第5章 輪廻の大鬼と神子の魂 古代~現代~未来
暗闇の中から現れたのは筆舌にし難い、巨大なタコのような怪物だった。全身が黒く、不定形の体はぐにゃぐにゃと脈絡もなく動き、巨大な手を思わせる触手が数本這い出てきて、がっしりと神殿を掴んだ。頭部と思われる部分からは、巨大な目が三つ、それぞれ別方向に視線をぐるぐる回していた。目の下には全てを飲み込みそうな巨大な口があり、薄ら笑いを浮かべていた。
「キャアアアアア!何何ナニ!!??何なのあれ!!!!!」
リディがパニックになる。みんな同様だ。不気味で巨大な怪物の出現は、かつてない恐怖を感じさせた。
「アルド殿・・・なんでござるかあれは・・・?」
「何なのあれ・・・」
「生体反応を感知できまセン!!私にあれがナンナノカわかりまセン!!」
「ここはどこなの!?」
みんなパニックになり、疑問を次々に口にする。しかし、この状況に明確な回答を出せるものなど一人もいない。三つ目の怪物はギョロギョロと目を動かし、こちらを伺っている。三眼がそれぞれ別方向を見る様は、昆虫を思わせ、口元は笑っているがそこに何らの感情も読み取れない。だが、フィーネとアルドは別の感情を抱いていた。
「お兄ちゃん・・・あれ・・・」
「ああ、ターラと同じ匂いを感じる・・・」
その時、慌てふためいていたリディの口が開く。
「ここに人が来るのは久しぶりだな。」
リディが目を丸くする。
「え!え!?なになにな」
「お前の口を借りている。仮にも我が眷属の寵愛者なのだ、落ち着け。」
リディは訳の分からない状況と自分の口から出る謎の発言に黙るしかなかった。
「ようこそ。ここは煉獄界の深層、魂の終着点。」
怪物は黒い腕を数本ウネウネ伸ばし、ターラを撫でた。すると、ターラはみるみる成長し、凛々しい立派な聖獣へと進化した。長いたてがみは美しく黄金色に輝いており、鋭い目の奥には優しさが満ちていた。大きい口は閉ざされ、端麗な顔立ちは気品さを感じさせた。
「我が眷属が世話になった。礼を言う。時の旅人よ。お主たちの数奇な旅路、様々な出会い、すべて見させてもらった。それにしても・・・」
怪物の三眼がアルドを捉える。
「貴様、不思議な魂の形をしておる。人というべきか小動物のような・・・愉快愉快。」
グエッグエッグエッ
大きな口を引きつらせ、カエルのような気色悪い笑い声をあげる。アルドがたじろぎ、苦笑いを浮かべながら答える。
「はは・・・まあな・・・それより、あんたは一体」
「我は魂の守護者であり審判者。輪廻の外側に存在する者。」
アルドの質問を先読みして怪物は答える。
「過去、私と出会った人間は、『キールティムカ』『無常大鬼』などと呼んでいた。この星の全ての魂がここで次の生を迎える。私は生命の一部始終を観察し、次の転生を見守っている。」
口をムカに使われているリディが全身で驚きを表現する。
(キールティムカ!?本当にいたんだ!?しかもこんな気持ち悪いやつが・・・)
「我は気持ち悪くないぞ。失敬な小娘め。」
リディが心を読まれさらに驚く。三眼がリディをギロリと睨む。その迫力に危うく失神しそうになる。
「落ち着け。風貌などに意味などない。」
ムカは再び気色悪い笑い声をあげた。
黙っていたターラが口を開く。
「アルド達。今回の一連の騒動、ご迷惑をおかけしました。」
ターラが頭を下げる。ムカが続ける。
「お前達の推測通りだ。こやつは少々人間に肩を入れ過ぎているようだ。本来、時間の概念が無い我々は、心を乱す事は無い筈なのだがな。」
ムカが皆の疑問を先読みして次々答える。
「こやつの魂は時空を超える。そこの少年の魂はこやつの好む魂と形が似ている。」
そういってハナンを指す。
「その少年の魂に我が眷属が共鳴したのだろう。善の思念がお前を生かし、負の意思が周囲に害悪をもたらしたのだ。」
ムカの説明は続く。
「その少年の魂の形は、小娘と似ている。何世代先か分からぬが、転生体だろう。」
リディがハナンを見る。
「私がひいひいひいひいひい・・・・・おばあちゃんだぞ」
グエッグエッグエッ
ムカが冗談を言う。神殿にへばりついている怪物と、リディの口から出る言葉のあまりのギャップに皆リアクションできずにいる。
「お主、おばあちゃんを見ないのか?」
ムカがハナンに問いかける。
「・・・僕は目が見えないんです。」
ハナンが答える。しかしムカは、
「それはお主が見ようとしていないからだ。」
「えっ・・・!?」
ハナンが一瞬ぎょっとするが、その胸中を無視してムカが続ける。
「まあいい。とにかく我が眷属が世話になった。あとは・・・」
そう言って三眼はラディカを見つめる。
「ダークエルフか。この場にお前たちが来たのは、輪廻を逸脱した事象に遭遇したからだ。」
「無視した事象?」
「そうだ。我が眷属が『自分の骨を自分で咥える』という行為の事だ。本来あるはずのない事象は我によって修正される。滅多に起こることではないがな。」
三眼はターラを捉える。ターラは申し訳なさそうに身を縮める。
「我が眷属は三体いる。いずれも生命の世界で自由に生きているし、行動に制限を設けていない。ターラよ、気に病むな。これからも好きなように生きよ。」
「仰せのままに・・・」
ターラが頷く。
「さて、楽しいひと時だった。さらばだ、時の旅人たちよ。」
一方的にべらべらと喋り、場を収めようとしたムカだったが、
「待って!」
突如ハナンが呼びかける。
「僕が倒れていた時、面倒を見てくれたのはターラなの?」
「ほう・・・。」
ムカが口を閉ざす。
(小娘、ここからの一幕、よく見ておけ。)
心の中でムカがリディに語りかける。リディには何のことか検討がつかなかったが、何かが始まる予兆を感じた。
ハナンの質問に対し、ターラが答える。
「ええ、そうよ。あなたのお姉さんが、医者を探しに行った時、死にそうなあなたの面倒をずっと見ていたわ。」
走馬灯のようにハナンの脳裏にその光景が蘇る。負傷しているハナンを休ませようと草木を集め簡素なベッドや小屋を作る姉。河原から水を汲み、木の実や小動物を取り、甲斐甲斐しく世話をする姉。それらは全て、姉の姿を模したターラの魂だった。
「じゃあ、僕の姉さんは・・・?」
あれだけ質問を先読みして答えていたムカが押し黙る。その質問に対する回答はアルド達も知りたかった。ターラが答える。
「あなたのお姉さんは・・・もうこの世界にいないわ・・・」
「えっ!?」「そんな・・・」「なんで!?」
一同、驚嘆する。
「あなたを探しに行ったときに、あの女に捕まってしまったのね。それで・・・」
ターラが言葉を濁す。ハナンはへたり込む。
「そう・・・か。そうだったのか・・・」
最愛の姉の消息を知ってしまったハナン、彼の胸中は絶望に満たされていた。ハナンの膝は崩れ、その場にへたりこんでしまった。フィーネが心配に思い、肩に手を置いた。しかし、ハナンはフィーネの手を力強く跳ね除けた。
「もう!もうやめてくれ!アルドさんもフィーネさんも!!!」
今まで堰き止めていたハナンの感情が溢れる。理不尽に踏みにじられた全てに、怒りが爆発する。
「なんで!!なんでだよ!!なんでこんな目に会わなきゃならないんだ!!姉さんまで!!!ぐううぅ・・・」
地面に拳を叩きつける。治癒された手から血が滲み出る。
「ちくしょう!ちくしょう!!!」
ドン・・・ドン・・・ドン・・・。
両手を床に叩き続ける。
アルド達は、ただハナンを見守ることしか出来ずにいた。
すると、ターラがハナンを巨躯で優しく包み込んだ。ハナンが顔を上げる。
「・・・ターラ。」
「つらかったわね。ハナン。」
ターラが優しく語り掛ける。
「ターラ・・・。ありがとう・・・。」
呟いたハナンはターラを抱きしめる。
「ターラ、お願いがあるんだ・・・僕を終わらせてくれないか・・・?」
その発言にアルドが焦燥をする。
「ハナン、ちょっと待て・・・一体どういう・・・」
アルドの問いかけを無視して、ターラがハナンに答える。
「・・・終わらせる?つまり、あなたの生をここで終わらせるということ?」
「・・・・うん・・・ここは転生の場なんでしょ?」
ハナンの心情をターラは汲み取る。
「そう・・・分かったわ。」
「ならば、ターラ。魂の抽出をするのだ。」
突然ムカが喋る。
ターラはハナンを空中に浮かばせ周りに結界を張ろうとする。
「待てターラ!」
アルドが叫ぶ。
「ハナン!!どうしたんだ!!変な事言ってないで帰ってこい!」
大きな声を張り上げ、ハナンに呼びかける。しかし、アルドは悲痛な面持ちだった。その時が来てしまった・・・と感じていた。
ハナンが口を開く。
「・・・アルドさん、フィーネさん。今までありがとう・・・そしてごめんなさい・・・もう、僕は生きていけない・・・。」
声を詰まらせながらハナンが自分の気持ちを全力で吐き出す。
「もう、僕は生きていたくないんだ!」
悲痛な叫びが響く、と同時にハナンが結界に包まれる。それはまるでターラに抱きかかえられているようだった。
「ハナン!待ってくれ!まだ話は終わっていない!」
呼びかけが空を切る。
「ターラ!お願いだ!少し待ってくれないか!まだハナンと」
言葉をターラが遮る。
「アルド、もういいでしょう・・・この子は新しい生を迎えることを決めたのです。」
アルドを見下ろす姿勢でターラは続ける。
「それとも、あなた達にこの子の悲しみを癒せるのですか?」
ターラの核心をついた質問にアルドが一瞬立ち竦む。最愛だった家族を奪われ、尊厳を奪われ、体を壊され・・・この先何を希望に生きていけばいいのか。絶望に満たされ、悲しみしかない彼の心を察する。
(ハナン・・・お前が望んだのか・・・)
アルドの心が鈍る。動きが止まる。
しかし、次の瞬間、フィーネがハナンを覆っている結界に攻撃を仕掛けた。
ガギィ!
跳ね返されるフィーネ、と同時に反転の攻撃を受ける。しかし、フィーネは自分に瞬時に治癒魔法をかけ、すぐさま攻撃へと転じた。
「おにいちゃん!決めたでしょ!私達は!!!」
フィーネの力強い呼びかけにアルドが答える。
(そうだ・・・そうだった!)
「フィーネ・・・ごめん。ありがとう。そうだ!俺達はこんな事で絶対に諦めたりしない!!」
アルドがオーガベインを抜く。
「ハナン!聞こえるか!!お前はそれでいいかもしれない。だけど、俺達が絶対にお前を一人では行かせない!!お前を連れて帰るんだ!!!
今、お前の目の前に絶望しかなくても、必ず俺達が変えてやる!!俺達と一緒に生きるんだ!ハナン!!!」
アルドが攻撃を仕掛ける。オーガベインの次元の切り裂く力はターラ本人がよく知っていた。結界に亀裂が走る、同時にアルドも傷つく。ターラが臨戦態勢をとる。
「アルド殿!これを!」
サイラスが反転攻撃から身を守ってくれた護符をアルドに投げる。しかし、護符は瞬時に砕け散った。
「あなた達、これでも立ち向かってくる?」
ターラの怒気はリディの護符を次々に粉砕した。
しかし、それで怯む者は一人もいない。アルドが言う
「関係ない!ハナンを返させてもらう!」
「いいでしょう。あなた達の覚悟、見せてもらう。」
アルド達とターラの熾烈な戦いが始まった。
*
外の喧騒は遮断され、ハナンは静けさの中にいた。
何も聞こえない、何も感じない。辛く悲しみしか無い日々が嘘のようだ。
髪の毛が白髪からターラのたてがみに似た金色に変化してきた。体の感覚がなくなり、意識も薄れていく。
これでいい・・・もういいんだ・・・
『ハナン、もう大丈夫よ』
ターラの優しい声が響く。その心地よさに身を委ねる。ハナンの脳裏に過去が走馬灯のように甦る。最後に姉を見た瞬間、消えた祖父を見送った最後の日、苦い苦い記憶。
その記憶の中にハナンのものでは無い記憶が混じる。
これは・・・?
ずっと戦っている。様々な場所、様々な敵と。その人はただ家族を取り戻す為に、全力で戦い続けていた。
『あなたを大切に思っている人達の記憶よ』
時に傷つき、時に迷いながらも、笑い、喜びを分かち合いながら、彼らは・・・アルド達は前に向かっていた。
アルドさん・・・アルドさん達も・・・
ハナンの閉ざされた心が揺れ動く。
『彼らもまた、人を想い、その為に戦ってるのね。』
でも・・・でも僕には・・・・・・
『大丈夫、大丈夫よハナン。』
ターラの優しい声、呼びかけ方。瞬間ハナンの忘れ去られた記憶が甦る。それは、ハナンの母親の今際の記憶だった。
*
熱が下がらず、苦しそうにせき込むハナンの母がベッドに横になっていた。ハナンを生んで数日後のことである。治療の甲斐も無く、医者からはあと数日だと告げられていた。
「頼む、まだ逝かないでくれ・・・」
母の両手を握りしめているのは、若き日の父だった。その横には、まだ幼い姉と祖父の姿もあった。姉も母にしがみつき、泣いていた。
「ごめんなさい、わたしはもう無理みたい・・・」
辛そうに体を起こす母。遠くから赤子の泣き声が聞こえる。母が心配そうな顔をして
「あの子を連れてきて・・・」
と祖父にお願いした。祖父が別室で泣いている赤子を連れてきて、母に渡した。母は赤子を抱っこし、これ以上無いほどの優しい声で囁いた。
「大丈夫、大丈夫よ。ハナン。あなたの名前はハナン(慈愛)。愛に溢れた優しい子になって、周りを幸せにしてあげてね。ゴホッゴホッ」
「大丈夫か!?」
「お母さん!」
「ごめんなさい、あなた。この子達を頼んだわよ。リイナ、ハナンを支えてあげてね。この子は生まれつき目が弱いみたいなの。」
最後の時まで、周りを心配する母。泣きながら母にしがみつく姉。抱きしめる父親。そして・・・
「私もあなた達と共に生きたかった。
あなた達のそばにずっといたかった。
これから先、きっと辛いこと、悲しいことがある。だけどね、それ以上に楽しいこと、どきどきワクワクするようなことが待っているから。だから強く生きるのよ・・・リイナ、ハナン。
ああ・・・あなた達の大きくなった姿、見たかったなぁ・・・」
母の最期の言葉を聞いた・・・
*
母の今際の一言はハナンの心を大きく動かした。
僕は・・・僕は・・・・
閉じられていた目を開ける。視界が開ける!
僕は・・・!!!!!!
*
アルド達とターラの戦いが佳境を迎えていた。反転攻撃を治癒魔法で癒しながら戦っていたが、ダメージは蓄積されアルド達の動きを鈍くしていった。
余力を残すターラにアルドは最後の力を振り絞る。全霊を込めたオーガベインの一撃を繰り出そうとした。
「ハナーーーーーン!!」
オーガベインの切っ先が触れると同時に、結界が弾ける。
「アルドさん!フィーネさん!みんな!!」
金髪の少年が飛び出してきた。その両目は開かれている。
「ハナン!大丈夫なのか!」
飛び出してきたハナンをアルドが受け止める。
「僕のことより、アルドさん達の方が傷だらけじゃないですか!」
涙を流しながら、アルドを心配するハナン。
「はあ、よかった・・・ハナン、お前が無事帰ってきて。」
アルドが安堵して微笑む。その後ろからフィーネが飛びついてきた。
「ハナン!よかったぁ!」
フィーネの両目には涙が浮かんでいる。ハナンが結界に囲まれた瞬間、真っ先に動いたのはフィーネだった。ターラの力によって、ハナンの悲しみを共有したフィーネは、誰よりも彼の孤独、家族を失った苦しみを理解していた。
目覚めたハナンを付きっ切りで看病していたのもフィーネだった。日々の会話で表面上は笑っていたハナンだが、その裏にある自暴自棄ともいえる本心をフィーネは察していた。ハナンが転生を望み、結界が張られた瞬間、フィーネの体は自然と動き出した。今、ハナンと離れるわけにはいかない!と。ハナンと共に生きる!と。
「フィーネさん、本当にごめんなさい。僕の自分勝手であなたを、みんなを危険に晒してしまいました・・・」
ハナンが泣きながら謝罪する。初めて見る面々だが、ターラによって彼らの戦いの記憶を見たせいか、昔から知り合いだったような既視感を感じた。ターラとの激しい戦いにより傷だらけでボロボロの一行だったが、ハナンの目には輝いて見えた。
「これくらい、へっちゃらでござるよ。」
「何言ってるのよ。あんたが一番攻撃手加減してたんじゃない!?」
「エエ、サイラスの攻撃回数はエイミの3分の一ですノデ。」
「ぬぬぬ、リィカめ!そんなとこまで数えなくていいでござるよ!」
サイラスが強がりを言うのをエイミとリィカが茶化す。みんな笑っているが、ハナンにはそれが自分を不安にさせない為の演技だと分かっていた。アルドもフィーネも笑っている。
(なんて、なんて愛おしい人達なんだろう・・・)
ハナンは心から思う。その優しさはどんな時も自分を守ってくれた姉を思い出させた。
「俺達は大丈夫だよ。ターラも手加減してくれたしな。」
そう言ってアルドはターラを見る。ターラは大きな鼻息をし
「気付いてましたか・・・さすがですね。」
「ああ、あんたが本気で俺達を倒そうと思ったら、その力をもっと嫌らしく使うだろうからな。」
勿論理由はそれだけではない。ターラの強さは本物であり、戦えば戦うほど力の差が開いているのを感じた。ターラが笑いながら言う。
「ふふふ、本気の腕試しはまた別の機会にしましょうか。」
その申し出に、一同心底安堵する。アルドがハナンに向き合う。
「ハナン、いいか。苦しい時、辛い時があれば、いつでも俺達に言ってくれないか。なんでもいい、どんな些細な事でもいい。俺達が必ず力になるからさ。」
「アルドさん・・・」
「そうよハナン。一人で抱え込まないで。私達を頼って。私達はずっとそばにいるよ!」
「フィーネさん・・・」
ハナンが拳を強く握りしめる。
「僕はアルドさんと、フィーネさんと、皆さんと一緒に旅をしたい!エイミさんの故郷やサイラスさんの故郷も行ってみたい!色んな冒険をしたい!みんなと、ずっとそばにいたいです・・・。」
ハナンの心からの叫びを、願いをアルド達は受け止める。
「当たり前だ!俺達、仲間だろ!」
アルドが朗らかに笑い、ハナンに言う。みんなも頷く。
「アルドさん!皆!ありがとう。」
(なんて優しい人達なんだ・・・僕もこのままじゃいけない・・・何か、何かできないかな、僕もアルドさん達の力になりたい!)
それは、虐げられていた頃には決して生まれることのないハナンの前向きな想いだった。人を思いやる気持ち、優しい心、想いは力となり、ハナンの凍てついた心を少しずつ溶かしてくことだろう。呼応するようにハナンの右手が輝く。
「これは・・・?」
眩い閃光の後に、完治した右手にはくっきりと輪廻斑が刻まれていた。
「あなたに私の力を少しだけ分けてあげます。ハナン、あなたはもう一人ではない。そして、もうただの無力な子供ではないのです。この方々と旅をし、色々な経験をしてきなさい。」
ターラがまるで母親のようにハナンを諭す。
「私の力は『因中有果』。与えられた『もの』を相手に返す能力です。その逆も同様、攻撃であれ、治癒魔法であれ、陣であれ、この力を使えば、あなたは必ず彼らの力になる。」
右手をじっと見るハナン。ターラへの感謝が止まらない。この獣が助けてくれなかったら、今頃自分は、山道の端で朽ち果てていたことだろう。
「ターラ。本当にありがとう。でも・・・」
なんで?という前にターラが微笑み、答える。
「それは、わたしがあなたを、あなた達のことを愛しているから。」
その言葉は、ハナンだけでなく、アルド達の心も震わせた。口を奪われているリディの目も涙が止まらない。
「ありがとうターラ!ハナンのことは俺達に任してくれ。」
アルドが言う。ハナンも
「本当に、本当にありがとう。君がいなかったら僕は・・・。」
ターラを抱きしめるハナン。ハナンをそっと包み込み、語り掛ける。
「最後に希望を・・・
さっきは『この世界にはいない』って言ったけど、あなたの姉は『おそらく』どこかで生きている。ただ、あなた達のいる時間軸、世界軸には存在しない。あの女、ヘドニアといったかしらね。私の目を掻い潜り、リイナをどこかへ隠した。」
「姉さんが生きている・・・」
その情報だけで十分だった。ハナンの心の内から力が湧いてくる。
「絶対に・・・絶対に助け出して見せる、たとえどんな場所でも、どれだけ時間がかかっても!」
「ああ、リイナを必ず取り戻そう!」
アルドが同意する。
グエッグエッグエッ、グエッグエッグエッ
審判者のムカが大声で笑う。
「愉快愉快、面白いものを見せてもらった。小僧、その力は因果に干渉する。日々精進するのだな。そして時の旅人達よ。お前達に与えられた時を超える力は、やもすれば全てを滅ぼしかねない諸刃の剣。ゆめゆめ忘れるな。」
ムカが最後にそう告げると、空間が揺らぎ、元の世界に戻った。みんな唖然としている。ターラも元の小さい獣に戻り、何事も無かったようにリディのそばにいた。リディは今まで半信半疑だったものが実在したことを知り、キャーキャーと盛んに囃し立てていた。
ハナンがアルドを見て言う。
「アルドさん、これからよろしくお願いします。」
差し出された手をアルドが強く握り返す。
「ああ、こちらこそ!絶対にリイナを助けだろうな!」
「私も協力するよ。」
フィーネもそう言って、ハナンの手を握り締める。
「拙者もでござるよ!」「わたしも!」「私もデス!」
次々にハナンの手を握り締める。
「うん。みんな、ありがとう!」
ハナンの人生は艱難辛苦そのものだった。だが、この出会いが彼の人生を変えた。この先、多くの旅路で、時には辛く悲しい決断をしなければいけない事があるだろう。しかし、たとえどんな事があっても、この仲間達はハナンを決して一人にはしないだろう。
ハナンの笑い声が山岳寺院に響く。『ただ、そばにいる』それだけで満たされるものなのだ。山岳寺院の丘陵から、ターラの遠吠えと共に爽やかな風が吹いた。
終わり
後日譚
本物のキールティムカと出会ったリディは『イーシュワラ』の使命を強く認識し、心を入れ替えたように祈祷に臨んだという。ターラへの愛情も更に高まった。その影響か、現代の山岳寺院スーリャは温泉と見事に融合し、神仏を祀る温泉郷スーリャとして、発展を遂げた。
また、未来世界においても、空中遊郭イージアに立派な寺院ができ、キールティムカ伝承は継承されていった。ターラの願いだった「人とそばにあること」が叶えられたのは言うまでもない。
リイナとヘドニアの消息は依然として不明のままである・・・
輪廻の大鬼と神子の魂 ぱくぱくさん @marumaruarumajiro
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