第30話 ――俺がテメェらをぶち殺してやろうか!



「ここが冒険者ギルドですか……」


 翌朝、五人はのんびりと朝食を食べた後、冒険者ギルドに向かった。

 これからの食料を買い込もうにも、まずは資金がないと話にならない。ギルドで王国からの支援金を受け取り、店に向かう予定だ。


「なんだか雰囲気ありますね。さすが冒険者ギルド」

「んなもんねぇよ。ただ周りより少しデカイだけだろうが。ギルドって言葉に夢見すぎなんだよ。ガキか」


「前から思ってたんですけどエドガーさん僕に厳しくないですか!? いいじゃないですか、ちょとくらい夢見たって! ギルドって響きだけでゲームをやったことのある奴ならドキドキするんですよ!」

「ゲームってのが何かは知らんが、朝っぱらから喧嘩してんじゃないよ。ほれ、とっとと行くぞ」


 ラッシュを先頭に、冒険者ギルドの中に入る。

 ギルドの中は閑散としていた。粗末な防具を身につけた数人の冒険者が依頼表を張ってある板を眺めており、あとはカウンターにギルドの女性職員が居るだけだ。


「あれ、なんだか思ったのと違う。もっと活気があると思ってたんですけど」


「わりの良い依頼は朝早くに来ないと他の奴に取られちまうからな。冒険者のほとんどがとっくに依頼を受けて外に出てるんだよ。今頃来ている奴は寝坊したマヌケか、切羽詰まって働く必要がないほど余裕のある奴だけだ」

「はぁ、なるほど」


 冒険者といえば荒くれ者だとおもっていたが、思ったよりも真面目で働き者らしい。あまりのイメージの違いに、ネコタは拍子抜けする。

 ラッシュは空いているカウンターに行き、受付嬢に声をかけた。


「よう、今、大丈夫かな?」

「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

「ははっ、いやいや、俺たちは冒険者でも客でもなくてね。ちょっとこいつを見て欲しいんだが」


 ラッシュは懐から封筒を取り出し、受付嬢に渡した。受付嬢は不思議そうな顔でそれを受け取るが、中身を見た途端、顔色を変える。


「これは……もしやあなた方は!」

「まぁ、そういうことだ」

「ほ、本当に……! お会い出来て光栄です! ギルドとしても、出来る限りの協力は惜しみません! どうか魔王を――」


「ああっと。すまんが、もう少し静かに頼む。気持ちは嬉しいんだが、あんまり騒がれたくないんでね」

「す、すいませんっ! 私ったらつい……しょ、少々お待ちください! 急いでギルド長に連絡し、ご用意させていただきます!」


 受付嬢は興奮を隠せない様子で、席を立ち二階へと上がっていった。

 エドガーはラッシュに尋ねる。


「やけに素直に動いてくれたな。お前、何を渡したんだ?」


「王家の押印が入っている紹介状だよ。腐っても王家、これ以上の信用はない。個人としても、世界を救う勇者一行が相手なら力になることを惜しむ奴はいないだろうしな。そりゃ積極的に協力してくれるってもんさ」


「なんでお前が自慢気なんだよ。凄いのは王家だろうが」


 ただの使いっ走りのくせに、とエドガーは思ったが、口にはしなかった。これ以上へこませたら本当に泣いてしまう。それくらいの慈悲はあるのだ。


「……お、お待たせしました。こちらが指定された支援金になります」


 少し待つと、受付嬢が二階から降りてきた。しかし、気のせいだろうか? その表情には困惑らしきものが見える。

 そんなことにも気づかず、ラッシュはのんきな顔を見せる。


「おお、ありがとう。早かったな。もしかして急かしてしまったか?」

「い、いえ、とんでもありません」


 苦笑いを浮かべる受付嬢から、ラッシュは小袋を受け取る。その瞬間、ラッシュの表情が引き攣った。

 なんだ? 思ったよりも軽い。

 

 直感的にそう判断したラッシュは、袋を開けてカウンターに中身をひっくり返す。カランッと、乾いた音が響いた。


 カウンターの上には、銀貨が一枚置かれていた。


「……あの、すいません。これってどれくらいのものがなんですかね?」


 つい最近、同じようなことを聞いた気がしするなーと思いつつ、ネコタは訊ねた。

 同様の気持ちになりながら、エドガーは答える。


「そうだな。食料だけなら十分に買い込めるぐらいの大金だぜ。他の必需品を揃えるには全然足らないけどな」

「でも、その食料もあくまで次のギルドがある街まで順調に行けたらって話だよね。何かトラブルがあったらまた途中で食料が切れそう」


「これが支援金って本気か? おい、ギルドはあたしを笑わそうとしてんのか? それとも喧嘩を売ってんのか? また酒のない旅に戻れってか? あ?」


 ジーナが体から殺気を漏れ出す。だが、ジーナが行動するよりも早くラッシュが先にキレた。

 ふるふると震えていたと思ったら、バンッと強くカウンターを叩き受付嬢に詰め寄る。


「おい! これはどういうことだ! 国からの支援金がこれだけの筈がねぇだろうが!」

「そ、そう言われましても、これが国から指定された金額で……わ、私としても変だとは思ったのですよ。ですが、確かに……」


「そんなわけないだろうが! いくらなんでも少なすぎる! ギルドで中抜きしてるんじゃねえだろうな!?」

「なっ! そんなことするはずがありません! 当ギルドにそんなことをする職員はいません!」


 受付嬢は涙目でフルフルと震えながらも、気丈に言い返す。

 いかん、落ち着け。こんな受付嬢を脅してどうするんだ。そう自分に言い聞かせ、ラッシュはふーっと静かに息を吐いた。



「君とでは話にならない。ギルド長を呼んでくれ」

「……ギ、ギルド長はただ今お出かけになっております」


「テメェさっき会いに行ってただろうが! 馬鹿にしてんのか!?」

「ヒィッ!」


 受付嬢は怯えた声を出し、頭を抱えてカウンターの陰に隠れるようにしてうずくまった。

 この騒ぎを見ていた冒険者達が、剣呑な表情で近づいてくる。


「おい、おっさん。テメェなにフランちゃんを脅してんだよ!」

「いい歳して調子づいてんじゃねぇぞコラッ! ぶっ殺すぞ!」


 ――俺がテメェらをぶち殺してやろうか!


 ラッシュは何も知らず近寄ってきた冒険者たちを睨み付ける。が、冒険者達はラッシュの怒りに気づかないのか、まったく怯んだ様子を見せない。


 どうやら受付嬢らしく、このフランという子は人気があるようだ。冒険者達は良いところを見せようと、威勢良くラッシュに突っかかってくる。


 ――ほとんどゴロツキと変わらない底辺どもが! 女の前だからって恰好つけやがって!


 普段なら適当にあしらうラッシュだが、どうやら自分でも気づかぬほどストレスを溜め込んでいたらしい。実力差も弁えずに突っかかってくるバカどもに、本気で苛立ちを覚えていた。


 見せしめに一人ボコると決めた時、バンッ、と勢いよくギルドの扉が開かれた。突然の事態に、ギルドに居た全ての視線が集まる。


 中に入ってきたのは、ウサギの獣人だった。というか、エドガーだった。いつの間にか輪から抜け出し、こっそりと外に出ていたらしい。


 エドガーはのしのしと、肩を揺らしながらカウンターに向かって歩いてきた。なにやら雰囲気のある姿に、皆が思わず道を開ける。

 エドガーはラッシュの横に着くと、叩きつけるように言った。


「邪魔だぁ! ゴミムシ風情が場所取ってるんじゃねぇ! 退いてろ!」

「なにぃ……?」


 ラッシュはエドガーの態度にムッとした顔を見せる。


「強気だな。俺が手を出さないとでも……」

「うるせぇ! 仕事も出来ねぇ無能が一端の口聞いてんじゃねぇ!」

「ぬっ……」


 短くも苛烈な言葉に、ラッシュは口をつぐんだ。この数日の失態を自覚しているだけに、反論も出来ない。

 しぶしぶと場所を譲るラッシュ。エドガーはそれに目も向けず、フンと鼻を鳴らして言った。


「――加齢臭を漂わせているくせに」

「ぐぅ……!」


 ラッシュは悔し気な呻き声を上げ、エドガー達から背を向けた。フルフルと震えながら、天井を見上げている。


 ――このウサギ、ヤバい。

 その容赦のなさに、誰もが恐れた。


「おう姉ちゃん。ちょいとギルド長を呼んでくれねぇかな?」

「で、ですから、先ほどもおっしゃいましたように、ギルド長はただ今ご不在でして……」


 気まずげに言うフラン嬢に、エドガーは苦笑いをしながら肩をすくめる。そして、腹のあたりの毛皮に手を突っ込むと、金色のプレートを取り出してフラン嬢に手渡した。


 そのプレートを受け取った瞬間、紹介状を見せた時以上にフラン嬢は顔を引き攣らせる。


「これっ……!? も、申し訳ありませんでした! 少々お待ちください! ギ、ギルド長! ギルド長~!」


 フラン嬢は返事を聞く前に、椅子を弾き飛ばして階段を駆け上がる。

 普段では見られないフラン嬢の姿に、絡んでいた冒険者たちがひそひそと話し始めた。


「おい、見たか今の? フランちゃんのあんな姿見たことねぇ」

「あのウサギ、何者だ? ただの獣人じゃねぇのか?」


「さっきのって冒険者プレートだよな? 何色だった?」

「み、見間違いじゃなければ……金色だったような……」

「金……金だと……?」


 冒険者達が畏怖の目でエドガーを見る。だが、エドガーはそれが当然であるかのように、気にした様子を見せない。そんな姿に、ネコタ達は驚きの目を向けていた。


 少しして、ドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえてきた。そして、階段の方から恰幅の良い中年の男が現れ、エドガーを見た瞬間、顔を真っ青にさせた。


 男はダラダラと嫌な汗を流しながら、カウンターを回ってエドガーの前に立ち、深々と頭を下げる。


「お、お待たせして大変申し訳ありませんでした! 私が当ギルド長のヴェルバです! Sランク冒険者である”首狩り兎ヴォーパルバニー”様が来ているとも知らず、大変ご無礼な対応をしてしまい申し訳ございません! どうかお許しください!」


 ギルド長――ヴェルバの口からSランクという言葉出た瞬間、他のギルド職員が信じられない物を見たかのような目でエドガーを見て、一斉に立ち上がり頭を下げた。


 冒険者達もポカンとした顔をした後、次第にその意味を理解したのか、エドガーに憧憬の目を向けている。


 エドガーはそれら全てを受けながらも、苦笑するだけだった。


「なに、俺はそんなに気にしてねぇからよ。そんなに頭下げんなよ」

「は、はいっ! 寛大な御心をありがとうございます!」

「だからそうビビるなって……ああ、まあいいか。それより、ちょいとギルド長に聞きたいことがあってな。少し話せるか?」


「は、はいっ! もちろんです! 二階の応接室で伺わせていただきますので、こちらへどうぞ! フラン君! 急いで人数分のお茶菓子を用意して!」

「は、はいっ!」


 フラン嬢が慌ただしく駆け出し、ヴェルバが丁寧な態度でエドガーを先導する。エドガーはテクテクとそれについていくが、ん? と、後ろを振り返った。


「おい、なにしてんだ。早くついて来いよ」


 ネコタ達四人はポカンとしながら、エドガーを見つめていた。



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