第22話 俺は毛並みの手入れを欠かさないからな



「”首刈り兎ヴォ―パルバニー”様。お味はいかかでしょうか?」

「ん、まぁまぁだな。もっとくれ」

「かしこまりました」


 選考会が終わり、ウサギは城の客室で長時間待たされていた。とはいえ、待つのは苦痛ではなかった。


「まあっ、凄くふわふわっ」

「ふっ、俺は毛並みの手入れを欠かさないからな」

「Sランクの冒険者ともなると身嗜みにも気を使うのですね」


 獣人は忌避される傾向にある【聖王国トピア】でも、ウサギに限りなく近い姿であるこの冒険者は女受けが良いらしい。胸の大きいメイドの膝の上で人形のように抱きしめられ、その感触を楽しみつつ、次々と勧められる茶菓子をパクつく。


 ウサギは美しいメイド達の持て成しを受け、イチャイチャと至福の時間を過ごしていた。


「お待たせしました、”首刈り兎”殿。こちらへどうぞ」

「ちっ、もう来やがったか。仕方ねぇ。どれ、ちょっくら行ってくるとするか」


 後頭部の柔らかい感触を名残惜しみながら、ピョンっとメイドの膝から降りるウサギ。あぁっと、メイド達が未練がましく手を伸ばす。ウサギはそんな女達にピョコピョコと手を振り、部屋から出た。


 兵士の誘導に従い、ウサギはその後に着いて行く。数分も歩いたところで、ウサギ達の正面にでっぷりとした男が待ち構えていた。


「宰相様。”首刈り兎”殿をお連れ致しました」

「うむ、ご苦労。ここからは私が案内する。行っていいぞ」


 兵士は一礼し、二人から離れていく。

 宰相はウサギを見下ろし、憮然とした表情で言った。


「待たせてすまなかったな。獣人の貴様を受け入れる為に、あちこちに根回しをしていたら時間が掛かってしまってな。退屈であっただろう?」


「いや? メイドさん達と楽しく過ごしてたぜ。やっぱり王城なだけあってメイドも美人が多いよなぁ。アンタが時間をかけたおかげで、俺もゆっくり出来た。あんがとよ」


「ほ、ほう。そうかね、それなら良かった」


 嫌味を言ったつもりが、まるで堪えていない。それどころか本気で楽しんでいる。太々しいウサギの態度に、宰相はピクピクと引きつった笑みを浮かべた。


「しかしあれだな。獣人は嫌われてるって聞いてたけど、メイドさん達を見る限りではそうでもないんだな」

「怖いもの見たさ、というのもあるだろう。君のように獣に近い獣人は珍しいからね」


「そうなのか? てっきり見慣れているかと思ってたんだが」

「ほう、それは何故かね?」


「だってよ、ブタの獣人ならココにもいるじゃねえか」


 宰相はピキリと額に筋を浮かばせた。


 ――見え透いてんだよ、ブタが。


 ウサギは心中で嘲笑う。

 歯ぎしりをしながら、宰相は引き攣った笑みを作った。


「は……ははっ、ははは。君は冗談が下手だな。一瞬何を言っているのか分からなかったよ」

「え、冗談? 何が?」


「本気だとでも言うつもりかこの無礼者が! そこまでして牢にぶち込まれたいか!?」

「やだ、なにこの人? 超怖い」


 引いた仕草を見せるウサギ。

 それにまた殴りかかりそうになるのを堪え、宰相は顎で促す。

 

「これから勇者様の下へ案内する。ついて来い」


 それから二人は喋ることなく歩き続けた。時折、宰相は忌々しげにウサギを見るが、ウサギはまったく意に返さない。ピョンコピョンコと跳ねながら宰相を追い、キョロキョロと興味深げに周りを見る。


「着いたぞ。この中で勇者様達が待っている」


 宰相は部屋の前で立ち止まり、ウサギに言った。


「不本意であるが、貴様は勇者一行の一員となる。だが、貴様のような獣人を誰もが認めた訳ではない。勇者様達の強い希望があったからこそ、仕方なく受け入れたのだ。忘れるなよ、もしそれ相応の振る舞いが出来ないようであれば、いつでも貴様を追い出すことが――」


「なぁ、もう入っていい?」

「人の話は最後まで聞かんか! これだから知性のない獣は――」


 ――バゴンッ!

 勢いよく扉が開かれ、宰相が吹き飛ばされた。

 扉を開けたジーナは、部屋の前に居たウサギを見るなり楽しそうな顔をする。


「おっ! 騒がしいと思ったら、やっぱり来てたな! ほら、中に早く入れよ!」

「おう。だけどいいのか? 宰相とやらがそこで苦しんでいるんだが」

「あん?」


 ジーナはウサギが向いている方を見る。

 宰相は腰を抑え蹲っていた。肥えた身体ではあるが、ジーナの怪力で武器と化した扉は、それを貫通するに十分であったらしい。


「あれ、そこで何やってんだお前? てか、何しにきたんだ?」

「ぬっ、ぐぐぅ……! その者を案内しに来てやったのだ。それを貴様が……!」


「おお、そうか。お疲れさん。もう帰っていいぞ。ほら、お前は早く入れ」

「おう、邪魔するぜ」


「なっ、ちょっと待っ――」


 バタンッと、二人が中に入ると扉は閉じられる。

 宰相は扉に手を伸ばしたまま固まり、ズルズルと肩を落とした。とても宰相とは思えない、なんとも哀れみを誘う姿だった。


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