先行き不安の旅路
第24話 べつにさ、贅沢がしたいってわけじゃないんだよ
「べつにさ、贅沢がしたいってわけじゃないんだよ」
——夜。
野営で焚き火を囲んでいる中で、エドガーは呟いた。
「本当に贅沢がしたいだけならよ、わりの良い依頼を受ければ金なんかいくらでも稼げるんだ。権力と名誉だって、Sランク冒険者として俺は既に持っているしな。
だから、名誉だとか報酬だとかを目的に勇者の一員を求めたわけじゃなかったんだ」
仲間達は誰もが焚き火を見つめながら、神妙な顔でエドガーの話に耳を傾けていた。
ふっ、とエドガーは力なく笑った。
「魔王が復活するって話を聞いて、怖がっている人々を見てきた。
そんな人たちの不安を晴らすのに、俺の力が役立つなら。そう思ったから、俺は選考会に参加したんだよ。俺の力で無力な人々を守ってやろうってな。
だから、この旅に参加したこと自体に、後悔はしてねぇんだ」
だけどよ――と、エドガーは続けた。
「まさかまともに食事も出来ないなんて思いもよらなかった……!
まだ知り合って間もない仲間を無条件で信頼したことに、すげぇ後悔してる。
なんで俺はこんなバカを信じたんだろう、ってな。
孤高の剣士として生きてきた俺としたことが、間抜けとしか言いようがないぜ」
「……まわりくどいんだよ。言いたいことがあるならはっきりと言ってみろ」
険のある目で、ラッシュはエドガーを睨みつけた。ラッシュにはしては珍しく、本気で切れかけている。
その姿を見た瞬間、エドガーの堪忍袋がブチリと音を立てた。
「なら言ってやるよこのポンコツがああああああああ! 何がパーティーの監督役だ!
一見ヘラヘラとしておきながら、中身は一歩引いた立場で全体を見る冷静沈着の出来る男、みたいな雰囲気出しておいてなんだこの体たらく! ああ!?
監督役が食料の管理もまともに出来ねぇとかどういうことだコラァ! 旅舐めてんのかテメェ! こんな間抜けな監督役なんぞ見たことねえよ!」
エドガーはスープを飲みきった空の器を全力で投げつけた。
それはラッシュの額に当たり、スコンッ! と良い音を立てて真上に跳ね上がる。
ブチリ、と。ラッシュの我慢もとうとう限界に達した。
「調子に乗んなよこのクソウサギ! 人が下手に出てりゃあ良い気になりやがって! 初日は俺に非はねぇってお前も認めてただろうが! なのになんだこの手のひら返し!」
「んなもん気を使ってやっただけに決まってるだろうが! そもそも出発前に確認もしないってなんだよ! 普通するだろ! 子供の見習い行商人ですらやるわ!」
「仮にも俺たちは勇者一行だぞ!? まさかこんな真似をするとはさすがに思わねえだろ!」
「あんな権力欲に塗れたブタを信じるとかアホか! あいつは疑ってかからなくちゃ駄目な相手だろ!」
「後からならなんとでも言えんだよ! 本当にそう思ってたならお前が調べりゃ良かっただろうが! お前も気づいてなかったくせに偉そうな口を聞いてんじゃねえ!」
「責任が明らかなこの状況で逆ギレ!? ビックリするわ! よくそんな厚かましい態度が取れるな、恥ずかしくねぇの!?」
「ウルセェんだよこのバカ野郎共! 静かにしてろ!」
二人の言い争いに、ジーナが立ち上がって一喝した。
二人は口喧嘩を止めジーナに目をやる。大人しくなったのを見て、ジーナはフンと鼻を鳴らし、ドカリと地面に腰を落とす。
「ただでさえ腹が減ってイライラしてんだ。これ以上騒がしくて怒らすんじゃねぇよ。
過ぎたことをいつまで言っても仕方ねぇだろ。互いに責め合ってることに労力を使うくらいなら、とっとと寝て体力を温存しておけ。
旅はまだ始まったばかりなんだぞ。身内で責めあってどうすんだよ」
どちらが悪いと断じるわけでもなく、時間と体力を有意義に使えという、この場の仲裁としては理想的な角の立たない言い方である。ジーナの言い分が正しいと、二人も頭では理解していた。これに刃向かうには、あまりにも大人気ないとも。
だが、普段はトラブルを起こす側の人間に、もっともらしい顔で正論を使って説教をされて苛立つのも。
人として、当然の反発である。
「さっすがジーナさん。そんじょそこらの男より男らしいな。初日に酒が無いと騒いでいた人と同一人物だとはとても思えんよ」
「あ?」
ジーナは殺気を込めてラッシュを睨んだ。だが、ラッシュはまったく動じない。それどころか、馬鹿にしているようにジーナを見下ろしている。
ラッシュに続くように、エドガーは言った。
「男は腹が減りやすいんだよ。女みてぇに脂肪を溜め込んだりしねぇからな。いいよな、女は。男と違って脂肪を溜め込む場所があって。腹が減っても胸から栄養を持って来ればいいもんな。……あっ」
ハッとなって、エドガーはジーナの胸元を見る。そして気まず気に目を逸らした。
罪悪感を抱いた表情のエドガーに、ラッシュは悲しげに首を振り、
「エドガー。いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろ。早いとこ謝っておけよ」
「あっ、ああ。すまねぇな、ジーナ。俺も気が立っててよ。悪かった、許してくれ」
「こいつもこう言っていることだし、許してやってくれ。悪気はなかったんだよ」
殺気を放ちながら、無言で俯くジーナ。パチパチと、焚き火の音だけが鳴る静かな時間が訪れる。
その数秒後、ぎゃははははは! と、ラッシュとエドガーの弾けたような笑い声が響く。
エドガーは楽しそうに突っ込んだ。
「悪気がない方が問題だろ! 自然とそう思ったってことなんだから!」
「それもそうだなよな! 悪意がある方がまだマシだわ! 事実を突きつけちまったってことだから!」
ツボに入ったのか、二人は腹を抱えて笑い続けた。
ジーナはスッと立ち上がり、言った。
「——殺す」
「いやいやいやいや! 駄目ですってば! 仲間同士で争ってどうすんですか!」
ネコタは殺気だったジーナを羽交い締めにして止める。が、ジーナは止まらない。ジワジワと、ネコタを引きずりながら二人に近づいていく。
ジーナの馬鹿力に恐怖しつつ、このままではまずいとネコタは冷や汗を流す。が、そんなネコタの気も知らず、ラッシュはジーナを指差し、
「ああっ! それ見ろ! ジーナが本性を現したぞぉ!」
「都合が悪ければ暴力で解決! 気にいらない奴は拳で黙らす! それでこそジーナだ! 喧嘩の仲裁なんてらしくないことしてんじゃねえよ! 似合ってねぇんだよゴリラー!」
「二人とも煽らないでくださいよ! ジーナさんが本気になったらどうするんですか!」
「上等だ! 掛かって来いよぉ! こっちは二対一だぞおらあ! いつまでも俺がお前を恐れてると思うなよ!」
「そのただでさえ無い胸を切り落として男女から本物の男にしてやるぜ!」
「殺す、絶対に殺してやる……!」
「ジーナさん! 落ち着いてください! 挑発ですよ! そんなことで怒る方が馬鹿らしいでしょう! ねっ!?」
「そんなこととはなんだー! ジーナにとっては大事なことなんだぞー!」
「そうだそうだー! 貧乳のコンプレックスを甘く見るなー!」
「いい加減にしろよアンタら! 仲間同士で争ってどうす――」
「良い子ちゃんは黙って寝てなぁ!【ライジングラビットォオオオオオ】!」
「ガッ!? ポワァ……」
エドガーの蹴りが下からネコタの顎を撃ち抜き、意識を遠くに追いやる。パタンと、ネコタは力無く倒れた。こうして、唯一の良心であるストッパーは無くなった。
――三つ巴の戦いが始まった。
「死ね! ここで死んじまえ!」
「お前が死ねバァアアアアカ! メスゴリラ! そんな力任せの攻撃誰が当たるか!」
「隙有りぃいいいい!」
「危ねぇ!? ちょっ、エドガーお前っ、どういうつもりだ!」
「お前の仲間になった覚えはねぇよこの無能オヤジ! もとはといえば全部テメェのせいだろうがあああ!」
「くたばれこの畜生がああああ!」
「おっと! ふはははは! そんな怒りに飲まれた拳が当たるかよ――危ねぇ!? テメェ! こらオヤジ! 弓を取り出すとかアホか!」
「アホはテメェだ! この後に及んで喧嘩程度で済むと思ってんじゃねぇ!」
「言いやがったな! 良い度胸だ! 死んでも後悔するなよバカ共がああああ!」
世界最高クラスの三人の、くだらない喧嘩が始まった。
その身体能力に任せて暴れまわり、土煙が舞い上がる。その中から聞くに堪えない罵声や地面を砕いた音が聞こえ、時には矢が飛び出してくる。
それを、アメリアは膝を抱えたまま冷めた目で眺めていた。
いつまでも続くのかと思いきや、土煙の中からなんでもなさそうな顔をして、エドガーがひょっこりと出てきた。それに気づかず、ラッシュとジーナは争い続ける。
エドガーはトコトコとアメリアに近づき、肩をすくめて見せた。アメリアは足を崩すと、すっと両手を広げる。自然とエドガーはアメリアの膝の上に座った。ぎゅっとアメリアはエドガーを抱きしめる。
エドガーはふっと軽く笑い、未だに争っている二人を見る。
「まったく、あいつらには困ったもんだな。こんなことで争って。少しは俺達を見習えって言うんだ。なぁ?」
「うん、そうだね」
どうでもいいのか、適当な返事を返すアメリア。ぎゅっとエドガーを抱き締め、その感触に悦に浸っている。幸せそうな表情だ。
まんざらでもなさそうに、エドガーはやれやれと首を振りながらそれを受け入れる。
「ところでさ、エドガー。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ? なんでも聞いてみな。答えられることなら答えてやるぜ」
気軽にエドガーは言う。
だが次の質問は、エドガーに危機感をもたらした。
「さっきの女は脂肪うんぬんっていうのは、私が太ってるって意味?」
その声に込められた冷気に、エドガーはだらだらと汗を流す。
うまく答えられなかったら死ぬ。エドガーは悟った。
「いや、違うんだ。そういうことを言いたかったんじゃない。そんな気はなかったんだ。ただ、買い言葉に売り言葉というか……」
「ふぅん。そうなんだ」
「そう、そうなんだよ。他意はないんだ。だけど、誤解させて悪かったな。許してくれ」
「うん、いいよ。許してあげる。このまま大人しくしてくれたらね」
「おお、ありがとうよ。それくらいならいくらでも…………アッ、アメリア?」
ぎりぎりと、アメリアの抱きしめる力が強まっていく。
徐々に締め付けられ、エドガーは苦悶の声を上げた。
「アッ、アメリア! おまっ、身体強化を……ぐぇっ、な、内臓が……! 口から……ぐぇえええええ……!」
「温かくて柔らかい。本当にエドガーは気持ちいいね……」
カエルが潰れたような声を上げて悶え苦しむエドガーと、そうさせておきながら頬を赤く染めて満足そうにするアメリア。
その傍で、未だに気絶し続けるネコタ。
そして血だらけになったラッシュの襟元を片手で掴み上げ、高笑いを上げるジーナ。
――王都を出発して数日。
魔王討伐の旅はまだまだ始まったばかりだというのに、勇者パーティーは早くも内部崩壊の兆しを見せ始めていた。
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