かける
「ガブ、俺が何者なのか知っているなら教えてくれ」
メリアの消えた闇を凝視しながら、アッシュロードが訊ねた。
気がつけば嵌められていた呪いの指輪。
“
その一画に忽然と現れた伝説の尼僧から伝えられた、女神からの言伝。
まるで
出所のわからない悪謀が複数、毛糸玉のようにもつれ合う異常な事態。
そして幾度となく自分の口を衝いて出る、知らないはずの少女の名。
やさぐれた
謎を解く鍵――もつれた毛糸を断ち切る
「わたしはその問いかけに答えることができるわ、アッシュロード」
今はドワーフの姿を採っている
「でもわたしは答えない。答えてはいけないの。それはわたしの役目ではないから。あなたに真実を告げるのは、あなたが最も信頼している人間の役目よ」
「……そうか」
ガブリエルの言葉にアッシュロードは、あっさり引き下がった。
「出発だ」
アッシュロードは
無理強いはできないし、するつもりもない。
男の脳裏にはすでに、ひとりの人間の姿が浮かんでいる。
そいつに会うためにも、この陰気な迷宮から出なければならない。
メリアの “
アッシュロードに残された癒やしの加護は、少ない。
現在の座標、深度が不明な以上、生還できるかは運部天部。
もしかしたら迷宮の深部へ、より潜り込んでしまっている可能性もある。
(それがどうした。クソ喰らえだ)
男は全身を
足を動かさなければ待っているのが確実な死である以上、今成すべきは考えることではない。
分の悪い賭けはこれまでにも何度となくしてきた。
そしてそのいずれにも勝ってきた。
今度も賭けて勝つまでだ。
「アッシュロード」
ガブリエルが立ち止まった。
「……ああ」
臭いが変わった。
澱んでいた地下の大気が、わずかに清涼な気配をはらんだ。
迷ったら鼻を利かせる――の言葉どおり、ふたりの鼻は迷宮の変化を嗅ぎ取った。
吹き込む外気と射し込む陽光。
アッシュロードとガブリエルの前に、地上への階段が現れた。
立ち塞がる最後の試練とともに。
「……なるほど、おめえらが “極々小さな害意” ってわけか」
「最初に言っておく。この件に我が主ドーンロアは一切関わっていない。すべて我らの一存で決行したこと」
アッシュロードの言葉を無視して、五人の真ん中に立つ女騎士が告げる。
王配ソラタカ・ドーンロアに従って “林檎の迷宮” の三層に現れ、アッシュロードと “フレンドシップ7” に一蹴された配下の騎士たちだ。
全員が迷宮探索の経験があるように見えたが、リーンガミルの冒険者ギルドにその記録はなく、いずこの迷宮に潜っていたか定かではなかった。
「この迷宮は来るべき災厄に備えて、ドーンロア公が造営したもの。リーンガミルに再び暗雲が立ち込めるとき、公の手足となって働く我らを鍛えるためにな」
「……そんな思い出深い場所なら、さっさと遠慮させてもらうぜ」
「そうはゆかぬ。貴様はここで死ぬのだ。悲と惨と苦を存分に味わい尽くした果てに苔むした墓を建てる。それが貴様の運命だ」
「……迷宮でボコボコにされた逆恨みか?」
「エルミナーゼ殿下をお救いし、復活した “
女騎士が吠える。
全身を
整った
アッシュロードの見たところ、そもそもこの女騎士――。
「主だなんだと……ご大層なこといってやがるが、おめえその主に惚れてるのか? 言葉の端々が女臭くて噎せ返りそうだぜ」
「下劣な!」
満面に朱を注いだ女騎士よりも速く、隣りに立つ巨漢の戦士が激高した。
魔法の
両手に
「そうだおまえだ、ドワーフの娘。おまえがいなければ、その男は死んでいた。だが迷宮はそやつを放り込むまで封じられていたはず。それからも入口には我らがいた。娘、どうやってこの迷宮に入った? おまえは何者だ?」
「わたしはアッシュロードの守護天使よ。名前はガブリエル」
油断なく身構えながら、女騎士に答えるガブリエル。
「守護天使だと!? 不敬な! ――いや憐れと言うべきか。自分を天使だなどと、物狂いの典型だ」
五人の中で最も敬虔な僧侶が色めき立ち、すぐに我に返った。
エルフの少女の詐術にかかり “
「わたしは物狂いではないわ。おかしいのはあなたたちの方よ。純粋だった忠誠心が主君の歪んだ想いに引きずられて
「我が主を愚弄するか、ドワーフ!」
それが撃剣の合図だった。
カッと女騎士が魔剣を抜き放ち、ガブリエルが転がる。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!
シュパッ! シュパッ! シュパッパッパッ!
二本の短刀が
「チッ! 虚仮威しの詐術に引っかかるな!」
(……ナイスだ、ガブ!)
「厳父たる男神 “カドルトス” よ――!」
女騎士たちの一瞬の動揺を見逃さず、アッシュロードが
“
「突破しろ! ガブ!」
最後の力を振り絞って、アッシュロードは叫んだ。
地上にさえ出れば、この賭けは勝ちだ。
逆に迷宮に押し込められたままなら、賭けは負け。
自分たちの命運は、ここで尽きる。
(……ここが
アッシュロードは “蟻民” から奪った
ここまで来てタックルを喰らわされるのは願い下げだ。
一歩駆け上がるごとに心臓が鋼を打つ。
「はぁ、はぁ、はぁ――!!!」
“
生命力はあっという間に
このままでは間抜けな死を迎えるが、癒やしの加護を唱えている暇はない。
行くしかない。
駆け上がるしかない。
駈けて、駈けて、駆け上がるしかない。
あと少し。
もう少し。
残り数段。
わずか一段。
そして陽光が男を包み込み、アッシュロードは力尽きた。
迷宮から駆け上がった姿勢のまま、前のめりに倒れ込む。
いや、それはもう駆け上がるなんて威勢の良いものではなかった。
最後は
「しぶとい男だ」
頭の上であの女騎士の声がして、少しの間失っていた意識が戻る。
蹴り押され、仰向けにされた。
日差しが目を灼き、薄目でしか見られない。
もう指一本動かせなかった。
「貴様の負けだ迷宮無頼漢。せめて慣れ親しんだ地下で殺してやろうかと思ったが、おまえのような無頼の輩でもやはり最後は太陽の下で死にたいらしいな」
「……ガ……ブは……」
瀕死の口がかろうじて動いた。
「手こずらせてくれたが所詮は
女騎士が顎をしゃくった先で、ガブが巨漢の戦士に引きずり出されてくる。
散々いいように足蹴にされたのだろう。
グッタリと弛緩している。
「ドワーフは頑丈だ。慈悲だ。我が剣で一緒に殺してやる」
「……くっ……くっ……くっ……」
「気が触れたか? なにが可笑しい?」
「……アイツを……怒らせると……怖えぞ……」
直後、強大な霊圧が発生し、瞬く間に周囲を圧した。
「……言ってたろ……俺の守護天使だって……」
迷宮から出た “
アッシュロードはまたしても賭けに勝った。
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