第63話 熱っついの、お願いしますっ!
「――【ヒカリダケ】と【ファルル】、これだけでも十分時間は稼げる。だが、そこに駄目押しの【フォルクス】の卵だ。ある意味、最も油断のならない試練だということはお主も知っているだろう?」
「そうですね。なにせ、三つの中で唯一死の危険がある獲物ですから」
「うむ。小型だが、獰猛な肉食動物を上回る気性の荒い鳥。その速度から繰り出される嘴は人体を容易く貫き、絶命させる。だが最も厄介なのが、危険な相手と見るや他の群れに助けを呼ぶということだ」
「数羽でも厄介というのに、仲間を呼ぶとなったら群れごと飛んで来ますからね。数百羽に囲まれたら逃げ場がなくなりますし、死を覚悟させられます」
「エドガー殿達ならば殺されることはないだろうが、何も知らずに挑み囲まれ、逃げる羽目になるだろうな。そうなれば、あとは気づかれぬように卵を盗むしかないと気づくはずだ。もっとも、卵を守ることに命をかける【フォルクス】が、そう簡単に離れる訳がないが」
「結局、【ヒカリダケ】や【ファルル】と同じかそれ以上の時間は稼げるということですか」
「ああ。まぁ、向かって来た【フォルクス】を一瞬で、助けを呼ぶ前に纏めて殺す、という手段が取れれば別だがな。
だが、そんな方法を取れる者なんてそうそうおらんし、森を傷つけないようにそれをやるとなると困難を極める。
そもそも、無駄に生き物を殺すような愚かな真似はするようにも見えなかったからな。心配することもあるまい」
「なるほど。どうやら心配することもなさそうですね」
「うむ。お主達はのんびりとやってくれればいい。時間は十分あるのだからな」
♦︎ ♦︎
「ネコタッ! しゃがめ!」
「ひっ!?」
ラッシュの指示に、反射的にその場にしゃがむ。その次の瞬間、ネコタの死角から赤い鳥が通り抜けた。
その直後、スカンッ! と乾いた音が鳴った。見れば、鳥の嘴が木に突き刺さっていた。その破壊力に、ぞっと寒気が走る。
さぁっと、ネコタは青ざめながら言った。
「あっ、危なっ! もう少し遅かったら死んでたかも!」
「ちっ、ちょこまかと……舐めんじゃねぇ! 」
「ジーナさん! 殺しちゃ駄目!」
フィーリアの制止にぬぐっと呻き声を漏らし、ジーナは振りかぶった拳を止め咄嗟に身を逸らす。
「一匹でも殺したら、生き残った【フォルクス】が他の群れの仲間を呼びます! そうなったら逃げることもできなくなりますよ!」
「それじゃあどうすんだよっ! このままじゃいつかやられる奴が出るぞ!」
「意外と厄介な鳥だな。動きは速いが、倒すだけなら訳ないんだが……」
面倒そうにラッシュは顔をしかめる。
それに、エドガーは思案げに言った。
「この手の獲物は一匹だけ仕留めても意味がない。となると、纏めて倒すしかないんだが」
「それじゃあ私がやるよ。私なら纏めて攻撃できる」
確かに、アメリアの魔法なら威力、範囲に共に問題ないだろう。
だが――
「それができれば一番だが、魔法を使ったら森を荒らしたってことでまた審判にかけられるってことにならないか? 今度はフィーリアが居るとはいえ、なるべくなら避けたいんだが」
「……森を傷つけないように、鳥だけを狙えばなんとかなると思うけど」
「万が一森を傷つけた時が怖いな。どうしたもんか」
「まぁ、リスクは有るがやるしかないだろ。俺たちはともかく、ネコタとアメリアは危うい。下手すれば本当に死にかねん」
「アホか。俺が居るのにアメリアを死なす訳ねぇだろうが。寝言は寝て言え」
「エドガー……! もうっ……!」
「僕ぅ! 僕は!? 僕の名前が入ってないんですけどぉ!」
「男を守る趣味はない。自分の身は自分で守れ」
エドガーはばっさりと切り捨てた。
まったく、いつまでもお客さん気分でいるつもりなのか。これだから平和ボケした人間は困る。そろそろ当事者意識を持って欲しい。
「大丈夫ですっ! 私に任せてくださいっ!」
「あん? どうするつも――っておい!?」
フィーリアは走り出した。その方向には、【フォルクス】の群れが巣を作っている木に向かっている。もしや、【フォルクス】がエドガー達を襲っている間に、木に登って卵を確保するつもりなのかもしれない。
だが当然、【フォルクス】達はそれを許す訳がなかった。命よりも大事な卵を守るため、全ての鳥が進路を変え、一斉に背後からフィーリアを狙う。
「待て、フィーリア――ちぃ! あのバカッ!」
心意気は認めるが、命を懸けてまでやることなど望んでいない!
エドガーはあの天然が入ったエルフを守るため、急いで援護に向かう。だがその途中で、フィーリアはエドガーの予想を裏切る行動を取った。
フィーリアはクルリと反転し、【フォルクス】の群れと向かい合う。突然止まった敵に対し、フォルクス達がその速度を緩めるようなことはなかった。むしろ好機とばかりに、一直線にフィーリアを狙う。
まるで大量の矢がフィーリアを狙っているようだ。その光景に、五人は息を飲む。
しかし、フィーリアには動揺の欠片も見られなかった。
「精霊さん! 熱っついの、お願いしますっ!」
なんとも親しみを感じる声と言葉だった。
フィーリアは両手を前に出し、手のひらで【フォルクス】の群れに壁を作る。すると、フィーリアとフォルクス達の中間地点で、キラリッと小さな光が現れた。
──その次の瞬間、炎が燃え盛った。
ゴウッ、と勢いのある炎の壁が出現する。突然の異変に、【フォルクス】はあんぐりと口を開けた。急に方向を変えることも出来ず、そのまま次々と炎の壁に身を投げる。
それを通り抜けた【フォルクス】は、全身を焦がしバタバタと地面に落ちる。一匹たりとも逃げられはしない。まるで地獄絵図だ。
「生焼けの【フォルクス】も大量にゲットです! やりましたっ! 気絶で済ましておきましたから、急いで血抜きをしましょう! 今日はご馳走ですよ!」
むふーっ! と、フィーリアは興奮が抑えきれないようだった。とても目が輝いていた。無論、エドガー達はドン引きだった。
「見ましたか、エドガー様っ! 凄いでしょう! 私だってやる時はやるんですよっ!」
「うん、フィーリアさんは凄いね。僕、驚いちゃったよ」
「あれっ!? なんでそんな他人行儀に……ちょっ、なんで離れるんですか! 頑張ったんだから褒めてくださいっ!」
バカを言うなとエドガーは思った。食欲で動く天然大量破壊兵器なぞ、近寄りたくもない。
エドガーはアメリアの胸に飛び込み震えていた。アメリアも気持ちは同じだった。フィーリアは縋るような目を向ける。が、二人の震えは更に大きくなった。
「こ、来ないでっ! エドガーは渡さないからっ!」
「なんでっ!? うぅぅうう、アメリアさんばかりズルいです! 私だって頑張ったのにっ!」
「お願いですから、頑張りすぎたせいだってことに気づいてください……」
「まぁまぁ、フィーリアが頑張ったのには違いないんだから、そんな邪険に扱うなよ。それにしても凄いな。あんな魔法が使えたのか」
顔を痙攣らせながら、ラッシュが間に入った。
ラッシュの誘導にあっさり乗り、嬉しそうにフィーリアは笑う。
「あっ、はい。ありがとうございますっ。でも、あれは魔法じゃなくて精霊術なんです」
「なに、精霊術?」
「精霊術って……フィーリアさん、精霊を操ることが出来るんですか?」
「はい。精霊との親和性が高い一部のエルフは、精霊と交信して助けを求めることが出来るんですよっ。さっきのは火の精霊にお願いして助けてもらったんです」
「そういえば、さっきの炎は魔力が感じなかった」
「ほう、それじゃあ精霊は本当に実在したのか。ってことは、【精霊の審判】ってのも比喩じゃなくて、精霊がこの森を守ってるのか?」
「はいっ。大昔の私たちのご先祖様が森の精霊との契約して、それから今も守ってくれているとされていますね」
「なるほどな。それで? さっきのは他のエルフも出来るのか? 術の規模はあれで最大か? 制御はどの程度まで効くんだ? 発動までの動作は? 気配もなく発動出来るのか?」
「お前は何に興味を持っているんだ……」
グイグイと前に出るジーナに呆れながらも、ラッシュはエルフの力に畏れを抱いていた。人を超える美貌と寿命を持ち、精霊を租とする種族と言われているが、あながち間違いでもないらしい。
迫るジーナに怯えた様子を見せながら、フィーリアは答える。
「あっ、あははは。規模や制御は、どれだけ精霊さんと交信できるか、イメージを伝えられるかによりますね。言葉に出した方が伝えやすいから、無言で動いてもらうのはかなり難しいです。
長老格の人たちや、戦士の皆さんなら精霊術は使えます。精霊術を使えるのは、精霊に近い血の濃い人達だけですから、精霊術を使えるというのは尊敬されることなんですよっ。
もっとも、私には当てはまりませんけど……」
フィーリアはどこか遠い目をした。
気まずそうにしながら、ネコタが尋ねる。
「ええっと、それはどうしてまた?」
「その、里のエルフが使えるのは、木や風、水の精霊なんですよね。まぁ、エルフはそちらの方面への親和性が高いらしいので当然なんですが……その点、私は火の精霊にしか適性がなくて。
親和性は特に高いらしいんですけど、こんな森で火の精霊を操るなんて危険でしかないというか、むしろ使ったら怒られるというか……」
「ああ、なるほどな」
森と共に生きるエルフなら、森を燃やしてしまう危険性は看過できないだろう。
様々な要因を考え、エドガーは納得する。ポム、とフィーリアの膝元を優しく叩いた。
「突然変異の体質加え、食い意地が張ってブクブク太ったら、そりゃあ長の娘とはいえ軽蔑されるよな。自業自得とはいえ、ドンマイ」
「酷いっ!」
ガビンッ、とショックを受けるフィーリア。しかし、彼女は強く首を振って抵抗した。
「で、でもでも、少なくとも家族だけはこんな私を受けれてくれていますもの! それだけで私はいいんですっ!」
「どうかな。族長は結構……」
「お、お父様は厳しく見えるだけで、私のことをちゃんと思ってくれているからこそですっ! そんなこと言わないでくださいっ!」
「ほう、なら賭けるか?」
ニマァと、エドガーは嗤った。
その邪悪な笑みに、さしものフィーリアも一歩引く。
「賭けですか? 一体何を……」
「里に帰って族長に成果を報告して、一言でもお前に労いの言葉が出るかどうか。本当に娘を大事に思っているなら、よくやったという言葉があってもいいはずだ」
「あははっ! そんなの簡単すぎですよっ! 賭けにもなりませんけど、本当にそれでいいんですか?」
「ああ、かまわねぇぜ。ただし、お前が負けたらしばらく俺の奴隷な」
「ど、奴隷? 奴隷なんて、そんな……」
「おい、エドガー。さすがにそれは可哀想だろう」
ラッシュはエドガーを窘めた。彼には既に結果が見えていた。
しかし、フィーリアは強気で言った。
「い、いいでしょう。その条件で受けましょう」
「ほう、いいんだな?」
「いや、フィーリアさん。よした方が……」
「お前の好きにすりゃあいいと思うが、正直分が悪いと思うぜ」
「うん。後悔すると思うよ」
他の三人も揃ってフィーリアを止めようとする。しかし、ムキになっているのか、フィーリアは語気を強める。
「いえ、大丈夫です! その代わり、私が勝ったらエドガーさんは私の物ですよ! しばらく私のぬいぐるみになってもらいます!」
「くっ、なんという屈辱っ。思わず躊躇っちまったぜ。だが良かろう、その挑戦受けて立つ!」
「嘘つけ。どっちにしろお前の勝ちじゃねぇか」
なんて羨ましい勝負を、とラッシュはエドガーを見つめた。うまくやりやがって!
「大丈夫です。いかに不出来とはいえ、私とてもお父様の娘。必ず私を褒めてくださいますっ!」
ふふんっ、と。フィーリアはいっぺんの疑いも持っていない様子だった。
そんな彼女を、ネコタ達は哀れむような目で見ていた。
そしてエドガーは勝利を確信した。
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