第11話 アメリアに会いたい……!
(なんで……どうしてこうなったんだ……? 俺が悪いことをしたのか? ただアメリアの側に居たいと思っただけなのに……それが罪なのか? だからこんな姿にされたのか……?)
呆然とブディーチャックの石像を眺めながら、トトは考えていた。
何がいけなかったのか? 自分がやったのは間違っていたのか? もっと他にいい方法があったのか? これから、自分はどうなるのか?
未知への不安で、心がいっぱいになる。
自分が何をやるべきなのかも分からなくなった。
たが、それでも最後に残ったのは、一つの想いだった。
(アメリアに会いたい……!)
たとえ、トトだと分かってもらえなくても。
自分がトトだと、言うことが出来ないとしても。
それでも、会いたい。アメリアに会いたい!
「早く……行かないと!」
自分がどれだけ寝ていたのかは分からないが、急げば間に合うかもしれない。
そう思えば、居ても立っても居られなかった。
弾かれたように、村に向かって走る。慣れない体は今までの走り方に適応出来ず、ドタドタと足音を立て、ちょっとした凹凸で地面に転んだ。
「——ッ! いっ、てぇ……」
白い毛並みが土に塗れる。ズキズキと、地面に着いた場所が痛む。そんな惨めな自分の姿に、ホロリと涙が浮かんだ。だが、トトは涙を拭い再び走り出す。
何度も何度も転んで、ますます体は汚れ傷ついていく。それでもトトは諦めることなく、また走り出した。
アメリアに会いたい。ただその一心が、トトを突き動かした。
「つ、着いた」
体をボロボロにしながら、ようやく森を抜ける。だが、村を目にしたところで、トトは足を止めた。
こんな姿で村に戻っていいのか? そんな考えが、トトの頭によぎった。とはいえ、いつまでも立ち止まっている訳にもいかない。
「……行こう」
ぐっ、と顔を上げ、トトは村の中へと足を踏み入れた。
最初の一歩さえ踏み出すことが出来れば、あとは自然と足が動く。トトは急いでアメリアの家へと向かった。
まずは、まだ村に居るかどうか確かめる。もし居たら、迷ったふりをして話しかけてみよう。トトのことは話せないけど、落ち込んでたら慰めて、それでーー
トトはアメリアに会えた時の対応を考えるのに夢中で、周囲の状況に気づかなかった。
堂々と村の中を歩く自分を見る、村人達の目を。
「おい、あれーー」
「魔物? いや、ウサギの獣人か? あんな種族がいるのか」
「こんな村に何をしに来たんだ?」
遠目から大人達が自分を見て、ヒソヒソと話している。
その視線に気付き、トトの歩みが遅くなる。
(外部の人間だから、物珍しさで見られてるだけだ。大丈夫、堂々としていろ。何も悪いことはしていないんだから)
自分に言い聞かせ、アメリアの家へと向かう。
だがその途中で、トトはその考えが甘いことを知った。
「おいっ、お前っ! どっから来た! 何勝手に村に入ってきてんだよ!」
背中から聞こえた声に、トトは振り向く。
そこには、トトを睨みつける少年達が居た。
その先頭に立った少年の名を、トトは呟く。
「ボーグ」
「――ッ! おっ、お前っ、なんで俺のこと知ってんだよ!」
「あっ、いや……」
トトは自分の迂闊さを呪った。
咄嗟に出た言い訳は、説得力の欠片もない物だった。
「その、さっき君のことを探している大人が居てね。元気な子供だと言っていたから、もしかしたら君かなと」
「嘘つけ! よそ者にそんなことを話す大人がいる訳ないだろ! しかも獣人なんかに! 何しに来たんだよ! 早く出ていけよ!」
ボーグは木の棒を構える。それに倣って、他の子供達も武器を構えた。
トトはそんな子供達を見て初めて、獣人という存在について自分がどれだけ楽観視していたのかを悟った。
トトが住む国は、【女神アルマンディ】を崇める【アルマンディ教】を国教としている。そして【アルマンディ教】は人族至上主義の宗教だ。アルマンディから唯一【天職】を授かる人間こそ、選ばれた種族であるという思想を主としているためだ。
そんな風潮のある宗教であるため、この国に住む人間は他種族を下に見る傾向がある。特に、獣の姿を持つ獣人に対してはそれが顕著だ。人族の国々では、獣人は獣にも等しい危険な種族だという認識を、子供達に教育している。
トトの村でも、その様に教えられていた。だが、トトはそれについて深く考えてこなかった。猫耳、犬耳女子の魅力が分からないとは、なんと不憫な奴らだと、憐れみの目を向けて終わらせたくらいである。
だが、トトの思考は前世という特殊な環境だからこそ得た物だ。人種差別にも縁がなく、平和ボケした日本人だからこそ、種族間の溝に気付けなかった。
そして、ボーグは子供ながらの正義感と無知ゆえに、トトを追い払いにきたのだ。小さな勇気を振り絞って、この村を守る為に。
「獣人が! 早く村から出てけ!」
「うわっ!? ちょ、待っ……!」
動かないトトに業を煮やし、ボーグが木の棒を叩きつける。
容赦なく振り下ろされたその攻撃は、バチッと高い音を立てた。
「痛っ、痛いって! お願いだから止めてくれ!」
「だったら早く出て行け! このっ、このっ!」
毛皮がクッションになっているのか、我慢できる程度の痛みで済んでいた。しかし、反撃しないトトにボーグは調子に乗り、さらに攻撃が激しくなる。
「このっ、 止めろって言ってるだろ!」
「わっ、わ――!? ぎゃあ!」
なんとかして止めようと、トトはボーグの体を押し出す。トトにとっては、距離を取れればいいと、本当に軽く押した程度。しかし予想に反し、ボーグは後方に弾き飛ばされ、勢い余って地面を転がった。
「うっ、ああ……! いっ、痛ぇ……痛ぇよ……!」
「ボーグ! 大丈夫!?」
蹲って涙を滲ませるボーグに、子供達が駆け寄る。
トトは罪悪感に駆られながらも、己の力に驚き、放心していた。
「今の……これが、この体の力?」
いくら相手が子供で軽いとはいえ、その気でもないのに易々と吹き飛ばす身体能力。今までとはまるで違う。なるほど、確かにこれだけの力があれば、アメリアを守ることが出来るかもしれない。
「……あっ。ご、ごめん。大丈夫か?」
己の力に惚けていたトトだが、己のやったことを思い出しボーグに近づく。
「ひっ、く、来るな!」
しかし、子供達は慌てて距離を取った。
なんで……と、トトは傷つく。だが、子供達の表情を見てその理由を悟った。
子供達から見れば、自分は化け物と同じなのだ。
「あっ、いや、違う! そんなつもりじゃ!」
トトは子供達の態度に少なくないショックを受けた。分かっていたとはいえ、いざ顔見知りから拒絶されるとなると、ここまでの孤独感を覚えるとは思っていなかった。
こうして己を怖がる子供達を前にして、トトは改めて知った。
もう、今までの自分とは違うのだ、と。
「うっ、ぐっ……うっ、うっ、わあああああああああああ!」
トトが狼狽えていると、ボーグが再び仕掛ける。
「このっ! このっ! くらえぇええええええ!」
「痛てっ! 痛いって! 止めろ! 止めろってば!」
鬼気迫るボーグに、トトは恐怖を覚えた。反射的に腕を伸ばしかけ、咄嗟にそれを引っ込める。
(駄目だ! また力加減を間違えたら……)
抵抗してはならない。なら、逃げるしかない。そう判断したトトは、後ろに向かって走り出す。
「待てえええええ! この野郎ぉおおおおおお!」
だが、それはボーグの闘争心に火を点けることとなった。逃げ出した敵に、ボーグは追い打ちをかける。トトは痛みを堪えながら逃げ回ったが、足を絡ませ転んでしまう。
「ぎっ! 痛っ、てぇ……」
「おりゃあああああああ!」
倒れたトトの頭に、ボーグが棒を全力で振り下ろす。ガツンと、今までにない音がした。
トトの視界に、チカチカとした光が映る。頭を抱え、体を丸めるが、それでもボーグは止まらない。容赦なくバシバシと棒を叩きつける。
「今だ! ボーグに続け!」
「皆でそいつをやっつけるんだ!」
そんなボーグに、他の子供達も加勢した。ある種のパニック状態になった子供達は、トトが抵抗の意思を見せなくても、容赦なく攻撃を加える。棒が折れても止まることはなく、腕の隙間を縫って踏みつける程の執拗ぶりだ。
(やっ、やばいっ! これ、本当に死ぬかも……!)
子供といえど、体重を掛けて踏み潰されては、さすがに耐えきることはできない。脇腹に蹴りが入り、地獄のような苦しみがトトを襲った。あまりの苦しみに意識が遠くなり、逆に痛みが薄くなっていく。トトは一瞬、本気で死を覚悟した。
「止めろ! 何をやってるんだお前ら!」
だが、そんなトトを救った者が居た。
その声に、ボーグ達はようやく攻撃を止める。声を出した男はボーグ達を睨みつけて言った。
「喧嘩にしてもやり過ぎだろう! 死んだらどうするんだ!」
大人のもっともらしい言い分に、子供達は気まずそうに目を逸らした。だが、ボーグが見返し反論する。
「け、喧嘩じゃないよ! よそ者を追い出そうとしただけだ!」
「何?」
男は怪訝な声を出すと、ボーグ達を退かし、横たわったトトを見て目を瞠る。
「獣人? なんでこんな所に……」
「そうだよ! 勝手に村に入ってきたんだ! だから追い出そうとしたんだ! 俺たちは悪いことはしてないだろ!?」
「確かに、勝手に入ってくるのは悪いことかもしれない。だけどな、この人はこの村で何かしたのか?」
「それは……知らない、けど……」
ボーグは数瞬言い淀んでから、擦りむいた腕を見せる。
「ほ、ほら! こいつのせいで怪我をしたんだよ! だからやり返しただけだ!」
「それにしては、この人は一方的にやられていたな。獣人が本気を出せば、その程度じゃ済まないぞ。この人はただ自分の身を守ろうとしただけじゃないのか? 先に手を出したのはお前らなんじゃないか?」
「それは……で、でも獣人だよ!?」
「獣人だからって何もしていない人を虐めていいと思っているのか!? お前らはそんな人間で恥ずかしくないのか!?」
男の一喝に、子供達は竦み上がった。
男は続けて言う。
「獣人は本当は強い種族なんだ。そんな人がここまでやられっ放しのままなのは、子供のお前らを傷つけちゃいけないと思っているからだ! この人は優しいから反撃もしなかったが、本当ならお前らは殺されてもおかしくないんだぞ!」
男の言葉で、子供達の顔がみるみる内に青くなる。
男は子供達を見回すと、ため息を吐いた。
「分かったら、もう行きなさい。あとは俺がなんとかするから。さぁ、早く!」
「わ、わかった……」
ボーグが悔しげに頷くと、子供達は慌てて逃げていく。
男はそんな子供達を見届けて、倒れたトトに手を伸ばした。
「おい、あんた、大丈夫か?」
「うっ……あ、ああ。大丈夫だ」
「すまなかったな、あいつらのせいでこんなになっちまって。まだ子供だし、ここは田舎だからな。獣人のことをよく知らない大人の言うことを鵜呑みにしちまっているんだ。だからといって許される訳じゃないがないんだが……」
「いっ、いや、俺も勝手に村に入ったし、気にしてないから安心してくれ」
「そうか、そう言ってくれると助かる。立てそうか?」
トトは伸ばされた手を掴み、立ち上がる。礼を言おうとして顔を上げ、息が止まった。
助けられて運が良かったとそればかりで、肝心の相手が誰だか分かっていなかった。
トトに手を差し伸べたのは、父であるバラドだった。
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