第54話 俺の方が百倍可愛いわ



 三人が飛びかかる前に、アメリアはいち早くエドガーを庇った。

 抱きかかえ、キッとネコタ達を睨みつける。


「エドガーは絶対に渡さない! どうしても渡せっていうなら私を殺してからにして!」

「アメリア、今回ばかりは冗談では済まされないんだ。大人しく渡してくれ」


「そうですよ。いくらアメリアさんでもそれは許されません。僕らの言うことを聞いてください」

「まだるっこしいんだよ。了解なんざ要らねぇだろ。アメリアを気絶させて、それからあのウサギを痛めつければいい話だ」


 ゴキリ、とジーナは拳を鳴らした。

 それでも、アメリアはぎゅっとエドガーを抱きしめる。

 エドガーは諦めたように首を振った。


「いいんだアメリア。俺はどうなっても構わない。お前さえ無事で居てくれればそれでいい」

「いやだよっ! エドガーと一緒じゃなきゃ絶対に嫌だっ!」


「我儘を言わないでおくれ。たとえ俺に非がなく、理不尽な要求を突きつけられたとしても、お前を守るためなら俺は甘んじて受け入れるよ。だから……」


「いい加減にしろよクソウサギ! 被害者面してんじゃねぇ! そもそも諸悪の根源はテメェだろうが!」

「本当ですよ! その態度が僕らを怒らせてるってまだ分かってないんですか!」


「……いつだってそうだ。お前らみたいな欲望に塗れた奴らが、無辜に生きている俺達から不当に搾取し、富を独占しようとする。お前らみたいな奴らが世に蔓延っているから、世界はいつまでも汚いままなんだ……!」


「難しい事を言って煙に巻こうとしてんじゃねぇ! そういう挑発をしてるからあたしらを怒らせてんだろうが!」

「最終通告だ。大人しく俺らにも人参を分けろ。そうすれば見逃してやる」


 鋭く睨んでくるラッシュに、エドガーはあっさりとした口調で言った。


「断る。掟を破ることは出来ん。というか、そもそもお前らの分まで人参を作ることなんて出来ねぇし」

「……なに?」


 三人はポカンとした顔で、まじまじとエドガーを見つめた。


「ウサギ、どういうことだ? ちゃんと説明しろ」



「単純に、俺の魔力が保たねぇってことだよ。


 俺の人参は魔力を消費して作り出すもんだからな。魔力を消費するってことは、体力を消費するってことだ。作り続ければいずれ力尽きるのは当然だろ。


 だからそうならないように、俺だって一口分の食料を分けてもらっていたんだ。ただ、魔力は体力だけじゃなく精神の消費が混ざる分コスパが良いから、人参を作っても体力の回復分が上回るが、それも俺とアメリアの分だけ。


 お前らの分まで作ったら流石に俺の体力がモタねぇよ」


「……そこでアメリアさんだけに渡す理由は?」

「そりゃあ俺が一番気に入っている奴だし。一番体力のない奴に食料を多く回すのは当たり前だろ? 常識的に考えて」


 ガクリと、三人は膝を着いた。

 エドガーに対する怒りはあった。しかし、彼らを行動に移させたのは、もしかしたら食べ物が食えるかもしれないという希望だった。その望みが尽きたという絶望は計り知れない。


「お前な、それなら最初からそう言えよ。それなら俺だって寄越せなんて言わなかったのに」

「そうですよ。わざわざこんな疲れることなかったのに」

「何で言わなかったんだ。いつもはこれ見よがしに恩を売りつけるくせしやがって」


「そんなの決まってるだろ。今のお前らの絶望する顔が見たかったからだよ」


 ピクリ、と三人は肩を揺らす。顔を上げ、エドガーの表情を見る。

 エドガーは、ふふふっと、仏のような笑みを浮かべていた。


「励まし合っていたくせに、食料が少なくなっていくにつれお互いを罵り合う醜い様といったら。人間の醜悪な一面を観察できて非常に興味深かったですよ。大変勉強になりました」

「「「……ふざけんなー!」」」

「わっ!」


 突然の大声にビクリとして、アメリアはエドガーを離してしまった。おっと、と声を上げ、エドガーはスタリと着地する。そこを瞬時に三人が襲いかかった。


「死ねクソウサギ! テメェを殺して食料にしてやる!」

「ああああん!? な、なんだテメェら! 急に調子付きやがって! 仲間を食うとか正気か!?」


「この状況で正気で居られる訳があるか! 大人しく食われろタンパク質!」

「フハハハハ! お肉だ! お肉がここにある! 喋るウサギってどんな味なんだろう!? 楽しみだなぁ!」

「このキチガイ共が! 上等だ、三人掛かりだろうがそんなヨロヨロの体で勝てると思うなよ! 掛かって来いやああああ!」


 自然における生存競争がここで発生した。

 くだらない理由にもかかわらず激しすぎる近接戦闘に、賢者であるアメリアは介入することすら出来なかった。

 

 結局、四人が争うことの愚かしさに気づいたのは深夜になってからのことだった。それに気づくには、貴重な体力を失いすぎた。




 ♦   ♦




「チッ、腹が減って目の前がフラフラしやがる」

「昨日の争いが大きかったな。なんであんなムキになってしまったのか……」

「二人はまだいいじゃないですか、無傷なんですから。僕なんか見てくださいよ。まともに目も開かないんですけど」


 二人は疲労で済んでいたが、ネコタは全身がボロボロだった。特に顔面の被害は酷い。あちこちが腫れ上がり、目が潰れている。

 ネコタだけは潰すと決めたエドガーが、己の傷を顧みず執拗に狙い続けた成果だった。


 自慢の毛皮に汚れを残したエドガーが、不機嫌そうに言い返す。


「フン、その程度で済んで良かったと思え。アメリアが止めなければ腕の一本ぐらいへし折ってやったところだ。むしろ感謝してほしいくらいだ」

「感謝するのはアンタじゃなくてアメリアさんでしょ。アメリアさん、本当にありがとうございました。あと、治療をお願いしたいんですけど」

「ダメ。エドガーを虐めた罰だから、しばらくそのままで居て」


 依怙贔屓が酷い。ネコタは少しだけ泣いた。


「ほら、今日の食事だ。これが最後の食料になるからな。味わって食えよ」


 ラッシュに渡された食料を、それぞれが神妙な顔で受け取った。小さなパンに、わずかな水。ジーナは一瞥して口に放り込み、苛立ちを晴らすように咀嚼する。ネコタは泣きそうな表情で、名残惜しむように味わっていた。そして、ラッシュとアメリアは特に感情を見せず、静かに口に入れる。


 皆が食料を口にする中、エドガーはじっと手に持った一欠片のパンを見つめた。そして、ボソリと呟く。


「……これが最期の食事か」

「止めろ縁起でもねぇ! 洒落にならねぇだろうが! 今日中になんとかすんだよ!」


 ラッシュはエドガーを叱りつけた。だが、エドガーはジト目で見るばかりで、何も答えない。何とも腹立たしい態度だった。


 ラッシュがさらに叱りつけようとしたその時、ガサリとすぐ側の茂みで音がした。

 その音に振り向いたアメリアが、嬉しそうな声を出す。


「──わっ、リスだ! 見て見てエドガー! 小さくて可愛い!」

「ほう、珍しい。この森にも動物が居たんだな」

「二人ともまだまだ元気ですね」

「若いってのはいいなぁ。よくそんな声が出るもんだ」

「へっ、能天気なだけだろ。こんな時にリスなんて構って……」


 ジーナが呆れたように呟き、三人は硬直した。そして、ガバリとアメリア達の方を見る。

 夢でも幻覚でもない。アメリアのすぐ側には、確かに子リスが居た。


「アメリアさん! 捕まえて! 絶対に逃さないで!」

「馬鹿! 叫ぶな! 逃げられるだろうが!」

「貴重な食料だ! 絶対に逃すなよ!」


 三人の声に、ビクリと子リスは体を揺らした。

 怯えた様子の子リスを見て、アメリアは不愉快そうに三人を睨む。


「叫ばないで。この子が驚いてる」

「そんなこと言ってる場合か! 貴重な食糧なんだぞ!」


「こんな小さな子を食べたってしょうがないでしょ。それ以上近づくなら私は全力で止めるから」

「テメェ、本気かよ……!?」


 正気を疑うような目を向けるジーナ。アメリアは杖を構えることで応えた。どうかしているとジーナは思った。


「あたしも大概だが、お前も中々だな。いいぜ、止められるもんなら止めてみやがれ」

「待てジーナ。冷静になれ。ここで体力を使うな」

「んなこと言ってる場合か!? 貴重な食料だってお前も言っただろうが!」


「まぁな。だが、考えてみろ。今までまったく出てこなかった動物が、一匹だけとはいえ出てきたんだぞ? つまり、結界になんらかの変化が起きたか、俺たちの居る場所が特別かということじゃないか?」


 ラッシュの発言に、ジーナは目を見開いた。


「確かに、言われてみればそうかもしれねぇが……」

「出口が近いのか、あるいは目的地のすぐ側にまで来ているのかもしれない。そうでなくても、動物が出るようになったのなら、こんなリスじゃなくてもっと大物を見つけることが出来るはずだ。ここで争うくらいなら、残った体力はそっちに使え」


 むぐぐっと、ジーナは悔しげに空を見上げる。

 話を聞いていたネコタはため息を吐いたあと、子リスを見て小さく笑った。


「確かにその通りですね。こんな子を食べても仕方ないか」

「良かったね。君、食べられないで済むって」


 アメリアが手を伸ばすと、子リスは興味深そうに指先でスンスンと鼻を鳴らす。


「わぁっ、可愛い。ねぇ、おいでおいでっ」

「確かに可愛いですね。それに、意外と人懐っこいし」


 アメリアとネコタは、子リスの愛らしさに夢中だった。

 子リスに構う二人の背中を見て、エドガーはブスっとした表情を見せる。


「フンッ、どこがだよ。俺の方が百倍可愛いわ」

「お前は何を張り合ってんだよ。ていうか、可愛さで負けて悔しいのか?」

「アメリアを一人占め出来なくなったからだよな〜? 男の嫉妬は見苦しいぜ〜?」


「お前に言われたってなんとも思わんわ。アメリアの可憐さの千分の一でも見習ってから出直してこい」

「どういう意味だコラァ!? あたしが可愛くねぇとでも言う気かテメェ!」

「いや、間違っても可愛くはねぇだ――ボガァ!?」


 余計な一言を言ったラッシュが宙を舞った。口は災いの元である。

 エドガーはアメリア達に背を向けた。食事の途中だったのだ。あんなものに構っている暇はない。べつに見ているのが悔しかったわけではない。ないったらない。


 しかし、子リスはそんなエドガーに興味を持ったようだった。ピクリ、と首を動かすと、アメリア達が止める暇もなくエドガーの足元に近寄る。そして、つぶらな目をエドガーの手元に向けていた。


「チッ、チチッ!」

「あーん? なんだぁテメェ? こりゃ俺のもんだ! 誰がお前なんぞにやるか!」


 歯茎と前歯を剥き出しにして、エドガーは威嚇した。小動物相手に大人気ない。しかし、子リスは微動だにしなかった。


「けっ、生意気な奴め。精々俺が食事しているところを見て悔しがるがいい」


 アーンと勝ち誇るように大きく口を開け、エドガーはパンを口に放り込もうとする。ガチン、と歯を嚙み鳴らし、あれ? とエドガーは目を丸くした。口の中には味も感触もなかった。


 ハッとなって視界の隅に映った物に意識を向ける。いつの間にか子リスが足元から移動していた。

 そして、子リスは大事そうにパンを抱えていた。

 さらに言えば、頬袋が大きく膨れていた。


「おっ、お前っ……俺の、俺の……!」


 ブルブルと震えているエドガーを無視するように、子リスは迷わず茂みの中に姿を消した。

 エドガーは絶叫した。


「んぁああああああああ!? ぼ、僕のパンがぁ〜〜〜〜!?」

「まさか……!? 待て、エドガー!」


 ラッシュの制止も間に合わず、エドガーは子リスが消えた茂みに飛び込んだ。

 その意味を理解し、数秒ほど残った四人は固まっていた。いち早く正気を取り戻したラッシュは手で顔を覆い、苛立ち混じりに言葉を漏らす。


「あのっ、バカッ……! 本当にバカ……ッ!」

「エドガー……ッ!」


 アメリアは今にも倒れそうなほど顔を青ざめさせた。

 こうしてエドガーは一人、仲間達から逸れてしまった。




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