第15話 人にはな、触れちゃならねぇもんがあるんだよ



 ――【聖王都トピア】。


 勇者パーティー選考会。その受付会場で、係員と揉めている男が居た。


「だから何で駄目なんだよ! 何処にもそんな規約なんか書いてねぇじゃねえか!」


 バシン、とテーブルを叩き、男は選考会のチラシを突き付けて抗議する。

 だが、係員は男に冷めた目を向けて言った。


「無駄だと分かり切っている者を通す意味はない。大人しく帰るんだな」

「だからそれが納得できねぇって言ってんだよ! 俺のどこが駄目なんだ!」


「お前な、ここが何処だと思ってるんだ? 王都だぞ? そしてこれは勇者様の仲間を探すための選考会だ。鏡を見て自分の姿をもう一度よく確認してみろ。本当に自分が勇者一行に加えてもらえると思うか?」


 ぐぬぬ、と男は言葉を詰まらせる。

 一般的な常識でいえば、係員の言っていることは至極真っ当なことであった。

 係員は男を呆れた目で見ながら、小馬鹿にしたように笑う。


「だいたいお前、この試験に受かる自信があるのか? とても強そうな成りには見えないがね」

「少なくともお前よりは強ぇよ。ハゲ」


 ビキリと、係員は額に筋を浮かばせる。

 男は決して言ってはならないことを口にしてしまった。それに踏み込んだが最後、戦争だ。


「おっ、おいおい……聞き間違いかな? 何やら聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたんだが……」

「ハゲ」


「ッ! おい、人が優しくしているからって付け上がるなよ? 俺が係員だからって騒ぎを起こさないとでも思っているのか?」

「だってお前ハゲじゃん」


「ッッッ!! んだとこらこの畜生風情が! いいか!? 人にはな、触れちゃあならねぇもんがあるんだよ! そこに触れたら何をされても文句は言えねぇんだ! 皮剥いでシチューの具にしてやろうか!? ああ!?」

「でもお前ハゲじゃん」


「うおあああああああああああああああああああ!」


 係員は職務を忘れて殴り掛かった。拳が男を捉えるその瞬間、男の姿がブレ、体一つ分横に移動した。係員の拳は空を切り、勢い余ってつんのめる。


 驚く係員を蔑むような眼で見ながら、フンッと鼻を鳴らし、男は言った。


「――ハゲ」

「うぐおわあああああああああああああああ!!!!」

「ちょっ、そこ! 何やってんだお前ら!」


 騒ぎを聞きつけ、同僚が暴れだした係員を抑え込む。


「放せえええええええ! そいつだけは! そいつだけは殺さないといけないんだ!」

「気持ちは分かるが落ち着け! こんな処で騒ぎを起こしたらお前が処罰を受けるぞ!」

「それでも構わない! ハゲ呼ばわりされて黙っていられるか! ここで動かないと俺のプライドが!」


「馬鹿野郎! プライドなんか捨てちまえ! そんなハゲを好きになってくれた妻と娘を露頭に迷わす気か!?」 

「ふーっ! ふーっ! ……そ、そうだな。アイツらの為にも、耐えないと……」

「そう、それでいいんだ。ここは大人になれ。後で飯でも奢ってやるから」


「その奥方が心をときめかせたのは、きっと美しい草原を生やしていた以前の彼だったのでしょうな。

 それが今や見るも無残な荒野とは。奥方もまさかこうなるとは思ってもいなかったことでしょう。どうしてこうなってしまったのだろう。誰よりもそう思っているのは、奥方の方ではないのですかな? 

 時の歩みには逆らえないとはいえ――残酷なことです」


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」

「煽ってんじゃねえこの糞ウサギが! おい、落ち着け! 暴れたらこいつの思う壺だ!」


 係員は同僚を力づくで振り払うと、拳を振り上げる。だが家族のことを思ったのか、すんでのところで動きを止めた。顔を真っ赤にしながら、男に指を指す。


「お、おおお、おまっ、お前だけは絶対に受けさせない! 誰がなんと言おうと、会場には入れないからな! 絶対だ!」

「ちっ、ハゲが。手間を掛けさせやがって……」


 男は薄い金属片のような物を取り出すと、係員の顔に向かって投げつけた。それは顔に当たりベタンという音を立て、係員の手に収まる。


 係員は怒りに身を震わせていたが、手に取ってそれを目にし顔を青ざめさせた。それを訝しんだ同僚も肩越しに覗いた瞬間、血の気の引いた顔になる。


「それで? 俺の参加は認められるのか? ん? どうなんだ?」

「……た、大変失礼しました。どうぞお通りください」

「ふん、最初からそう言えばいいんだよ」


「……御高名な方とは露知らず、重ね重ね申し訳ありません。どうかお許しください。私にはまだ、愛する妻と娘が……」

「いいだろう、見逃してやる。家族に感謝するんだな。精進しろよハゲ」


 男は係員の横を通り過ぎる。その瞬間、係員はガクリと膝を着いた。

 無理もないと同僚は思う。もし暴れられたなら、間違いなく殺されていたのだから。


「まさかSランクの冒険者だったとはな……」


 ピョンピョンと跳ねながら会場に向かう男を見ながら、同僚は呟いた。


「”首狩り兎ヴォーパルバニー”か。そのまんまじゃねえか」




 ♦   ♦




「皆さん聞きました!? 凄い人が来たらしいですよ!」


 勢いよく部屋に入ってきたネコタを、ジーナとラッシュはポカンとした目で迎えた。アメリアは相変わらず興味なさげで、一瞥するとまた窓の外に目をやる。

 

 ジーナはグラスに入った酒を飲み干し、ネコタに聞く。


「あー、ネコタ。凄い奴って何のことだ?」

「ちょっ、何言ってるんですか! 今日は選考会の日じゃないですか!」


 ジーナは天井に目を向けたと、ああ、と軽そうな声を出す。


「そういやそんな話があったな。どうでもいいからすっかり忘れてたぜ」

「どうでもいいって、新しく仲間になるかもしれない人が来るんですよ? 普通気にしません?」


「って言ってもなぁ。どうせそいつもたかが知れてるんだろ? いくら周りから騒がられてても、所詮あのいけすかねぇ騎士と同レベルじゃな」

「それがですね。その人、なんでもSクラスの冒険者らしいんですよ。まさかそんな人が来るとは誰も思ってなかったそうで、城中で噂になってて」


「はぁ!? マジかよそれ! 一体どこのどいつだ!?」



 ジーナは椅子から起き上がって尋ねる。

 ネコタはワクワクしながら答えた。


「”首狩り兎ヴォーパルバニー”って呼ばれてる人だそうですけど、知ってますか?」

「首狩り? いや、聞いたことねぇな。Sクラスの連中ならあたしでも知ってる奴らばかりだと思うんだが……おいオヤジ、知ってるか?」


 ラッシュは少し考え込んだ様子を見せ、顔を上げる。


「思い出した。確か北国のレガリアを拠点にして活動している魔物討伐専門の冒険者だ。活動拠点はレガリアだし、名を上げたのはこの数年のことだからな。ジーナが知らないのも無理はない」

「ほう、なるほどね。で、そいつは強いのか?」


「噂によると、”首狩り兎”ってのは凄腕の剣士らしい。こいつがSランクに上がったのは、【大炎古竜メルトドラゴン】の討伐の功績からだそうだ。

 他にも【悪将大鬼ブラッディオウガ】に、【暴虐嵐虎テンペストタイガー】。災害クラスの魔物を何度も討伐している。それも単独でだ」


「へぇ、そりゃすげぇじゃねえか」


 ジーナは口端を吊り上がらせた。まるで獲物を見つけたような、好戦的な笑み。


【大炎古竜】、【悪将大鬼】、【暴虐嵐虎】。どれもこれもが、数百単位の戦力を集めても討伐できるか分からないほどの化け物だ。それを単独で仕留めたという話が本当ならば、間違いなく自分と同じ領域に居る者だ。


 いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。”首狩り兎”は剣士。なら、己の肉体と剣技のみで討伐をなしたことになる。果たして同じことが自分に出来るか……まだ見ぬ強者の実力に、ジーナは久方ぶりの興奮を覚えた。 


「その顔止めろ。食われそうで怖いよお前」

「ん? ああ、悪い悪い。なんだか嬉しくなっちまってな。どんだけ強いんだろうなぁ」


「これだから戦闘狂は。頼むから喧嘩を売らんでくれよ。いきなり仲間割れで殺し合いとか堪ったもんじゃねえぞ」


「それは向こうの出方次第だな。あたしとしても、場合によっちゃ反撃しないとならんし」

「無事で済むイメージが出来ねぇ……」



 ラッシュはガクリと肩を落とす。

 戦闘狂と、Sランクまで上りつめた我の強い剣士。どう考えても穏便に済む筈がなかった。

 物騒な気配を察してか、ネコタが明るい声を出して聞く。


「あの、そういえば”首狩り兎”ってあだ名なんですよね? どんな由来があってそんな名前が付いたんですか?」

「毎回獲物の首を切り落とすからとか、見た目は可愛らしい女剣士だからとか聞いたことはあるが、詳しいところは知らんな。あだ名なんて勝手に噂が広まってくもんだから、なおさらな」


「女でそれだけの実力か。ますます興味が沸いてきたぜ。おい、選考会ってのはもう始まってるのか?」

「いえ、まだです。もう少しで始まるそうだから、一緒にどうかと思って呼びに来たんですよ」

「よっしゃ、ならどんな奴なのか拝みに行こうぜ!」


 我慢できないとばかりに、ジーナは立ち上がる。

 ネコタはもちろん、ラッシュも特に反論する意味はない。素直に同行することを決めた。


「おい! そんなとこでぼうっとしてないで、アメリアも行くぞ!」

「私はいいよ。めんどくさ――」


 ガシリとアメリアの肩を掴んで、ジーナは満面の笑みで言う。


「行こうぜ。な?」

「…………」


 こうなったジーナは絶対に引かない。まだ短い付き合いながら、それをよく知っているアメリアは諦めたように息を吐いた。ここで反抗して、殺し合いになった方が余計に面倒だからだ。


 別に誰でもいいのに。そう心の中で呟きながら、アメリアはジーナ達と共に会場へと向かった。






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