第25話 僕、とっても怖いの

 


 ――事は数日前。本格的に旅が始まった初日に遡る。

 

 その日、勇者一行は壮大なパレードの中、国民に見送られて出発した。


 本音はひっそりと旅立ちたいというのが勇者パーティーの総意だったが、国の権威がどうこうと言われては断り切れず、辟易としながらも受け入れた。

 


 王国の騎士達に囲まれ、盛大な行進で国を出て、王都が見えなくなったところでようやく解放された。

 いよいよ旅が始まるという最後の別れ。パレードに同行していた宰相は、勇者一行に激励と忠告を含めて言った。


「それでは、後は任せましたぞ、ネコタ殿。自分達が世界を救う存在であり、また王国の代表であるということを忘れず、くれぐれも節度のある行動を保って――」

「もう聞き飽きたんだよブタ。いいからとっとと先に行かせろよ」


 ――この糞アマが!


 顔には出さず、宰相は胸の中でジーナを罵った。だが怒りを隠しきれず、額に血管がピクピクと浮かぶ。

 それを目ざとく見つけたエドガーは、ちょいちょいとアメリアの袖を引く。


「ねぇ、このブタさんいつまでついてくるの? ストーカーみたいで気持ち悪い。僕、とっても怖いの」

「ごめんね。今すぐ追い払うから、もう少しだけ待っててね」


「うん、早くしてね。この人なんだか油臭いからあんまり傍に居たくないの」

「この畜生風情が! 誰に向かってそんな口を――!」

「エドガーに向かってなんて口を聞いてるの?」


 アメリアは冷たく睨みつけた。

 宰相はぐっと息をのみ、頭を下げる。


「も、申し訳ありません」

「謝るのは私じゃないでしょ」


「……も、申し訳ありませんでした。エドガー殿」

「ふんっ、身の程を弁えろよ。たかが一国の宰相風情が。俺は賢者アメリアの忠実なる剣士だぞ」


「ぐっ……こっ、こいつ……!」


 ぎりぎりと歯を鳴らし、宰相は憎々しげにエドガーを睨む。が、エドガーは堂々と胸を張っていた。

 そんな二人を見ながら、ラッシュは感心した声を上げる。


「アイツ煽るのうめぇなぁ」

「やられた方はたまったもんじゃないですね。正直、人選を間違えたんじゃと思わなくもないんですけど」


「なに、気にするな。あんな態度を取るのは敵にだけだろ。人見知りのアメリアがあそこまで気に入っているからな。アメリアのケアっていう役割も考えれば、欠かせない奴だよ」


「いつか何かをやらかす気がしてしょうがないんですが……」

「何をやらかすというのかね、ネコタ君。うん? 言ってみたまえよ」

「あっ。いえ、その、なんでも……」


 耳ざとく陰口を聞きつけたエドガーは、ネコタに、ん? と顔を近づけた。堪らずネコタは顔を逸らすが、エドガーはピョンピョンと跳ねまわりそれを許さず、プレッシャーをかける。


 絡まれたら面倒そうだなぁと、ラッシュは他人事ながら思った。


「ちっ、おい」


 宰相は不機嫌そうに舌打ちをして、傍にいた騎士に目配せをする。騎士は馬車から荷物袋を取り出すと、ラッシュに手渡した。


「数日分の食料と軍資金だ。残りは手筈通りに」

「なるほど」


 ラッシュは何度か振って重みを確かめる。次の中継地点までは十分に持つだろうと判断し、軽く笑みを浮かべた。

 宰相はフンと鼻を鳴らし、厭味ったらしい声で言った。


「失敗は許されない。必ずや魔王を討伐するのだ。そのためならば貴様たちがどうなろうが構わん。勇者様と賢者様を守り切れ。万が一にでも死なせたら、どうなるか分かっているであろうな?」

「はいはい、言われなくても分かっておりますよ、っと。まっ、吉報をお待ちください。私としても失敗するつもりはありませんからね」


「くっ、くく。そうか。なら楽しませてもらおう。本当に出来るかどうか、怪しいものだがな」

「ん? それはどういう意味で……」

「なに、旅を始めれば分かる。精々頑張るといい」


 宰相はにたりと笑うと、すぐに馬車へと向かってしまった。

 ラッシュは不審な物を感じたが、気のせいかと思い直した。ここまでのせめてもの意趣返しとして、嫌味を言っただけだろう。


 宰相を乗せた馬車と護衛の騎士達が、遠くに去っていく。それを見届け、ラッシュは仲間たちを振り返って言った。


「よし、それじゃあ俺達も行くとしますかね。長い旅の始まりだ。まぁ、気楽にやろ――」


「やっと別れられたな。ようやくすっきりとしたぜ」

「ああ、あれ以上顔も見たくもなかったからな」

「傍に居るだけで目障りなんだよね」


 ジーナ、エドガー、アメリアの三人は、宰相を見届けることもなく、ラッシュを置いて先に進んでいた。

 ガクリと肩を落とし、ラッシュは呟く。


「アイツら、協調性の欠片もねぇのか……せめて俺のことくらい待ってくれても……」

「そ、そんなに落ち込まないで下さい。僕はちゃんと居ますから」


 唯一待ってくれていたネコタをありがたく思いつつも、ラッシュはこれから先のことを考えると、憂鬱な気分になった。




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