第37話 その涙を忘れるなよ


「最低です! 今度という今度は見損ないましたよ! エドガーさんってそういう人だったんですか!?」


 食事後、あてがわれた寝室で、ネコタはエドガーを責めていた。

 その剣幕に、ウサギはオロオロとする。


「え? え、え? ど、どうしちゃったのネコタ君? あたしが何かした? ネコタ君がなんで怒ってるのか……あたし、分からないよっ」

「ふざけんのも大概にしろよ! 今度ばかりは僕も怒ってるんだよ!」


 裏声でぶりっこの態度を取るエドガーに、ネコタは激怒した。こんな時にまでふざけるその神経が信じられない。


「どうして村長の頼みを断ったんですか!? 困ってる人を助けようとして何が悪いんですか!」

「いや、だって怠いし。俺が助ける筋合いはないし」


 ばっさりとエドガーは言い切った。その言葉通り、面倒そうな顔をしている。

 もはや我慢の限界だった。


「ッッ! ふざけるなぁ!」


 ──バキィ!


「うわあっ!? ネコタ、何をするんだ!」

「ぐっ……! こ、のぉおおおおおお!」


 ──バキィ! ボコォ!


「やめっ、やめてくれネコタ……! なんでこんなことを……!」

「あっ、ぐっ、うっ……! あんたはっ! あんただけはぁあああああ!」


 一方的な殴り合いだった。片方はかすりもせず、ただ殴られ、蹴られる。エドガーが悲痛な声を漏らしても、ネコタは止まらない。義憤にかられ、拳を振るい続ける。


 ラッシュたち三人が呆れた表情で見守っている中、やがて力尽き、ボロボロになってその場に倒れた。


 ──ネコタが。


「やめてよね。ネコタが僕に敵うわけないだろ」

「くそぉっ……! くそぉおおおおおお……!」


 一度も向こうから攻められることはなかった。こちらの攻撃は全て躱され、ふざけ半分で華麗なカウンターを決められ続けて負ける。しかも相手は見た目ただのウサギだ。自分は地に這い蹲り、そのウサギに背中を踏みつけられている。これ以上ないほどの屈辱だった。


 ネコタは泣いた。


「ちくしょう……! なんで……なんで僕が……!」

「その涙を忘れるなよ。流した涙の量だけ、お前は成長する。ま、その感情を弱さの克服に向けられたらの話だけどな」


 良いことを言っているようだが、絵面は最悪である。一体どの口がほざくのか。しかも仲間割れの果ての結果なのだから救いようがない。


「くそっ、アンタ恥ずかしくないのかよ……! アンタと同じ獣人がこの領の人達を苦しめているのに……なんとも思わないのかよ……!」

「じゃあお前、獣人の村でお前と同じ人間が暴れてるから、お前が責任を取れって言われて納得できんのかよ」

「そんなのっ! …………あれ?」


言い返そうとして、ネコタは涙を止める。

想像もしなかったが、言われてみればその通りだった。


「……そう言われるとそうですね。いや、罪悪感は感じますけど、それは個人が悪いんであって、僕が責任を取るのは少し違うような?」

「感情的になると相手の言い分のおかしさに気づかないもんなんだよなぁ。良かったな、一つ賢くなれて。次は気をつけろよ」


「い、いや! 確かにその言い分はおかしいですけど、困ってる人を見捨てるのは間違ってますよ! 助けてあげるべきじゃないんですか!?」


「言うだけなら簡単だけどよ。それはお前がだけじゃなくて俺らも手伝うことになるんだぞ。命の危険があるのに、お前の独断で俺たちを勝手に巻き込むのはどうなのよ?」


「そ、それはっ……!」

「エドガー、ネコタを苛めんのもそこまでにしておけ。ちゃんと説明してやらなきゃ、ネコタも納得せんだろ」


 苦笑するラッシュに、ネコタは不満そうな様子を見せる。


「その言い方だと、ラッシュさんも反対なんですか?」

「まぁな。エドガーの言う通り、俺達がやるべきことじゃない」


「そんなっ! 僕は勇者パーティーでしょう!? それなのに――」

「その通り、俺たちは勇者パーティーだ。そしてその【勇者】の使命は、【魔王】の討伐だ。違うか?」


 ラッシュは問いかけに、ネコタは勢いを失った。

 反論の隙もないほど、正しい意見だった。


「それはそうですけど……でも……」

「俺達じゃないと、【魔王】を倒すことは出来ない。【魔王】を倒さなければ、世界が滅びる。だから、【魔王】の討伐こそが何をおいても優先される。他のことに関わっている暇はないんだ」


「……そうかもしれません。だけど、こうして目の前のことも見逃さないといけないんですか? 少しだけでも関わった人たちを助けてあげたいと考えることは、いけないことなんですか?」


「そうやって、これからも関わった者全員を助けるつもりか? そんなことをしていたらキリがないぞ。俺達だって万能じゃないし、いつかは見捨てなきゃいけない時だってくる。そうなったらどうするつもりなんだ?」


 厳しい指摘に、ネコタはうつむく。


 助けるなどと軽く考えていたが、ラッシュの言葉で、自分がどれだけ甘い考えだったのかを思い知らされた。気づかないうちに、勇者として扱われ傲慢になっていたのかもしれない。ただ力を持っただけの、子供にしかすぎないというのに。


「まっ、今のは俺の立場から言わなくちゃならない、説教じみた意見だ。頭の隅にでも置いといてくれ」

「ちょっ、いいんですかそれで? 僕、結構反省してたんですけど」


「反省してるならそれでいいさ。要は、人助けをするなら本来の目的を妨げない範囲で、自分の出来る限りでやれってことだ。責任が取れる範囲でならむしろやった方がいい。お前の憤りは、本来なら褒められることなんだからな」


「俺個人としては、無償で人助けとかバカだと思うけどな」


 ケケケッ、とあざ笑うエドガーにネコタはイラっとした。このウサギだけはやはり許せない。善意の欠片も有りは――


 いや、待て。そうは言っても、こいつは街の復興のために大金を寄付したという実績がある。けっして外道というわけではない。では、なぜこうまで僕の行為にバカにするようなこうどうを取る? 僕をバカにするためか?


 ……やっぱり最低だコイツ!


「人助け事態を否定するわけじゃないなら、今回はなんで駄目なんですか? 僕達の手に負えない可能性があるからですか? それとも、寄り道になるからですか?」

「いくら手強いって言われても、所詮は賊だ。この面子で手こずる方が難しいよ」


「居場所も判明してることだし、討伐するだけならすぐに片付くだろうしな。寄り道には違いねぇが、そう手間もかからないとは思うぜ。山賊自体は問題ねぇんだよ。だけどな、今回はそれ以前の問題だ」


「それ以前って……どういう意味ですか?」


「「話が嘘くさい」」


 二人は声を揃えて言った。

 思ってもなかった意見に、ネコタは目を点にする。


「嘘くさいって……え? 村長さんの話が?」

「うむ」


 エドガーはすんなりと頷いた。


「え? あの話が全部? 嘘?」

「いや、まったくの嘘とは言わねえよ。領主の軍が負けたとか、討伐を諦めてるってのは、たぶん本当だろう。だがな、山賊が何度も村を襲って、このままだと生活も危うい――この辺りはかなり怪しい」


「……えっと、どうしてそう思うんですか? 実際、山賊はこの領の村の財産を奪って回ってるんですよね?」

「まぁ、本気で山賊が襲ってたら、こんな村はとっくに滅んでるだろうし」


 身も蓋もない話だった。

 ネコタは頭痛を抑えるように、眉間を揉む。


「……えっと、まぁその通りではあるんですけど。命だけは助けてやるっていう山賊なりの慈悲じゃ? あるいは、どうせ殺されるならと死に物狂いで抵抗されないように、適度に脅して、奪うものだけ奪って見逃してやってるとか」


「へぇ。お前、意外と発想が悪党よりだなぁ。勇者より山賊の方が向いてるんじゃねぇか?」

「ふざけないでください。真面目に聞いてるんですよ」


「これくらいで怒るなって。じゃあ、お前の考えがあってるとしよう。だとしたら、この村の連中の様子はちょっとおかしくないか?」


 言われ、ネコタは村人達の様子を思い返す。だが、農作業をしている姿しか思い出せなかった。


「……おかしいって言われても、元気に畑仕事をしているところしか見てないんですけど」

「それがおかしいだろ。なんで村の生活が危なくなるかもしれないって時に、元気に畑仕事なんかやってられんだよ。普通、もっと悲壮感が漂ってるもんだろ」

「あっ」


 言われてみればその通りだ。そのわりには、村人たちは活気に溢れすぎていたような気がする。


「それにだ、賊が村を襲ったら、まず間違いなく年頃の女は攫われるもんだ。だけど、この村はどうだ?」

「……多くはないですけど、若い女の人も居ました」


 この村に入ってすれ違った時に、妙に好奇の視線を向けられていたからよく覚えている。女の人からの視線に妙に照れ、意識せまいとしていたから、それどころではなかったが。


「山賊に脅かされているにしては、ちょっとおかしい?」

「ちょっとどころか、かなりおかしい。女なんて賊にとっちゃ食料や財貨以上に貴重なもんだぞ。なんで一番大事なもんを放っておいてるんだよ」

「そ、それは……」


 ネコタは何も言えなかった。エドガーの言い分に納得してしまったからだ。

 エドガーの後を、ラッシュが引き継ぐ。


「たぶんだが、この山賊はかなり上手くやっているんだろうな」

「上手く、っていうのは?」


「それこそ、生かさず殺さず。それでいて、恨まれないように。そのあたりの加減を見極めて、必要な分だけ村から食料なんかを差し出させてるんだろう。抵抗するより、大人しく食料を渡した方が得だって、村の連中に思われるようにな。山賊の略奪っていうより、みかじめ料の徴収に近いんじゃねぇかな?」


「み、みかじめ料って……」


 話を聞くにつれ、ネコタの顔がどんどん微妙なものになっていく。


「なんだかイメージと大分違うんですけど……」

「まぁこれはあくまで予想だから、合っているとは限らないけどな。だけど、大きくは外れてないと思うぜ」


「そうですか……。でも、それじゃあなんで村長さんは山賊の討伐を僕達に? 食料は奪われるかもしれないけど、べつに問題はないんですよね?」


「いくら問題ないって言っても、ただの山賊に一方的に奪われ続ける立場ってのは面白くないだろ。だが一番の目的は、山賊の溜め込んでる財だろうな。俺達を利用して逆に奪い取ろうとしてるんだろ」


「まぁそんなところだろうな。あの糞ジジイ、明らかに俺達を利用しようとしてたしな。けっ、誰が騙されるかってんだよ」


 顔をしかめるエドガーに、ネコタが嗜めるように言った。


「いくらなんでもそれは……。仮に僕らが山賊を退治したとして、そのアジトにあった財宝を奪うなんて、そんな権利はないんじゃ?」


「そうか? 嘘の申告をして、これはこの村の財産ですって言われれば、良識的に拒否しきれねぇだろ。全部とまではいかずとも、奪われた以上のものが少しでも手に入れば、村長としては儲けもんなんだしよ」


「そ、そこまでしますか……。だけど、リスクが高すぎませんか? もし僕達が負けて、この村の人間に頼まれたっていうのがバレたら、この村も報復されるような気がするんですけど」


「そんなの知らばっくれればいいだけだろ。

“確かに山賊のことは話しましたが、私たちは頼んでいません。こいつらが勝手にやったことです“って言えば、否定しきれんだろうし。

 何人か見せしめに殺されるかもしれんが、村を滅ぼされはしねぇよ。それならリターンを狙って俺たちを利用しようとしてもおかしくないだろ」


 流れるように出てくるエドガーの予想に、ネコタは苦い顔つきになる。


「……なんだか本当に思っていたのと違うんですけど。村人って、もっとか弱い存在じゃないんですか? これじゃあ、なんというか、むしろ……」

「村の人間も、意外と逞しいっていうことだよ」


 アメリアが静かに呟いた。

 エドガーは同意する。


「アメリアの言う通りだ。村人ってのは確かに弱い立場だが、だからこそ、生き残るために頭を回さなきゃいけねぇんだ。より賢く、より狡くな。学や知識はなくても、知恵がないってわけじゃないんだぜ?」

「はぁ、そうなんですか……」


 納得がいかなそうに、ネコタは曖昧に頷く。


「お前、田舎の人間は人に優しい、みたいなイメージを持ってるだろ。そんなもん間違いだから捨てちまえ。でないとまんまと利用されるぞ」


「……エドガーさんも、騙されたことがあるんですか?」

「まっ、旅をしているといろんなことがあるもんさ」


 軽い口調だが、遠い目で天井を見上げるエドガー。

 普段では見られない様子に、ネコタはいろいろと察するものがあった。


「アメリアさんも、エドガーさんのように?」

「私は元々村人だったから。ただ、そういうことを知ったのは大人になってからだけど。正直、知りたくなかったかな……」


 うんざりしたような声で呟く。もしかしたら、エドガー以上に嫌なものを見てきたのかもしれない。

 気まずさから、ラッシュに目を移す。

 ラッシュは笑った。


「俺はむしろ騙す側だったからな。手に取るように分かる」


 控えめに言って最低だった。参考にしてはいけないとネコタは思った。


「しかし、この予想が合っているとしたら、あの村長は目先の利益しか見えていないな。ちょっと考えれば損失の方が大きいように思えるが……」

「どういうことですか? 山賊がいなくなって村の財産が増えるなら、願ったり叶ったりじゃ?」


「こうまで上手くやってるとなると、このあたりはその山賊の支配下にあるっていうことだろ? 

 つまり、山賊の庇護下に入っているのと同じなんだよ。同業者が入り込めばそいつらが処分するだろうし、自分達が安全に暮らすために魔物や獣は積極的に狩ってるんじゃないか? 

 ようは、ある面では山賊に守られてる訳だ。ほら、そうやって考えると、そいつらが居なくなれば損をするのは村のほうだろ? 

 別な賊が現れた時、そいつらが同じような行動を取ってくれるとは限らないんだから」


「はっ、はぁ。言われてみればそうですね……」



 聞けば聞くほど、その通りに思える。

 感心していたネコタだったが、それが正しいかを考えるにつれ、次第に落ち込んでいった。

 ただ感情のまま当たりちらしていた自分が、恥ずかしくなった。


「すいませんでした。僕、何も分かってなかったんですね。相手の言い分を鵜呑みにして、疑いもせずに、エドガーさんに酷いことを……」

「ああ、本当に傷ついたぜ。絶対に許さないからな」

「うっ……! ご、ごめんなさい……!」


 それでも、ネコタは謝ることしか出来ない。凄まじい罪悪感だった。

 ラッシュが呆れた目をエドガーに向ける。


「お前そこは許してやれよ」

「謝られたら許さなきゃいけない、みたいな強迫観念って嫌いなんだよ。どうしても許せないものだってあるだろ?」


「それは分かるが、お前のはただの嫌がらせだろ。器が小さいぞ」

「そうだな。じゃあ許そう。しかし忘れない」

「……うっ!」


 ズンっと、肩に重みを感じる。地球でまさしく同じ言葉を聞いたことがあったが、なんとも深い言葉だ。下手に恨まれ続けるよりもずっと効く。


「ま、次からは気をつけろや。疑いもせずに言いなりになってると、いつか痛い目に合うぞ」

「はっ、はい。でも、どうしたらいいんですかね? 僕、今の話を聞いた後だと、騙されないようにできる自信がないんですけど」


「与えられた情報を鵜呑みにするんじゃなくて、そこから思考して推測するのが大事なんだ。ようは、自分でちゃんと判断しろってことだ。しっかりと観察して、自分が確かめた事実と情報を擦り合わせる。そうすりゃ自然と何が嘘で、何が真実なのかが分かってくるさ」


 エドガーにもっともらしい顔で言われても、今度は反発する気は起きなかった。明らかに自分にはない経験から身につけた技術だと分かった。


 見習わなければならないと感じたネコタだったが、そこに、ジーナが真逆の意見をぶち込んだ。


「べつに騙されてもそれを跳ね除ける強さがあればいいと思うけどな。そっちはそっちでメリットがあるんだし」

「ほぅ、斬新な意見だな。一応聞いてやるよ。そりゃなんだ?」


「騙そうとした相手なら、何をやられても文句は言えねぇだろ? 

 報復して逆に潰してやりゃいい。気分的にも楽だし、スッキリするし、金も手に入る。

 どうだ? 騙されないように頭を悩ますよりこっちの方が簡単だろ?」


「野蛮かお前。そんなんだから行き遅れんだよ」

「あたしはまだ若ぇよ! ぶち殺すぞウサギィ!」


 わりとマジな怒りだった。

 婚期に敏感になるのは、どの世界の女性も同じらしい。


「まっ。これ以上、俺たちがここで話し合っていても意味はない。あとは後日、伯爵様に直に聞いてみようじゃないか」

「そ、そうですね! それなら本当のことが分かりますもんね!」

「ああ。全ての話を聞いて、それからどうするかを決めればいい。その為にも、今日はもう寝るぞ。明日からまた数日は歩かなくちゃならないからな」


 ラッシュがそう締め、話し合いは終わった。

 真実を確かめ、それで困っている人が居るならば、勇者として山賊を退治する。

 ネコタは新たな目標を胸に秘め、久しぶりのベッドで眠りについた。




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