推しの子
ドタドタドタ!
ドタドタドタ!
ドタドタドタバタ!
「きゃーっ!」
(まるで
目の前で亡霊に追いかけ回されるドワーフのガブリエルを見て、アッシュロードは歯ぎしりした。
転職は探索者の心身に、大きな負荷をかける。
それまでの
転職では身体に染みついたそれら前職の癖を、訓練場内にある時間軸の固定された
矯正に要する期間は実に五年にもおよび、過酷な再訓練によって能力はすべて種族の基本値まで低下する。
転職希望者が高齢の場合は修行に絶えきれず、老衰死してしまうことすらあった。
再訓練を終えて元の時間軸に戻ったとしても、五年分の老化と能力値の低下。
さらには
通常の転職でさえ、この厳しさである。
ガブリエルの場合は肉体そのものまで変化している。
(――いや、だからこそ幸運なのでは? 生まれ変わったばかりのあいつが、ここで “
“
攻撃力が低く打たれ強い “貴族の亡霊” は転職者にとって恰好の稽古相手であり、再度のレベル上げに最適な魔物だった。
出現する
紫衣の魔女が狂王のために、探索者の育成に手を貸していると言われる
その恰好の相手と遭遇できたのはガブリエルにとって、望外の幸運なのでは?
(あいつは自分を
迷宮の深層で発見される宝の中には、現在では製法技術の失われた古代魔導王国の
“
(ガブがレベル1ではなくレベル13の熟練者に生まれ変わったのなら、魔道具を使った転生に近いのか!? それならまだ神経が繋がってねえだけで、レベル上げの必要はねえ!)
新しい身体に戸惑っているだけで、筋力も敏捷度も落ちてはいない。
神経が繋がれば熟練者の動きになるはずだ。
「ガブ!」
「な、なに!? いま忙しいの!」
「そいつの攻撃力はドラムを叩くようなもんだ、構わずにぶん殴れ!」
「で、でも届かないのよ!」
「踏み込め! 掻い潜れ! 刺し違えろ!」
「えーっ!?」
「『えーっ!?』じゃねえ! いいからやれ! 傷は俺が治してやる!」
アッシュロードの叱咤怒号にガブリエルは逃げ回るのをやめて、おっかなびっくり “貴族の亡霊” に向き直った。
覚悟を決めると左右の手に
スカッ!
スカッ!
ポコペンッ!
ガブリエル攻撃は左右ともにミス。
亡霊の攻撃は、殴りやすそうな高さのガブリエルの頭にヒット。
「コミックバンドかよ!」
「痛~い! タンコブができてしまったわ!」
「いいから、もう一度だ! おめえの
「そんなに痛いのは楽しくないわ~」
繰り広げられる喜劇的戦闘に、アッシュロードは発狂しそうだった。
しかし原因も意味もすべてが不明なこの危地から脱するには、眼前で七転八倒するコミックバンドを推すしかない。
「ガブ、おめえならできる! おめえは俺の守護天使だろう!」
これぞ迷宮ジゴロの殺し文句。
才媛の受付嬢がいたら、超ズルいエルフの
それだけに効果は
スイッチが入り、全身の神経が繋がり、天使に宿る盗賊の精髄が目覚める。
ゴロゴロゴロゴロゴロ! ――シュパッ、シュパッ!
駆ける数倍の速さで転がり亡霊の攻撃を回避し、懐に飛び込むや否や左右の短刀で
亡霊から反撃を受ける前に再び、ゴロゴロゴロゴロゴロ! と急速離脱。
「よし!」
素早い前転からの
丸っこい身体を最大限に活かした見事?な立ち回りに、アッシュロードの拳に力が籠もる。
確かな声援と熱い視線に、新生ガブリエルは覚醒した。
これこそ通常の “転職” と、能力を維持したままクラスチェンジする “転生” の違いだった。
「Murrrrrrphyyyyyyyーーーー!!!!」
響き渡る断末魔の絶叫。
玄室に静寂が戻った。
「やったわ、アッシュロード!」
短刀を腰の鞘に戻すと、ガブリエルが屈託なく駆け寄ってきた。
散々ドタバタしたが終わってみれば、フクフクの圧勝だった。
「ああ、よくやった。上出来だ」
アッシュロードは触れないように丁寧に、ガブリエルの頭頂部にできた大きな瘤に手をかざした。
“
なんともまろやかな推しの子ではないか。
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