“魂還”

『五代くんを助けたいなら生きてください。あなたが渇きに耐えきれずに死んだら、わたしは他の人を、なにより自分自身を助けるために “帰還” の加護を嘆願します。

わたしにも絶対に生きてもう一度会いたい人がいるのです』


 あれは安西さんを励ますための言葉ではありませんでした。

 あんな発破を掛けなくても、彼女には生き抜く絶対の覚悟がありました。

 それなのになぜわたしは、あんな言葉を……。


 ラーラさんたちに救助されたわたしは再び食も水も絶って、“ニルダニスの杖” が安置されている “杖の間礼拝堂” に籠もりました。

 そして杖に祈りを捧げながら自問自答します。


(わたしはあの時……確かに安西さんが妬ましかった)


 他の一切を考慮せずに、ただただ五代くんを――愛する人だけを想い煩う彼女が。


(妬ましく、瞬間的に憎悪した)


 なぜ同じことがわたしには許されないのか。

 わたしだって同じはずなのに、なぜ彼女のように振る舞わせてもらえないのか。

 彼女とわたしでは何が違うのか。

 なぜわたしだけが、このような重責を担わなければならないのか。


(――置き去りにしなければいけない)


 “儀式” を成功させるためには、このような感情はすべて。

 すべてはわたしの恐れがもたらしている感情。

 五代くんの蘇生に怯える心の叫び。

 失敗に怯える悲鳴。


 置き去りにするには、受け入れる。

 自分の立場を、力を、受け入れる。

 それらはすべて、これまでに積み重ねてきた、有形無形の選択の結果なのだから。

 

(あの人は常にそうだった)


 自分では、ただの怠惰な迷宮保険屋でいたかった。

 でも状況が、能力が、周りの人の期待が、それを許してくれなかった。

 そして幾度となく応えた。

 あの人は裏切らなかった。

 わたしたちを――なによりも自分自身を裏切らなかった。


 だから、わたしも裏切らない。

 彼らが――彼女が寄せる期待を。願いを。

 自分を。

 自分がこれまでに積み重ね来た選択の数々を。

 あの人が救ってくれた “命の価値” を。


 わたしは立ち上がると、目の前の祭壇に広げられた “灰” を見つめました。

 その奧の壁には “黄金の錫杖“ が奉られ、温かな光を放っています。

 祭壇に背を向け、礼拝堂の扉を開けます。

 扉の外には四人のパーティメンバーと、ラーラさんの部下たちがいました。

 わたしは最後の沐浴をするために無言で、彼らの間を行きます。

 そして身を清め終えて再び戻ると、


「これより “還魂の儀式” を執り行います」


 と告げました。


◆◇◆


 前の世界でクラスメートだったとき、彼女に親近感シンパシーを抱いていました。

 わたしと同じに不器用で、自分から意見をいうタイプではなかったから。

 “鈍臭い不思議ちゃん” と思われていて、幼馴染みの志摩隼人くんや林田 鈴さんに守られていたから。

 わたしも何かにつけて親友の佐那子ちゃんにかばわれていたから、そういうところも似ていた。


 でもこっちの世界アカシニアで再会したとき、彼女は変わっていた。

 サナギが蝶になるように、美しく強く聡明な女性に――迷宮探索者になっていた。

 同じにように冒険者になっていたわたしは、だからこそ彼女の凄さがわかった。

 彼女の成長が――彼女がわたしの遙か先に行ってしまったのがわかった。


 親近感は劣等感コンプレックスに変わった。

 そして劣等感を覚えたのは、わたしだけではなかった。

 パーティの全員が感じていた。

 ずっと彼女を守ってきた志摩くんや、スーパーガールの佐那子ちゃんさえ。

 でも彼女は、そんなわたしたちを支えてくれた。

 彼女から見れば未熟なわたしたちのミスをカバーし、時に励まし、時に叱咤し、パーティが一〇〇年後世界に飛ばされたあとも、それは変わらなかった。


 認めます。

 あなたは凄い人です。

 わたしなんかが逆立ちしたって及ばない凄い人です。

 正直、あなたが羨ましいです。妬ましいです。

 

 だから――だから彼を助けてください。

 あなた以外に、彼を助けられる人はいないんです。

 あなたに頼るしか、あなたに縋るしかないんです。

 

 高校に入って同じクラスになって近くの席になったとき、怖い人だと思いました。

 無口で、無愛想で、ぶっきらぼうで、笑った顔なんて見たことない。


 それはこっちの世界に来てからも変わらなかった。

 いつも黙々と自分の仕事をするだけの人。

 彼が感情らしい感情を見せるのは、志摩くんに対抗意識ライバル心を見せるときだけ。


 でも一〇〇年後の世界に飛ばされてきたあと、少しずつ判ってきたんです。

 彼がただ怖いだけの人じゃないって。

 プライドが高いだけの、他の人に勝ちたいだけの人じゃないって。

 

 地下一階に初めて上ってきたとき、“銀の扉” に遮られて狼狽えたわたしを叱ってくれました。

 “ダック・オブ・ショートショートのアヒル” さんの仕事場で、調合した薬から凄い煙が出たとき、喘息のわたしを玄室の外に引っ張り出してくれました。

 そして最後には “電撃エレクトリックボルト” の罠の掛かった宝箱を笑顔で蹴り開けて、赤銅色の悪魔から救ってくれました。


 あれが……あれが彼の、五代くんの最初で最後の笑顔だなんて嫌! 絶対に嫌!

 とっても、とっても優しい人だったんです!

 わたしが知らなかっただけだったんです!

 彼が好きなんです! 大好きなんです!


 失礼なことを言ったのは謝るから!

 酷いことを思ったのは謝るから!


 だから、お願い! 彼を助けて! 五代くんを助けて!

 もう一度、彼と会わせて!


 お願い! お願い! お願い!


 わたしは祈りました!

 祭壇に広げられた彼に祈る、彼女に祈りました!


 無言で祈り続ける彼女!

 それがやがて、ささやきとなりました!

 囁きは祈りに変わり、さらに波のようにうねる詠唱へと!

 時に静かに、時に力強く、女神ニルダニスへの嘆願が続きます!

 その時が近づいてくるのがわかります!

 銀色の髪がふわふわと漂い、そして彼女は念じました!


魂還ニルダニス


  ――と!


 眩い光が礼拝堂を満たします!

 誰も目を開けていることが出来ません!

 聖なる光が確かな力となって、顔を、全身を圧します!


 やがて……圧力が消えたとき、光もまた消え去っていました。

 恐る恐る目を開けると、そこにはガックリと床に両手を突き、肩で息をする黒髪の枝葉さんがいました。

 彼女の前には、壁に捧げられた “杖” の光に照らされる祭壇があって……。

 祭壇があって……。

 あって……。


 涙でぼやけるその祭壇には穏やかに寝息を立てる彼が……五代くんがいたのです。



--------------------------------------------------------------------

※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

--------------------------------------------------------------------

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る