第46話 いいから逃げるんだよ!
「フッ、まさかこんなことになるとはな……」
数人の部下と共に馬を駆けながら、フェレックは自嘲するように呟いた。
盤石な体制のはずだった。もう二度とあの惨めな思いを味合わないで済むよう、細微に渡って目を張り巡らせその体制を作り上げた。そう思っていた。
ところがどうだ? 今こうして、自分はまた惨めな思いを抱きながら逃げている。それも、北の地を逃げるように出た原因の、同じ相手によって。
因果なものだ。こうまでくると、不運という言葉で片付けられないと思う。神が自分達の行いを見て、わざわざ差し向けているのではなかろうか。
「だが、こうなったからには精々暴れさせてもらおう。久々に昔の私に戻ろうではないか!」
フェレックは凶悪な笑みを浮かべた。普段の理知的な表情とは程遠い、狂気的な笑み。”狂乱”と呼ぶに相応しい凶暴性が感じられる。
「フェレックの旦那! 本当に暴れていいんですかい! そんな暇があるなら逃げた方がいいんじゃ……」
「馬鹿か貴様! 逃げるためにも村を荒らすんだよ! 村を焼かれた村人共を放って俺たちを追ってこれまい! むしろ好きなだけ食い漁れ!」
「へっ……へい! 分かりやした!」
フェレックに追走する山賊達は、普段の彼とは全く違う様子に怯みつつも、嬉しそうに下卑た笑みを浮かべた。
今までのように安全な利益を享受するのも悪くはない。だが、自分達は賊。欲望のままにおそい、弱者を蹂躙して愉しむのが本分だ。今まで禁じられていたからこそ、それが許されるというのであれば願ってもない。
「久々に血が騒ぐ! 思う存分楽しませてもらおう!」
これから訪れる快楽に、フェレックは舌なめずりをした――その時だった。
──ドンッ!
まるで砲弾のような音が聞こえ、すぐそばに衝撃が通り過ぎた。突然の衝撃にろくな抵抗も出来ず吹き飛ばされた数人の部下を見て、フェレックは目を見開いた。
「なっ、なんだ今のは!? 一体何が……」
「だ、旦那! 後ろです!」
馬の足を止めずにフェレックは後ろを振り返る。そして、言葉を失った。
エドガーと共にいた拳法着の女が、獰猛な笑みを浮かべ、自分達を追いかけていた。
「……まさかここまで走って追いついてきたのか? こっちは馬に乗っているんだぞ! 格好からすれば間違いなく【格闘家】の【天職】持ちだろうが、あのウサギではあるまいし、人族でこの速度についてこれるはずが――うぉう!?」
──ドウゥン!
追いかけてくる女の方向から、砲弾のような物がフェレックのすぐ横に飛んできた。また側に居た部下の一人が吹き飛ばされ、落馬する。その光景を見て、フェレックは悟った。
「さっきのもアイツの仕業か! だが、【格闘家】にあんな攻撃方法は……いや、まさか【気弾】か?」
フェレックの知識にある【格闘家】の【気弾】は、己の生命力を礫ほどの大きさに固めて飛ばすというものだ。本来なら牽制程度のものだと聞いている。だが、先ほどのあれは……。
「ありえん! 馬鹿げている! あんな物を撃っておいて、走り続けるほどの体力が残っている訳が――」
──ドウゥン!
フェレックの常識を破るように、また後ろから衝撃が飛んできた。追いてきた部下は、いつの間にか半分以下になっている。
恐る恐るフェレックは後ろを伺う。走っている女と目があった。ニィッ、と笑みを深めている。その背後に白いウサギの幻影を見たような気がした。
「おのれっ! エドガーが連れているだけの実力があるということか!」
「だ、旦那っ! このままじゃ……!」
「構うな! 避けながら速度を上げろ! いくらアイツの足が速かろうが、馬の全力にはついてこれない!」
フェレック達は馬に鞭を打ち速度を上げた。狙いにくいようジグザグに動く。そのせいか、それ以上【気弾】が飛んでくることはなかった。
ほっと息を吐き、フェレックは後ろを見る。そして息を飲んだ。
馬の速度を上げたというのに、気のせいではなく、確実に距離が詰まっている。
「バカな……ありえない……」
フェレックが呆然としているその数秒で、女はとうとう集団の最後尾に追いついた。並走し、騎手のみを横から蹴り飛ばす。倒した相手を見もせず、流れるように次へ。山賊達は次々と倒れていった。
「死ねぇ!」
「チィッ……!」
最後の一人となったフェレックに、女は同じように蹴りを放つ。だがフェレックは当たる寸前、自分から綱を放し馬から飛び降りた。その瞬時の判断と動きに、おっ? と女が嬉しそうな表情をする。
「ははっ、なんだよ。意外と良い動きするじゃねぇか」
「ぐっ……! 貴様ッ……!」
あっさりと全滅させた女に恐怖していたフェレックだったが、後方で倒れている部下達を見て燃えたぎるような怒りを感じた。
「っざけるなぁ! このクソアマがぁ!」
フェレックは剣を抜き、躊躇いなく斬りかかった。かつて”狂乱”と呼ばれていただけのことはある鋭い剣線。普通の人間なら、抵抗する間もなく斬られていただろう。
だがあいにくとフェレックが対峙している相手は、並みという言葉からはかけ離れた女だった。
──ギィンッ!
「……馬鹿な。お前……一体……」
「なんだよ、軽いな。わざわざ受け止めてやったのにこの程度か?」
不満そうに女は言う。しかし、フェレックはもはや聞いていなかった。目の前の現実を受け止めることで精一杯だった。
女は己の腕を盾にして、フェレックの剣を受け止めていた。
「なんだそれは……剣を体で受け止めるなんて……そんな……」
「【硬気功】つってな。生命力を使って一時的に身体を硬くするって【格闘家】の技だ。あたしはむしろ苦手な技なんだが、まぁこの程度の斬撃なら受け止めるくらいわけねぇさ」
「この程度だと……?」
あまりの非常識さに、フェレックは目眩に襲われた。
自分は確かにウルフバン程の強さではないが、それでもそれなりの修羅場くぐり、一時は名を馳せた野党団の首領だった男だ。剣の腕も、決してこの程度と侮られるようなものではない。
「悪魔の供もまた、化物だったということか……!」
「おいおい、こんな良い女を捕まえて何言ってんだよテメェ。他に何かあんなら早く見せろよ。でねぇともう終わるぞ?」
その言葉にハッとして、フェレックは慌てて剣を引こうとする。だが、それよりも早く女が動いた。
腕に固定していた剣に力を込める。バキンッ、とあっさり剣は半ばから折れた。得物が崩れ、バランスを崩したところに、女の掌底が顎を突き上げる。フェレックはその勢いで歯を噛み砕き、身体を浮かせてそのまま倒れた。
気絶したフェレックをつまらなそうに見下ろし、はぁっ、と女はため息をつく。
「やっぱりあの狼の方が面白そうだったな……」
もう少し遊んでやれば良かったかと、女は早々に気絶させてしまったことを後悔していた。
♦ ♦
「ヒッ! ヒッ、ヒィ! なんだなんだ!? なんなんだアイツは!?」
ポンキーは数人の僅かな供を連れ、森の中を駆けていた。
実の所、ポンキーは少なくとも自分だけは逃げ切ることが出来ると思っていた。
アジトの周辺には自慢の罠があちこちに仕掛けられている。特に身を隠しやすい森の中は、侵入者対策として罠で溢れている。仕掛けた自分でさえ、油断すれば引っかかり痛い目に合うだろう。そんなところを通れるのは、自分を除けば罠を教え込んだ数人の部下だけだ。
いくら向こうにも罠に精通している者が居るとはいえ、この森の中を自分ほどの速度で走れるはずがない。罠に気を取られているうちに、楽々逃げ切れるだろう。
そう考えていたからこそ、追っ手のことに関してはあまり心配していなかった。逃げ切ったあと、捕まってしまった仲間たちをどうやって助け出すかに頭を悩ましているほどだった。
ところが、そんなポンキーの予想を裏切る自体が起きていた。
「ポンキーの兄貴ぃ! アイツまだついて来やすぜ!」
「言われなくても分かってらぁ! 本当になんだアイツ!? 下手すりゃオイラ達よりも──ヒィ!?」
飛んで来た矢にポンキーは悲鳴を上げる。自分達を追ってきている中年の男はまるで見えているように罠を避け、あろうことか弓を放って牽制する余裕があった。
いくら自分達が先行して走っているとはいえ、正確に罠のある位置が分かっていない以上、慎重に進む必要がある。だというのに、追手の中年の男は鼻歌まじりで分かっているように罠を避けつつ、こちらに追いつこうとしていた。ハッキリ言ってあり得ない。
「おーい、タヌキー! もうだいぶ走って疲れたろー? そろそろ諦めたらどうだー?」
「ふざけんな! 誰が諦めるかってんだ!」
「そうか。やれやれ、素直に捕まってくれたら楽なんだが……」
後ろからため息のような物が聞こえてくる。そんな男の態度に、ポンキーは煮えたぎるような怒りを覚えた。
こっちは必死になっているというのに、お前は遊び半分か。! ふざけるな、ふざけるな! 今に見てろ! その余裕と油断は紙一重だということを教えてやる!
みるみるうちに追手との距離が詰まってくる。それに焦りを感じながらも、もう少し、もう少しと自分に言い聞かせ、ポンキーは走り続けた。
「──ッ! ここだぁ!」
「おっ?」
突然方向を変え、ポンキー達は茂みに飛び込んだ。関心を持った声を漏らし、追手の中年は同じ場所に身を投げ出す。
身構えながら茂みを抜けた中年だったが、何も起きなかった。
ポンキー達はまだ先を走っていた。警戒しただけ無駄だったか、と肩透かしを食らいつつまた後を追う。その瞬間、ポンキーは足を止め男に振り向いた。
「これでも食らっとけ!」
ポンキーは近くにあった木の根元に向けてナイフを振るった。スパッ、と何かが切れる音がする。その直後、ロープのような物が宙に向かって伸びて行ったのが見えた。
「──ッ!」
その数瞬後、ありとあらゆる罠が男を襲った。足元から何本もの槍が生える。死角から矢が飛んでくる。頭上から岩石が落ちてくる。巨大な丸太が横から狙ってくる。
どれか一つでも十分に致命的な罠が、一箇所に集中して発動した。男は硬直し、罠に埋もれる。罠に男の姿が消え、破壊音が響く。ポンキーは拳を強く握った。
「よっしゃー! へへっ、ザマァ見ろってんだ! 舐めてっからそうなるんだよ!」
「いやぁ、悔しいが何も言い返せねぇな。確かに今のは危なかったぜ。一瞬、死んだかと思った」
「…………ッ!?」
背後から聞こえた声に、ポンキーは顔を青ざめさせて振り返る。
そこには、罠に飲み込まれたはずの中年がいた。
「嘘だ……確かに罠に……どうやって……」
「そりゃあ罠の隙間を縫うようにして、こう、な?」
ちょいちょいと軽く手の仕草を加えて言うラッシュに、ポンキーは絶句した。自分の罠はそんな簡単に抜け出せるような物ではない。なのに、コイツは余裕そうに言っている。本当に人間かと疑った。
気軽そうに語るその男の影に、あのウサギの姿を見たような気がした。
「はっ、はは……種類は違くても、お前も化物ってことかよ……なんでアイツみたいのが何人も居るんだよ!」
「さすがにエドガーと同類扱いされるのは心外だな。俺はアイツほど外道じゃねぇよ。んで、どうする? まだ逃げるかい?」
「く、うっ……! ち、ちくしょー!」
ポンキーは大量の汗を流しながら、ヤケクソ気味に逃げ出した。その後に部下達も続く。
ラッシュはため息を吐きながら、のんびりと弓を構えた。
「やれやれ、そろそろ年貢の納めどきだよ――っと」
狙いをつけ、放つ。矢はポンキー達を掠めるように飛び、そのすぐ先にある木の根元に突き刺さった。ほぼ同時に、何かが切れるような音とともに、ポンキー達に浮遊感が訪れる。
「そんっ――!? ぬおぉおおおおおおおおお!?」
ポンキー達は纏めて網に絡みとられ、ぎゅうぎゅう詰めになって宙に浮いた。そんな状態になって、ポンキーは今の状況を理解する。
敵が仕掛けた罠を逆用し、矢でわざと発動させて自分たちを捕まえたのだ。自分にしかわからないはずの、罠を使って。
網の罠に捕らわれたポンキーのすぐ下まで近づき、ラッシュは心配そうな声を出す。
「おーい、大丈夫か? 怪我してないよな?」
「クッ、くそっ! チクショォオオオオオオオオ! 出せ! ここから出しやがれ!」
「ああ、大丈夫そうだな。良かった良かった」
はっはっは、とおおらかに笑うラッシュに、ポンキーは血走った目で問い詰める。
「──ッ! クソッ! なんでお前がオイラの罠の場所を知っている!? いや、それどころか、何を仕掛けたまで分かってやがったな!? どういうことだ、答えろ!」
「どういうことだって言われてもな。お前の罠の癖と地形を見て、何処に何が仕掛けられているか予想しただけだよ。さっき追いかけている時も、お前が先行してくれたおかげで安全に通れたし、そもそもここに侵入する時点でたっぷりお前の罠を見させてもらったからな。癖を見切るには十分だ」
「癖を見切るって……んなバカな……」
あっさりと言われた内容に、ポンキーはあんぐりと口を開けた。
そんな簡単に言えるようなことではない。一体それはどんな神業だ。
己との差を感じ、ポンキーはガックリと肩を落とす。とてもではないが、真似できるとも思えない。
「お前、一体何者だ……只者じゃねぇだろ。罠に関してこんな敗北感を覚えるのなんて……東にあるハジェク山に仕掛けられた罠を見た時くらいだぜ……」
「ハジェク山? ああ、なるほど。どおりで見分けやすいと思ったぜ」
「は? 何言ってんだお前?」
「お前、今ハジェク山って言ったろ。そこは俺が数年前まで拠点にしていた場所だ。そこにあった罠は俺が仕掛けた罠だ。自分の仕掛けた罠を参考にしたっていうなら、俺が見抜きやすいのも当然だろ」
「…………はぁ?」
ポンキーは間の抜けた声を上げた。次第に言葉の意味を理解し、体を震わす。
「あそこの罠を仕掛けたって……ま、まさか、お前があの”賢鷹”だっていうのか? 国の軍勢を何度も返り討ちにしてたっていう、あの【鷹の団】の団長の?」
「また懐かしい呼び名だな。もう団は解散したし、今の仲間からは便利なオッサン程度にしか思われていないが。……アイツら、もう少し俺のことを尊重してもいい気がするんだがなぁ」
ブツブツと呟く中年を、ポンキーは死んだ目で見ていた。
負けるのも当然だ。なんせ、自分が唯一負けを認め、心の師匠としていた相手なのだから。だけど、それがこんな加齢臭漂わせるオヤジだったなんて……ポンキーのショックは大きい。
「ま、もう捕まったことだし、負けを認めて大人しくしてくれよ。どうせお仲間もすぐに捕まるし、寂しくはねぇぞ」
ラッシュの言葉に、ポンキーは力なく頷くことしか出来なかった。
♦ ♦
「テメェらぁ! もう少しで村に着く! 派手に楽しめや!」
部下たちの囃し立てるような返事を聞き、ウルフバンは自分も興奮していることを感じていた。
あのウサギに追いつかれるかもしれないという焦りでいっぱいだったウルフバンだったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。さすがのあのウサギも、長時間、馬のようには走れないようだ。
もう目的の村に辿りつこうとしている。後ろから追っていようと、ここまで来たらもう間に合わない。精々派手に暴れさせてもらうとしよう。
この先にある獲物を想像し、ウルフバンは舌なめずりをする。そんなウルフバンを見た部下の一人が、茶かすように言った。
「楽しそうですね、親分!」
「ったりめぇだ! 久しぶりに暴れられるんだからなぁ! テメェらだってそうだろ!」
「ギャハハハ! そうっすね! 思う存分楽しみましょ――」
部下の声が、途切れた。
それに不自然に思い、ウルフバンは後ろを振り返る。
自分の背後には、何人もの荒くれ者たちがついてきていた。先ほど何も変わらない。不思議そうに首を傾げつつ、ウルフバンは僅かな違和感に気づいた。
おそらく……いや、もしかしたら気のせいかもしれないが……。
ついてきていた部下が一人、減っている?
「――おい、今俺に話かけたやつはどいつだ!?」
「へっ? いや、俺じゃありませんけど……」
「後ろの方から聞こえましたが」
「ああ、俺の後ろに……ああ? 誰もいねえ!?」
山賊達がお互いを見やり、混乱する。
部下たちの様子に、ウルフバンに嫌な予感がよぎった。並走していた男が言った。
「親分、これはいった—―」
また、声が途切れた。
ウルフバンは目を見開き、すぐ隣に顔を向けた。
声が聞こていたはずのその場所には、何もなかった。
部下も、馬も─―何も居なかった。
ぞっと、背中に寒気が走った。
「おっ、親分……! 今、何が……」
「――ッ! うるせぇ! いいから馬を走らせろ! 絶対に足を止めんな!」
「で、でも人が消え─―」
また声が途切れた。
嫌な予感を覚えながら、おそるおそるウルフバンは振り返る。
予想通りだった。外れてほしかった。
また一人――部下が消えていた。
「――ッ! 走れぇええええええええ!」
ウルフバンは馬の腹を蹴り、さらに馬の足を速めた。部下も慌てて後を追う。しかし、なかなか追いつけない。ウルフバンは馬を潰しかけるほどの速度を出していた。
「お、親分! そのままじゃ村に辿りつく前に馬が潰れやす!」
「うるせぇ! いいから逃げるんだよ! は、早く……早く逃げなきゃ!」
「親分! 落ち着いてくだ――」
ウルフバンを窘めていた声が、途切れた。
ウルフバンはガタガタと体を振るわせた。確かめることすら出来なかった。
「逃げろぉおおおおおおおおおおお!」
ウルフバンは恐怖に負けて叫んだ。今度は部下達も反対しなかった。同じように青い顔で、必死に馬を走らせる。
「クソッ! なんだってんだ一体! 何が起きて――」
「ジャック? ……ジャァアアアアアアック! くそ、どこだ!? どこに消え─―」
「なんだ!? 何が起きてんだ!? クソッ! もっと速く! 速く走れ─―」
「や、やだっ! やだやだっ! 消えたくない! 俺はこんな死に方したく――」
後ろから、部下たちの怯えた声が聞こえる。そして一つ一つ、また消えていった。
確かめる勇気が湧かなかった。恐怖から逃れんと、ウルフバンは目尻に涙を浮かべながら、必死に馬を進ませていた。そうしている間に、部下たちの声が、気配が、どんどん少なくなっていた。そしてとうとう、部下達の気配が消えた。
─―ウルフバンは、一人となった。
「うああああああああああああああああああ!?」
普段の荒くれ者の姿も消え、恐怖のあまり涙を流しながら、ウルフバンはさらに馬を駆けさせた。早く、早く逃げないと。その思いが必死に手綱を引かせる。だが、とうとう馬の様子に気づくことはなかった。
「――ブヒッ! ヒィイイイイイン!」
「うぉああああああ!?」
馬はウルフバンの追い込みに耐えきれず、とうとう限界を迎えた。突然馬が倒れウルフバンは投げ出される。強かに地面に打ち付けられ、ウルフバンはせき込む。
「グッ、がはぁっ! く、くそっ、この役立たずがっ! 早く、早く逃げ──」
息が苦しいのに耐え、ウルフバンはうつ伏せになりながら、腕を立てて起き上がろうとする。しかし、そんなウルフバンに、ふっと影が差しこんだ。
何かが目の前に居る。ぶわっと嫌な汗が大量に流れだした。ヒュウ、ヒュウ、と呼吸が幾度も止まらない。今にも気を失いそうだった。覚悟を決め、おそるおそる顔を上げる。
そこには、ニタリと嗤っている影が、自分を見下ろしていた。
「ヤァ、ヤット追イツイタヨ」
「――――――――――――」
ウルフバンは限界を迎えた。声にならない悲鳴を上げ、白目を剥いて気を失った。
「あ? 何でぇこいつ。気を失ってやがる。ったく、これからが楽しいところだったのによ」
ウルフバンを見下ろしていた影――白いウサギは、つまらなそうに言った。
伯爵領を支配していた大山賊の、なんとも情けない最後だった。
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