care
「ありがとうね、聖女様……ありがとうね」
涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにして感謝するジーナと、やつれながらも穏やかに微笑み返すエバ・ライスライト。
ジーナは
エバはその頂点ともいえる聖女。
たった今エバは、これまでジーナが灰にしてしまった八人のうちの最後のひとりを蘇生させた。
成功率は八人中八人。
実に一〇割に達し、ジーナに重くのし掛かっていた悔恨と罪悪感は払拭された。
(覚悟がうながした覚醒……とでも言うべきなのかね)
泣きじゃくるジーナに強く手を握られるエバを見て、ラーラ・ララは思った。
初めての蘇生を成功させたあと、エバ・ライスライトは変わった。
他者の生死を真っ向から受け止める覚悟ができた。
その覚悟は怯え縮こまっていた資質を開花させて、ジーナを始めとする周囲からの篤い信頼を得た。
何ヶ月、あるいは何年かぶりに、家族や恋人や仲間の下に戻った者たち。
戸惑いも大きくこれから先、軋轢があるやもしれない。
それでも彼女が起こした奇跡は紛れもない灯火であり、滅びた世界の迷宮の片隅に逼塞して生きる人々が持ちたくても持ち得なかった希望だった。
(信頼ではなく……信仰か)
そうであるならこの先、万が一にもエバの身に何かあれば、人々の心は砕け二度と元には戻らないだろう。
希望を知らぬ者にそれを与え、再び取り上げることほど残酷な行為はない……。
光の到来を目の当たりにしながら、ラーラ・ララの心は重く晴れない。
◆◇◆
泥のような眠りから覚めると、待っていたのは激しい空腹とどうしようもない筋肉の凝りでした。
「……ぉはょぅござぃます」
「おはよう。酷い顔よ。まるで “
「……実際に、死んで甦った直後のようです……全身がポキポキしてます……」
苦笑いする田宮さんに、シバシバ、ショボショボする目で答えます。
「……どのくらい眠ってましたか?」
「丸二日」
「……どおりで飢え死にしそうだと思いました」
ラーラさんが宛がってくれた一×一
「食事の用意をしておくから、顔を洗ってきて」
「……はい」
「おっとその前に――」
よろぼうように水瓶に向かうわたしに早乙女くんが寄ってきて、
「これでポキポキはなくなっただろ」
ニカッと笑う、早乙女くん。
施された “
あの時もこうして、筋肉の硬直を解いてもらいました。
「……ありがとうございます」
懐かしさに鈍い痛みを覚えながら、部屋の隅の水瓶で顔を洗います。
低血糖で足下がフラフラしますが、こればかりは加護でも癒やせません。
「熱いから気をつけて食べてね」
田宮さんが差し出した、カチカチに焼き締めた乾パンを干し肉と煮込んだパン粥を猛然とかっ込みます。
それはもう猛然とです。
お水もガブ飲みします。
「お代わり沢山あるから……」
「――お代わり!」
田宮さんが言い終わるより早く、ズイッと木皿を差し出します。
そうしてお皿が満たされるや否や、再び猛然とかっ込みます。
それはもう猛然とです。
お水もガブ飲みします。
「枝葉さんがこんな勢いで食べるの、初めて見たわ」
「五代と合わせて九人も蘇生させたんだ。無理もない」
何やら複雑な声音の隼人くん。
「体力が回復するまで少し休んだ方がいいぞ。頬はこけてるし、身体もなんか一回り小さくなったみたいだしよ」
「ちょっと、それってセクハラよ」
「はぁ? なんでだよ! 俺は一言だってオッパイが小さくなったなんて言ってねえだろうが!」
「それはセクハラだな……」
田宮さんに突っ込まれて憤慨する早乙女くんに、深々と嘆息する隼人くん。
まあ確かに、少し小さくなってしまったかもしれません。
「ふぇぇぇぇ」
パン粥を五杯平らげて、田宮さんに空になった鉄鍋を見せられたあとに、わたしは大きく奇妙な息を吐き出しました。
「ごちそうさまでした」
「ごめんなさい。今からこれだけなの。また作るから夜までがまんして」
「いえ、生き返りました。ありがとうございます」
腹八分目ですが、人心地つけました。
「また寝るか? しばらくは食っちゃ寝したした方がいいぞ」
「そうしたいのは山々ですが――五代くんはどこにいますか?」
「……どうしてわたしに訊くの?」
拗ねたような、それでいて今にも泣きじゃくってしまいそうな辛そうな声が返ってきました。
「五代なら外の広場にいる」
隼人くんが代わって教えてくれました。
わたしはうなずき、部屋を出ました。
回廊にはバラックが建ち並んでいて、生活している人たちがわたしを見るなり、
それで平穏が得られるなら、今は受け入れましょう。
ほどなくして視界が開けました。
隼人くんがいっていた広場です。
といっても広い空間は地上から土が運び込まれて畑となっているので、文字どおりの印象はありません。
“
五代くんはその端に置かれた農工具を収める
肩を落とした姿は、途方にくれた迷い子のようです。
「お加減はいかがですか?」
「……枝葉」
声を掛けられて、ようやく五代くんが顔をあげました。
「……悪くない。むしろ前より良いくらいだ」
「灰からの復活は細胞単位ですべて
「………………世話になった」
「いえいえ」
それっきり黙り込んでしまう五代くん。
やがて再び、
「……俺は間違ってない」
「そうですね」
「……おまえが生き返らせてくれると思ってたし、最悪でも俺ひとりの犠牲で済む。実際、全員が助かった」
「そのとおりです」
「……俺は間違ってない」
わたしは、肩を落とす五代くんを見つめる自分の眼差しが、とても優しいものだとわかりました。
「五代くん、あなたは少しだけわたしの好きな人に似ていますね」
「……え?」
驚いた顔を上げる五代くん。
「これは愛の告白ではありませんよ。でもあなたは少しだけあの人に似ています」
わたしの心の迷宮で、わたしを助けるために炎に巻かれた彼。
ぶっきらぼうな口調だった。
不器用な性格だった。
でも優しかった。
「……世界最高の迷宮探索者に似ているか……褒められたと思っておく」
「もちろん最高の褒め言葉です。ですがそれだけではありません。これはケアです。一度死んで甦った人への、心のケア。あなたにはそれが必要なのです」
迷宮保険屋は死と
蘇生経験者の
迷宮から死体を持ち帰って生き返らせるだけなら、それは保険屋ではなく、ただの回収屋にすぎません。
「……カウンセラーってわけか」
「そういうことです」
「……それじゃ、俺はどうすればいい? どうすれば心の健康を取り戻せる?」
それは普段の五代くんなら絶対に口にしない弱音でした。
「あなたはもう答えを出してしますよ。わたしよりもずっと上手な答えを。でもあと一歩が踏み出せない」
わたしは微笑み、
「そういう不器用なところ、やはりあなたはあの人に似ています。ですがいつまでも自分の不器用さに甘えてはいけません。あなたの不器用さは美点であり、好ましくもありますが、それで不安になってしまう人もいるのですから」
そして五代くんに背を向けました。
「お、おい、もう終わりかよ!」
「はい、もう終わりです。あとはおふたりでよく話し合ってください」
五代くんはようやく、わたし以外にも近くに人がいることに気がつきました。
わたしが出てすぐに、気になって追いかけてきたのでしょう。
「ではごゆっくり」
わたしは頭を下げると、唇を噛みしめ一言でも漏らしたら泣き出してしまいそうな安西さんに、その場を譲りました。
五代くんにとっては、わたしなどより遙かに優秀なカウンセラーに。
「お、おい、どうだった!? 五代と安西は!?」
部屋に戻ると、気もそぞろな早乙女くんが駆け寄ってきました。
隼人くん、田宮さんも同様の表情です。
「さあ、どうでしょう」
わたしは自分の寝台に入り、毛布を引き寄せました。
「ですが――きっと雨降って地固まるのではないでしょうか」
悪戯っぽく笑い、再び睡眠を摂るために目蓋を閉じたのです。
身体を休め、精神の疲れを癒やし、次の探索におもむくために。
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★スピンオフ第二回配信・完結しました
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
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プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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