第45話 ふわふわで真っ黒なんて……もうっ……!
姿を変えたウルフバンに、ラッシュは目を丸くした。
「ほぉ、まさか【魔獣化】とはな。こりゃ驚いた」
「あの、ラッシュさん。【魔獣化】って?」
「獣人が持つ一種の戦闘形態みたいなものだ。体内の魔力を活性化させることで、より獣としての潜在能力を引き出すっていう仕組みらしい。
ただでさえ高い身体能力を持つ獣人が更に強化されるわけだから、手がつけられないことになる。
とはいえ【魔獣化】にはそれ相応の魔力量が必要らしく、習得できるのはごく一部の獣人に限られるそうだ。実際、俺も見るのは初めてだ」
「チッ、しらけたからって話を聞かずに、さっさと殴りかかってりゃ良かったぜ。まさかあんなことが出来る奴だったなんてな。あたしがやりたかった」
悔やむように天井を見上げるジーナ。
ネコタは心配そうに言う。
「そんな相手なら、助けた方が良くないですか? エドガーさんでも危ないんじゃ」
「あぁ? タイマンを邪魔するとか無粋にも程があんだろ。駄目ならあたしがやるから黙って見てろよ」
「あいつが発端なんだから、あいつに責任を取ってもらおう。駄目ならこいつの言う通り、俺たちで片付ければいいさ」
「いや、でもっ……アメリアさん」
「うちのエドガーは強い子です。あんな乱暴者には負けません」
「そういう問題じゃなくてですね」
ネコタが困っているうちに、二人の戦いは始まった。
「いくぜぇ!」
ウルフバンが地を蹴る。その次の瞬間、エドガーの視界を埋めるようにウルフバンが接近していた。
――疾い!
まるで瞬間移動のような移動速度。昔とは比べ物にならない。目を瞠りつつも、エドガーは身を翻してウルフバンの拳を避けた。外れた拳が地を砕き、破片が飛び散る。疾さだけではなく、力の方も以前見た時よりも上がっている。
どうやら【魔獣化】はハッタリではないようだ。エドガーですら油断すればやられる。それほどまでにウルフバンの戦闘力は上昇していた。
「――ムン!」
お返しとばかりに、エドガーは着地と同時に斬りかかった。うっすらと残像しか見えないほどの高速の斬撃。かつては反応することも出来なかったそれを、ウルフバンは腕を盾に受け止める。
ギャイン、と嫌な音が洞窟中に響いた。おかしな手応えに、エドガーは改めてウルフバンを観察する。
いつの間にか、ウルフバンは腕に籠手を装備していた。籠手には引っ掻いたような跡が付いて居る。どうやらそれで防いだらしい。
しかしそれはつまり、エドガーの動きに付いていけているということだ。ほとんどの者が気づくことすら出来ない、エドガーの速度に。
「クッ、ハハハ! 見えてるぜ、エドガー!」
「……どうやらそうみたいだな。中々やるじゃねぇか」
勝ち誇ったように笑うウルフバンに、エドガーは賞賛を送る。
かつては反応することすら出来なかった攻撃を防いでいるのだ。その成長は素直に凄いと思う。それだけの鍛錬を重ね、この力を習得したのだろう。実際、大したものだ。ここまで強くなれる奴はそういない。
──だが、これだけで勝ち誇られるというのも、少しばかり癪に触る。
トン、トン、トン、と。足の調子を確かめるように、エドガーはその場で小さく跳ねる。
「ちっとばかし本気でやってやる。防げるもんなら防いでみ──なっ!」
走り出したと思ったら、エドガーの姿が消えた。するとウルフバンを中心として、幾人ものエドガーがその周りを駆け回る。あまりの疾さゆえに残像が生まれ、エドガーが何人も居るように見えていた。
信じられない光景に山賊達だけではなく、ネコタとアメリアまで目を丸くする。視力に優れたラッシュとジーナでさえも、本体を見失わないようにするだけで精一杯だった。
少し前の選考会で見たエドガーの真骨頂。間近で見るとまたその脅威が分かる。確かにこれは対応する方が難しい。
しかし、かつて選考会に参加した腕自慢たちとは違い、ウルフバンは動揺した様子を見せず、どっしりと構えていた。じっと周りに目を回し、僅かな動きも見逃さんとばかりに鋭い視線を送っている。
「──そこかぁ!」
ウルフバンが腕を構えると、ギャイン、という音が走った。まぐれではないと証明するように、ギャイン、ギャインと腕を動かすたびに音が鳴る。離れて見ていても油断すれば見失ってしまうほどの速度に、ウルフバンにはしっかりとついていっていた。
「おいおい、マジかよ」
絶えず駆け回るエドガーから、動揺の気配が漏れる。自分の速度にここまでついていける相手は久しく見なかった。これは益々気を引き締めていかなければならない。力で負けている以上、後手に回れば苦戦は必至。それならば、たとえ対応されていたとしても、自信を持つ速度で先手を取り続けることが最善。
そう判断し、更に攻撃を重ねようと意識したところで――ウルフバンの姿を見失った。
「なにっ!?」
「こっちだ」
背後から声が聞こえる。あり得ない事態にエドガーは一瞬、硬直した。それはウルフバンに取って絶好の隙だった。
「オラァ!」
「ぐっ……!? 重っ……!」
上から振り下ろされる拳を、エドガーは剣で受け止める。しかし、ウルフバンはそのまま拳を振り切った。予想以上の重さに剣の上から押され、エドガーは地面に叩きつけられる。カハッと息を漏らし、エドガーは地面にバウンドした。
「死ねぇ!」
「ぐぎゅうっ!」
浮き上がったエドガーの腹をウルフバンは全力で蹴り抜いた。ミシリッ、と確かな手応えを感じつつ、エドガーを蹴り飛ばす。エドガーはそのまま弾丸のように壁に叩きつけられ、ズルリと地面に落ちた。
「エドガーさんっ!」
「おい、手を出すなよ。まだ決着はついてねぇぞ」
駆け寄ろうとしたネコタをジーナが止める。ネコタは責めるようにジーナを見た。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 早く助けないと!」
「まぁ待てネコタ。今手を出すとエドガーに怒られるぞ。だいたいお前、エドガーに罰を与えようとしてたじゃないか。これはこれでエドガーも反省すると思うぞ」
「僕がやる分にはいいんですよ! だけど敵にやられて見ているだけってのは駄目でしょう!」
「いや、それはそれでどうだろう……?」
ラッシュは首をかしげた。おかしい気がしないでもない。
「もういいです! アメリアさん! 僕達で助け――」
「……助けちゃだめ……甘やかしたらエドガーの為にならないから……だから……!」
「なんでこういう時に限ってそっちの方向に目覚めちゃうんですかあなた!?」
アメリアは手を出すのを必死で我慢しているようだった。甘やかすだけが教育ではない、というネコタの教えを実践しているらしい。噛みしめた唇から血が出ているあたり、相当の覚悟を決めているようだ。正直怖い。
「……ぐっ、くっ! オヤジの言う通りだ……ネコタ、手を出すなよ……まだ俺は負けてねぇ」
「エドガーさん! だけど!」
「フハハハハ! エドガー、いいのか? 仲間が助けてくれるって言ってるんだ。助けを求めてもいいんだぜ」
「吐かせ、犬っころ風情が。たまたま上手くいっただけで勝った気でいるんじゃねぇ……」
口ではそう言うものの、強がりなのは明らかだった。自慢の毛並みは土に汚れ、足取りはヨロヨロとしている。戦おうという姿勢は見せてはいるものの、痛々しい姿だった。
「ぐっ……かふっ!」
「──ッ! エドガーさん!」
剣を杖代わりにして重そうに体を動かし、ウルフバンに向かっていたエドガーだったが、咳き込み、ガクリと体を折る。その姿を見て、ネコタは覚悟を決めた。
「エドガーさん! 今助け――」
エドガーに叱責される覚悟で、ネコタは足を出し――その瞬間、エドガーの姿を見失った。次に見たのは、ウルフバンにバシリと叩き落とされているエドガーの姿だった。
「むぎゅんっ!」
「えっ?」
どこか可愛らしい悲鳴を上げて転がるエドガーを、ネコタはポカンとした目で見た。
ゴロゴロと転がっていたエドガーだが、ガバリと立ち上がり叫ぶ。
「いてぇえええええ!? やりやがったなこの犬っころがぁ!」
「ギャハハハハハ! 騙し討ちしておいて叩き落とされてやんの! アホすぎる!」
「あんま笑ってやるなよジーナ。可哀想だろ……ぐっ、ぶふっ!」
「ウルセェ! テメェら笑ってんじゃねぇ!」
エドガーは涙目になりながら怒鳴った。頭に出来たタンコブが笑いを誘う。二人が笑いをこらえられなかったのも無理はない。
「……あれ? もしかしてやられたフリだったんですか? うわっ、きたなっ!」
「そう言うなよネコタ。相手の油断を誘うなんて戦いの基礎中の基礎だ。騙される方が悪いんだよ」
「もっとも、見破られたらこれほど惨めなもんはないけどな。くくっ!」
「黙ってろ絶壁女! お前からぶっ飛ばすぞ!」
エドガーに言われても、ジーナはニヤニヤとした表情を崩さない。それが八つ当たりだと分かっているからこその余裕だった。どちらが優位に立っているかを悟り、エドガーは悔しげに歯ぎしりをした。
「わははは! オイラ達が今更そんな下手な演技に引っかかるかよ!」
「まったくだ。お前の性格はすでに知り尽くしている」
「まぁ、そういう訳だ。下手な演技なんかしてねぇで、堂々とかかって来いよ。全部迎え撃ってやるけどな」
「…………」
屈辱だった。まさかあいつらにまで、ここまでバカにされた態度を取られるとは。
自分にも悪い部分があるのだし、適当に互角を演じてあしらってやろうと思ったが、ここまで舐められてはもう我慢ならない。これほどの屈辱、生半可なことでは収まらない。それ以上の屈辱を与えてやる。
──エドガーの復讐心に火が点いた。
「……可哀想だから手加減してやろうと思ったが、やめだ。どうやらお前もそこそこ強くなったみたいだし、いいぜ。俺もちょっとばかし本気を見せてやる」
「クハハハ! 本気を出すだ? ここまで押されておいて良く言うぜ。力では俺が上。そしてお前が自信を持つ速度にですら俺が上回った。なのにどうやって俺に勝つっていうんだ?」
「どうやって、か。ふっ、どうやら気づいてないようだな。いや、それとも気づかないようにしているのか?」
「ああ? 何言ってんだお前」
不可解な言いように、ウルフバンは首を傾げる。
簡単なことだ、とエドガーは笑った。
「なんで自分と同じことを、相手がやらないと思い込んでいるんだってことさ。【魔獣化】はべつにお前だけの切り札じゃねぇ」
「……エドガー。テメェ、まさか……!」
「そのまさか、だよ」
ニッと笑い、エドガーはパンッと手を合わせる。身体中の魔力を総動員させる。魔力が高速で体を駆け回り、全身に焼けるような熱が生まれる。その熱を吐き出すように、エドガーは雄叫びを上げた。
『──ウキュウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』
「なんだこの気の抜ける声は」
「アイツやる気あるのかよ。もう少しマシな掛け声があるだろ」
「……いいじゃない、かっこ悪くても一生懸命やってるんだから。それに可愛いし」
「それにしたってこれはちょっと酷いと思いますけど」
仲間内から不評を受けつつも、エドガーにさらなる変化が訪れる。
絶大な魔力が体中を駆け巡り、エドガーの体から煙が立つ。その蒸気で体が見えなくなったと思ったら、強烈な光が生み出された。
あまりの眩さに誰もが目を瞑る。そして恐る恐る目を開けると、そこには変貌したエドガーの姿があった。
耳は黒。胴体も黒。四肢も黒。黒、黒、黒。
全身の毛を真っ黒とに染めたエドガーの姿がそこにあった。
……というか、それ以外の変化が見当たらなかった。
「やだっ……! ふわふわで真っ黒なんて……もうっ……!」
「なんだありゃ。色が変わっただけじゃねぇか」
「ああ。生え変わりの時期か?」
「普通変わるにしても茶色じゃないですかね……黒ってある意味、エドガーさんにはぴったりな色だとは思いますが」
やはり仲間内にからは不評だった。しかしアメリアは感激のあまり震えていた。
全身に満ちる力に心地よさを感じつつ、エドガーはウルフバンに目を移した。その自身に満ちた動作に、ウルフバンは無意識に毛を逆だてる。本能が危険を訴えていた。
「これが俺の魔獣化――【
「まんまじゃねぇか」
「もうちょいヒネれよ」
「なんだろう、すっごく厨二的なものを感じる。恥ずかしくないんですか?」
「さっきからウルセェんだよテメェら! 大人しくそこで見てやがれ!」
まったく、人のやる気に水を差しやがって。やれやれと首をふりつつ、エドガーはウルフバンに向き直る。
「待たせたな。さぁ、続きをやろうか。もっともここかからは勝負にすらならないだろうけどな」
「……へっ、まるでもう勝ったような言いぐさだな。【魔獣化】と言いつつ、変わったのは色だけじゃねぇか」
「そう思うなら早く確かめてみろよ。その度胸があるならな」
「言われなくてもっ!」
弾けるようにウルフバンは飛びかかった。
【魔獣化】により強化された体で、拳を振るう。しかし、エドガーはヒラリと余裕を持って躱す。一瞬目を開き、続けて拳を重ねるもやはり当たらない。先ほどまで捉えていた筈のエドガーの動きが、また分からなくなっていた。
明らかに、今のエドガーはウルフバンの速度を上回っていた。
「あれ? どうしたの? 見えてるんじゃなかったの?」
「――ッ! ッガアアアアアアアアアア!」
避け続けるエドガーを追いながら、がむしゃらに拳を振るう。確かに速度では上回っているが、以前のように姿すら確認できないような差はない。攻撃が当たりさえすれば、力で押し切れる。そう思った途端、エドガーの姿が消えた。
「――ッ! 何処に……!」
「こっちだよ」
背後からエドガーの声が聞こえた。
振り返ろうとした瞬間、背中に衝撃が走る。エドガーに蹴飛ばされてウルフバンはくの字に折れ、地面に膝を着いた。
「がっ、ぐあっ……! テメェ……!」
「どうだ、効いただろ。さっきのお返しだ。速さで俺に勝てると思うなよ」
当然、といった調子のエドガーに、ウルフバンは歯を噛み鳴らす。【魔獣化】を使った自分が追いきれない程の速さ。素の速度でさえあり得ない程の速度だというのに、一体どこまで速くなるのか。
己では捉えきれないと、ウルフバンは悟った。このままでは昔のように、一方的になぶり殺しにあうだろう。
ふざけるなとウルフバンは憤る。一体どれだけの鍛錬を重ねてこの力を手に入れたと思っている。それをやすやす超えてきやがって!
「くっ、くそが……! 当たりさえ……当たりさえすりゃあ、テメェなんぞ……!」
「ほう、じゃあ試してみるか?」
パチンと、エドガーは剣を鞘に納めた。
ウルフバンは怪訝そうに見る。
「テメェ、なんのつもりだ」
「当たれば勝てるつもりなんだろ? その勘違いを正してやる。来いよ、力比べだ」
くいくいと、エドガーは手招きをする。
ウルフバンは血管がブチ切れそうなほどの怒りに震えた。
「ふざけんじゃねぇ!」
その激情のままに、拳を全力でエドガーの顔面に向かって振るう。バンッ、と。空気が破裂したような音が響いた。ウルフバンは目を見開き、拳を打ち込んだ姿勢で止まっていた。
エドガーは棒立ちのまま片手を伸ばし、ウルフバンの拳を包み込んでいた。
「……嘘だ……そんな……馬鹿げてる……!」
「ところがどっこい、これは現実なんだよなぁ……とっ!」
「ギッ!? ギィアアアアアアアア!?」
エドガーは全力でウルフバンの拳を握りしめた。ミキィ、とウルフバンの拳が軋む。ウルフバンは悲鳴を上げ振り払い、エドガーから距離を取った。
握り潰された手を庇いながら、ウルフバンはエドガーの丸い手を見る。あの可愛らしい手が、自分の拳を壊したのだ。唯一の勝機だった力でさえ、自分を遥かに超えている。これ以上ないほどの絶望だった。黒いだけのウサギが、何よりも恐ろしい化け物に見えた。
「なんだ……なんだよお前は!? 同じ【魔獣化】で……どうしてこんな……!」
「別におかしなことはねぇよ。【魔獣化】しようが、素の実力が段違いってだけだ」
違う、そうじゃない。言いたいのはそういうことじゃない。
人の気持ちが分からないことが、このウサギの真の恐ろしさだとウルフバンは思い出した。
「なぁなぁ、今どんな気持ち?」
「はっ?」
意味が分からず、ウルフバンは間の抜けた声を上げた。
察しの悪さにやれやれと首を振りつつ、エドガーは言う。
「だからよ~。血の滲むような鍛錬をして、自信を持って挑んだのに、相手は本気を出してなかったと知った時の気持ちはどんなだって聞いてんだよ。
――ねぇねぇ、今どんな気持ち? 今どんな気持ち?」
ん? ん? ん? と可愛らしく首を傾げながら、残像が残る速度でエドガーはウルフバンの周りを跳ねまわる。ウルフバンはうつむき、プルプルと震えていた。
「あれは流石に同情するぜ。あたしだったら何があってもあのウサギを殺すわ」
「一番黒くなってるのは体じゃなくて心だろ。性格が悪すぎるぞ」
「……エドガーったら、お茶目なんだから」
「いや、あれはどう言い繕っても無駄ですから。ていうか、あの煽り見たことある。世界が違っても性格悪い人の考えることって一緒なんだなぁ」
もはや勇者とその仲間たちはウルフバンに同情的だった。
「ぬがぁああああああ!」
「おっと」
突然ウルフバンが殴り掛かる。が、エドガーひらりと避けて再び距離を取る。
血走った目でエドガーを睨み、ウルフバンは叫んだ。
「絶対に許さねぇ! たとえ相打ちになろうとも、テメェは……テメェだけは!」
「そりゃあこっちの台詞だ。テメェらの欲望のために伯爵を散々苦しめやがって。遊びは終わりだ。来い、決着を付けようぜ」
自分のやったことは棚に上げつつ、ビシリと腕を構え、エドガーは迎え撃つ態勢を作った。
「エェドガアアアアアアアアアア!」
必ず殺す。その一念を胸に、捨て身でウルフバンはエドガーに突っ込む。
ウルフバンが腕を振りかぶり、拳をエドガーにたたきつける。それが当たる寸前、エドガーの目がカッと光った。
「ホアタタタタタタタタタタタタタタタタタ!」
――ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス!
目にも止まらぬ打撃がウルフバンに打ち込まれる。その打擲音が絶え間なく鳴り響いた。音が鳴るたびに、ウルフバンの体が変形し、痛々しくなっていく。そして、ホアタァッ! という最後の雄たけびと共に蹴りが放たれ、ウルフバンは高々と宙に舞い、地に落ちた。
「グッ……ハァ……!」
「ウルフ!」
「ウルフバン!」
フェレックとポンキーが真っ先にウルフバンに駆け寄る。戦いを遠巻きに見ていた子分達も、エドガーから離れるように、ウルフバンの元へ走った。
エドガーは油断せず残身の構えを取り、静かに呟く。
「名付けて、【
「ド畜生かお前」
「むぎゅん!?」
戦いが終わったのを見計らい、いつの間にか近づいていたラッシュにエドガーは頭を殴られた。その拍子に【魔獣化】が解け、シュゥンと煙が出ると元の白い姿に戻る。
あぁっ、とアメリアが名残惜しそうな声を出し、残念そうに笑いながらエドガーを抱きかかえた。
「……エドガー、お疲れ様。カッコよかったよ」
「ふっ、だろう? 俺にうっかり惚れないよう気を付けな」
「何言ってんだお前。だけどまぁ、最後の連打は中々だったな。おい、今度あの状態であたしと組手しろよ」
「嫌だよ。あれを使うと疲れるし腹が減るんだよ。そんなほいほい使ってられっか」
「あの、エドガーさん。最後の技のことなんですが……あれは誰かから習ったりしたんでしょうか?」
「いや、あれは俺が開発した【
「そ、そうですか……偶然? ただのニアミス? いや、でもあまりにも……」
和気藹々としていると、山賊達の方から騒がしい声が聞こえてきた。
見ると、ズタボロになったウルフバンが立ち上がり、呼吸を荒くしてエドガーを睨んでいた。
「エ、エドガー……! テメェは……!」
「よせウルフ! もういい、ここまでだ!」
「そうだぜ! それ以上無理したら死んじまうぞ!」
体を引きずってでもエドガーに向かおうとするウルフバンを、フェレックとポンキーが止める。
それを見たエドガーは、ピョンとアメリアの腕から降りて言った。
「そこまでにしとけ。お前じゃあ俺には勝てないってハッキリ分かったろ。大人しくお縄につけば、これ以上痛めつけるのはやめてやる」
「…………くっ、くくっ! ああ、そうだな。どうやら俺じゃあ勝てねぇみてえだ」
勧告しておきながら、エドガーは意外に思った。こうまで素直に負けを認めるとは思っていなかった。
「すまねぇな、フェレック、ポンキー。どうやらここまでのようだ」
「何を言っている。お前で無理ならば、他の誰でも無理だろう」
「ああ、お前はよくやったぜ」
「くっ、ははっ、そうか。そう言ってくれるなら俺も救われるぜ」
ウルフバンはくつくつと笑うと、エドガーに顔を向ける。
「エドガーよ。どうやら俺ではお前に勝てねぇようだ」
「ああ、そうだな。で、どうするんだ?」
まだやるのか? という意味で問いかけたが、このままでは終わらないだろうとエドガーは思った。口では負けを認めつつも、ウルフバンの目には一矢報いるとばかりの光が宿っていた。
「確かに俺は勝てねぇ。だがなぁ、このまま大人しく捕まるのは気が済まねぇ! テメェら、分かってんな!?」
へいっ、と子分たちの声が重なる。
全員で玉砕か、とエドガーはつまらなそうな顔をするが、ウルフバンは予想外の行動を取った。
「ポンキー! やれっ!」
「任せろぃ!」
ポンキーが懐から何かを取り出し、思い切り地面を叩きつける。すると、瞬く間に大量の煙が洞窟中に満ちた。
「ぐっ、なんですかこれ、まさか毒!?」
「落ち着け、ただの煙幕だ! アメリア!」
「――【
ラッシュに応え、アメリアが風の魔法で煙を吹き飛ばす。
煙が晴れると、そこには怪我をして動けなくなっていた者を残し、他すべての山賊が消えていた。
「ああん? アイツらどこに行きやがった?」
「ちっ、逃げられたか。エドガー、追えるか?」
「ああ、まだそう遠くに離れてない。しかしこりゃあ……」
エドガーが言いよどんでいると、洞窟中にウルフバンの声が響いた。
『聞こえているか、エドガー! 俺達の負けは認めてやる! だがなぁ、ただじゃ捕まらねぇ! どうせ捕まって処刑されるなら、最後に嫌がらせだけでもしてやるぜ!』
「……あんなこと言っているけど、どういうこと?」
アメリアの問いに、エドガーは耳をピョコピョコと動かしながら答える。
「……なんか村を燃やすとかなんとか言ってるな。アイツら、逃げながら村を荒らすつもりだ。俺達が村を保護することを見越して、その後で合流するつもりらしい。チッ、猪口才な」
「大変じゃないですか! 早く止めないと!」
「分かってる。エドガー、逃げたやつらはどうなってる? 纏まってるのか?」
「……どうやらあの三バカを先頭に三手に分かれて逃げてるみたいだな。あと、馬の足音が聞こえる」
「馬に乗ってるのか。用意がいいな。まぁ、俺達なら今すぐに走れば追いつけるだろ」
「えっ? 馬に?」
ネコタは耳を疑った。何を言っているのかと、ラッシュの正気を疑う。
そんなネコタを置いて、話し合いは進む。
「犬っころは俺が追うからな。責任もってちゃんとトドメを刺してやる」
「ちっ、しゃあねぇな。じゃああたしはあの狐だ。狸よりはマシだろ」
「狐はこっちの方向だな。狸はこっちだ。ただ、狸の方は馬に乗ってねぇな。たぶん森に逃げ込もうとしてるんだと思う」
「罠が得意らしいからな。足止めを考えてるんだろ。となると、やっぱり俺が追うしかないな。二人は残った連中を縛り上げておいてくれ」
「うん、分かった」
「えっ? いや、ちょっ、本当に追いかけ──」
「逃がすなんてマヌケな真似すんなよ。そんじゃ、よーいドン!」
ラッシュの合図とともに、三人が走り出す。見る見るうちに姿が小さくなり、あっという間に見えなくなった。
残されたネコタは、ポツンとその場に立ち尽くしていた。
「ねぇ、動かないの?」
「あっ、いや、あまりにもあっさり置いて行かれたんで……」
慌てるネコタだったが、ロープを取り出しそうとして動きを止める。
怪我を負い、動けなかった山賊達が、アメリアとネコタにギラついた目を向けていた。
「あのガキもどうかしてるが、あのウサギよりはマシだ……! やってやる、このまま捕まってたまるか……!」
「ヒッ、ヒヒッ! これだけの人数が居ればなんとかなる……それに、あの嬢ちゃんを浚えば思う存分楽しめるぜ!」
「――ッ! アメリアさん! 僕の後ろに――」
「【
ボソリとアメリアが呟くと、指先から電撃が飛び山賊達に襲い掛かった。山賊達は悲鳴を上げてその場に倒れる。一人残らず体中に焦げ目を作り、皆気を失っていた。
「どうしたの? 早く縛り上げて」
「あっ、ハイ」
惨状に固まっていたネコタが、力なく返事をする。
僕ってなんのために残ったんだろうと、山賊達を縛りながらネコタは己の存在価値について考え込んでいた。
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