第3章 悠久の時、懐古の記録   未来~現代

 再び未来ガルレアの洞穴に立つアルド達。


「みんな、もう分かっていると思うけど、ここの奥にいる怪物は恐らくターラだ。」


アルドが言う。リンデに現れた怪物、輪廻斑、山岳寺院スーリャの経験を経て、一つの結論に達していた。そして何より、ターラの気配をアルドは誰よりも強く感じていた。


「なぜ、未来のターラがこんな邪悪な気配を発しているのか、その邪念が現代のリンデまで影響しているのか・・・分からないことだらけだ。だから、もう一度会いに行こう、ターラに!」

アルドは、過去の小さい純真無垢なターラを思い出し、心配そうな顔をした。


「了解デス!またワタシの出番デスネ!」

リィカがはりきって目のライトを輝かせる。


「うう、またあそこを通るのか・・・仕方ないわね。」

泣きそうな顔をしながらも、自分を鼓舞するエイミ。


アルド達はもう一度最奥に向かった。


 濃密な瘴気が渦巻く最奥の地、辿りついたアルド達は声を上げる。


「ターラ!そこにいるんだろ!?俺だ!アルドだ!」

「姿を表すでござる!!」

「ターラ、出ておいで!」


口々に声をかけるも瘴気は再び怪物の姿を形取り、襲い掛かろうとしていた。慌てふためくアルド達、その中で、ラディカが護符を手に口を開いた。


「無明鬼形の腹中に、種々ある我ら流転の魂、

一念三千を予知せんと欲せば、一切唯心が造ると観ずるべし」


 空気が変わる。ラディカの祝詞が通じる。曇天が如く覆われた瘴気が、嘘のように晴れ渡った。


「ラディカ、今のは?」

驚いたアルドが尋ねる。


「リディの祈祷を見せてもらった時に教えてもらったの。護符にも同様の祝詞が書かれているわ。ターラと毎日毎日祈祷していたって聞いたから、もしかして、と思ったの。ビンゴね!」


 瘴気が晴れたことに喜ぶアルド達、しかしそれは一瞬にして破られる。瘴気の中から現れたのは、全身がズブズブに腐敗した、異臭を放つ四足の怪物であった。その姿は悪意そのものであり、腐れた肉をまとった禍々しいそれは、ただ破壊と殺戮を望む悪魔だった。とてもではないが、かつてのターラを思わせるものは何もない。


 怪物は恐ろしい咆哮を上げる。



「グルォォォァアアアア!!!」


その声は洞穴を揺らし、皆を衝撃で吹き飛ばした。受け身をとったアルドは腐敗しきったターラの姿に悲しみを覚える。


「ターラ・・・どうして・・・」


変わり果てた姿に、アルドは動揺する。




「アルド殿!覚悟を決めるでござる!」

サイラスが臨戦態勢でアルドを鼓舞する。


「クソ!やるしかないのか!」


黒い怪物に攻撃を反転させるオーラが纏われる。


「またあれでござるか!?」

身構えるサイラスを尻目に、ラディカがアポーズリュンヌを繰り出す。斬撃が怪物を切り裂き、肉を抉る。


「ラディカ!大丈夫か!?」

アルドが慌ててラディカに駆け寄るが、ラディカは無傷であった。


「みんな、護符の力を信じて!込められた力が守ってくれるわ!」

ラディカが皆に伝える。それを聞いたサイラスに力が漲る。


「ならば!問答無用!」


 涅槃切りを繰り出し、怪物の肉を抉る。ぐずぐずに溶けた肉は簡単に削げたが、その傷を埋めるために別の部位の肉がうぞうぞと集まり付近を覆う。だが、その動きは緩慢であり、傷を癒すというよりは、生命の体を辛うじて維持している印象であった。

 

 サイラスの攻撃を皮切りに、皆応戦する。アルド達の攻撃を受けながらも、黒い怪物はうぞうぞと肉を集め、攻撃を受けては反撃した。反転の力の有無に関わらず、苦戦を強いられた。アルドも攻撃を仕掛けるが、過去のターラを知っているだけに、攻撃が身に入らない。


「アルド!何を躊躇っているのだ!」

オーガベインがアルドに活を入れる。


「ああ、分かっている・・・分かっているんだ・・・だが、だからと言って・・・」

アルドの攻撃が鈍る。その時、ターラの攻撃がアルドを直撃した。


「ぐあっ!」


 腐敗した肉の攻撃を受けたアルドだが、皆が心配している程のダメージが無い。

(手加減してくれているのか・・・?)

その時、ターラの想いが攻撃を通してアルドに伝わってきた。


 寺院でのんびり過ごした穏やかな日々、信仰が薄れ人々から疎外される寂しさ、地上崩壊後の孤独、人間に対する愛情と憎悪・・・


「ターラ・・・お前・・・。」


 仲間達が攻撃したことによって切り落とされた肉片は、ターラの元に緩慢な動きで戻っていった。しかし、集合した体はいびつであり、アルドはその姿の痛ましさに、心を決めた。


「ごめん・・・・ターラ!行くぞ!」

突如、アルドは護符を捨て、ターラに向かっていった。


「アルド殿!無茶でござる!」

「なんで護符を!」


 仲間達が止めようとするが、その声を振りきって、アルドはターラに攻撃しかけた。案の定、反転攻撃を受けるが、その痛みを耐え、アルドは斬撃を繰り返す。ターラもそれに応じ、アルドを激しく攻め立てる。

 

アルドは反転攻撃により体中傷だらけになるも、攻撃を止めない。鬼気迫る攻撃に、ターラが怯む。仲間達もアルドの姿に息を飲む。


 そう、アルドは身を挺して、ターラの痛みを分かち合おうとしていたのだ。体の傷は勿論のこと、心の傷も。


 人々に愛され、忘れられ、長い長い年月の深い孤独を想って。攻撃一つ一つにターラへの想いを込め、また、ターラの攻撃も同様に受け止めた。


 反転攻撃を受けるアルドの体に早くも限界が来た。全身傷だらけになり、気を失いかける。だが、アルドは最後の力を振り絞る。


「ベイン、最後まで付き合ってもらうぞ。」


「ふっ、ふらふらな癖に強がりを言う。お前の好きにしろ!」


アルドはオーガベインを構え、最後の技を放とうとする。


「タァアアラァアア!!」

 大声を上げ、ターラに渾身の斬撃を放とうとする。しかし、反転がある以上、それは攻撃する者の死も意味する。


「アルド!」

仲間達が叫ぶ。



そして、その時は訪れた。



断章1 ~不死なる獣の生涯~

 ターラは、初めからそこに「在った」。「生まれた」とか、無性生殖のような「分裂した」とかではなく、「在った」としか表現しようがない。そのことに疑問を覚えるような高度な知能をもつ生命はいなかったし、何よりターラ自身が気にしなかった。

 気の向くまま散歩し、寝て、他の生命体(当時を鑑みると犬や猫の祖先か)とじゃれ合いながら、日々を過ごしていた。


 ターラに寿命はなく、食物を摂取する必要もなかった。その為、ターラは数多の生命体と生涯を共にし、その最後を看取ってきた。

 生命体がその命を終えるとき、キラキラした何かが飛び出て、また別の何かに変わる様をターラは見ることができた。生命の流転・輪廻をターラは体感的に理解していた。


 ターラは世界を放浪する中で、お気に入りの場所を見つけた。それが、古代ガルレアの山岳地帯であった。険しい丘陵の高地から見る、世界を見下ろしているような壮大な景色がお気に入りであった。

 ある時、その山岳地帯に人が住み始めた。彼らは家を建て、山岳に村を作り、細々と生活していた。最初、気にも留めていなかったターラだが、村に住む人々に興味を持ち、たびたび村民と接触した。村民達もターラを山に住む穏やかな獣と思い、邪険にすること無く、生活を共にしていた。


 ある晩、村に山賊が急襲してきた。ターラは、村人達が山賊によって無残に殺されていく様を見た。

「あーこの生命体は同じもの同士、何で殺し合っているんだろう」

とか

「物は仲良く分け合えばいいのに」

とか、のほほんと考えていたが、血を流し無残に切り倒されていく村人達があまりに不憫なので、力を使って山賊達をやっつけた。

 命を救われた村人達は、ターラを村の守り神と崇めた。守り神として崇められる事は、ターラにとってはどうでも良かった。ただ、たまにターラにとって心地よい魂の輝きを持つ人間が生まれた。その人間の手の甲にお気に入りの印をつけ、ターラはその人間と生涯を共にした。その人間は「イーシュワラ」と呼ばれ、村人達の導き役となった。村は発展し、やがて巨大な建造物をもつ寺院へと姿を変えていった。ある時、ターラの根幹に触れた者がいた。その者により、三眼の鬼の存在が分かり、キールティムカ信仰が始まった。


 過去、数えきれない程の生涯を共にした人間がいたが、ターラが特にお気に入りだったのはリディだった。彼女のキラキラはターラにとってとても心地よく、共に過ごすことで安らぎを得ていた。



 だが、時が流れるにつれ、信仰は徐々に風化し、ターラの存在を人々が忘れ始めた。リディに似たキラキラをもつ魂の人間も徐々に現れなくなり、ターラは孤独に日々を過ごすようになった。

 ある日、寺院近辺に温泉が出たことをきっかけに、人々は生活を信仰から温泉経営に移し、寺院は廃れ、姿を消した。目先の利益に目が眩んだ人々は温泉経営を始めたが、うまくいかず寂れた一部の宿だけが残った。

 ターラは人々との関係が薄れゆくのを感じたが、どうすることもできず、ただ魂の流れを見ながら夢想する事が多くなった。


 その頃からだろうか、ターラの精神状態がおかしくなっていったのは。人間に対する愛情と、疎外されたことによる悲しみは、混じり合うことは無かった。ターラの精神は分裂病が如く、混沌としていった。

 そもそも、生命一個体が万を超える年月を生きて、正気を保っていること自体が不可能な事である。ターラは精神を幾つかの層に分かち、心を維持しようとした。中心部には昔の自由に過ごした奔放な日々を、それを囲うように寺院での人々の暖かな記憶が取り巻き、その周りを巡るように人間に対する怒りや憎しみといった感情が渦巻いていた。


 ある時、プリズマ暴走による地上汚染が起こった。人間達は地上を捨て天空に逃げ、汚染された地上に残されたターラは、その身を守るため穴を掘り、地下に逃げた。

 暗い地中に潜ったターラはそこで数百年の時を過ごす。ただ、ひたすらにキラキラした魂を求めて、時間を超えて夢想する。だが、それはターラの精神状態を悪化させた。外側の層である怒りや憎しみの想念が肥大化し、穏やかなターラの風貌をは徐々に変化し、人間に対する憎しみを抱く凶悪な怪物となった。

 負のオーラは体の維持にも影響を及ぼした。体は徐々に腐敗したが、死ぬことは許されず、果てしない闇を果てしない時間、唯々夢想し生きていた。


懐かしい言葉・・・

幾星霜ぶりか・・・


 ターラの精神の中心部が微かに揺れ動く。

 赤い服を着た人間の攻撃に込められる想いが伝わってくる。自らも傷つき、共に背負うという熱い想いが。


(決してお前を一人にしない!)

という意思をターラは感じた。


「タァアアラァアア!!」

 

その声とともに人間が斬りかかってくる。その瞬間ターラにあの暖かな、能天気な日々が蘇る。


(あの時の旅人・・・)


 過去の憧憬は精神の核に触れ、錯乱状態にあったターラの心を現実に呼び戻した。その瞬間、ターラは悟った。自分の現状とその先を。そして自分を想い戦ってくれている目の前の人間を。ターラは反転のオーラを解き、アルドの攻撃を受け入れた。



 アルドの攻撃はターラを両断した。ターラは声も上げずにその場に倒れた。アルドもまた、満身創痍でありひざまずいてしまった。

 

ターラの肉体は溶け、骨だけが残った。


「アルド!大丈夫か!」

 仲間達がアルドに駆け寄る。ラディカとリィカが治癒魔法をかけるが、傷の塞がりが遅く、出血が止まらない。


「ぐうぅぅうう・・・。」

アルドが苦しみながらも言う。


「誰か手を貸してくれ・・・ターラのそばに連れて行ってくれ。」

「お主は相変わらず無茶をするでござる。」

「フィーネが待っているわよ!こんなところで死なないでよ・・・」

エイミとサイラスがアルドに肩を貸す。


 ターラの遺骨のそばに来たアルドは、骨を一つを拾い上げ抱きしめる。


「ターラ、すまない・・・。俺にはこうする事しか出来なかった・・・。お前の気持ちは伝わってきたよ。仲良かった人達ともっとずっと一緒にいたかったんだな・・・。」


するとどうしたことだろう、遺骨が脈動し輝き始める。アルドの傷が徐々に塞がっていく。


「これは・・・!?」

 驚くアルド。傷が完全に塞がると、遺骨は輝きを失い、静けさが残った。


「ターラ、お前・・・」

アルドが呟く。

 その奇跡を目の当たりにした仲間達は、唖然とする。ターラは骨だけになっても、力を残していたのだ。


 洞穴から瘴気は消え、静けさだけが残った。アルド達はターラの遺骨を手に、リンデへと戻った。


断章4 束の間の夢、ささやきの声


ふわふわ、ゆらゆら、ふわふわ、ゆらゆら

ゆれるゆれる、ふわふわゆれる。

たゆたう光、いろいろな光。

こっちだよ、こっちだよ。


ふわふわ、ゆらゆら、ふわふわ、ゆらゆら

ふるえてる?泣いている?

泣かないで。泣かないで。

こっちだよ。ここにいるよ。


大丈夫?

ずっと一緒にいるから。泣かないで。ここにいるよ。だから、そんな悲しまないで・・・


大丈夫、大丈夫よ。


 とても長い夢を見ていた気がする。フィーネが目を覚ます。目には涙が溢れて止まらない。その涙がなぜ出てくるのか分からない。ただ、とても悲しい。大事な何かを失ったような寂しさを感じる。


「フィーネ!起きましたか!?体は大丈夫ですか?」

そばにいたポムが話しかける。


「うん・・・大丈夫・・・だけど・・・だけどぉ・・・・」


 その後は声にならなかった。泣きじゃくるフィーネをポムは訳も分からず抱きしめた。


 しばらく泣いて心を落ち着かせたフィーネはふと病院の入り口に目をやる。そこにはボロボロの少女が一人立っていた。


「あなたは?」


「フィーネさん、お願い、私の弟を助けて。」



 リンデの患者用テントに着いたアルド達は、目が覚めた子供達が泣きじゃくる姿を見た。大きい子から小さい子まで、例外なく涙を流していた。小さい子は癇癪を起したように大声で泣き、そばにいた両親が優しく抱きしめていた。悪夢でも見たのか、原因はわからない。だが、目覚めた子供達に外傷はなく、手の模様も消えていた。


 フィーネの部屋に向かったアルド達は、そこにいた少女見てぎょっとした。


「リディ!?どうしてここに!?」


「リディって誰?私はリイナよ。」

「え!?」


 混乱するアルド達。だが、確かに姿や格好を見ると、リディとは違う。ただ、身にまとう空気が、その存在感が、山岳寺院にいたイーシュワラと呼ばれた少女と瓜二つであった。しかし、来ている服はボロボロで髪も手入れできておらず、足元は裸足で擦り傷だらけだった。


「おにいちゃん。リイナと一緒に弟さんのところに行こう。」

フィーネが必死の眼差しで訴える。


「どいうことか教えてくれないか?」

アルドが問いかける。


「リイナの弟さん、動けないらしいの。それで助けを求めて、彼女はここまで来たの。それに・・・、その子絶対助けてあげなきゃいけない気がするの!」


フィーネが声を荒げて言う。すると不思議なことに、病気から目覚めた子供達が次々に同じ事を言い始める。


「お願い、その子の言うことを聞いてあげて。

「早くリイナの弟を助け上げて」


その不思議な光景は、一人の人間の救済を心から望んでいるように聞こえた。


「これは一体・・・」

クレルヴォが驚く。


「どうやらすべてのカギはリイナの弟君が握っているみたいね。」

エイミが言う。


「わかった!リイナ!君の弟のところに案内してくれ!」


「ありがとう・・・アルドさん。ついてきて下さい。」

そういってリイナは道案内を始めた。


 リイナが辿り着いた所は、なんとあの巨腕の怪物と戦った場所だった。


「こっちです。」


 リイナは道の裏側を案内する。雑草に覆われた先には、近くにある草木を集めて無理やり作ったボロボロの小屋があった。とても人が住めるような代物ではない。しかし、そこにリイナの弟はいた・・・


 リイナの弟は、草を敷き詰めたベッドのようなものに横たえていた。その両手は酷く腫れあがっていて、包帯でぐるぐる巻きにされているが、血が滲み、ところどころ骨がはみ出ていた。高熱で意識が混濁しているのか、アルド達に気づく様子もない。衛生状態は最悪で、劣悪な環境下でかろうじて生きている状態であった。


「そんな・・・ひどい・・・」

フィーネが駆け寄り、その子の手を取る。だが、その手はもう動かすことができないと察せられるほど、ぐしゃぐしゃだった。フィーネの頬から涙が垂れる。


(この子なんだ。わたしに、わたし達に助けを求めていたのは!!)


アルドはその子の姿に絶句する。何があればこんな痛ましい姿になるのか!?


「ハナン、大丈夫?アルドさんたちが助けに来てくれたよ、もう大丈夫だよ。」


リイナが声をかけるが、反応はない。アルドも近づくが、ハナンがアルドに気付く様子は無い。熱にうなされ苦しんでいる姿に、胸が苦しくなる。


「私の治癒魔法で!」


フィーネが魔法をかける。だが、傷は一向に塞がらない。それどころか、傷が開き血が酷くなる。治癒魔法をかければかけるほど、ハナンの状態は悪化していった。


「なんで!?どうして!?」

涙を流しながら、悔しむフィーネ。


「これは・・・強力な呪詛がかけられている・・・なんなのこれ?こんな術式、見たことが無い・・・」

ラディカが動揺する。


「くっ、どうしたら良いんだ!?」

この子を何とかしてあげたい、助けたい!!アルドに強い気持ちが湧き上がってくる。


その瞬間、ターラの遺骨が再び脈動を始めた。


続く。 



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