第21話 可愛いから。抱きしめたくなるくらい



「……宰相よ。何か言うことはあるか?」


 ほとんどの者がウサギに賞賛の声を上げる中、国王の周辺では重い空気が漂っていた。

 宰相は嫌な汗をかきながら、彫像のように固まっている。


「必ず勝つと申したから国宝である鎧を貸し与えたのだぞ! なのにこれはどういうことだ! 勝つどころか、国宝までも失っているではないか! 一体どう責任を取るつもりだ!」

「も、申し訳ございません!」


 ――クレメンスの無能めが!


 頭を下げながら、宰相は心中で舌打ちする。

 大口を叩いておきながら、まさかこれほど無様に負けるとは。せめて相打ちに持ち込んでいれば、言い訳のしようがあったものを。


 しかし、今はそんなことを考えても仕方がない。どうにかしてこの場を乗り切らなければ、この先の未来はない。


「陛下、お怒りはごもっともです。ですが、今はあの獣の対応が先決です。なんとかしてあ奴を排除しなければなりません」

「よくもぬけぬけと言えたものだな! 誰のせいでこうなったと思っている! これだけ大勢の前で戦わせたのだぞ! 今さらなかったことにするなどみっともない真似が出来るか!」


「ですが、あのような獣を入れるとなると教会からの反発は必至です! たとえ我々の顔が潰れようとも、仲間として入れるのだけは防がなければ――」

「どーも、陛下に宰相殿。ご機嫌はいかがですか?」


 聞き覚えのある声に、宰相は振り返る。

 そこには、ラッシュが気軽に手を振りながら近づいてた。他の勇者一同も、後に続いている。


 狙って現れたかのようなタイミングに、宰相は忌々しそうな目でラッシュを見る。

 それを分かってか、ラッシュはニヤニヤと笑っていた。


「それにしても良い試合でしたね。久しぶりに面白い物が見られました。いやぁ、駄目元でもやってみるものですね。まさかこれほど頼りになる仲間が現れるとは思ってもいませんでしたよ。これも宰相のおかげですよ。本当に、感謝しています」


 大仰なしぐさでラッシュは頭を下げた。ギリッと、宰相の歯が鳴る。


 お前も協力したと言外に指摘しているあたり、その意図が窺われる。万が一にでもウサギの加入を防がれないように、わざわざこうして釘を刺しに来たのだろう。しかし、それを分かっていても、これを受け入れる訳にはいかない。たとえ理がどちらにあろうとも。


「うむ……その件なのだが、ラッシュ殿……」

「はい、なんでしょうか?」


「今回の件は、その……なかったことに……」

「はぁ?」


 ラッシュの冷めた声に、宰相は口を閉じる。

 ラッシュはその声を保ちながら、続けた。


「それ、本気で仰っています? これだけ多くの者の前であれ程の力を見せた者を認めないと? 一体どこにそんな理由がありますか? そもそも、そんな話が通るとお思いで?」

「それは……」


 宰相は言葉を詰まらせ、国王を目で伺う。

 王は宰相を憎々しげに睨み、大仰な声で言った。


「ラッシュよ。お主が言うことはもっともだ。だが我は【聖王国トピア】の王として、獣人を受け入れる訳にはいかぬのだ。奴を受け入れれば、教会からどんな圧力をかけられるか分かったものではない。王として、国益を損なう判断を下す訳にはいかぬ」


「待ってください。あの人は正々堂々と戦って勝ち抜いたんですよ。それなのに、獣人だからって理由で入れないなんておかしいと思います。そもそも、選考会を開いて選ぶっていうのがラッシュさんと交わした約束でしょう? 約束はちゃんと守ってください」


「勇者殿……」



 毅然とした顔つきで割って入った勇者に、国王は苦い顔をする。

 善であることが絶対と信じる、どこまでも青い正義感。一蹴すべき類のものだが、勇者にそのようなことも言えるはずもない。


 国王は以前から、勇者のこの気質には辟易としていた。まだそこらの子供の方が、世間という物を分かっている。勇者としては適格かもしれないが、つくづくやり辛い。

 

 国王の逡巡を見て、くつくつとラッシュは笑う。


「ネコタの言う通りですね。不利益があるのでしょうが、それはそちらの都合です。私達の知ったことではありません。

 私たちに必要なのは、【魔王】討伐の力となる強者です。強いならば、獣人だとかどうでもいいんですよ。だいたい、宰相が推していた騎士様はあの様でもう戦えないでしょう。

 それともまた一から選別を始めるつもりですか? それではいつまで経っても出発できませんよ」


「ぬぅ、しかしだな……」


「はぁ。もういいだろオマエら。面倒くせぇ。初めからこうすりゃよかったんだよ」


 そう言いながら、ジーナは城壁に手をかけ、全力で掴んだ。


 バコンッ、と手にかけた部分が掴みとられる。ぎゅっと握りしめると、ミシミシと音が鳴った。そして、ジーナはゆっくりと手を開く。城壁だった物が粉となって、サラサラと宙を流れた。その怪力に、国王と宰相の顔が青ざめる。


 ジーナは己の力を見せつけ、獰猛な笑みを浮かべた。


「グダグダ言ってねぇで、素直に認めろ。ぶち殺すぞ」

「き、貴様っ! 我に歯向かうつもりか!?」

 

 国王の震えた声に、護衛の騎士が剣を抜きジーナに構える。しかし、構えはするものの、および腰だ。戦えばどうなるか、曲がりなりにも王の護衛を務める騎士達は、その実力差をよく分かっていた。


 そんな騎士達を嘲笑い、ジーナは言う。


「テメェらに付き合うのはいい加減飽き飽きなんだよ。下手に出てりゃつけ上がりやがって。

 別にこっちは【魔王】討伐なんかに参加しないでもいいんだぜ? 

 お前らが頼むもんだから、あたしも仕方なく受けてやってんだ。これ以上何か注文をつけようってなら、容赦なくぶちのめす」


 ジーナの殺気に、国王と宰相は呼吸すら困難になった。人類のトップクラスに居る者の殺気は、それには到底及ばない二人にとって、攻撃となんら変わらない。周りにいる騎士達ですら、恐怖に震え上がる。


「お前な、それは最後の手段だって言ったろうが……ったく。

 まぁ、そういう訳で陛下。早いとこ認めた方がいいですよ。こいつはやると言ったらやる女です。一度暴れだしたら私達でも止められません。私自身、心情的にもこいつと同じ気持ちですしね」


「あの、すいません。暴れるのはよくないと思いますけど、ジーナさんを止めるというのは僕も無理です。むしろ返り討ちにされます」


 止める気がないラッシュと、申し訳なさそうな顔をするネコタに、国王達は絶望的な表情を浮かべた。縋るように、残った一人に目を向ける。


「ア、アメリア殿……」

 

 付き合いはもっとも長いが、他人に無関心な女だ。そうと分かっていても、王はアメリアに助けを求めるしかなかった。

 しかし、アメリアは少し悩む仕草を見せると、平然とした顔でジーナの肩に手を乗せた。


「ジーナ、少し待って」

「あ? なんだお前。まさかこのバカ共を守ろうとしてるつもりか?」


 殺気立った目を向け、今にも襲いかからんとするジーナ。だが、アメリアは逆に不機嫌そうに答える。


「そんなわけないでしょ。別にこいつらがどうなろうとどうでもいいよ。だけど、このままだと話も出来ないから、少し静かにして」


 数秒ほど、アメリアとジーナが睨み合う。ジーナは殺気を収めると、チッ、と舌打ちして後ろに下がった。

 ジーナの殺気が消え、国王と周りに居た者が一斉に膝を着く。


「アメリア殿、感謝するぞ……」


 ゼェゼェと息を乱しながらも、王は現れた助っ人をありがたく思った。あのままだったら、本当に死んでいたかもしれない。そう思わされるほどの殺気だった。もう二度と味わいたくない。


「陛下。あの子を仲間にすることを認めて」


 助けてはくれたものの、味方とは言い難いようだ。 

 アメリアの言葉に、国王はまた顔を苦々しくする。


「先ほども言ったが、それは出来ない。それは国の権威を落とすことになってしまう」

「……どうしても駄目なの?」

「ああ、許可できない」


 そっか、とアメリアは軽く空を見上げた。その後ろにいたジーナが再び殺気立つ。トラウマとなりかけたそれに、王は震えだした。


「分かった。ならしょうがないね」

「おおっ、それでは!」

「分かってくださいましたか、アメリア殿!」


 国王と宰相が気色ばむ。反面、ラッシュ達は驚きの表情を浮かべていた。ジーナに至っては、今にも殺さんばかりにアメリアを睨んでいる。

 だが、それら全てがどうでもよさそうに、アメリアは言った。


「認めてくれないなら、私は【魔王】討伐に行かない」

「「はぁ!?」」


 突拍子もない発言に、王と宰相は大口を開けた。しかし意味を理解すると、慌ててアメリアを止めようとする。


「何を言っているのだアメリア殿! 貴女は【賢者】なのだぞ!?」


「へっ、陛下の仰る通りです! 貴女が行かなくて誰が行くというのですか!【勇者】と【賢者】、二つ揃って初めて【魔王】を滅ぼすことが出来るのですぞ!」


「行ってほしかったら、あの子の参加を認めて。そうすれば行く」


「貴女は……! 自分が何を言っているのか分かっているのですか!? それは世界を人質にした脅迫ですぞ! 賢者様であっても、そのような横暴な振る舞いが許される訳が――」


「その世界の命運が掛かっているというのに、自国の都合を優先している人達が何を言ってるの? 本当にそう思ってるなら、あの子を入れることに反対する理由もないよね?」


 痛いところを突かれ、宰相はぬぐっと口をつぐんだ。

 ぶっ、と。堪えきれずジーナは吹き出す。


「あっはっはっはっは! アメリアの言う通りだな! おらっ、賢者様がこう言ってるんだから、早く認めろよ! でないとお前らのせいで【魔王】討伐も出来なくなっちまうぞ!」

「痛い……」


 バシバシと肩を叩くジーナに、鬱陶しそうな目を向けるアメリア。

 国王は責めるようにアメリアを見た。


「あれを仲間にすれば、国が不利益を被る可能性があるのだぞ? それが分かって言っているのか?」


「前にも言ったでしょ。私は別にこの国の為に働いているんじゃない。

【賢者】になっちゃったから、仕方なくそうしているだけ。なのに、何で嫌な想いをしてまで貴方達の言うことを聞かなきゃいけないの? 

 私をこんな風にした、貴方達の言うことを……ねぇ?」


 うっすらと、アメリアは笑う。

 見惚れるほどの、綺麗な笑み。その筈なのに、王と宰相は先ほどのジーナ以上に寒気を覚えた。


「何故そこまでしてあのウサギに拘るのだ……他の騎士でもいいではないか……よりにもよって、獣人など……」

「誰よりも強いから。そして、気に入ったから」

「気に入った?」


 思ってもなかった理由に、恐怖を忘れ王は間の抜けた顔を作る。

 うん、と。アメリアは素直に頷いた。


「【魔王】討伐なんて、誰が一緒でも同じだと思ってた。だから、誰でも良かった。でもあの子と一緒なら、その旅も楽しいものになるかもしれないって思った。だから、あの子と一緒に行きたい。あの子以外あり得ない」

「……あのウサギのどこをそこまで気に入ったというのだ? あんな獣人なんぞを」


 数秒ほど固まり、アメリアは言った。


「可愛いから。抱きしめたくなるくらい」


 その場にいた全員が、ぽかんとした顔でアメリアを見る。

 アメリアは無表情のまま、頬を赤らめていた。


 賢者の我儘の前に、王は屈した。疲れたようなため息を吐き、力なく頷いた。



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