第14話 別に誰でもいいよ


 アメリアはクレメンスを一瞥して眉をひそめると、アンニュイな目をジーナに向ける。


「……何?」

「おいおい、聞いてなかったのかよ。この騎士様をあたしらの仲間に加えろだとさ」

「それ、この前も話してなかった?」

「まったくだ。弱いくせに諦めだけは悪くて参るよな」


 当てつけるようにジーナは言った。顔を歪ませるクレメンスを見て、また愉快そうに笑っている。

 それが一切目に入っていないのか、アメリアは続けてラッシュを見る。


「何が問題?」

「単純に実力不足だ。俺達の性能と噛み合わん。パーティーとして力を発揮しきれんだろうし、遠からず無理をしてこいつは死ぬだろうな。それなら、最初から連れて行かない方がいい」


「ふぅん……ねぇ、死ぬってさ」


 どうでも良さそうに、アメリアは言う。

 クレメンスは一瞬怯むが、胸を張り、アメリアの目を見据えて答えた。


「【魔王】討伐の任に就く以上、死は覚悟の上です。ですが、私は死にません。今は実力不足でも旅の中で成長し、貴女の力になってみせます」

「そう。なら私はどっちでもいいよ。好きにすれば?」

「「はぁ!?」」


 アメリアの言葉に宰相とクレメンスは喜色ばむ。反面、顔色を変えたのはジーナとラッシュだ。


「正気かよアメリア! こんな雑魚を連れてくってのか? 絶対に足手纏いになるぞ!」

「ジーナの言う通りだ。死ぬと分かっている奴を連れていくっていうのか? お前まさか、情に絆された訳じゃないだろうな?」


 ラッシュはクレメンスがアメリアを王都に導いた騎士でもあることを思い出した。


 この中の面子で言えば、二人が最も長い付き合いなのだ。普通に考えれば、アメリアがクレメンスを優遇してやりたいと考えてもおかしくはない。


 しかし、アメリアは顔に嫌悪感をにじませる。


「はぁ? そんな訳ないでしょ。どうでもいいよ、そんな奴」

「だったら何故こいつを受け入れるような発言をする?」

「だから、どうでもいいからだよ」


 いまいち要領を得ていないラッシュに、アメリアは面倒そうに答える。


「別にそいつが死のうがどうでもいい。物になるならそのまま連れて行けばいいし、私達に余裕があるなら助けてあげればいい。

 いよいよ邪魔になるなら、放っておけば勝手に死ぬし問題ないよ。死ぬ覚悟は出来てるって言ってるんだから、それでいいじゃん。それと、二度とそんな気持ち悪いこと言わないで」


「――プッ! あっははははは! なるほどな、そういうことか! アメリアの言う通りだ、それでいいならあたしも賛成するぜ!」


「いや、それはちょっと……」

「俺らよりよっぽど酷いな……」


 容赦のない女性陣に、男性陣は引いた。ハッキリ言って鬼である。


 決して好意からの援護ではないと知り、宰相は落胆した様子を見せ、クレメンスは屈辱に顔を歪ませる。だが、理由はどうあれ了承は得たのだ。この機を見逃す理由もない。


 ゴホンと喉を鳴らし、宰相は言った。


「ともあれ、これで決まりだな。クレメンスは連れて行ってもらうぞ」

「だぁから、駄目だって言ってんでしょうが。実力不足には変わんないんですよ」


「いいじゃねぇかよ、ラッシュ。そいつの覚悟は見せてもらったんだ。認めてやろうぜ。な?」

「思ってもないことを言ってんじゃねえよ脳筋! 少し黙ってろ!」


 ラッシュはビシリとジーナに釘を刺し、宰相に言う。


「いいですか。騎士様が死ぬ覚悟が出来ていようがいまいが、そんなの関係ないんですよ。実際に目の前で死にかけた人間が居て、本当に見捨てることが出来るのは、そこの冷血賢者と脳筋女ぐらいです。

 見捨てる訳にはいかないでしょう。常識的に考えて」


「それでもいいとクレメンス自身が言っておるのだ。第一、それを決めるのは貴様ではあるまい。決定権は勇者様にある」


「最終決定権はネコタでも、このパーティー運営の大まかな方針を決めるのは俺です。俺をスカウトした時、そう話し合った筈ですがね。そもそも、ネコタが騎士様を見捨てることが出来ると御思いですか?」


 宰相はネコタに伺うような目を向けた。

 ネコタは不安そうに頷く。


「そうですね。正直、切り捨てる自信がありません。他の人が止めても、僕は無理をして助けてしまうと思います」

「そういうことです。お分かりでしょう? 

 ネコタは【勇者】に相応しい人格の持ち主です。そこの二人のような性格破綻者とは違うのですよ」


「おいこら駄目中年。誰が破綻者だって? あたしは戦士として切り捨てる覚悟も持っているだけだ」

「……私も、普通の人だったら助けるよ。ただそいつはどうでもいいと思っているだけ」


 十分過ぎるだろうが。ラッシュは心の中で突っ込んだ。

 そんなラッシュと同じ気持ちなのか、ネコタも微妙な笑みを浮かべて誤魔化している。


 だがこのネコタも、その時に直面したらどうなるか分からないとラッシュは思っている。


 危機が迫れば、誰もが自分の身を優先するものだ。この善良な少年も取り乱し、我を忘れて逃げ出すかもしれない。


 だとしても、ラッシュは出来る限り不安要素を排除しておきたかった。いくら女神に選ばれた人間でも、聞けば荒事とは無縁の地から来た少年なのだ。小さな芽でも、不安は取り除いておきたかった。


 考え込むラッシュをよそに、宰相は苦い顔をする。


「しかしな、私達にも面子がある。こちらとしても引く訳にはいかんのだよ」

「ハッ、くだらねぇ。世界が滅ぶかどうかって時にまで面子だぁ? 馬鹿かテメェら。そんなもんあたしとこのオヤジを入れてる時点で、とっくに潰れてるだろうが」


 宰相は唸り声を上げ、黙り込んだ。気に入らないが、まさしくジーナの言うとおりでもある。だが、正しいと分かっていてもなお、宰相はクレメンスを捻じ込まなければならなかった。


 アメリアに並ぶ力の持ち主は、この国に存在しなかった。しかし、仲間も無しに旅立たせる訳にもいかない。背に腹は変えられぬとばかりに選んだのが、ジーナとラッシュだ。


 とはいえ、方や流浪の武人といえば聞こえはいいが、実際は問題を起こした荒くれ者。そしてもう片方は、王国の騎士団でさえ何度も返り討ちにされた野盗。


 どちらも勇者一行に相応しい経歴とは言えず、純粋な王国民ではない。このメンバーで【魔王】討伐を成し遂げたとしても、王国の権威を上げるには今ひとつ効果が薄い。


 それに不満を持つ輩を押さえつける意味でも、パーティーに王国の影響力を与える意味でも、なんとかして王国の傘下に居る人間を仲間に入れる必要があった。


「実力不足であるというのなら、もう一人、騎士を加えるのはどうだろうか? 質は数で補えば……」

「それじゃあ本末転倒でしょうが!【魔王】討伐が何のために少数精鋭で行われるのか、分からない訳じゃないでしょう?」


 呆れながら言うラッシュに、宰相はまた黙り込む。口にしておいてなんだが、自分でも馬鹿なことを言っている自覚はあった。


 この世界は、才能が全てだ。


【村人】は他の【天職】持ちや他の種族に、戦闘では絶対に勝てない。たとえ何百匹の蟻が集まろうと、獣に踏み潰される。それと同じことだ。圧倒的な個の強さがあるからこそ、数は力という論理が通用しない。


 そして同じ【天職】持ちの中でも、その格差は存在する。【村人】と比べれば圧倒的に強いが、いくら努力しても届かない領域がある。それがアメリア達の領域であり、それを見上げるしかないのがクレメンスだ。


 この明確な実力差があるからこそ、【魔王】討伐に限らず、この世界の戦力はどれだけ強い個を集めることが出来るかに集約される。圧倒的な個の前では、たとえ【天職】持ちであろうと、【村人】と同じく肉の壁にしかならないからだ。


「弱い奴は連れていけない。役に立たないばかりか、俺たちの身が危うくなる」

「だが、この国にクレメンス以上の騎士が存在しないのも事実だ。高望みしていては、いつまでも仲間は集まらんぞ」


 宰相とラッシュはにらみ合う。やがて根負けしたのか、はぁ、と疲れたようにラッシュは息を吐いた。


「どうしても引く気はないんですね?」

「ああ、嫌でも連れて行ってもらう」


「そうですか……。なら、一つ条件があります」

「おおっ! なんだ、言ってみるがいい! 出来る限りのことはしよう!」


 ようやく見せた譲歩の姿勢に、宰相は声を弾ませる。

 意地悪そうな笑みを浮かべ、ラッシュは言った。


「王国主催で、勇者パーティーの前衛を決める選考会を開いてください。勇者パーティーの一員となれるのです。地位と名誉を求めてまだ見ぬ猛者が集まってくるでしょう。そこで選ばれた者より騎士様の方が強かったのなら、同行を認めます」


「なんだと? それだとクレメンスが入れぬかもしれないではないか。それでは意味がな――」


「まだ他に知られぬ強者が居るかもしれない。その可能性を放棄して、騎士様を連れていくことは出来ませんよ。連れて行ってほしいなら、せめて国一番の騎士であることを証明してもらいます。これが最低条件です」


 ラッシュの強い口調に、宰相は押し黙った。

 宰相からすれば、王国の息がかかっているクレメンスを入れるのが理想である。もし本当にクレメンス以上の者が居たとしても、それがジーナとラッシュのような人間であったのなら目も当てられない。


 だが、ようやく見せた譲歩なのだ。ここで断れば、それこそクレメンスを押し込む機会を失ってしまうことになりかねない。


「宰相様。私はそれで構いません」

「クレメンス。しかしな……」


「ご安心を。近衛騎士団団長の誇りにかけて、たとえどんな試験でも潜り抜けてみせましょう。それで皆様の信頼を得られるというのなら、望むところです」

「ふむ……」


 宰相は逡巡の末、了承することにした。


 実際、勇者パーティーを除けばクレメンスが国で一番の実力者なのは間違いないのだ。それはパーティーの審査に関わっている宰相自身が確認している。今さら選考会を開いたところで、そうそう都合良く強者が現れたりはしないだろう。


「よかろう。だが、口にしたからには約束は守ってもらうぞ?」

「ええ、もちろんですよ。その時は俺達も潔く騎士様を仲間として認めます」

「今の言葉、忘れるなよ」


 そう言い残して、宰相は部屋から出て行った。クレメンスもアメリアとネコタに一礼して、後に続く。

 二人が外に出ていったのを確認して、ジーナは口を開いた。


「おい、オヤジ。あれでいいのかよ? お前、あんだけ嫌がっていたじゃねぇか」

「いい訳ないだろ。だが、ああでも言わなきゃあのブタさんは引っ込まなかったろうさ。なら、ほんの少しでも可能性のある方にかけるしかないだろうが」


 相当不本意であったらしい。ボリボリと頭をかきながら、ラッシュは言った。

 へっ、と小馬鹿にしたようにジーナは笑う。


「ま、いいんじゃねぇか。強い奴が来るならよし。あの雑魚がついてきても、放っておけばそのうち死ぬからそれはそれでよし。何も問題はねぇよ」


「お前、あの騎士様と常に行動を共にするんだぞ? 耐えられるのか?」

「あっ!? い、言われてみれば! 無理だ、耐えられねぇ! 我慢出来ずに手を出しちまう!」


 ラッシュは予感した。死因は仲間による殴殺かもしれない。

 空気を換えるように、ネコタは明るい声で言った。


「で、でもほら、もしかしたら僕らの仲間になりたがっている強い人が居るかもしれないですし、そっちに期待しましょうよ!」

「なぁ、本当にそんな奴が居ると思うか?」

「いや、居ないだろうな」


 ジーナの問いに、ラッシュは首を振った。

 ネコタは引きつった顔で聞く。


「居ないんですか? 一人も?」


「いや、俺達と並ぶ実力者なら居ることは居るんだ。

 人数は少ないが、冒険者ギルドのSクラスは化け物揃いだからな。だが、そういう奴らってのは金は腐るほど持ってるし、名誉だとか権力だとかには興味がないのよ。

 そういうのに興味がある奴らは、Sランクに上がる前に国にスカウトされた時点で士官しているからな。もっと言うと、Sランクに上がったほうがよっぽど影響力があるし」


「で、でもほら【魔王】ですよ! 世界の危機が迫っているんだから、協力しなくちゃって思いませんか?」


「お前ね、Sクラスに上がって好き勝手できるような奴らが、今さら正義感だとかそんな殊勝な気持ちで動くと思うか? あいつらが動くとしたら、自分の生活圏が脅かされた時だけだ。それまでは絶対に動かねぇよ」


 思ったよりシビアな返答に、ネコタはうっと言葉を詰まらせる。だが、何かに気づいたのか、あれっ? というような顔をして、


「それじゃあ、ジーナさんとラッシュさんは何でこのパーティーに参加したんですか?」


「金。借金を肩代わりしてくれるって言うからよ。あと、討伐に成功したら生涯生活費を工面してくれるらしいし。今では後悔してるけどな」

「減免。特に問題はなかったけど、今までの罪をなかったことにしてくれるって言うから、この辺で一度身を綺麗にしておこうかと。正直、早まったと思ってる」


 思ったより禄でもない! ネコタは心の中で絶望した。こんな素行不良な大人が世界の命運を握って良いのか?


「集まるとしても、英雄願望を持った小物ばかりだろうな。今さら俺達レベルの者が来るとは思えん」

「はぁー、アイツがついてくるのは決まりかよ。それだったら荷物持ちでもいいから、他の奴に来てほしいぜ。なぁ、アメリアもそう思うだろ?」

「別に誰でもいいよ」


 アメリアそう冷たく返してから、また窓の外に向ける。そして、呟いた。


「本当に来て欲しい人は、絶対来ないんだから……」


 無表情ながらそう言うアメリアの顔は、どこか寂しそうに見えた。




 ♦︎   ♦︎



 ――数日後。


 王国の近隣で、ある知らせがばら撒かれた。

 勇者パーティーの前衛を務める戦士の募集。この知らせに、多くの者が沸き立った。


 自分も勇者の一員として名を加えることが出来る。ある者は立身出世のために。そしてまたある者は正義感の為に。腕に自信のある者達は、我先にと王都へと向かった。


「……ふうん?」


 そしてここにも、この知らせに興味を持ったものが一人。

 とある町の冒険者ギルドにて、壁に貼られたそのチラシを見上げる男が居た。


「……予定とは違うが、ちょうどいいな。どれ、俺もいっちょ向かうとするか」


 男はギルドを出ると、青空を見上げ、ニッと笑った。


「待ってろよ、アメリア。今、会いにいってやるからな」


 天に向かって伸びた耳をピョコリと揺らし、男は王都へと向かった。




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