「意外とセコイ理由だな。前半はともかく」


 呆れながらも、ラッシュはこの能力を脅威に思った。誰にも真似できない情報収集手段である。これからは迂闊に影口も叩けない。どんな報復が来るか分かったもんじゃない。


「でも、凄く便利ですけど、持っていたら困る能力でもありそうですね。動物の会話まで理解出来ちゃったら、その、肉とか食べづらくないですか」

「はっはっは、そこに直ぐ気づくとは流石ネコタ君。デリカシーの欠片もない。やっぱり人間だね」

「ちょっ、そんな言い方……!」


「で、実際どうなんだ? 食いづらかったりするのか?」

「ふっ、まぁ確かに情が移ったらいかんから、なるべく喋らないようにしている。しかし……やはり肉は罪深い。そういうことなんだろうね」


「結局食い意地には敵わないってことじゃねぇか」

「まぁ、なんだ。生き物は大なり小なり、何かを犠牲にして生きていくからな。これも弱肉強食の理よ」

「んな哲学的なこと言っても誤魔化されねぇぞ」


 つまり──お前が美味しいのが悪い。だから死ねっ! ということである。


 言葉を理解しながら自分の欲を満たす為に殺すのだから、余計に性質が……いや、罪深さで言えば無自覚に殺す方がよっぽど大きいか。


 ……難しい問題である。


 全てを理解し、がっくりとラッシュは肩を落とした。


「お前、そんなことが出来るなら早く言えよ。俺たちの努力は一体……」

「いや、お前が言ったんだろうが。せっかく手伝ってやろうとしたのに、邪魔だからあっち行ってろって」


 ──あの時か!?


 ラッシュは自分の言葉を思い出し、頭を抱えた。いや、でもいくらなんでもこれはずるいよ。確かにその通りであるが、本当に性格が悪い。勝ちが決まった勝負と分かって罠を仕掛けるなんて……あ。


 絶望的な顔で、ラッシュはエドガーを伺う。

 エドガーはこれ以上ないほどキラキラとした顔をしていた。


「ふふっ、ラッシュ君、安心しなさい。僕は心の広いウサギだからね。もちろん謝罪は受け取るさ。さっ、早くやって見せてくれたまえ」


 ラッシュはその日、人生最大の屈辱をその身に刻みつけた。

 いい加減、そろそろ心が折れそうだった。




 ♦︎   ♦︎




「──バカな。一体どうやって……」


 途方にくれているエドガー達を労おうとして、鈴を見せられたクレイドが発した最初の言葉である。

 予想外も良いところだった。なぜ此処にこの鈴があるのか全く理解出来ない。夢でも見ているのではないかと、クレイドは自分の目を疑った。


 自分と同じ気持ちであったのであろう。娘のフィリスが口元を手で押さえ驚く。


「まぁっ! どうして……まさかエドガー様は精霊にも愛されているのですか!?」

「はっはっは、そんな大層なもんじゃねぇよ。ただちょっとリスに手を貸してもらっただけだ」

「む? リ、リスとは?」


 クレイドが問いかけると、テーブルの下からリスが姿を現した。

 見覚えのある姿に、クレイドは呆然と見つめる。


「お主は……朝に餌を求めて来るリスではないか。これはどういう……」

「お父様? 餌って、そんなことをやっていたのですか?」

「あ。いや、今のは……」


 自分が密かにしていた日課をフィリスに知られ、クレイドは恥ずかしく思い、誤魔化そうとした。

 そんなクレイドに、エドガーは言う。


「フィーリアを見守ってくれってこいつに頼んでたんだろ? その代わり、いつもパンを貰ってるってこいつが言ってるぞ」

「お父様……リスにそんな頼みごとを?」


「バカなっ。気まぐれに分けてやっていただけで、話しかけたりは……あ、いや、待てよ……」


 言われて、思い返してみる。

 時々餌を与えているだけではなく、聞いていないと理解していながら、独り言のように話かけていることがあった。そういえば、いつだったかそんな話もしたような気も……。


「……まさか、いつも食べにきてたのは私の話を聞いていたからだったのか?」

「チッ、チチチ、チチッ!」


「契約は守る主義なんでね。とはいえ、この女のお守りは疲れるが、だとさ」

「そ、そうだったのか。娘がいつも世話に……ん? まさか、エドガー殿は動物と喋れるので!?」


「おう。それでこいつに頼んで鈴を持ってきて貰ったという寸法よ」

「そ、そうでしたか。どうやって試練を達成したのかと思いきや、まさかそんな手段があろうとは……」


 クレイドは頬をひくつかせた。流石にこんなの読みきれん。いくらなんでも反則的にすぎるだろう。しかもよりにもよって、それが自分と縁のあるリスからだとは。怒るに怒れない、なんとも複雑な気持ちだった。


「まぁともかくよ、これで試練は達成ということでいいよな? 方法はどうあれ、指示通り鈴は取ってきたんだしよ」


「そ、そうですな。しかし、とてもではないが正規の方法とは言いづらい。私としては問題ないのですが、その点で長老衆に指摘される可能性があります。その点は留意して頂きたい」


「……二度もそっちの言うことをやったにも関わらず、この後に及んでまだ何かやらせようってのか?」


 ジーナが鋭く睨みつける。クレイドは不覚にもその眼光に息を飲んだ。

 まぁまぁ、とエドガーがジーナを抑えて言った。


「実際正規の手段ではないようだし、その点を突かれたらしゃあねぇだろ。族長も難しい立場にあるんだよ。ここは族長の顔を立ててやろうぜ」

「おっ、おお! ありがとうございます、エドガー殿。分かっていただけてなによりです」


 クレイドはホッと息を吐く。

 ただし、とエドガーは続けた。


「こいつが言っていることが、間違っている訳でもねぇ。俺も同じような気持ちがなくはないからな。だから、もしまた同じようなことが続けば……俺も止められんぞ? なにせ、こいつらは気性が荒いからな」


 じっと、勇者の面々はクレイドを見つめた。それだけではなく、娘達も責めるように自分を見ている。ダラダラと汗を流し、クレイドは神妙に頷いた。




「善処いたします」




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