言伝

「女王に女神ニルダニスからの言伝があります」


 西方アカシニア人の特徴を色濃く引く少女が、表情を引き締めて告げた。

 アッシュロードもガブリエルも身を硬くした。

 女神が聖典にも記される伝説の聖女を、メッセンジャーとして遣わすほどの伝言。

 この際、女王マグダラ本人に直接伝えないなどは無視だ。


「かつて世界を滅ぼしかけた厄災が目覚め胎動を始めている。“災禍の中心ハート・オブ・メイルシュトローム” は時宜を得た。あるじの波動は眷属たちを昂ぶらせ、さらなる闇と手を結ばせた。世界もまた目覚めなければならない。人もまた目覚めなければならない。女王の善処を望む――以上です」


「そいつはまた……大層な言伝だ」


 たっぷりと困惑の間を置いて、アッシュロードは答えた。

 言葉面だけとらえれば何を言っているのか、チンプンカンプン。

 回りくどく、要領を得ず、抽象的で、咄嗟に理解できたのは最後の文言のみ。

 これでマグダラは、何をどう善処すればよいというのだ?


「女神の言葉はいつだって抽象的よ。受け取る側が考えて、自ら答えを出さなければならない。そうでなければわたしたちは神々の駒になってしまうわ」


「ガブリエルの言うとおりです。女神はあなた方が盲目の羊になることを望まれてはいません。牧童にも牧羊犬にも頼らない、賢き羊になることを望んでおられます」


(それにしたってもう少し労りってもんがあってもいいと思うぜ、おっ母さん)


 それでもアッシュロードは胸の内で、不敬な呟きを漏らした。

 賢者たちの間では、女神ニルダニスは遙か高次元に存在する宇宙的規模の集合意識中でも、特に母性が強い部位だと考えられている。

 他の諸神が知らんぷりを決め込んでいることを思えば、アッシュロードのは母親への甘えというものだろう。

 アッシュロード自身もそれがわかっているので、口には出さない。

 出さないが……である。


メッセージリドルは後回しだ。ここで答えがわかっても何もできねえ。謎解きはマグダラに任せよう。あいつは正真正銘の賢者だ」


 自分はメッセンジャーのメッセンジャー。

 このどことも知れぬ迷宮から脱して女王の元に帰り着くのが、自分の役目だ。

 アッシュロードは賢明な羊として判断を下した。


「俺をこんなところに連れ込んだのは、その厄災とかなのか?」


 メリアが頭を振る。


「最も強大な悪意が滅びをもたらすとは限りません。時には極々小さな害意が世界の根幹を揺るがすことがあります。目覚めた厄災、昂ぶり呼応する眷属、それらと手を結んださらなる闇。あなたは当代の運命の騎士として立ち向かわなければならない。ですが一個の人でもあります。小さな害意にこそ、あなたの背中に刃を突き付ける。盲目の羊に充分に気をつけてください」


「確かにアッシュロードは様々な悪意に囲まれている。でも何の心配もいらないわ。わたしが守るから」


熾天使セラフのあなたが守護天使になってくれたのは、女神としても喜ばしく心強い思いでしょう」


「……ありがたいと思ってる」


「ガブリエルの言ったとおり、あなたはさまざまな悪意に囲まれています。ですがそれに負けない善意にも守られています。今はなにより早くその元に還ることです」


「この指輪、外せねえのか?」


 仲間の元に還るように促されたアッシュロードは、左手をメリアに差し出した。

 先ほどの “神癒ゴッド・ヒール” で血の気が戻っていた指先が、もう氷のように冷え冷えとしている。


「申し訳ありません。わたしはここに生前の姿で遣わされています。呪われた魔道具マジックアイテムの解呪 は高レベルの司教ビショップの権能。僧侶プリーステスのわたしには与えられていないのです」


 メリアはすまなそうに詫びた。


「そうか。なに元気にしてくれただけでも大助かりだ」


「ロード・アッシュロード。あなたはこれまで棘の道を歩んでこられました。そしてこれからも歩んで行くでしょう。でも憩いの場所は必ず用意されています。わたしが辿り着けたように、あなたもきっと辿り着けるでしょう。その場所に向かって彼女も――あなたの聖女も歩き続けています。どうぞご武運を」


「俺は……またアイツに会えるのか?」


「必ず」


 それは未来を見透す女神の僕としてではなく、目を見開き牧童の手から離れた羊、人間としての言葉だった。

 そして先代の聖女は、当代の運命の騎士に向かって、恭しく頭を垂れた。

 メリアの身体が徐々に光の粒子に分解されていく。

 昇天の時間がきたようだ。

 

「最後に、これはあなたへの個人的な言伝です。ロード・アッシュロード」


「個人的……?」


「あまり女性を惑わさぬように――と」


 絶句するアッシュロードに、クスッと悪戯っぽく笑うメリア。


「ある方から言付かって参りました。あなたを見守り続けてきた、あなたの最も近しかった方です」


「……貴理子……」


 アッシュロード口から自然とその名前が零れた。


「お別れです、ロード・アッシュロード。あなたが早く憩えるように。あなたの聖女と再会できるように祈っています」


 メリアは微笑み、わずかな再誕を終えた。

 迷宮に暗闇と静寂が戻る。

 残されたふたりはしばしの間、無言でたたずんでいた。

 沈黙を破ったのは男だった。


「ガブ、俺が何者なのか知っているなら教えてくれ」


 メリアの消えた闇を凝視しながら、アッシュロードが訊ねた。



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