第38話 貴族に良い奴なんか居る訳ねぇだろ!


 村を出発して二日後、五人はトランク伯爵の本邸がある街へと辿り着いた。


「くくくっ、ようやく着いたか。どんだけ溜め込んでいるのか、楽しみだぜ」

「おいおいエドガー、少しは下心を隠せよ。でないと警戒されるだろ」

「おっと。いけねぇ、いけねぇ」


 エドガーは邪悪な顔をいじり、無害そうなウサギを装う。なんとも可愛らしいつぶらなお目めだ。女子供が放っておかないだろう。ウサギのくせに、猫を被るのが上手い。


「どうだ?」

「よし、完璧だ。そんじゃあ伯爵様にお願いしに行くとしようか」


 クククッ、と二人は笑いながら歩き出す。どうやら村について、ラッシュも最近の屈辱を思い出したらしい。二人とも邪悪さを隠しきれていない。


 伯爵の屋敷へと向かう途中、さり気なく街の様子を観察しながら、ラッシュが呟いた。


「伯爵のお膝元はどうかと思ったが、この街もやっぱり活気がねぇな。住民も暗い顔をしている。あの村長が言ってたことは本当かもな」


「だな。何かトラブルを抱えている時の空気だぜ。自分の屋敷がある街ですらこの様子だと、どうやら伯爵様の経営が上手くないっていうのは本当らしいな。ここの住民もさぞ絞り取られているんだろうよ。クククッ、どれだけの金があるのか今から楽しみだぜ」


 ジュルリ、とエドガーが垂れたヨダレを拭う。このウサギ、もはや隠す気がまるでない。

 二人の邪悪さに怯みつつも、ネコタは尋ねた。


「あの、僕達から伯爵に言って、無理に巻き上げたお金を住民に返すようにすることは出来ませんか? そうすれば、この領の人達も楽になるでしょうし……」


「ネコタ君、それは無理だよ。一度集めた税をまた返すなんて、間違いだと認めるようなもんだろ。貴族がそんな恥ずかしい真似をする訳がないじゃないか」


「そもそも、領地の経営は領主に任されている。よっぽど酷くない限り、それに口を出すことは王にだって出来ない。俺達が何を言おうと無駄だろうな」

「そ、そうですか……」


 続くラッシュの言葉で落ち込むネコタ。

 しかし、エドガーは励ますように言った。


「なに、そう落ち込むなよ。口出しは出来なくても、やりようはあるぜ」

「えっ? 本当ですか?」


「おう。いざとなったら脅してやりゃあいいんだよ。【賢者】に【勇者】、実力だけはある元野盗に【格闘家】、そしてSランク冒険者の脅しだ。どんな馬鹿でも震え上がって言うことを聞くだろうぜ」


「そ、それ、やっていることが山賊と変わりないんじゃ……」

「なに言ってんだ。領民の為になるならそれは正義だろ」


 確かにその通りだ。

 たとえ違法だろうと、罪もない人達を守る為なら、やらなければならないかもしれない。

 心情的には避けたいところだが、その為に効率の良い手段があるならば使うべきだ。


 そう、まさに──


「毒を持って毒を制す──そういうことですか」


「ほぅ……ネコタ、いい度胸だなお前。何と何が毒なのか、詳しく教えてくれるかね、うん?」

「い、いやっ! これは……!」


「それ、私達も含めて言ってるよね?」

「最近調子に乗ってるよな、お前。いっぺん締めとくか?」


「まさか俺まで毒扱いにされるとはな。俺は悲しいぜ、ネコタ」

「ち、違うんです! ちょっと口が滑っただけで!」


 ネコタを弄って遊びつつ、五人は領主の屋敷にたどり着いた。

 伯爵に見合うだけの立派な屋敷だ。領民が苦しんだ成果がここにきていると思うと、ネコタは苦いものを感じる。


 だが、とある二人にとっては違うように見るらしい。


「おうおう、随分と良い屋敷じゃねぇか。こりゃ期待できそうだぜ!」

「ククッ、今から絶望に落ちると思うと笑いが止まらないな」


 完全な悪党面である。庇うべきところがないとはいえ、この二人に襲われる伯爵にネコタはわずかながら同情した。


 屋敷の正門には、二人の兵士が門番として立っていた。

 ニヤニヤとしながら、ラッシュは門番の兵士に話しかける。どこからどう見てもチンピラの風情だった。近づいてくるラッシュに、門番は険しく眉を顰める。


「やぁ、ちょっといいかい」

「なんだ貴様らは。ここは伯爵様の屋敷だ。貴様らのような者が近づいていい場所ではない。どこかへ立ち去れ」


「そう邪険にするなよ。その伯爵様に用があって来たんだ」

「何の用かは知らんが、伯爵様は貴様らのような者に会う暇はない。痛い目に会う前に素直に帰るんだな」


「ちっ、たかが門番風情が偉そうな態度だな。仕える者がこれじゃあ、伯爵とやらも程度がしれるな」

「貴様! 伯爵様を侮辱するか、無礼者が! そこに直れ!」


「おいおい、いいのかよそんな態度を取って。俺たちを誰だと思ってんだ」


 ラッシュはギルドでも見せた紹介状を、ヒラヒラと門番の目の前で振った。

 門番は胡散臭そうな目でそれを見る。


「なんだそれは?」

「紹介状だよ。伯爵様に見せればすぐに伝わる。ほれ、早く届けてこい」

「紹介状だと? ふざけおって。何処の誰の紹介状だか知らんが、貴様らのような怪しい者を――ッ!?」


 苛立たしげにしていた門番だが、渡された紹介状の押印を目にした途端、息を呑む。


「馬鹿な……こんな……。貴様ら、いや、あなた方は一体……」

「詮索はいいから、早く届けてこい。おら、あんまり待てねぇぞ」

「……はっ! 少々お待ちください」


 納得のいかなそうにしつつも、門番は一人を残し、屋敷の中へと走っていった。

 その背中を愉快そうに見ながら、ラッシュはエドガーに問う。


「さて、どうなると思う? 大人しく入れてくれると思うか?」

「そうだな。嫌がらせに、知らないふりをして放っておく、とかじゃねぇか?」


「ありえそうだな。だが、偽物だと判断して兵隊を差し向けるという可能性もあるぞ」

「まさかそこまで馬鹿じゃないと思うが、俺としてはそっちの方が楽しそうだ。手を出したことを後悔させてやるぜ」


「おう、今回ばかりは止めねえよ。俺も久しぶりに暴れてやる」

「お、なんだ? 暴れていいのか? よし、メインはあたしに任せろ。震えあがらせてやるよ」

「こんな立派な屋敷を燃やすなんて、ちょっとワクワクするな。もしかしたらやりすぎちゃうかも」


「いや駄目ですって! 皆さん何その気になってるんですか!?」


 過激な四人をネコタは止めに入った。

 悪党二人に釣られ、女性陣もその気になっている。このままでは地獄絵図が広がることは確定的だ。なんとかして止めなければ。この四人を、一人で? ……無理だ。


 あまりの困難さにネコタは絶望した。地球での常識を捨てきれない自分の冷静さと良心が今は恨めしい。


 ──ドタドタドタ!


「ん?」


 屋敷の中から、なにやら重い足音が聞こえてくる。それをいち早くエドガーの耳が聞き取った。

 ピクピクと耳を動かすエドガーに、ラッシュが尋ねる。


「エドガー、どうした?」

「いや、屋敷から足音がな」


「へぇ。っていうことは、捕縛を選んだか。くくっ、馬鹿が。よりにもよって一番やってはいけない選択をしたな」

「いや、それにしては人数が……」


 獰猛な笑みを浮かべるラッシュの横で、エドガーは首を傾げる。兵を差し向けたにしては、人数が少ない。それに、足音からして戦闘が出来るような者では……。


 ドン、と勢いよく扉を開けて出てきたのは、仕立ての良い衣装に身を包んだ恰幅の良い中年の男だった。その男は五人を見つけるなり、門へと走ってくる。


 相当慌てて走ってきたのだろう。ゼェゼェと息を切らしている。だが、男は息を整える様子も見せず、門越しにアメリアを見るなり言った。


「ゼェ、ハァ! ……ア、アメリア様!? 間違いない! なぜこの様な場所に……!」

「えっと……ごめんなさい。その、貴方は誰? 私と会ったことがあるの?」


「あっ、ああ! いえ、勘違いをさせて申し訳ございません。王城で遠くから私が貴方を見かけただけで、一方的に知っていただけなのです。お気になさらず」


 アメリアが困っていると見るや、男は深々と頭を下げた。

 男のその姿を見た瞬間、門番の兵士はぎょっとした顔を見せる。


「ブラン様! おやめください! それに、伯爵自らこのような場所で……!」

「馬鹿者! この方々は私などよりもよっぽど尊いお方達だ! 私自ら迎えないで誰が迎えるというのだ! いいから早くお通しせよ!」

「は……はっ! 申し訳ございません!」


 慌てて兵士が動き出し、五人の前の正門が開かれる。だが、五人は今のやり取りで思考が固まっていた。

 兵士は今何と言った? 信じられない、ありえないとは思うが、この人が――


 まさかと思いつつも、ラッシュが尋ねる。


「あの、失礼ですが貴方は……」


「ああ、申し遅れました。私がトランク伯爵領、領主のブラン・トランク伯爵です。この度はよくぞ我が屋敷に参られました。ささっ、皆様どうぞ中へ。出来る限りのお持て成しをさせていただきます」

「あっ、ああ。ありがたい。それでは遠慮なく」


 ラッシュの返答に、トランク伯爵は小さく頷く。そこで、ふとエドガーと目があった。


「おや? 貴方は――」


 目を丸くするトランク伯爵に、ピンとエドガーは耳を反応させる。


 ――来る! 来るぞこれ! さぁ来い! 全部打ち返してやるぜ!


 思わぬ伯爵の態度にあっけにとられていたが、ようやくこれでペースを掴める。今ほど獣人であったことに感謝したことはない。侮辱なら慣れっこだ。それを皮切りに、必ず主導権を握ってみせる!


「おう! 俺が何だって「もしや、Sランク冒険者のエドガー様では?」……お、おうっ? ああ、そうだが……?」

「おお、やはり!」


 伯爵は嬉しそうに笑った。その反応に、エドガーはあんぐりと口を開けた間抜け面を見せる。


「お噂はかねがね。選考会ではあのクレメンス殿を相手に圧巻の実力を見せつけたとか。噂を耳にして、いつか会いたいと思っていましたが、まさかこの屋敷で会えるとは思ってもみませんでした。貴方に会えたことを光栄に思います」


「えっ……あっ、うん。ありがとう」


 握手を求められ、エドガーは反射的に握り返す。ポーズではなく、伯爵は本当に嬉しそうにしていた。


「な、なぁ。俺のこと、何とも思わんのか?」

「──? 何がでしょうか?」


「俺、獣人なんだが……」

「何を仰いますか。獣人であろうと何だろうと、その功績と実力は讃えられるべきです。そもそも、勇者パーティーの一員である貴方をどうして無下に扱うことが出来ましょうか」


「お、おぉ……そうか……」

「ああっ、こんなところでいつまでも引き止めてしまい申し訳ありません。さぁ、皆様、中へどうぞ」


 伯爵が先導して屋敷へと歩き出す。

 エドガーはその背中を呆然と見つめ、ガタガタと小さく震えた。


「ラッシュ君、ラッシュ君」

「なんだいエドガー君」

「どうしようっ! 思ってたのと違いすぎて怖いっ!」


 ヒィッ、とエドガーは頬を押さえて怯える。

 ネコタは呆れながら言った。


「何が怖いんですか。エドガーさんにもあんな態度を見せてる人ですよ。凄く良い人じゃないですか」

「それが恐ろしいって言ってんだよ! 貴族に良い奴なんか居る訳ねぇだろ! 何か裏があるに決まってる!」


 この人、今までどんな酷い目に合ってきたんだろう……。

 貴族からの好意に疑心暗鬼に陥っているウサギに、ネコタは同情した。


「おいオヤジ! どうなってんだ! 悪徳領主って話じゃなかったのか!?」

「だな。とてもそうは見えなかったぞ。普通に人の良いおっさんじゃねぇか」

「うん、伯爵であんな腰の低い人の初めて見たよ」


 ジーナとアメリアも同じ意見のようだ。疑うようにラッシュを見る。

 ラッシュは難しい顔で言った。


「まいったな。これはちょっと予想外だ。こりゃ大分話が変わってくるかもしれんぞ……」


 人物像があまりにも予想とは違いすぎる。

 良い情報の筈なのに、ラッシュは頭を悩ませていた。




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