好漢の恋★

「――わたしもご一緒してよろしいのですか?」


「もちろんだって! やっとルーソさんに会えるんだぜ! トキミさんが行かなくてどうするんだよ!」


 迷宮二層にある “時の賢者ルーソ” 様の私室。

 期待と興奮が全身から迸る早乙女くんに、長きに渡る主人の留守を守り続けてきた機械仕掛けの侍女マシンメイデン “トキミ” さんが、戸惑いに小顔を傾けました。

 トキミさんは一八〇センチほどありますが、所作は可憐で洗練されていています。


「お言葉とても嬉しいです、月照さま。ですがわたしにはルーソ様のメイドとして、ご主人様がお帰りになるまでこの部屋を守る役目があります。なにとぞお誘いを断る無礼をお許しください」 


 今にも涙を零しそうな表情で、トキミさんが頭を下げます。

 右手が経年劣化のために動かないので、少しぎこちない動作でした。

 早乙女くんの顔が天国から地獄に真っ逆さまです。


「い、いや、娘っ子。ここはおまえさんこそ行かねばなるまいて」


 再び早乙女くんを天国へと引っ張りあげたのは “お釈迦様の蜘蛛の糸” ではなく、“土精ドワーフの編み髭” でした。 

 偶然居合わせた迷宮の行商人 “イロノセ” さんが、いささか慌てた様子で間を取り持ってくれました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211719237244


「ルーソが会いたいのは誰よりもまずおまえさんじゃろうし、なによりおまえさんが一緒じゃないといろいろと話が面倒じゃわい」


「ですが――」


「1、侍女は主人に危害を加えてはならない!

   またその危険を看過することで、主人に危害を及ぼしてはならない!


 2、侍女は主人に与えられた命令に服従しなければならない!


 3、1から2に反する恐れがない限り、侍女は自身の身を守らなければならない!


 つまり主人のは1に該当し、2の主人の留守のあいだ部屋を守るより優先されなければならない!」


 出ました、“侍女メイド三原則”

 ここが勝負とばかりに、早乙女くんが最強の札を切ります。


「“侍女三原則”、確認いたしました。確かに月照さまの言うとおりです。ご主人様の安否確認はすべてに優先されます。どうかわたしもご一緒させてくださいませ」


 丁重に頭を下げるトキミさん。


「それがええ。それがなによりじゃ。なに心配はいらん。おまえさんがご主人様と戻ってくるまで、この部屋はわしが守っといてやる」


 イロノセさんが清潔な手拭いで顔を拭いながら(汗っかきなのです)、うんうんとうなずきます。

 ホッとした様子からこの人が、心からトキミさんを案じているのがわかります。


「ありがとうございます、イロノセさま」


 トキミさんが嬉しそうに、本当に嬉しそうにはにかみました。

 こうしてわたしたちは彼女と一緒に、四階の “時の賢者ルーソの店舗 兼 研究室” に向かったのです。



 トキミさんを伴うことを提案したのは、もちろん早乙女くんでした。

 気は優しくて力持ち。

 好漢早乙女月照くんは、長い年月を孤独のうちに過ごしたトキミさんの健気さに、強く心を打たれていたのです。


 しかし四階までの道のりは長く危険です。

 本来なら、使えるようになったばかりの昇降機エレベーターで三階まで下りて、そこから徒歩で四階への縄梯子を目指すのが、最短かつ安全な経路でした。

 二階から三階へ徒歩で向かうには、複雑な暗黒回廊ダークゾーンに垂れる縄梯子を使わなければなりません。

 道中の危険からトキミさんを守る、守護者ナイトが必要でした。


「イロノセじゃないけど心配はいらないぞ。留守中の部屋はドワーフが守る。そしてトキミさんは俺が守る。だから大船に乗った気でいてくれ」


「ありがとうございます、月照さま。ですが中層階までの魔物でしたら、わたしにも対処することができます。どうぞお気遣いは無用にお願いします」


「いやいやいやいや、いや! 気遣いが無用なのはトキミさんの方だ。俺はこれでも古強者の迷宮無頼漢だ。修羅場だって何度も潜ってきた。だから本当に任せてくれ」


「いえいえ」


「いやいや」


「いえいえ」


「いやいや」


「――イチャイチャしてるところ悪いが、徘徊する魔物ワンダリングモンスター遭遇エンカウント だ」


 斥候スカウト として戦闘に立つ五代くんが、嫌味たっぷりに告げました。

 最近ずっと早乙女くんに冷やかされてきた仇を、ここぞとばかりに取った形です。

 回廊の先から現れたのは、三人の凶相の男たち。


「GuRururururu……!!!」


 わたしたちの姿を認めると、一様に喉の奥から獣じみた唸り声を上げ、獣と化しました。

 衣服ともども皮膚が裂け、下から剛毛に覆われた本来の獣皮が現れます。


獣憑きライカンスロープ―― “狗男ワージャッカル”」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023213615117351


 わたしの口から、その名前が漏れました。

 胡狼ジャッカルに変身する獣憑きの一種族です。

 モンスターレベルは5とネームドレベル8には達しておらず、“滅消ディストラクション” の呪文で簡単に消しさることができますが――。


「こんな奴に “滅消” はもったいないぜ! 数も少ないしよ!」


 いろいろな意味でやる気満々の早乙女くんが、“滅消” の温存を主張しました。

 しかし、そのいろいろな意味のほとんどを占めているだろうトキミさんが突然、



  

「1、侍女は主人に危害を加えてはならない。

   またその危険を看過することで、主人に危害を及ぼしてはならない。


 2、侍女は主人に与えられた命令に服従しなければならない。


 3、1から2に反する恐れがない限り、侍女は自身の身を守らなければならない」




 “侍女三原則” を暗唱したかと思えば、まとう雰囲気をがらりと変えたのです。


「現在の状況は、1および2に抵触しないことを確認。よって原則3を履行する」


 そして、


「メインシステム 戦闘モード起動」


 マシンメイデンが真の力を解放したのです。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023213615178459


 黒いゴシック調のメイド服が鮮やかな戦闘色に変ったかと思えば、マスター忍者を超える速さでの襲撃。

 瞬間移動か!? と思わせる戦闘機動コンバット・マニューバで “狗男” に躍りかかり、左手が一閃。

 手刀、正拳、裏拳のそれぞれ一撃で獣憑きたちの首が飛び、心臓が潰され、顔面が粉砕されました。

 古強者の迷宮無頼漢たちが援護どころか、身動きすらできません。

 呆気に取られた――もっと言えば、度肝を抜かれてしまったのです。


「右手が経年劣化で動作をしないので思いのほか手間取ってしまいました。お時間を頂いたことをお詫びいたします。どうぞ先をお急ぎください」


 “狗男” たちを片手で捻ったトキミさんが、そういってお辞儀をします。

 ドレスはすでに黒を基調とした通常の物に戻っていました。

 通常に戻れない早乙女くんの肩を、五代くんがポンと労りを込めて叩きます……。



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★スピンオフ第二回配信・完結しました

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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