第26話 ……お前、ポンコツだったのか


「なぁ、ところで俺たちは何処に向かってるんだ?」


 歩き始めてからしばらくして、エドガーは尋ねた。

 からかうようにジーナが言う。


「んなもん魔王が居る場所に決まってるだろ。あたしたちは勇者一行なんだからよ」

「下らないこと言ってんじゃねぇ。そんなことは言われなくても分かってるんだよ、雌ゴリラが」


「なにぃ……?」

「や~めなさいって。出発したばかりで喧嘩してるんじゃありません。ギスギスしちゃうでしょうが」


「しょうがねぇだろ! このウサギが喧嘩売ってきてんだからよ!」

「テメェがくだらねぇこと言ってるからだろうが!」


「お前らやめろよ本当に。頼むから」



 早速争い始めた二人に、ラッシュの胃がキリキリと痛み始めた。俺、こいつらに殺されるかもしれない。



「今向かってるのは、【迷いの森】って呼ばれている所だ。知ってるか?」


「いや、知ってるも何も……入ったら帰ってこれないとか言われてる危険な森じゃねぇか。何人も冒険者が遭難しているせいで、入口付近ならともかく、その奥は高ランク冒険者ですらギルドの許可が必要になっている危険区域だぞ」


「なんだそりゃ、面倒そうな場所だな。そんなところに何しに行くんだよ? あたし達は魔王討伐をしなきゃいけないのに、そんなとこによる暇があんのか?」

「エドガーはともかく、お前は城で何度か話しただろうに……」


 すっかり忘れているジーナに頭を抱えつつ、ラッシュは言った。


「その魔王討伐にどうしても必要だから、そこに向かってるんだよ。正確には、その森の中にあると言われているアルマンディの祭壇に用がある、だな」

「あん? どういうことだ? なんで今さらそんなもんが必要なんだ? 賢者と勇者も居るんだから、魔王が現れるっていう魔領に向かえばいいじゃねぇか」


「そうしたいのは山々だが、まだ【勇者】の力が万全じゃないからな。それを完成させるために、その祭壇に向かわないとならないんだ」

「万全じゃないだと~?」


 エドガーはネコタを胡散臭そうな目で見る。その視線にネコタはうろたえた。


「そりゃどういうことだ?【女神アルマンディ】の力を受け取ったから、勇者って呼ばれるんだろ?」

「ネコタが受け取ったのは、アルマンディの力の一部なんだよ。だから【勇者】の力を全て引き出せるわけじゃないんだ」


「なにぃ? ……お前、ポンコツだったのか」

「酷っ!? そこまで言うことないじゃないですか!」


 心外そうにネコタは訴える。が、エドガーはそれを無視した。


「それで、なんで【女神アルマンディ】の力を全部受け取れなかったんだ? 才能がないからか」

「まぁ、戦いに向いている性格じゃないのは確かだが、これはネコタの問題じゃなくて、【勇者】というシステムの問題だな」


「ラッシュさんまで、酷い……僕だって頑張ってるのに……」


 ズズンと、ネコタは落ち込み始める。

 それを無視して、ラッシュは続けた。


「俺たちの最終的な目的地は、魔王が出現するとされている【魔領】だ。【魔領】のことは知っているだろ?」


「まぁ、常識だな。話しでしか聞いたことはねぇが、こっちでは比べられなほど凶悪な魔獣や魔族が住む危険地域らしいじゃねぇか。あまりにも危険すぎるからって、Sランク冒険者ですら立ち入りが禁止されてるぞ」


「ああ、その通りだ。お前の言う通りその【魔領】には、俺達ですら手を焼くレベルの魔物が住みついている。しかし、その魔物がこっち側の領域に侵入してくるっていう話はほとんど聞かない。なぜか分かるか?」

「いや? 単純に向こうのほうが居心地が良いからじゃねえのか?」


「ところがそうでもない。【魔領】は食料が少ない荒れた大地がほとんどって話だ。それなら豊かな場所を求めてこっちに来ればいいのに、それでも凶悪な魔獣は人類種の領域には滅多に入ってこない。なぜなら、人類種の生活圏にはアルマンディの力で結界が張られているからだ」


「結界だぁ? 本当かよそれ。初耳だぞそんなもん」

「一応、国家機密に値するらしいからなぁ」


 ラッシュは頷き、続ける。


「アルマンディは人類種を守るめ、自分の力を各地に分け与え、そこを起点に広範囲に結界を張ったそうだ。

 そして最も多くその力を配分したのが、異世界の勇者の召喚を可能とする【聖王都トピア】の祭壇。


 だからこそ、大部分の力を召喚した勇者に分け合えることができる。だが、それはあくまで大部分であって、全てではない。【勇者】としての力を完全に引き出すには、他の祭壇を回って女神の力を回収しなければならないわけだ」


「ほう、なるほどねぇ。そんで、ここから一番近いのが【迷いの森】ってことか」

「ああ。そして他の祭壇に比べ、比較的回りやすい場所でもある」

「は?【迷いの森】がか?」


「女神の結界は、振り分けた力に比例して強度が決まっているらしい。つまり【聖王都トピア】に近いほど弱い魔物が。逆に【魔領】に近づくにつれ強力な魔物が生息しているんだ。


 そのおかげでトピアは繁栄して最大人口を誇る国家となったわけだが、【魔領】に近い国では結界の力が弱いせいで、【魔領】から魔物が侵入してくることもあるらしいぞ。


【迷いの森】は難所ではあるが、魔物の強さはトピア周辺より強い程度だ。おまけに、【迷いの森】には祭壇を守る番人が居るそうだからな。最初に目指すにはうってつけの場所だよ」


「番人? 教会の人間でも居るのか?」

「いや、それは分からん。その存在自体を秘匿するように言い伝えられているらしくてな。いくら聞いてもそこまでは教えてくれなかったんだ」


 ふぅん、と。エドガーはどうでもよさそうな声を漏らす。

 ラッシュはニヤッと脅すような笑みを浮かべた。


「ちなみに、他の祭壇には番人なんてものは居ない。人が近寄るのも難しい危険地帯だからだ」

「【迷いの森】以上のかよ。なんだか思ったよりも面倒な話だな。魔王を討伐すりゃいいだけだから、案外楽な仕事だと思ったんだが」


「いいじゃねぇか。後半になればなるほど、どんどん手強いヤツが出てくるってことだろ? 楽しみだぜ」

「楽天家な脳筋ゴリラはいいよな。戦いさえあればそうやって前向きになれるんだから」

「ああん?」


「喧嘩は止めろってぇの。何度も言わせんなよお前ら」

 

 ラッシュは今にも暴れだしそうな二人に頭を抱えた。これから待ち受ける敵よりも、この二人の方がはるかに厄介だ。


 エドガーはフンと鼻を鳴らすと、納得したような声を出す。


「だが、なるほどな。なんだって勇者一行ともあろうものが馬車も用意せず徒歩で旅をするのかと思ったが、後々のことを考えてか。てっきりあの豚の嫌がらせかと思ったぜ」

「え? 旅って馬車が普通なんですか? それに訓練って……」


 伺うような声を出すネコタに、エドガーは目を向ける。


「なんだお前。変だとも思わなかったのか? 長い旅になるのに馬車すらないんだぞ?」

「あ〜、正直に言うと、言われてみればっていう感じですね。旅って歩きが普通なのかと思ってました」

「ふん、お気楽な奴め。馬車が用意できるなら少しでも距離を稼いだ方が楽に決まってるだろうが」


「それじゃあ、なんで用意しなかったんですか? 訓練って言ってましたけど」


「さっきも言った通り、どの祭壇も馬車が壊れてもおかしくない危険な場所だからな。どうしても徒歩で旅を続けなければいけない時が来る。

 俺とジーナ、エドガーはともかく、ネコタやアメリアのように旅慣れていない奴がいきなりサバイバルなんて大変だろう? 

 だから危険な魔物が出ない今のうちに、旅の経験を積ませておきたかったんだよ」


「あっ、なるほど。確かにその通りですね」


 ネコタはラッシュの言い分に感心した。確かに馬車での移動に慣れて、いきなり歩きで旅をし始めれば、疲労の度合いも警戒の仕方も違うだろう。先の事を考えれば、今からその苦労をしておいた方が楽だ。


「つまり、テメェのせいで俺たちが要らぬ苦労を背負ってるってことだからな! その辺のことをしっかりと鑑みて俺たちへの態度を決めろよぉ!」

「ご、ごめんなさ……いや、でも少なくともエドガーさんに謝る必要はないんじゃないですかね!?」


「人を巻き込んでおいてその言い草……お前、最低だな」

「それを言うならまず歩けよ! あんたは誰よりも楽してるだろうが!」


 ネコタはエドガーに指を差して言った。

 エドガーは、アメリアに人形よろしく抱かれていた。背中から胴に腕を回され、ブラブラと足を揺らしている。


「人に抱かれて歩かせておいてよくそんなことが言えますね!? アメリアさんに悪いと――」

「私が好きで抱いてるの。余計なことを言わないで」


 幸せそうに頬を緩めていたアメリアが、ギロリとネコタを睨む。

 その視線の鋭さにネコタは怯んだ。


「……で、でも。そのままだとアメリアさんが疲れて――」


「【身体強化】の魔法を使ってるから疲れないよ。それに、私は行軍の訓練には参加していたから、長時間歩くことには慣れてる。それすらもしたこともないあなたに心配される覚えはない。むしろ、自分のことを心配したら?」


「す、すいませんっ」

「やーい、箱入り坊ちゃんー!」

「このっ……!」


 ネコタは勇者にあるまじき形相でエドガーを睨みつけた。

 エドガーはそんな視線を受けながらも、ふふんと余裕のある笑みを浮かべる。


 ——これからどうなることやら……。


 良好とは言い難い一行の仲に、ラッシュは密かにため息を吐いた。





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