第64話 今頃こんなことに気づくなんて



「さ、流石ですな。まさか一日で、しかもこれだけ早く獲物を取って来られるとは……」


 ヒクヒクと口元を痙攣らせ、クレイドはエドガー達が獲ってきた獲物を見ていた。どれも傷一つなく、それもかなりの量を確保している。文句のつけようもなかった。


「さすがエドガー殿。いや、勇者一行と言ったところでしょうか」

「ふっ、まぁな。と言いたいところだが、フィーリアが居なければどれも手に入れることが出来なかっただろう。褒めるならこいつを褒めてやってくれ」


「はいっ! エドガー様の為に頑張りましたっ!」

「──お前のせいか」


「あの、お父様? 今何か仰って……」

「あ、ああ。いや、なんでもない。ちゃんとエドガー殿の力になれたのだな。うむ、フィー、よくやった」


「あっ、はいっ。ありがとうございますっ。とは言っても、私が居なくてもエドガー様達なら簡単に集められたでしょうけど」

「はははっ、そんなことを言っておるが、思ってる以上に手を貸したのではないか? でないとここまで早く集めることはできまい」


「そんなっ、私がやったことなんて、【ヒカリダケ】の在処を教えたのと【ファルル】を捕まえたのと、【フォルクス】の群れを焼き払ったのと……あれっ!?」

「やはりほとんどお主がやっているではないか! 試練の意味が分かっているのか! この大馬鹿者が!」


「ひぃん! ご、ごめんなさっ……はっ!? エ、エドガー様、嵌めましたね!?」

「違う。ただのお前の自爆だ。賭けは俺の勝ちだな。約束は守れよ」


「ず、ズルイですっ! 初めからこうなると分かって……!」

「フィー! 聞いているのか!」

「ご、ごめんなさ〜いっ!」


 やはりこうなったか……。

 クレイドに叱責されるフィーリアに、ラッシュ達は同情した。迂闊にも同意したフィーリアが悪いとはいえ、哀れではある。


「まったく、お前という奴は! やはりお前ではなくフィリスを付けるべきだったか。これでは何の意味も……」


「まぁまぁ族長。そいつは俺達の為に頑張りすぎちゃっただけなんだ。甘えちまった俺達も悪い。大目に見てくれや。

 それよりも、今は試練のことだ。取ってきたはいいが、それじゃあ流石に他のエルフも認めてくれねぇだろ? どうする? もう一度やり直すか?」


「……いえ。過程はどうあれ、集められたことには変わりないのです。とはいえ、正規の手段で集めきったとは言いづらい。

 私の方から長老衆に報告し、合否の判断を委ねましょう。どうかお時間を頂きたい。それまで一席設けさせていただきますので、楽しんで頂けたらと」


「そうか? 俺達のせいでこうなってんのに、なんか悪いな」

「いいじゃねぇか。族長がこう言ってんだし、お言葉に甘えようぜ」

「お前はまた酒目当てだろうが。少しは遠慮しなさいよ」


 ラッシュは呆れた目でジーナを窘めた。

 クレイドはそれにも鷹揚な笑みを見せる。


「はっはっは、構わぬよ。この里の味を知ってもらいたいと思っていたところです。里で作られた酒と森の恵みをご用意しますので、どうか心ゆくまで楽しんで頂きたい。

 準備に少々お時間がかかりますので、先に皆様が休む部屋にご案内します。そこでごゆるりとお休みを」


「申し訳ない。お言葉に甘えさせて頂きます」

「結構疲れてたんで、正直嬉しいですね」


 ラッシュとネコタはほっと息を吐く。牢屋に入れられてから、そのまま試練に連れ出されていたのだ。体力的に限界が近いのも無理はない。


「なぁ、酒だけでもすぐに出せねぇか? あたしは今すぐにでも飲みてぇんだが」

「お前なっ! 図々しいのもほどほどにしておけよっ!」


「はっはっは、それだけ楽しみにしてくれるというならば、こちらももてなす甲斐があるというものだ。おい、酒を用意しなさい」

「へへっ、やったぜ」


 だらしなく表情を崩すジーナ。

 しかし、アメリアは思案げな様子だった。


「私はどうしようかな。部屋で休むほど疲れてもないし、かといってお酒だけあっても」

「アメリアさんはお酒は苦手ですか?」


「苦手というわけでもないけど、そこまで好きでもないかな」

「そうですか……それじゃあ、ご飯の用意が出来るまで私が里を案内しましょうか? 時間潰しにはなりますよ」


「いいの? 部外者が好き勝手に歩いて」

「私も一緒ですし、本当にダメな所には行きませんから。お父様、よろしいですか?」


 フィーリアの確認に、クレイドは頷く。


「ああ。我々の暮らしを知ってもらうのもいいことだろう。案内してあげなさい」

「はいっ。それじゃあアメリアさん、行きましょうか」

「……うん、じゃあ行こうかな。エドガーも行こうよ」


「そうだな。お言葉に甘えるとするか」

「エドガー様も行ってしまわれるのですか? 良ければお酌をさせて欲しかったのですけど」

「あん?」


 頬を赤らめるフィリスに、エドガーは言った。


「それは光栄だが、後じゃ駄目か? 俺もこの里には興味があるんだが」

「いえ、エドガー様がそうしたいのなら構わないのです。ただ、そうしたいのは私だけでは無くてですね……」


「申し訳ない、エドガー殿。実は他にもエドガー殿と話をしたいという者が居ましてな。大抵は抑えておりますが、私でも強く言えない方が何人か居りまして」

「ああー、そうなのか。それじゃあしょうがないな。厄介になってる身だし、少しは付き合わないとな。アメリア、すまんがお前達だけで行ってくれるか?」


「残念だけど、それじゃあしょうがないね。それじゃあフィーリア、行こうか」

「はいっ。精一杯ご案内させて頂きますっ!」




 ♦︎    ♦︎




 部屋で休む者。一足早く酒を飲む者。里を見て回る者。

 勇者の面々は、思い思いに時間を潰していた。


 アメリアはフィーリアと共に里を回り、里の雰囲気を感じていた。時折目に入る景色をフィーリアに解説してもらい、より深く理解する。時間つぶしになれば程度の考えだったが、思ったよりもアメリアは楽しく過ごしていた。


「──とまぁ、このような感じですね。すみません、よくよく考えたら、この里って特に目立つような物がなかったです。つ、つまらないですよね?」

「そんなことない。結構楽しんでるよ」

「ほ、本当ですか? 気を使ってるんじゃ……」


「なんていうか、こういう緑に囲まれている村の雰囲気って好きなんだよね。たぶん、私の故郷に近いからかな。歩いてて落ち着くし、この空気は好きだよ」

「そうですか。喜んでいただけているようなら何よりですっ」


 ほっと、フィーリアは柔らかく笑みを浮かべる。楽しんでもらい、自分の故郷を好きになってもらえたのなら、これ以上のことはない。


「一通り見て回りましたし、そろそろ戻りましょうか? 今頃ご飯の用意もできていると思います」

「そうだね。ちょっとお腹が空いてきたかも」


「はいっ、私も凄くお腹が空いてますっ!」

「フィーリアはいつもなんじゃないの?」


「酷いっ! アメリアさんまでエドガー様と同じようなことをっ!」

「ふふっ、ごめんねっ」


 お互い冗談だと分かって笑う。


 短い時間ではあるが、二人はいつの間にか気軽に笑えるほど仲良くなっていた。人当たりが冷たいアメリアにしては珍しいことだ。よっぽど相性が良かったのかもしれない。


 まぁ、一番の理由はお互いエドガーが好きという共通点があるからだろう。もっとも、最大のライバルでもある訳だが。


「あっ、そうだ。アメリアさん、帰る前に一箇所、寄りたいところがあるのですけどいいですか? 家に帰る途中に寄れる場所にあるので」

「うん、いいよ。どこに行くの?」


「ふふっ、私達にとって大事な場所です。まぁ、詳しくはそこで説明しましょうか」

「へぇ、なんだろう。気になるな」


 ほんの少しだけ、ワクワクした気持ちになる。反応の良いアメリアに愉快な気持ちになりながら、フィーリアは先導した。


 フィーリアが目指したのは、里の中央部にある最も巨大な木だった。遠くから見れば、ただ巨大なだけの変哲もない木だ。しかし、幾人かのエルフが膝をつき祈りを捧げていることに、それが特別な物だとアメリアは察する。


 近づいてみれば、その理由が分かった。その木を抉るような空洞の中に、人形のような物が置かれている。おそらく、エルフの信仰を受けてる者が祀られているのだろう。


「アメリアさん。これが、エルフが崇める神、ブディーチャック様の像です。この里のエルフは、時間が空いた時にここで祈りを捧げる習慣があるんですよ」

「ブディーチャック……初めて聞く名前」


「ふふっ、人族の皆さんは女神を信仰していますからね。確かに他の神の名は珍しいかもしれませんね。だけど森で生きるエルフにとって、【森と獣の神ブディーチャック】様は、何よりも信じるに値する神なのですよ」

「へぇ、そうなんだ……」


 どこか遠い目で、アメリアはブディーチャックの像を見つめていた。

 その様子に、フィーリアは不安になる。


「あの、やっぱり賢者として他の神は受け入れられませんか? いえ、受け入れろとはいいません。ただ、出来れば私達の大切にしている神を否定はしないでくれれば……」

「ああ、大丈夫。気に入らない訳じゃないから。ただ、懐かしいなって」


「懐かしい、ですか? それはどういう?」

「私の故郷でも、森の中にこういう神様の像が祀られてたんだ。どんな神様だったのかは伝わってなかったけど、村ではブー様って呼ばれててね。名前もちょっとだけ似てるから、つい昔を思い出してね」


「ブー様、ですか。もしかしたら、アメリアさんの言う神は本当にこのブディーチャック様のことかもしれませんね」

「え? そうなの?」


 目を丸くするアメリアに、フィーリアは頷く。


「はいっ。ブディーチャック様は森と獣の神です。今では人族のほとんどが女神アルマンディ様を信仰していますが、狩りで生活する部族や森の恵みで生きる部族には、ブディーチャック様を信仰している村も多くあったそうです。


 おそらく、アメリアさんのご先祖様もブディーチャック様を信仰していて、時が経つにつれ本来の名前が間違って伝わっていたのかもしれません」


「そうなんだ、知らなかったな。でも……うん、本当にそうかもね。私の村の森も、この里や周りの森と同じような雰囲気があったよ。キラキラしてて、静かで、それでいて活動的な……そっか。なんで森を歩いてるだけで楽しかったんだろうって思ってたけど、私は故郷を思い出していたんだね」


 そう気づけば、感慨深いものを感じる。自分が思っているよりもずっと、アメリアは故郷を大事にしていたらしい。


「ねぇ、ブディーチャックってどんな神様なの?」

「ええっとですね……森と獣の神で、純粋で無邪気な、子供のような神でもあると伝わっています。そして、ブディーチャック様の使いがウサギであるとも」


「ウサギ……それじゃあ、エドガーが好かれているのはそれが理由?」

「はいっ。兎人族はまさしくブディーチャックの使いが人の知性と言葉を得た存在だと言われ、エルフから一目置かれてるんです。だから、皆エドガーさんと話たがってるんです」


「ふぅん、そうなんだ。確かに、あんな可愛い子を送る神様だったら、みんな好きになるかもね」

「ふふっ、といっても、ブディーチャック様も良いところばかりではないですけどね」

「へぇ。それはどういう意味?」


「純粋で無邪気だからこそ、時に何よりも残酷な試練を与えることがある。そんな怖い面もあると語られているんです。だから、どれほど神に目をかけられようと気を許してはいけない。敬いつつも、警戒し、備えなければならない。でなければ、死んだ方がましな目に合わされる、と」


「それは……本当に怖い神様だね」


 敬い、慕っていたとしても、好意で返ってくるとは限らない。それどころか、悪意で返ってくることもありえる。その気まぐれな有様は、まさしく神そのものであるとアメリアは思った。


 そんなアメリアの反応に言いすぎたと思ったのか、フィーリアは慌てて言う。


「といってもですね、怖いばかりではないんですよっ?

 ブディーチャック様は無垢な心を好む神様ですから、純粋で一途な願いならば、叶えてくれることもあるんですっ! だから私達はこうして、家族の安寧や平和をお祈りするんですっ! 

 どうでしょう、アメリアさんも何かお祈りしていきませんか? もしかしたら叶えてくれるかもしれませんよ」


「お祈り? いいのかな、私は外の人間だけど」

「ブディーチャック様は気まぐれですけど、そんな器の小さい神様ではないですよ。それがアメリアさんにとって大事な願いなら、きっと叶えてくれます」

「……そっか。それじゃあ、ちょっと祈ってみようかな」


 膝を着き、頭を下げ、目を瞑って祈りを捧げる。

 ただそれだけなのに、何故かフィーリアはアメリアから目を離せなかった。そして、それは周りで同じように祈りを捧げていたエルフ達も同じだった。


 人間だからと遠巻きにしていたのに、その真摯な祈りに、種族の壁も忘れ見とれていた。

 それだけ美しい、【賢者】の祈りだった。


 ふぅ、と小さく息を吐き、アメリアはキョトンとした顔で尋ねる。


「どうしたのフィーリア? 何かあった?」

「あっ、いえっ、すいません。ちょっと見惚れちゃってて、あははっ」

「ふふっ、何それ。変なの」


 可笑しそうにアメリアは笑った。

 言い訳するようにフィーリアは言う。


「だ、だって、アメリアさんが熱心に祈っているものですからっ。あんなに真剣に祈るなんて、一体何を願ったんですか?」

「ん、大したことじゃないよ。ちょっと幼馴染のことをね」


「幼馴染ですか? あっ、それってもしかして、男の子ですか?」


 ワクワクするフィーリアに、アメリアは寂しそうに笑って言う。


「うん、そうだよ。その子が……トトが無事でいますようにってお願いしたの。それと、もしそれが駄目なら、せめて私の頑張っている姿を見ていてくれますようにって」

「え? ……あの、それって」


 ゆっくりと、アメリアは頷いた。

 サァッと、フィーリアは顔を青くする。


「ごめんなさいっ、私、無神経なことを……」


「いいよ、気にしてないから。それに、そろそろ私も区切りをつけなくちゃいけないと思ってたしね。実はフィーリアに会う前にも、皆とトトの話をしたんだよね。それで、私は今でもトトを引きずっていたんだなって。でも、良い加減現実を見ないとね。普通に考えて、もう生きている訳がないんだから」


 アメリアは笑っているのに、なんだか泣きそうな顔に見えた。痛ましい姿に、フィーリアの表情が歪む。しかし、それを押さえつけ、フィーリアは柔らかく微笑んだ。


「アメリアさん、そのトトって男の子は、一体どういう子だったんですか?」

「ん、そうだな……私と同じ歳の子だったのに、ずっと大人っぽくて……よくからかってくるけど、本当に傷つくようなことは絶対に言わない。悪戯っぽいこともするのに、いつも私のことを見守って……あ」


 口にしながら、アメリアは気づいた。


「そっか。全然気づかなかったな。似てるんだ」

「似てる? 誰がです?」


「トトと、エドガーだよ。可愛い姿だけど、なんであんなに構ってるんだろうって自分でも不思議だったの。でも、今ハッキリした。からかったり、素っ気なくすることがある癖に、大事にならないようにいつも見守ってくれる、ちょっと捻くれているけど、優しいところ。ああ、そっか……」


 気づいたら、胸いっぱいに感情が溢れた。

 静かに、涙が溢れる。


「私、エドガーを通してトトを見ていたんだ。バカみたい。今頃こんなことに気づくなんて」

「アメリアさん……」


 今度こそ、かける言葉が見つからなかった。

 泣き啜るアメリアの声が、暗くなった森まで届く。その涙はしばらく続いたが、フィーリアは一言も喋らず、じっと側に寄り添っていた。


 しばらくして、アメリアの泣き声が止んだ。顔を上げた時には、目が赤くなってはいるものの、いつも通りのアメリアが戻っていた。


「ごめんね、いきなり泣き出して」

「いいんですよ。気にしないで。誰にだってそういう時はあるでしょう?」


「……そう言われるとほっとするかも。側に居てくれてありがとうね」

「いえいえ。気にしないでください。その代わり、私が同じように泣いていたら慰めてくださいね?」


「うん、分かった。でも、それだとしょっちゅう慰めなくちゃいけないことになるね」

「うえぇ!? 私そんなに泣き虫じゃないですよ!?」


 ガンッ、とショックを受けるフィーリア。

 笑いながらアメリアは言った。


「だって、エドガーに虐められて何度も泣いてたじゃない」

「あ、あれは私が弱いというより、エドガーさんが酷すぎるんですっ。なんで私ばっかり虐めるんでしょう」

「そんなことない。ネコタだって同じくらい虐められて泣いてるよ」


 泣いてないですよっ! と、ネコタが居れば半泣きになって否定していただろう。そもそも質が違う。フィーリアにやるのはちょっかいで、ネコタにやるのはイジメである。


「でも、フィーリアにするのは違うか。エドガーのあれは、可愛い子にちょっかいを出すやつじゃないかな?」

「えっ? そうだったんですか? そ、それじゃあしょうがないかなぁ〜」


 困ったような口調だったが、テレテレとフィーリアは嬉しそうだった。

 違う、ただの躾だ。エドガーが居れば、毅然としてそう言っただろう。そして即座に行動に移していただろう。今回ばかりは、フィーリアは幸運だった。


「またそうやって調子に乗ってると、エドガーに怒られるよ。それじゃ、そろそろ行こうか。もう大分時間が経っちゃってるしね。皆心配しているかも」

「あっ、そうですね」


 二人は歩き出す。しかしすぐに、フィーリアは足を止めた。ほんのすこしの躊躇い、アメリアの背中に声をかける。


「あの、アメリアさん!」

「うん? 何?」

「その、さっきのお祈りのことですけど……きっと、ブディーチャック様は叶えてくれていると思いますよ」


 アメリアは小さく目を瞠る。

 うっと息を飲み、しかし、フィーリアは続けた。


「言ったでしょう? ブディーチャック様は純粋な者を好む神様なんです。


 好きな人に会いたい、見てほしい。アメリアさんのさっきの祈りは、そんな願いが伝わってくる、ひたむきさを感じるものでした。だから、ブディーチャック様も絶対に叶えてくれていると思いますっ!


 そ、それにですね、たとえブディーチャック様が聞いてくれなかったとしても、アメリアさんがそれだけ一途に好いていたんです。きっと、そのトトっていう子にも想いは伝わっていますよ。だからっ――」


 顔を上げ、驚いているアメリアの表情を見る。それがなんだかおかしくて、フィーリアはふっと笑っていた。


「──だから、今もトトさんはアメリアさんを見ていると思います。今だけではなく、昔から、ずっと。きっと、アメリアさんだけを見ていますよ」

「……うん。そうだったら、本当に嬉しいな」


 心から、アメリアは笑った。それはとても輝いて、毎日が楽しかった子供の頃に浮かべた笑みに近いものだった。


 二人は笑い合いながら、のんびりと帰路についた。そんな二人の背中を、神の像が見つめていた。


 その像は、まるで二人を見て微笑んでいるようだった。




 ♦︎   ♦︎




「まぁっ! さすがエドガー様っ! 兎人族の戦士はお酒もお強いのですねっ!」

「うぃひひっ! これくらいで驚いてもらっちゃ困る! まだまだいくらでも飲めるぜ!」


「ふふふっ、それじゃあお注ぎいたしますねっ。さっ、どうぞっ」

「ゴキュ、ゴキュ、ゴキュッ! プハー! いやー、エルフの酒ってのは美味いな! いくらでも飲めそうだ!」


「お酒だけではなく、お料理もお食べくださいっ。はい、あーんっ」

「あーん。おおっ、こりゃ美味いっ! 絶品だなこりゃ!」


「ふふっ、気に入って頂けてなによりです。それではもう一口、あーん……きゃあっ」

「っと、とと、ふむ。汚れちまったな」


「す、すいませんっ。大丈夫ですか?」

「なに、気にするなよ。拭けば済むことだからな」


「本当に申し訳ありま……あら、エドガー様。まだ口元に」

「ん〜? どこだ、見えねぇな。ちょっと自分じゃできねぇから拭いてもらえるか? ああ、口で綺麗にしてくれてもいいぜ」


「まぁっ! そんな破廉恥なこと……で、でも、エドガー様がそこまで言うなら仕方ありませんねっ……ちゅっ!」

「おほぉう! なはははは! 美人からのキスが貰えるなら、汚されて得したなぁ〜!」


「もうっ、またそんなこと言って! どうせ他の女性が同じことをしたら、同じようなことを言うくせにっ!」

「なに言ってんだよ。そんな訳ねぇだろ! 今の俺は君達のことしか見えてないよ〜ん!」


 キャーッと、女達の嬉しそうな声が上がる。


 エドガーは幾人もの年頃のエルフに囲まれていた。その中にはフィリスも居る。おそらく、兎人族に憧れた美少女達が接待と聞いて集まったのだろう。エルフの美女にチヤホヤとされ、エドガーはデレデレと鼻の下を伸ばしていた。


 これ以上ない浮かれっぷりだった。控えめに言って最低な男だった。


「……………………」

「あ、あの、アメリアさん? お、落ち着いて、エドガー様もちょっとお酒が入ってるから……ひっ!?」


 まるで悪魔かと思うような表情だった。余計なことを言えばただではすまない。そう確信させられた。


「エドガー」

「んぁ〜? おおうっ、アメリアかっ! ようやく帰ってきたか、待ってたぜ! 早くお前らも混ざれよ! フィーリアは椅子なっ! ぎゅっと抱きしめてくれっ! んでアメリアはここなっ! これで天国の完成だぜっ! ふひゃはははははははっ!」


 それがその夜、エドガーの最後に発したまともな言葉だった。

 エドガーは天国どころか、永遠とも思えるほどの地獄を見た。


 もう二度と、アメリアの前で調子に乗ってはいけない。

 エドガーは重要なことを学んだ代わりに、多大なトラウマを背負うことになった。




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