第4話 洗礼
数日後、ノカド村の子供達は大人に連れられ、近くで一番大きな村にやってきていた。子供達が待ちに待った洗礼の為に、付近で唯一【神官】の居る教会へと行くためだ。
どの子供も、自分が【天職】を得て英雄となる未来を想像し、目を輝かせている。この光景があとで悲惨な景色に変わるんだろうなーと、トトは人知れずほくそ笑んだ。
趣味が良いとは言えない楽しみ方をしているトトに、アメリアは無邪気に話しかける。
「トト、楽しみだねっ。トトはどんな【天職】がいい?」
「んー、【村人】以外ならどれでも嬉しいけど、しいて言えば魔法が使ってみたいかな」
「ははっ、男のくせに魔法かよ。弱っちいお前らしいな、トト!」
そこに割り込むように、ボーグが口を挟んだ。
相手がボーグだと分かると、目に見えてアメリアが嫌そうな顔をする。
ボーグはそれに気づかず続けた。
「いや、お前みたいな情けない奴は、【魔法使い】の【天職】すら貰えないだろうな。やっぱりお前は【村人】がお似合いだよ」
「まぁそうだろうな。父ちゃんも母ちゃんも【村人】だし」
トトはあっさりと流した。もともと、そこまで期待していない。
思っていた反応と違ったのか、ボーグは一瞬口ごもる。だが気を取り直すと、胸を張って言った。
「その点、俺は体もデカイし強いからな。女神様もきっと強い【天職】をくれるぜ! 【戦士】や【騎士】になって、魔物から皆を守ってやるんだ!」
「おお、頑張れよ。お前ならもっと強くなりそうだからな。応援してるよ」
「おっ? お、おおっ、そうか……そ、その時はお前も守ってやるよ、アメリア!」
「………………………………」
ガン無視である。視線すら合わせない。ボーグは泣きそうになった。
さすがに不憫に思い、トトはポンとボーグの肩に手を乗せ、微笑む。
「自業自得」
「うるせえ! 見てろよ!【戦士】になれたらボコボコにしてやるからな! 泣いても許してやらねえからな!」
ボーグは顔を真っ赤にして離れていく。
トトはやれやれと思いながら、アメリアに言った。
「アメリア、少しは反応してやれよ。ボーグの奴、泣いてたぞ」
「やだ。あいつ、あたしのことを虐めるもん。それに、いつもトトのことをバカにするし……」
「そ、そっか。それじゃあしょうがないな」
拗ねたように顔を背けるアメリアに、トトはそれ以上何も言えなかった。これ以上責めてアメリアを泣かしたくはない。それに、不意打ちで少し照れた、というのもある。
「皆さん。お静かに」
声を出した神官に、子供達の目が集まる。
そんな子供達の様子に、神官は満足そうに頷いた。
「さぁ、皆さん。今日は女神アルマンディ様より、洗礼を授かる重大な日です。
この日を待ち望んだ人もいるでしょう。とはいえ、誰もが自分が思っていた【天職】を授かれる訳ではありません。
希望の物と違って怒ったり、悲しんだりする人もいるでしょう。ですが、これだけは忘れないでください。
たとえどんな【天職】だろうと、それはアルマンディ様があなた達を見定めて与えた物なのです。
そこにはちゃんと、なにかしらの理由があります。だから、たとえ【村人】だろうと落ち込まないでください。
その先に、きっと幸せな未来が待っているはずなのですから。分かりましたね?」
子供達が返事を返している中で、トトは思った。
――つまり、ガタガタ文句抜かしてないでおとなしく受け容れろや凡人共が! ってことですね?
【村人】だろうとって念押ししているあたり、なおさらそう思う。それだけ【村人】以外の【天職】をもらう人間は少ないのだろう。元気に返事をする子供達を見て、困ったように笑う神官を目にしトトは全てを察した。
この後、地獄絵図が始まる!
案の定、その後の光景はトトが予想した通りの結果になった。
教会の最奥には人工的に作られた泉があり、見上げると【女神アルマンディ】の彫像が飾られている。そして、泉の中央には巨大な鏡が鎮座している。こんな田舎村では見合わぬ、周りに金細工が施された荘厳な雰囲気を持った鏡だ。
この鏡こそが、洗礼を受けた子供に女神の言葉を伝えるものだ。【神官】が女神へ交信し、洗礼前の子を対面させる。そうして洗礼を受けると、その子供の【天職】がこの鏡に文字になって浮かび上がる。
その文字を【神官】が読み上げることで、子供は己の可能性を知るのだ。だが、村の知識人から文字を習得したトトは、先ほどから繰り返され浮かび上がる言葉に早くも飽き飽きとしていた。
すなわち――【村人】。
最初はガヤガヤと騒がしかった子供達も、一人、また一人と希望を断たれ、静かになっていく。誰もが大きな夢を見ていたのだろう。現実とのギャップの大きさに、深く沈み込んでいた。
トトは思った。完全にお通夜だこれ。
だが、落ち込んでいるだけならまだいい。中には泣き出す子供もいた。そして、その中でも一際騒がしい子供が今、目の前に居る。
「……ッ! 神官様! もう一回! お願いだからもう一回だけ!」
「坊や。気持ちは分かりますが、何度やっても結果は同じなのです。それがアルマンディ様によって定めた運命なのですよ。さぁ、次の子の為に、場所を空けてあげてください」
「やだああああああ! 俺、【戦士】になるんだ! 他の奴らより体だってデカイのに、なんで! 強くなって皆を守れるのに……なんでええええええ!」
わんわんと泣き喚くボーグは、父親に引きずられて教会の外に連れられていった。いつもは殴って言うことを聞かすボーグの父も、今日ばかりは優しい。他の大人達も、苦笑して見守っている。
さすがのトトも、それを見て笑うことは出来なかった。絡んできてうっとうしいガキではあるが、その願いは本物だったのだろう。だからこそ、あそこまで泣いて悔しがるのだ。気性は荒いが、少なくとも自分にはない純粋な心だと思う。
かつてのトトにあったのは、金欲、名誉欲、性欲だ。正直言うと、今でも名残がある。
こんな下種な人間でごめんなさい……っ! 洗礼前にトトは人知れず懺悔した。
「ボーグも【村人】なんだね。なんだか可哀想」
「こればかりはしょうがないよ。あとで慰めてやれば?」
「……一言だけでいい?」
「ああ。それこそ泣いて喜ぶよ」
「トトってば酷いっ! あはは!」
周りにつられて沈んでいたアメリアだったが、今ので気が紛れたのか、小さく笑った。アメリアを笑わせることが出来たのだからボーグも本望だろうと、トトは自己弁護する。
そうしている間に、とうとうトトの番がやってきた。
「トト! 頑張ってね!」
「だから頑張る要素が……まぁいいや、行ってくるよ」
むんっ、と自分のことのように力を入れるアメリアに苦笑しつつ、トトは神官の元へと向かう。
「次は君の番だね。さぁ、ここに座って、アルマンディ様に祈りを捧げて」
言われた通り、トトは泉の前に膝をつき祈り始める。
トトは元日本人らしく、特に信心深い人間ではない。そんな人間が、こんな時だけ祈って何になるのだろうとすら思う。そんな都合の良い人間に、神様が果たして特別な力をくれるだろうか? いや、きっとくれないだろう。
だけど、こうしてその機会を前にしては、やはり願わずにはいられなかった。
(特別な力じゃなくてもいい。ありふれた物でもいい。ただ、前の世界に無かった力を使ってみたい)
とっくに割り切ったと思っていた願望が、胸に溢れる。この世界で始めて、トトは本気で祈った。
洗礼の光に身を包まれる。何かが変わったと直感的に分かった。チカチカする目を恐る恐るこじ開け、顔を上げる。
そして、トトは笑った。
――【村人】。
その文字が、鏡には浮かんでいた。
(……ま、こんなもんだよな)
この時になって初めて、隠された力が判明する。そんな夢を少しだけ見ていたが、案外傷ついていない自分が居た。ああ、やっぱりなという感じだ。意外にも、どこかスッキリした気分ですらあった。
そんなトトに、神官が話しかける。
「君は【村人】だね。おめでとう、これで君も敬遠な神の信徒だ」
「あっ、はい、ありがとうございます」
「……【村人】だったけど、落ち込んでいないのかい?」
「あ〜、なんとなくそんな気はしていましたから」
「ほぅ!」
神官は感心したような声を上げると、驚きの混ざった笑みを浮かべた。
「ありのままの自分を受け入れる。素晴らしい心構えだ。とても子供とは思えないね。大人ですら、【天職】で生涯悩む者も居るというのに」
「あっ、はははっ。いや、高望みはしないだけですよ」
というか、そもそも子供じゃねぇし。トトは心の中でボヤく。
「君は【村人】だが、もしかしたら将来、何か大きなことをするのかもしれないね。これからも頑張りなさい」
「あっ、ありがとうございます」
本気で期待していそうな神官に罪悪感が湧き出る。トトは逃げるようにアメリアの所へ戻った。
アメリアは少しだけ悩んだ風にして、トトを迎える。
「おかえり。トト、残念だったね……」
「ああ、そうだな。けどまぁ、こんなもんだろ。そこまで気にしてないよ」
「本当に?」
「うん、本当に」
「そっか。うん、それなら良かった」
じっとトトを見てから、アメリアはほっと息を吐き、明るく笑った。
「トトが【村人】なら、あたしも【村人】がいいな。それなら二人で一緒だもんねっ」
「二人で一緒っていうか、皆一緒だけどな」
「もうっ、そういうことじゃないの!」
「悪い悪い。ほら、次はアメリアの番だろ。早く行ってこいよ」
「うん、じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
素直に頷き、アメリアは小走りで神官の元へ向かう。アメリアが祈りを捧げるのを目にして、トトはこれからのことを考えた。
自分がただの【村人】でしかなかったのは、残念だ。しかし、これはこれで必要なことだったのだろうとトトは思う。
前世の自分との決別だったのだ。もう夢をみることはない。今日という日のおかげで、これからの現実だけに目を向けることができるのだ。
仕事を覚えて、大人になって、生涯の伴侶と共に子を育てる。前世ではなんとも思っていなかったが、それはとても素晴らしいことに思えた。そして、その隣には美しく育ったアメリアが居る。
そう考えると、満更でもない自分が居た。現金な自分に呆れつつ、トトはアメリアに目を戻す。そして、気づいた。
――教会が、やけに静かになっていたことを。
「……え?」
いつの間にか起きた変化に、トトは間抜けな声を上げる。何が起きたのかさっぱり分からなかった。ただ、大人も、泣いていた子供も、皆が揃って一点を凝視している。
その視線の先――洗礼の結果を告げる鏡の方へ、トトも目を向ける。そして、見た。
――【賢者】。
アメリアの前に立つ鏡には、確かにその文字が浮かんでいた。
「……【賢者】だ」
「アメリアが……【賢者】?」
「あんな女の子が……」
大人達がざわざわと小声で騒ぎ始める。未だ現実を受け入れていないかのように、どこかぼうっとした様子で呟く。
そんな中で、ハッと神官が正気を取り戻した。
「――だ、誰か! 領主様に連絡を!【賢者】が……賢者様が現れたと伝えるんだ! 急げぇ!」
温和だった神官らしからぬ、怒声にも近い声。その瞬間、大人達は弾かれたように動き出した。何人かの大人が教会から飛び出し、アメリアの両親が、オロオロとするアメリアを抱きしめ、頭を撫でる。
そんな大人達を見て、子供達も何か大変なことが起きたと理解したらしい。口々に賢者様だと騒ぎ始め、凄い凄いとアメリアを賞賛する。
(なんだ? なんで皆、あんな怖い顔で……)
だが、トトはその中に混れなかった。大人達の様子から、そんな無邪気に喜べるようなものではないと感じたからだ。
「トト……」
トトが困惑していると、いつの間にかアメリアが側にいた。不安そうにしながら、縋るようにトトを見てくる。
「トト、あたし、【賢者】だって」
「あっ、ああ。そうみたいだな」
「【賢者】って、あの賢者様でしょ? 物語で勇者様と一緒に【魔王】と戦う……よく分かんないけど、これって凄いことだよね?」
「……うん、そうだな」
「そう、だよね……。でも、なんで皆こんなに騒いでるの? あたし、何か悪いことしちゃったの?」
「そんなことない。アメリアが悪い理由なんて一つもないよ」
「だけど、じゃあなんで皆怖い顔してるの? ねぇ、トト。あたしなんだか怖いよ」
「……分からない」
トトは、それだけしか言えない自分が情けなくなった。不安で泣きそうになっているアメリアを、励ますことも出来ない自分が、どうしようもなく不甲斐なかった。
ただ、一つだけ分かっていることがある。
決定的に、何かが変わってしまったのだと。
――そう、トトは、予感していた。
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