第36話 スープおかわり



「さぁ、どうぞお食べください」

「うむ、遠慮せずに食べるといい。たくさん作らせたからな」


 五人は村長の家に案内され、夕飯をご馳走になっていた。村長の妻が作った、野菜がたっぷり入ったスープを口にし、頬をほころばせる。


「どうかな? 口に合えばいいのじゃが」

「ええ、とても美味しいで――」

「薄い。味がたんねえよ。もっと塩入れろや、塩。肉も入ってねぇしよ。客人に出す飯くらいケチってんじゃねぇよ」


 エドガーが不満げに言った。

 ビキリ、と村長の額に筋が走る。笑顔は保ったままだが、お怒りなのは確実だった。


「なに失礼なこと言ってんだよあんた! ちゃんと野菜の味が染みててうまいだろうが!」

「いや、これ野菜しかないだけだろ。どう言い繕っても味がたんねぇよ。ほら、俺ってシティボーイじゃん? 味付けは濃い方が好きなんだよ」


「す、すまんな。この当たりでは塩は貴重で、少しも、無駄に出来ないのだ」

「いえいえ! 本当に美味しいですから! この人の言うことなんか気にしないでください!」


 ネコタは必死に謝る。料理を作った村長の奥方は下を見てふるふると震えていた。罪悪感が半端ない。


 が、隣のウサギは我関せずとばかりに文句をつけていたスープを飲み続けていた。おい、なんでお前が気にしてないんだ。誰のせいでこんな気まずい目にあっていると思っている。


 ネコタが隣のウサギに殺気立っていると、村長は苦笑いを浮かべながら言った。


「いや、そのウサギ殿の言う通りだ。本当なら、もう少しまともな食事を出せるんだがな」

「ええ、そうですね。あたしもこんなものしか作れなくて残念です」


 悲しげに、どこか懐かしむような目をする村長夫妻。そんな二人の仕草が、ネコタは妙に気に掛かった。


「あの、本当ならってどういうことですか? もしかして、何か問題でも?」

「ん、ああ、すまない。なに、大した話ではない。気にしないでくれ」


「おう、分かった。それじゃあ、スープのおかわりをくれるか?」

「えっ? ええっ」


 エドガーは空の器を差し出した。村長の妻は戸惑ったように受け取る。

 ネコタは本気でこのウサギを殺してやろうかと思った。


 ゴホンッ、と咳払いをして、ネコタは村長に聞く。


「あの、他所者の僕らに言いづらいかもしれませんけど、良かったら話してみませんか? もしかしたら力になれるかもしれませんし」

「いや、だが……いいのかね?」


「いや、飯が不味くなるからやめてくごぶっ!?」


 ネコタはエドガーの頭を掴み、テーブルに叩きつけた。


「——っ痛てぇな! 何す――」


 エドガーは怒った。しかしネコタはもっと怒っていた。

 殺気のこもった目で睨まれる。怖い、すごく怖い。仲間に向けていい目じゃない。もっと勇者としての自覚を持ってほしい。


 ウサギは大人しく食事を続けることにした。


「……ほぅ。この薄味のスープ、飲み続けるとなんだか落ち着くな。お袋の味を思い出す」

「あ、あら? そうですか? ありがとうございます」


「それで村長さん。何かあったんですか?」

「あっ、ああ。実はこの領には、数年前から山賊が住み着いるのだ」


「山賊?」


 ピクリと、無関心だったジーナが反応する。食よりも血を好む女だった。


「ああ。領の中心に廃坑となった鉱山があるんだが、そこに拠点を作ってあちこちの村を襲っておってな。うちの村にも何度か来て、作物や村の財産を奪っていくのだ。おかげで生活に余裕がなくてな。客人が来たというのにこんな料理しか出せなくなってしまった」


 村長は疲れたような笑みを浮かべる。

 ネコタはかける言葉が見つからなかった。


「それは、大変でしょうね……」

「なに、命が取られないだけマシだ。賊に襲われて助かる者の方が少ないだからな」

「それだけ派手に暴れているのに、領主は何もしないのか? 拠点まで判明してるんだろう?」


 ラッシュの疑問に、村長は鼻を鳴らす。


「最初は私兵を差し向けて潰そうとしたそうだが、何も出来ずに返り討ちにされたそうだ。なんでも、その山賊共の首領は獣人だそうでな。【天職】持ちの兵士も太刀打ち出来ないらしい」

「獣人……そうか。それでエドガーさんを見てあんなことを……」


 首領が獣人なら、同じ獣人であるエドガーに憎しみを募らせ、襲いかかっても無理はない。


「じゃが、伯爵様にとっては民など税を搾り取る相手でしかないんだろう。山賊には勝てないと見るや、伯爵様も討伐を諦めてたようでな。今では何もしようとはせん。おかげで好き勝手暴れる有様だ」

「そんな! 領地を持つ人が領民を守る義務を果たさないなんて!」


 ネコタは義憤に駆られた。

 そんなネコタに嬉しそうな反応を見せつつも、村長は諦めたような笑みを浮かべた。


「まぁ、仕方ないのだろう。そもそも伯爵様には山賊を討伐する力もないんだから。助けを求めても、その力がないなら何もできん」

「ふぅん、領主の軍でも倒せない山賊か。しかも首領が獣人ねぇ。面白そうだな。別に正義の味方をやろうってわけじゃねえが、どれだけ強いのか気になる。なんならあたしが――あ痛っ!?」


 ガンッと、ジーナはテーブルの下で何者かに蹴られた。

 直感的に、隣を見る。

 ジーナを咎めるように、ラッシュが睨んでいた。

 そしてラッシュは横っ面をグーで殴られた。


「ごほっ、おっ、おまっ……!?」

「痛ってぇだろうが。ああ? なにしやがんだ」

「だからってやりすぎだろ! あっ、見ろほら! 血が出ただろうが!」


「おい、大丈夫か? 随分と血が出ているが……」

「き、気にしないでください。あの二人なりのスキンシップなので」

「そ、そうか……」


 突然の暴力に引いた様子を見せる村長。

 ネコタは赤面する。身内の恥だ。あれらと同類とは思われたくない。


「山賊に取られた村の財産さえ返ってくれば、あたしたちももっと楽に出来るんだけどねぇ」

「やめんか。そんなことを言っても仕方ないだろう」


「ですけど……」

「悔しいが、耐えるしかない。殺されるよりはずっとマシだ」


 うつむき唇を噛む村長夫妻に、ネコタは胸に熱い感情が灯った。ここで助けることが出来ずに、何が勇者か。気づけば、その想いを声に出していた。


「あの、村長さん。その山賊、僕たちが――」


 ――グサッ!


 何かが刺さった音が聞こえた。

 右手に熱を感じる。ネコタは目をそちらに移した。

 力の込められたウサギの手と、右手に刺さったフォークが見えた。


「…………痛ああああああ!? えっ、これ!? えっ!? 何!? なんで!?」

「あっ、わりっ。間違えちった」

「間違えた!? どう間違えたらこんな……!」


 てへっ! とエドガーは可愛らしく笑う。殺意が芽生えた。


 ウサギを憎々しげに睨みながら、アメリアの治療を受けるネコタ。しかし、そんな目で見ているのはネコタだけではなかった。気のせいか、村長夫妻も似たような視線をエドガーに送っている。


 エドガーはそれに気づいていながら、何も知らないふりをしていた。


「はい、治ったよ」

「良かった……。ちょっとエドガーさん、どういうつもりですか?」


 さすがにこれを冗談ですませるわけにはいかない。

 ネコタは厳しく問いつめるが、エドガーは肩をすくめるだけだった。


「手が滑っただけだって。許してくれよ」

「そんな言い訳が……! はぁ、もういいです」


 怒りは収まらないが、今は山賊の方が重要だ。


「村長さん、さっき言いかけましたが、その山賊、僕らが──」


 ズガッと、ネコタの言葉を遮って、フォークがテーブルに突き刺さった。

 数分前の事故を思い出し、ネコタは冷や汗を流す。おそるおそると隣を伺う。

 ゴゴゴ、と音が聞こえてきそうな迫力のある顔で、エドガーは言った。


「──おっと、また手が滑っちまったぜ」


 明らかな脅迫だった。その意図を察し、ネコタは口をつぐむ。

 二人の様子に、村長は苦虫を噛み潰すような顔をしていた。だが、長い息を吐くと、何やら覚悟を決めた顔つきで言った。


「お前さんらに、折り入って頼みがある」

「おう、聞くだけ聞いてやるよ。言ってみな」


「見たところ、お前さんたちは腕に覚えがありそうに思える。旅人のお前さんらにこんなことを頼むのは、間違っているとは分かっている。だが、わしにはこうする他に方法がない。頼む、どうか山賊を退治してくれんだろうか。この通りだ」


 村長は深々と頭を下げた。


「今はまだなんとか暮らしていけるが、このまま要求が増せばそれも危うくなる。領主があてにならない以上、なんとかするしかない。この領に住む民を代表して頼む。どうかわしらを救ってくれ」

「おう、いいぜ」


「無茶を言っているのは分かるが、そこをどうか……なに!? いいのか!?」

「エドガーさん……!」


 あっさりと返ってきた答えに、村長夫妻は目を剥いて驚いた。

 根っこは優しい人だと、ネコタも仲間の義心に喜んだ。

 エドガーは頷いて言った。


「ああ、構わねえよ。報酬を払うならな」


 いろいろと台無しだった。


「エドガーさん……あんたって人は……!」

「報酬……か、金を取るのか?」

「当たり前だろ。俺は冒険者だからな。慈善活動はしねえよ。ちゃんと報酬はいただくぜ」


「そ、そうか。それもそうだな……ちなみに、山賊を討伐となったらいくらになる?」

「んー、そうだな。ざっと金貨百枚くらいか?」

「ひゃ、百枚!?」


 村長は驚きのあまり立ち上がった。


「い、いくらなんでも法外だろう! そんな、金貨百枚なんぞ……!」

「いや、そうでもねえよ。なぁ?」

「そうだな。領主の軍ですら返り討ちにするとなると、相当な規模の賊になる。最低でもそれくらいになるだろうな。むしろ良心的じゃないか?」


 ラッシュの援護に、村長は言葉を失った。


「そんな……百枚なんて、払えるわけが……」

「それじゃあ可哀想だけど諦めるしかないな。領主がなんとかするのを期待しておけ」

「エドガーさんっ! それは──」


 ネコタは眉間にしわを寄せて立ち上がりかける。

 エドガーはこれ見よがしにフォークを揺らした。

 ネコタは顔を青くして、おとなしく椅子に座りなおした。


「で、どうする? 金を払って俺らに依頼するのか?」

「おっ、お前は……!」


 どちらでもいいと言わんばかりのエドガーに、村長はブルブルと体を震わせた。そして、怒鳴りつける。


「お前と同じ獣人が、この領の荒らし回ってるんだぞ!? それなのに何も思わないのか!? なんとかしようと思わんのか!? 貴様に人の心はないのかぁ!」


 村長の言葉に、エドガーは真剣な表情になる。

 そして重々しく頷き、答えた。





「──スープおかわり」






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