第13話 お呼びじゃないんだよ、お前



 ——【賢者】の誕生。


 突然の知らせに民衆は沸き立ち、そして恐怖した。【賢者】の出現は希望でもあると同時に、【魔王】の復活を意味するからだ。


 当初、何かの間違いではないかと騒がれた。だが、すぐにそれが事実だと人々は悟る。それ以降、各地で魔物の動きが活発化し、被害が加速したからだ。


 いよいよを持って、人々はその知らせが事実であると認識した。だが、決して絶望することはなかった。【賢者】、そして【勇者】の存在。二つの希望が、人々を勇気づけたからだ。


【賢者】が成長し、【勇者】が現れるその時まで、自分達が世界を守ろう。そのスローガンを胸に、人類種は奮闘した。年々酷くなる魔物の被害にも、各地で協力し合い耐える日々が始まった。


 そして【賢者】の誕生から十年が経ち、待望の知らせが世界に響いた。


 ——【賢者】の完成。


 とうとう幼き少女は、【賢者】として名乗るに相応しい実力を身につけるに至ったのだ。


 その【賢者】が【勇者召喚】に成功したのが、今から半年前のことである。そしてその【勇者】もまた訓練期間を終え、名に見合うだけの実力を身につけた。


 いち早くその事実を知った聖王都トピアの住人は、歓喜に沸き立った。勇者一行の出発を前に、連日お祭り騒ぎとなって、城下町を賑わせているのである。


 その賑わいようは、まるですでに世界が救われているかのようであった。




 ♦︎   ♦︎




 ——そう、民は喜色に満ちているというのに。

 肝心の王城その一室では、重苦しい空気が満ちていた。


「なぜ了承しないのだ? 決して悪い話では無いはずだ」


 そう口を開いたのは、この国の宰相だった。

 低い身長に、でっぷりとした体。まるでドワーフのようだが、その顔つきはドワーフに比べどこか捻くれたような印象を与え、体は筋肉ではなく脂肪に覆われている。


 その顔を不機嫌そうに歪め、宰相は言った。


「そうであろう、ネコタ殿? 貴方も仲間が増えるのは頼もしいことだろう?」

「あっ、あははは……」


 ネコタと呼ばれた少年は、愛想笑いをしながらポリポリと頬をかく。

 その柔らかく整った顔立ちは、困惑に色を染めていた。


「いえ、僕は別にいいんですよ? 宰相の言う通り仲間が増えるのは頼もしいです。だけどですね、僕が良くても他の人が……」

「貴方が良しと言えば、それが決定事項です。貴方は【勇者】なのですから」


 当然とでも言うように、宰相頷いた。

 それに、ネコタは居心地の悪そうに肩を竦める。己の立場は分かってはいるが、庶民の自覚がある彼にとって、この大仰な扱いにはまだ慣れなかった。


 そう、彼こそが人類種の希望【勇者】。

 異世界の惑星、地球。日本から召喚された高校生——ネコタである。


「ネコタ殿がこう言っておるのだから、何も問題はあるまい。貴様らも言う通りに――」

「問題だらけだろうが、ブタ」


 ピキリ、と宰相の額に青筋が浮かぶ。


 宰相に向かってとんでもない暴言を吐いたのは、一人の女だった。拳法着に身を包んだ、荒々しい虎を彷彿とさせる女である。


 椅子にドカリと座り、行儀悪くテーブルに足を乗せる彼女に宰相は尋ねる。


「ジーナ殿、何が問題なのですかな?」

「足手纏いは要らねぇって言ってんだろうが。お前、醜いだけじゃなくて頭も悪いのか?」


「このっ、言わせておけば! 誰に向かってそんな口を!」

「まぁまぁ宰相殿。抑えて抑えて」


 そう言うのは、ジーナの対面に座った中年の男だ。

 ぼさぼさ頭とくたびれた顔が特徴的なその男は、愛想笑いで宰相を抑えながら、ジーナに呆れた目を向ける。


「お前も少しは言葉を選べよ。また面倒になるだろうが」

「うるせぇんだよオヤジ。こっちは何度も同じことを言わされてんだぞ。いい加減飽き飽きなんだよ。テメェだって本音ではそう思ってるだろうが」


「そりゃそうだが、いくらなんでもブタはないだろ、ブタは。ブタさんに失礼だし、仮にも宰相様だぞ。普段は畏まられる側でプライド高いんだから、いくら本当のことでも口にしちゃ駄目でしょうが」

「ラッシュ……! き、貴様まで……!」


 あまりの扱いに、宰相はプルプルと体を震わせる。

 それほどの怒りを見せているというのに、中年の男――ラッシュはヘラヘラと笑っていた。


「お怒りはごもっともですがね、宰相殿。こいつの言うことも一理ありますよ。その件については何度も話した筈です。認める訳にはいきません」

「一体何が気に食わないと言うのだ! この者はこの国一番の【騎士】だ! 必ずや【魔王】討伐の力になる筈だ!」


 宰相は隣に立つ騎士を指して言った。


 その騎士――クレメンスは、苦い表情で勇者一行を見ていた。近衛騎士団団長として、名実ともに一番の実力を備えている自負があるというのに、真っ向から否定されたのだ。プライドが傷つくのも無理もない。


「第一、前衛をこなせる仲間が欲しいと言ったのは貴様だろうが!」

「まぁ、確かに言いましたけどねぇ」


 宰相の言い分は正しい。もともと、先に仲間を求めたのはラッシュだ。


 前衛に【格闘家】。

 中衛に【勇者】と【狩人】。

 後衛に【賢者】。


 これが現在の勇者パーティーの状態だ。ラッシュはパーティーのバランス状、どうしても前衛と後衛が足りないと考えていた。特に問題なのは前衛だ。


 後衛から回復、攻撃を高いレベルでこなせる【賢者】はまだいい。出来ればどちらかの専門家が欲しいところだが、いなくても回すことが出来る。しかし、前衛が【格闘家】のジーナ一人というのは不安要素が大きい。


 ただでさえ攻撃役の【格闘家】が一人では、敵をさばききれない。せめてもう一人、同レベルの攻撃役か、出来れば防御に優れた【騎士】がいるのが理想だ。その点でいえば、近衛騎士団長であるクレメンスは人選として間違っていない。


「ですが、俺はこうも付け加えましたよ。あくまで俺達と同レベルの者が必要だと」

「……私では力不足だと言うのか?」


 クレメンスはラッシュを睨みつける。

 ラッシュは飄々と受け流した。


「まぁ、そういうことですね」

「この国に私以上の【騎士】は居ない。それでも力不足であると?」

「じゃあ聞きますが、俺達の中の誰かと戦って、勝てますか?」


 他意なく言ったラッシュの言葉に、クレメンスは唇を噛み締めた。

 その様子にジーナは鼻で笑って、ネコタですら困ったような笑みを浮かべている。


 そう、その通りなのだ。


 ジーナやラッシュは言うに及ばず、半年の訓練でしか戦闘を知らないネコタにでさえ、クレメンスは勝てない。それ程までの圧倒的な実力差がある。


「そりゃ前衛が足りないのには困ってますがね、かといって実力不足な者について来られてはもっと困るんですよ。求めているのはあくまで、俺達と同等の実力者です。残念ながら貴方ではない」

「分かったら引っ込んでろよ。お呼びじゃないんだよ、お前」

 

 ジーナの言いようにカッとなり、クレメンスは激昂した。


「元野盗に流れ者風情が! 偉そうな口を!」

「あはははは! その元野盗と流れ者に手を借りなきゃならないのはどこのどいつだよ!」


 大笑いするジーナに、クレメンスはわなわなと体を震わせる。

 ジーナはそんなクレメンスを見ながら、薄っすらと笑った。


「悔しかったらかかって来いよ。あたしに勝てたら、文句無しに合格だ。いつでも受けて立ってやるよ」


 出来るものならなと、ジーナの目が語っていた。


 舐められている。そうと分かっていながら、クレメンスは手を出すことが出来なかった。プライドを傷つけられても、彼の本能が戦闘を避けろと言い聞かせていた。


「——ッ! アメリア殿! 貴方も同じ意見か!?」


 クレメンスは窓際に座る女性に言った。

 窓の外を眺めていたその女は、それでようやくこの騒ぎに気付いたのか、面倒くさげに部屋の中へ振り返った。


 腰まで流れる黒髪に、見惚れるほどに整った顔立ち。だが、無感情な瞳が彼女に触れがたい印象を与える。


 氷の人形を連想させるような絶世の美女。それが十年の時を経て成長した、【賢者】アメリアの姿だった。




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