第31話 あなたは何も分かっていらっしゃらない


「どうぞ、こちらへお座りください」


 応接室に入ると、ギルド長ヴェルバは上座のソファへと促す。

 エドガーはソファに目をやり、言った。


「ふん? ちょっと狭いな」


大人が三人座ればいっぱいになる大きさだ。五人で座るには、少しばかり小さい。


「も、申し訳ございません! すぐに人数分の椅子をご用意いたします!」

「ああ〜、いいよいいよ。これで十分だ。アメリア」


 エドガーはちょいちょいとソファの真ん中を指す。アメリアはおずおずとしながら座った。うむ、と頷いたエドガーが、その膝の上に腰掛ける。アメリアは慣れたように抱きしめた。

 

 それで緊張がほぐれたのか、アメリアはほくほくとした顔をし、エドガーは気持ち良さそうに背中を預ける。


「ほれ、ネコタ、ジーナ。お前らも座れ」

「おう。それじゃあ遠慮なく」

「す、すいません、失礼します」


 ジーナはどかりとアメリアの右に腰掛け、ネコタは遠慮がちに左に座った。服越しにアメリアの体温を感じ、ドキドキと胸が高鳴る。アメリアを意識しないように、無表情を心がけた。


「な、なぁ。俺はどうすれば……」


 伺いを立てるラッシュに、エドガーはチラリと目を向ける。クイッと、後ろに親指を立てて言った。


「立ってろ」

「ぐっ! わ、分かった……」


ズンと肩を落とし、ラッシュはノロノロとエドガーたちの背後に直立する。

ヴェルバは気の毒そうな顔で言った。


「あの、今すぐ椅子を持ってこさせますので……」

「ああ、気を使わないでくれ。こいつはその辺に立たせておけばいいんだ」

「お前……覚えてろよ……! この恨みは絶対に忘れないからな……!」


 今にも血涙を流しそうな表情でラッシュは睨みつける。が、エドガーはどこ吹く風だった。


「改めまして、ようこそおいでくださいました。”首刈り兎ヴォーパルバニー”、エドガー様。当ギルドはあなたを歓迎いたします」


 ヴェルバは深々と頭を下げ、満面の笑みを浮かべる。どうやら口だけではなく、本気で歓迎しているらしい。獣人のエドガーの来訪をここまで喜ぶとは。宿屋の一件を見ているだけに、ネコタは心底驚いていた。


「ふっ、そんな大層な扱いをされるほど大人物でもないつもりだがな、俺は」


「貴方ほどの方が、何を仰いますか。貴方を適当な扱いで済ませて良いというのであれば、私共は誰に対してもそのような態度で良いということになってしまいますよ」


「まったく、初めて顔を見せるギルドはいつもこうだ。困ったもんだぜ」


 照れ隠しなのだろう。口ではそう言いながらも、エドガーは満更でもなさそうに笑っていた。その反応に、ヴェルバも笑みを見せる。


 ――あれ、こいつ誰だ?


 なにやら大物感を見せるエドガーに、ネコタ達は違和感を感じる。おかしい、俺たちの知ってるウサギじゃない。唯一、アメリアはキラキラと尊敬の目を向けていた。


「書状を見たから分かっているだろうが、紹介するぜ。俺を抱きしめているこの子が、【賢者】のアメリア。んでこっちのヒョロイのが【勇者】のネコタ。ついでに【格闘家】のジーナだ」

「【賢者】に【勇者】……本物なのですね」


 ヴェルバはアメリアを見て頷いた後、ネコタに目を向けた。

 目が合い、ネコタは背筋をピンと伸ばす。


「あ、あのっ、勇者のネコタです! よろしくお願いします!」

「ああはい、こちらこそ」


 ――あれ、なんか軽い。

 あっさりと流されたことに、ネコタは小さいショックを受けた。


 ヴェルバは続いてジーナに目を向け、最後に後ろに立つラッシュを見る。


「あの、そちらの方は?」

「ただの使いっ走りだ。気にするな」

「ぬぎっ!? お、お前ぇ……!」


 ラッシュはギリギリと歯を噛み締める。

 このウサギ、チクチクと小さな嫌がらせに余念がない。


「しかし驚きました。勇者一行にエドガー様が選ばれたとは聞いておりましたが、まさか真実だったとは。てっきり何かの間違いかと」


「ふっ、俺の力がどうしても必要だと頼まれては、な」

「なるほど、それでこの少年のお守り役ですか。エドガー様をただの護衛扱いとは、役不足にも程があると思いますが」


「あ、あの。僕、これでも勇者なんですがっ!」

「はぁ。それが何か?」

「あっ、いえ、なんでもないです」


 不思議そうに尋ねられ、ネコタはスゴスゴと引っ込んだ。こちらの世界でちやほやされ、気づかず調子に乗っていたのかもしれない。ちょっとだけ傷ついている自分が居た。


 ヴェルバの持ち上げように、一周回ってジーナは興味を持った。


「なんだ、やけにウサギの評価が高いじゃねぇか。こいつはそんなに凄い奴だったりするのか?」

「は?」


 間の抜けた声を上げて、ヴェルバは信じられない物を目にしたようにジーナを見る。そして、納得したような笑みを見せた後、やれやれというふうに首を振った。


「――あなたは何も分かってらっしゃらない」


 あ、こいつぶん殴ろうかな。と、ジーナは思った。


「現在Sランク認定を受けている冒険者は数人居ますが、エドガー様ほどその称号に相応しい力と品格を持った人物は居ません。彼こそ、史上最高のSランク冒険者と言っても過言ではないでしょう」


「まぁ、ギルドからすれば俺ほど扱い易いSランク冒険者は他に居ないからな。機嫌を損ねないようにそうやっておだててるわけだ」

「いえいえいえいえ! そんな滅相もない! これは冒険者ギルドの総意ですとも!」


 誤解されてはたまらないと、ヴェルバはブンブンと首を振った。それを面白がって、エドガーは笑っている。


「へぇ……! エドガーって本当に凄い人だったんだね!」

「力はともかく、品格?」


「この口も性格も悪いウサギが?」

「何かの間違いじゃ……」


 アメリアはさらに尊敬し目を輝かせるが、残りの三人は疑わしそうにエドガーを見た。普段のウサギを見ているだけに、どうにも信じがたい。

 そんな三人の内心に気づいたからか、ヴェルバは言いづらそうな顔で説明する。



「他のSランク冒険者も、エドガー様に負けず劣らずの実力はあるのですが……その、冒険者というのはどうしても実力主義的なところがありまして。

 実力があるのなら、不本意ながらある程度の素行の悪さは見逃されます。

 そのせいか、高いランクになればなるほど個性的な人が集まりまして……Sランクともなると、実力も高い分、常人とは常識が違ってくるといいますか……」


「あいつら自己中のクズばかりだからな。

 いくら困っている人が居てギルドから頭を下げられようが、気に入らなければ絶対に仕事を受けねぇんだよ。

 その点、俺は人並みの良識を持っているからな。ギルドの連中が頭下げて頼んできた時は、俺の力でなんとかなる範囲なら受けるようにしてたのさ。

 だからどこのギルドに行っても歓迎されるんだよ」


「そっか、エドガーは優しいんだね」

「いや、単純に他の奴らが酷すぎるから相対的にこいつが良い奴に見えてるだけだろ」

「本性は意地の悪い糞ウサギのくせにな。ギルドの方から騙されにいっているように見えるぜ」


「エドガーさんにでも頭を下げなくちゃいけないほど、まともな人が居ないっていうことですか。なんだか大変ですね」

「言うようになったじゃねぇか、ネコタのくせに……」


 エドガーは怪しく笑いながらネコタを睨む。

 ネコタはそれから逃げるように、ヴェルバに話しかけた。


「と、ところで、エドガーさんはSランクとはいえ獣人ですけど、そこに何か思うところはないんですか? 随分と敬意を持って対応しているみたいですけど」

「私はこの国の出身ですが、ギルドに所属する身としては馬鹿馬鹿しい、としか言えませんな。なぁ、フラン君」


「はい。依頼の中にはどうしても暴力でしか解決出来ない物があります。そんな時、頼りになるのは実力がある人だけです。実力さえあるなら、種族なんて瑣末な問題です」


 受付嬢のフランですらハッキリとそう言い切ったことに、ネコタは驚いた。

 完全な実力主義。Sランクの現状を聞いた時は、地球での常識も合わさって正直どうかと思っていたが、偏見で相手を見ないというのは素晴らしいことのように思える。


 単純な戦闘力が重要視される世界だからこその価値観であるとはいえ、何事も一長一短かと、ネコタは思った。


「まぁ、どうでもいい話はその辺でいいだろ。それよりも本題だ。国からの支援金のことなんだが」

「はい、仰りたいことは分かります。支援金が少ないのではということですよね? 私個人としてもそう思うのですが、間違いなくあれが指定された金額なのですよ」


「んな訳あるか! 銀貨一枚だぞ! こんなんで旅が出来るか!」


 我慢できず、ラッシュが怒鳴る。

 ヴェルバはラッシュを見たあと、フゥー、と長い溜息を吐いた。


「エドガー様。このような躾の行き届いていない者を側に置いていては、エドガー様の品位が疑われます。戦闘に参加しない小間使いでよろしければ、代わりの者をこちらで用意することもできますが」


「ふっ、腹立たしくはあるが、こう見えてもそこそこ戦える奴でな。危険な旅になる以上、ある程度のことには目を瞑らないといけないのさ」

「なるほど、そういうことでしたか。エドガー様も苦労なさっているのですね……」


「お前らマジで殺すぞ」


 ラッシュの殺気に、ヴェルバは震えだす。そろそろ限界かなと、エドガーは冷静に見極めつつ、


「間違っても、ギルドの方で中抜きをしている訳じゃないっていうんだな?」


「とんでもない! そんなことをすればギルドの信用問題になります! 絶対にしませんよ! そもそも、世界を救う勇者一行の邪魔をして利益を奪うような大それた真似、出来る奴なんか居ません!」


「ま、そうだよな。すまん、聞いてみただけだ。俺も一応はギルド側の人間だからな。本当にギルドの奴らがやったなんて思ってねぇよ」


 しかし、そうなると他に可能性があるのは……。


「国から指定された金額が間違ってる、ってところか?」

「はぁ、おそらくはそうだと思うのですが」


 納得しきれないような表情で、ヴェルバは言う。


「あらかじめ届いていた書状は、宰相の押印が入っている物ですよ? 宰相が直々にチェックしたということですから、間違いだとは信じられないのですが……」





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