第62話 なんだその達人みたいな理屈は!?



「ですが族長。逆に言えば、【ヒカリダケ】は運が良ければ見つけられる物でもあります。偶然手に入れることもあり得ないとは言い切れません」

「はっはっは、それはとてつもない豪運だな。だがまぁ、仮にそんな幸運者が居たとしても、残りの二つは運だけでは捕まえることは不可能だ。特に【ファルル】はな」


「それはまぁ、確かにそうですね」


「【ファルル】は警戒心が強く、特に臆病な魚だ。

 僅かな足音でも直ぐに岩場に身を隠し、そのまま数日は出てこなくなる。

 

 方法はただ一つ、【ファルル】が警戒を解くまでじっと釣り糸を垂らすしかない。最長で数日もの忍耐力が試される試練だ。


 見た所、あの中には我慢が効かなそうな者が居たからな。おそらく釣れることはあるまい。最悪試練を諦めることもあるだろう。それでなくても数日の時間は稼げる。その間に我々が手を打てばいい」




 ♦︎   ♦︎




「──という魚なんです」

「へぇ。それは捕まえるのが大変そうな魚だね」


「でもでも、その分、物凄く美味しい魚なんですよっ! 白身だからあっさりしている味ですけど、それでいて肉厚で、焼けば口の中で身がフワッと崩れるんですっ! あれを食べたら他の魚じゃ満足できなくなりますっ!」


 最初は興味の薄かったアメリアだが、熱心なフィーリアの説明で次第に気になり始める。それはもう見事なプレゼン能力だった。


「凄いですね。フィーリアさん、商人になれるんじゃないですか?」

「いや、ありゃ食にこだわりを持っているからこそできるもんであって、商売となるとまた別だろ。騙されて物乞いになるのがオチだ」

「いくらなんでもそれは……いや、あり得そうですね……」


 エドガーの言葉をネコタは否定しきれなかった。ボロボロになって売られていくフィーリアの姿が容易に想像できた。


「んで、あそこがその【ファルル】って魚がいる池ってわけか」

「なんだぁ? さっきの場所と違って随分濁ってる池だな。おい、本当にあんなとこに入るのかよ?」


 疑わしそうなジーナに、フィーリアは自信満々に頷く。


「はい。【ファルル】はあのような濁りの多い池や川に住んでいまして、泥と一体化していることが多いんです。近づいたら逃げられるのはもちろんですけど、そもそも見つけることすら難しいんですよ」

「ほう、そりゃ大変そうだな。どれ、ひとつ試しに――」


 気配を消し、ラッシュは一歩前に出る。

 ピチャピチャピチャ! と、池から一斉に水が跳ねた音が聞こえた。


「──あ?」

「あの、すいません。今、水の音が聞こえたような気が」

「ああ、気のせいじゃねぇぜ。俺が言うんだ、間違いない」


 これ見よがしにピコピコと耳を揺らし、エドガーはジト目でラッシュを見た。


「マジでありえねぇんだけど。何やってくれてんのお前?」

「いや、ちょっと待て! 嘘だろ!? この距離でか!? というか、ちゃんと気配は消したぞ!?」


「ああ〜、気配を消した気配を感じ取ったんでしょうね。だから直ぐに隠れたんだと思います。本当ならもう少し近づけたんですけど」

「なんだその達人みたいな理屈は!? 本当に魚かよ!」


「気配を消す気配を捉える、か。考えたことなかったな……あたしに出来るか?」

「俺は耳が良いから必要ないが、お前も意識してないだけで無意識にやってると思うぜ。上手く気配を消しすぎると、逆に不自然さを感じるからな。実はそう難しくない」


「ちょっと会話が高度過ぎてついていけないんですが……」


 魚の話から、なんでこんな武術の話に繋がるんだろうとネコタは思った。


「ねぇ、どうするの? 岩場に隠れてるんだよね? そうなったら釣りをするしかないんでしょ?」

「お前今回はマジで余計なことしかしねぇな。もう何もすんなよ」


「うぐっ!? ……め、面目ねぇ」

「あははは、大丈夫ですよ。どちらにせよ、初めからそうするつもりでしたし」


 あっけらかんとして笑うフィーリアに視線が集まった。

 意外そうな顔でエドガーは問う。


「初めからそうするって……何か方法があるのか?」

「はい。実は捕まえるだけならファルルは物凄く簡単なんです。といっても、ちょっと準備は必要なんですけど」

「そ、そうか。どうすればいいんだ? 俺に出来ることなら何でも言ってくれ」


 真っ先にラッシュが言った。保身に熱心なオヤジだった。


「それじゃあラッシュさん、申し訳ないですけど、あの木についてる実を取ってもらえませんか?」

「ああ。あれか」


 フィーリアが指す木をラッシュは見上げる。


 遥か高くに、人の頭ほどある身がいくつも成っていた。意外にでかい、と驚くが、何よりも特徴的なのはその身がなっている高さだ。あそこまで木を登って取るのは大変だろう。しかし、自分なら問題ない。


「いいぜ。おやすいご用だ」


 木の下まで近づき、弓で狙い、放つ。流れるような一連の動作から放たれた矢は、見事に枝から身を落とした。


 すぐに落ちてくる身の落下地点を見極め、ラッシュは構える。


「よし、オーライ、オーライ」

「あっ! ラッシュさん、駄目!」


 ヒュルルルルル――――――ボキッ! ドスンッ!


「ほぎゃああああああああ!? 手、手がぁあああああ!?」


「ああ、だから駄目って言ったのに……」

「おい、今すげぇ音がしたぞ」

「なんだあの実。どんだけ重いんだ」


 ジーナとエドガーは揃って顔を青くした。下手すれば自分がああなっていたかもしないと思うと、正直笑えない。

 アメリアの治療を受けながら、ラッシュは落とした実を恐ろしそうに見る。


「な、なんだよこれ。デカイとはいえ、木の実の重さじゃねぇぞ。腕が取れたかと思った」


「その身はこの森の特有の実で、【鋼の実】と言われてるんです。

 その名の通り皮の硬さと重さが鉱物並みで、硬すぎて食べられないから鳥や虫も狙わないくらいなんですよ。

 私達の里でも、自然と落ちた鋼鉄の実が頭に当たって時々死んでしまう人が居るので、危ないから絶対に近寄ってはいけないと教えられるくらいなんです」


「そういうことは早く言ってくれ! まさしく俺が死ぬとこだっただろうが!」

「ご、ごめんなさいっ! まさか受け止めようとする人が居るとは思わず……」


 心から申し訳なさそうにするフィーリアに、ラッシュは恐怖した。なぜエドガーが厳しく当たるのか、この娘の危険さがなんとなく分かってきた。この天然は無自覚に周りを傷つける。可愛いから怒り辛い所がまた困る。扱いに難しい。


「次からは本当に気をつけてくれ。頼むぞ本当に。それで、この実が何の役に立つんだ?」

「あっ、はい。見ていてくださいね」


 よいしょっと、フィーリアは重い実を抱えた。見ているこっちが不安になるほど、フラフラと揺れながら、ファルルが潜む池に向かう。


「こ、この実は確かにっ、硬いし重いしで危なくてっ、食べられもしない役に立たない実ですけどっ、この身の特徴がファルルの捕獲にとても役立つんですっ! んっ、しょっと! さて……」


「わっ!? ちょっ!?」

「おおっ……! これなら痛い目にあった甲斐があるな……」

「チッ! このろくでなしどもが!」


「アメリア、頼む。手を退かしてくれないか? ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」

「駄目。エドガーは見ちゃいけません」


 ヨロヨロとようやく池にたどり着いたフィーリアは、実を傍に置くと、おもむろにスカートをめくり上げ腰元で結んだ。むっちりと太ももが露わになり、男衆の目がクギ付けになる。アメリアに目を隠されたエドガーは悔しげに唸った。


 フィーリアは自分の姿を確認すると、もう一度鋼の実を持ち上げ、躊躇なく池に入った。腰元の布が透け、太ももに滴る水滴が艶かしい。来て良かったと、ネコタとラッシュは心から思った。そしてエドガーは血の涙を流した。


 男衆にどう見られているか気づきもせず、フィーリアはよいしょ、よいしょと掛け声を出しながら、池にある大きな岩場に登りだす。その頂上にたどり着くと、鋼の実を高く持ち上げ、足元に叩きつけた。


「ええーいっ!」


 ──ガチン!


 岩と岩がぶつかったような、激しい音が響く。その音と振動に、ネコタ五人は目を剥いた。一体何を、と思っていたところで――池の岩場の隙間から、プカリと次々に魚が浮き上がった。


「わぁっ! 皆さん、見てください! いっぱい取れました! 今日は特に大量ですよ〜!」


「すげぇな。あんな取り方があんのか」

「いや、確かに凄い取り方ではあるが……あれで良いのか? これじゃあ試練にもならんような気が……」


「まさかのガチンコ漁とか。意外すぎてビックリだわ」

「あっ! それですよそれ! なんか知ってると思ったらそうだ、ガチンコ漁! 本当に魚が気絶するんですね。まさか異世界で見れるなんて……あれ? なんでエドガーさんは知って――」


「なんだ、お前のところにもあるのか? 俺は旅の途中で見たことがあるんだが」

「ああ、そうなんですか? やっぱり世界は違えども考えることは一緒なんですねぇ」


「でも、いいのかな。こんな方法で魚を集めて。バレたら怒られない?」

「なぁに、気にするな。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。楽に集められるに越したことはないだろ。まぁこれが日本だったら漁業違反で捕まってるけどな」


「そういえばそうですね。そっか、逆に異世界でだからこそ見れたこと……エドガーさんっ!? 今なんて――」

「すいませーん! 誰か手伝ってもらえませんか〜! 数が多くて〜!」


「あっ、フィーリアが呼んでる。僕、行かないと」

「あっ、ちょっ、後で答えてもらいますからね!」


 五人はフィーリアを手伝い、浮かんだ魚を全て拾い集めた。

 予想以上の大収穫に、はぁぁん! と、フィーリアは恍惚な声を上げる。


「はぁ、まさかこんなに取れるなんて思いませんでした。これなら試練の分を渡したとしてもいっぱい食べられますね。

 それにほらっ、見てください。叩きつけて鋼の実が割れてるでしょう? ここから鋼の実の果汁が飲めますよっ! エドガー様、どうぞっ! これがとても美味しいんです!」


「どれっ……ほう、こいつは中々だな。甘いのに喉越しが良い。いくらでも飲めそうだ」

「でしょう? 運ぶのが大変だけど、ここにくればいつでも飲めますし、私も大好きですっ! 里の皆は味を知らないんで、私だけの特別な物なんですよ! エドガー様、遠慮なく飲んでくださいね」


 自分だけの秘密を教えることが出来て、よっぽど嬉しいらしい。ゴクゴクと飲み続けるエドガーを見て、フィーリアはニコニコと笑っていた。

 感心したように、ラッシュが言う。


「いや、あんな魚の取り方があるとは知らなかった。だけど、あれはやっていいものなのか? 森を荒らすって見られてる可能性もあるんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。何度も確かめたんで。岩場を破壊したらその範囲になりますけど、壊さなければ免れます。ギリギリのグレーゾーンですねっ!」


 グッと拳を握り、キラキラと目を輝かせるフィーリア。その瞳に、罪悪感は欠片もなかった。森の住人であるエルフとしてそれはどうなのか……。


「食い意地ここに極まれり、だな。自然に全く配慮しないこの態度。こいつ本当にエルフか?」

「フィーリアさんが里であまり人気がないのって、お姉さんのこととか見た目のことじゃなくて、こういう所なんじゃ……」


「さぁっ! 次に行きましょう!【フォルクス】の卵です! ゆで卵は特に絶品ですよ!」




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