丸っこい奴★
(クソが! 俺の身体は
アッシュロードは自分の置かれた状況に赫怒した。
見知らぬ地下迷宮の玄室。
わけもわからぬまま、床に固定された椅子に拘束されている己。
極めつけは左手の指に嵌められた、“
理不尽な状況にはこれまでにも、数え切れないほど置かれてきた。
だがここまで意味不明なのは初めてだ。
頭痛で頭が割れる。
耳鳴りで鼓膜が破れんばかり。
吐き気に到っては胃ごと戻しそうだ。
冷静に考えを巡らせたくても “死の指輪” が許してはくれない。
呪われた
早く状況を打開しなければ、このまま呪死してしまう。
だが
まとまらない思考は迷走し、暴走する。
(いったい誰が……?)
あの魔族どもか?
だが俺は確かに地上に戻ったはずだ。
地上に戻ってマグダラに癒やされて、その後は……その後はどうなった?
宿屋に運ばれた……いや、おそらく寺院の診療院だ。
馬鹿な。寺院は聖なる
いや、“アレクサンドル・タグマン” を思い出せ。
あいつはカドルトスの総本山に安置されていながら、侵入してきた “真祖” の祝福を受けた。
強大な結界も、より強大な魔物の前には無力だ。
いや、いやいや、それも違う。
聖王都 “リーンガミル” は特別だ。トレバーンの “大アカシニア” とは違う。
この都は神器 “ニルダニスの杖” で護られている。
あの杖がある限り都には、例え魔王でも入り込めない。
では誰が、どこのどいつがこんな真似を……?
魔物が入り込めないのなら残るは人間。
リーンガミルで俺を怨んでいる奴――。
(――この馬鹿野郎が! こうしてる間にも死にかけてんだぞ!)
アッシュロードはすんでの所で我に返った。
今は原因など考えている場合ではない。
とにかく指輪を外さないことには、死が待つのみである。
だが呪物である “死の指輪” は高位の司祭による
先刻の “
アッシュロードが助かるにはこの何処ともしれぬ迷宮を抜け出して、呪物の解除を商っている “ボルザッグ商店” に駆け込むしかない。
そのためにはまずなにより両足を、この忌々しい足かせから抜かなければならなかった。
足首に手を伸ばすアッシュロード。
しかし “痺治” の効果が残る手はぐにゃりと垂れるだけで、物の役に立たない。
目がかすむ。視界がぼやける。
意識を失えば今度こそ終わりだ。
ここでアッシュロードは最初の “
幸いなことにマグダラに癒やされ昏睡したことで、
先ほど “
他に “
“死の指輪” によって呼吸する毎に生命力を奪われている状況では決して充分とは言えず、迷宮の深度によって絶望的に足りない可能性すらあった。
(足かせ……こいつをどうにかしねえと……それで終わっちまう)
手かせは “痺治” と “
“痺治” の効果が消え両手に力が籠もるようになっても、
両手が効かず
どうすれば外せるのか。
「……力業しかねえ」
虚空を漂う視線で呟いた直後、アッシュロードの瞳に力が宿った。
足首と鉄かせの間のわずかな隙間をイメージして、“
極狭の空間に防御障壁が膨張し、内側から足かせに強い圧力を生じさせた。
だがその力は当然、外側からアッシュロードの足首をも締め付ける。
メキメキメキッ!!!
鉄環が軋み、肉が潰れ、
「ぐうううっ!!!!」
噛みしめた歯の隙間から、苦悶の呻きが漏れる。
足かせが弾けるのが先か、アッシュロードの足首が潰れるのが先か。
答えは直後に出た。
バギンッ!
鉄環が割れると同時に、アッシュロードの脛骨が砕けた。
しかも激痛と引き換えに自由になったのは右足のみで、左足は変わらず頑丈な椅子に拘束されている。
「はぁ、はぁ……畜生」
アッシュロードは肩で息をしながら毒突いた。
だが上手くいった。
もう一度、試せば……。
ボッ!
アッシュロードが血に塗れた手で首筋の汗を拭った瞬間、それは出現した。
男の苦悶に惹かれて現れた燃え盛る炎。
(“
「“
“提灯南瓜”
巨大な
アッシュロードも
世界三大迷宮とされる、“
辺境の墓地や荒れ地で希に見かけられる程度の希少種だ。
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211793750066
“Kekekekekeke――!”
そのレア・モンスターが気味の悪い笑い声を上げて、いまだ椅子に繋がれたままのアッシュロードに向かって猛然と突き進んできた。
「このっ!」
身体を捻ってお化けカボチャの体当たりを躱すアッシュロード。
存外どころではなく、動きが速い。
しかも “鬼火” が魔法生物に属するのに対し “提灯南瓜” は
しかし――。
「あいにく俺に麻痺は効かねえんだよ!」
上から目線で罵り、自らを鼓舞するアッシュロード。
魔王の卵である “
魔王の強大な魔力がその時が来るまで、宿主を護り続けているのだ。
「熱ちちちちっ! この野郎! こっちに来て勝負しやがれ!」
だが高速での一撃離脱に徹するというクレバーなカボチャに、身動きの取れないアッシュロードは大いに苦戦した。
素早く飛翔するために、攻撃系の加護の照準が定まらない。
接近したところをカウンターで殴りつけても、無手なうえに拳も握れない有様ではダメージなど通らない。
“提灯南瓜” はヒット・アンド・アウェイを繰り返して、ただでさえ生命力の低下しているアッシュロードを削りきるつもりなのだ。
このままでは嬲り殺しにされる。
「空っぽのくせしやがって、賢しいカボチャだ!」
“Ketaketaketaketa――!”
アッシュロードは焦った。
焦りばかりが増す状況に焦った。
蓄積されていくダメージに “死の指輪” の
集中力は途切れ、視界はぼやけ、闘志までもが鈍り始めていた。
アッシュロードは悔やんだ。
自分の
死を目前にして、普段のアッシュロードからは考えられない散漫さだった。
普段のアッシュロードなら追い詰められれば追い詰められるほど氷のように冷静になって打開策を模索し、突破口を切り拓いていたはずだ。
精神にまで影響を及ぼす “死の指輪” の凄まじい呪だった。
(……なんで俺ぁ……盗賊じゃねえんだ……)
最後の一撃を受ける瞬間、アッシュロードは漫然と思った。
銀光が二閃した。
直撃する瞬間に十文字に切り裂かれたお化けカボチャが制御を失い、玄室の内壁に激突四散する。
夢か
呆然とするアッシュロードの前に、両手に短刀を握るふくよかな革鎧姿の少女が立っていた。
「助けにきたわよ、アッシュロード」
優雅な動作で短刀を鞘に戻すと、ドワーフの少女が屈託なく笑いかける。
(……ちょっと待て。俺ぁ、ドワーフの盗賊、それも女の知り合いなんていねえぞ)
朦朧とする頭で、アッシュロードは思った。
だがこの、天を仰ぎたくなるような底抜けに脳天気な口調には覚えがある。
この一切の穢れのない
アッシュロードの脳は無意識に、少女を縦方向に引き延ばしていた。
引き延ばして……引き延ばして……引き延ばして……そして。
「……ガブ?」
「久しぶりね、アッシュロード。なかなか会いに来てくれないから、わたしの方から来てしまったわ」
随分と丸っこくなってしまった守護天使が、パムッと両手を合わせた。
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211799384648
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※スピンオフ第二回配信・開始しました!
『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
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プロローグを完全オーディオドラマ化
出演:小倉結衣 他
プロの声優による、迫真の迷宮探索譚
下記のチャンネルにて好評配信中。
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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