第3話 まぁ子供ってそんなもん

 科学の発達していないこの世界では、子供といえど貴重な労働力として扱われる。猟師なら猟を。農家なら農作業を。親の仕事を手伝う形で、幼い頃より仕事を覚え、家業を引き継ぐ。


 だが、ノカド村の子供達は親の手伝い以外に、子供達だけの特別な仕事がある。


「トト! 早く早く!」

「そんな急がなくてもいいじゃん。のんびりやろうぜ。そうすれば畑仕事もサボれるし」


 不謹慎なことを言うトトを、アメリアはグイグイと引っ張っていく。

 トトは口では文句を言いながらも、大人しく引かれていた。


 森の中を歩いていく二人だったが、そう時間が経たないうちに、開いた場所に出る。


 そこには、粗末ではあるが石造りの祭壇のような物があった。祭壇の上には、木の枠組みに収められた形で、木彫りの人形が飾られている。


 アメリアはその人形へ近づくと、丁寧に頭を下げた。


「ブー様。おはようございます。いつも村を守ってくれてありがとうございます」

「お前は本当に良い子だね。お前ぐらいだぞ、丁寧に挨拶する奴なんて」


「だって神様だもん! 当たり前でしょ? ほら、トトもちゃんと挨拶とお礼しないと!」

「へいへい。ブー様、いつもお疲れっす」


「ちゃんとするの!」

「分かった! 分かったから!」


 また殴られては敵わんと、トトも形だけは丁寧に礼をする。

 それが終わって、二人は周辺の掃除を始めた。


「んー、今日もなんだか汚いね。しっかり掃除しないと」

「そりゃそうだろ。真面目にやってんのなんて俺らぐらいだし……」


 アメリアに聞こえないように、ボソリとトトは呟く。


 村の守り神であるブーの祭壇を掃除するのが、子供達のもう一つの仕事だ。一日毎に、順番に掃除をしていくことになっている。だが、実際に掃除をやっている子供の方が少ない。


 この世界には実際に、神という存在が確認されている。その力は人知が及ぶものではないようだ。だが、本物の神様と対面する機会はほとんどない。


 このブー様も、大昔に村を災害から守ってくれたという言い伝えがあるらしいが、実際にそれらしい気配を感じたことはない。おそらく、神様とは言っているが、村の迷信なのだろう。そういった話はあちこちによくある。


 迷信を本気にして敬う子供なんかいない。そんなことよりも、ここは村の大人達の目から外れる唯一の遊びスポットなのだ。その絶好の機会を失ってまで、真剣に掃除をする子供なんていない。


 それだったら、そりゃあ少しでも遊ぶ時間を長くするよなと、トトは思う。実際に村の大人達も通った道なのか、その辺りを黙認している節があるし。


「うん、綺麗になった。トト、終わったよ。ほら、お祈りお祈り!」

「はいはい、分かりましたよ」


 アメリアはブー様の人形を磨き終えると、トトを手招きして祈り始める。トトもその隣で、形だけでもとアメリアに習った。


 祈りの姿勢に入りながら、トトはアメリアを覗き見る。


 アメリアは、子供らしからぬ集中力を見せ、一心に祈りを捧げていた。


 普段のアメリアは天真爛漫という言葉が似合う子供だが、この祈りを捧げる時のアメリアはその容姿も相まって、敬遠な信徒――聖女のように見える。それはとても厳格で、美しい。


 思わずトトでも見惚れてしまうほどに。


 その視線を感じたのか、アメリアはトトを見返した。


「トト、どうしたの?」

「ん? ああ、今日はやけに熱心に祈ってるなと思ってな」


「うん! ほら、あたし達ももうすぐ洗礼を受けるでしょ? 素敵な【天職】が貰えますようにってお願いしたの!」

「ああ、なるほどな。通りで」


 ワクワクとするアメリアに、トトは曖昧な笑みで返した。その期待は裏切られるんだろうな、と思ったからだ。


 この世界には、ゲームであるような【天職】というシステムがある。人間という種族にのみ与えられた力で、人間の子供は七歳を迎える年になると、近くにある教会で洗礼を受け神から【天職】を授かるのだ。


 【天職】によっては、超人的な技能、能力を授かることもある。


 実際、ただの村人だった子供が【天職】を得てから活躍し、英雄となった話があちこちにあるのだ。多くの子供達は自分が英雄となる日を夢見て、今か今かと洗礼の日を待ちわびているのである。


 トトも、この【天職】でチーレム伝説の幕開けじゃあ! と期待していた時があった。だが、【天職】というシステムを調べ、その実態を聞いた時、それは儚い夢だったとすぐに悟った。


 確かに、【天職】には素晴らしい力が秘められている。だがこの【天職】、ほぼ間違いなく遺伝で決まるのだ。


【騎士】の子は【騎士】を。【魔法使い】の子は【魔法使い】を。そして、【村人】には【村人】を。


 この例が覆ることはほぼないという。それを聞いた時、トトは心底がっかりした。両親が【騎士】だったら良かったのに! という親不孝な考えを持って。


 さらに言うと、戦闘向きの【天職】を持つ者とそうでない者の間には、決して埋まることのない戦闘力の差がある。なんでも、大人の【村人】が百人集まろうと、【騎士】の【天職】を持つ子供には絶対勝てないらしい。


 それを聞いてトトはさらに絶望した。結局この世界も才能で決まるのかよ! と。


 いや、むしろ前世以上に残酷かもしれない。【天職】という、明確な才能の差があるのだから。


 そんな現実を知っているからこそ、無邪気に楽しみにしているアメリアが眩くもあり、不憫ですらあった。だけど、ここで現実を教えて傷つけるのも忍びない。


 その時が来たら慰めてやろうとトトは心に誓った。もっとも、アメリアならあっけらかんとしていそうな気もするが。


 むしろ、諦めたと心では思いながら、諦めきれていない自分の方が怖い。日本人オタクの業は深い。


「そっか。良い【天職】が貰えるといいな」

「うん、楽しみだよね!」


「あー、うん。そうだね、楽しみだね」

「あれ? トトはそうでもないの? ワクワクしない?」


「いやまぁ、どうせ【村人】のまんまだろうしなぁ」

「そんなことないよっ。トトならきっと、神様がカッコいい【天職】をくれるよっ。だって、トト優しいもんっ」


「……本当にそう思う?」

「うん、絶対そうだよ!」


 なんの根拠もないのに、アメリアは自信を持って頷く。

 そんなアメリアを見ているうちに、トトは本当にそうなるんじゃないかと思えてきた。


「……うん、そうだな。なんか俺もそんな気がしてきた。よし、頑張ろう! 頑張る要素何一つないけど!」

「うん、頑張ろうねっ」


「よし、そんじゃ帰るか。早くしないと父ちゃん達が心配するからな」

「うんっ――あっ! トト、見て見て、ウサギ! すっごく可愛い!」


「あ、本当だ。どうする? 捕まえて食べるか?」

「食べちゃ駄目! 可愛いから見るだけなの!」


「お前ウサギの肉大好きじゃん。ピートの父ちゃんからお裾分け貰ったら喜んで食べるくせに」

「それは……いいの! それはそれ! 生きてる時は駄目なの!」


「分かった、分かったから。そんなに殴らないで」



 アメリアにポカポカと殴られながら、トトはさりげなく村の方へと誘導していく。



 じゃれつきながら祭壇から離れていく二人を、一匹の野ウサギがじっと見送っていた。


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