ソウ
「――おっちゃん還ってきたの!? 無事なの!? どこにいるの!? 会える!? 馬鹿のまま!?」
アッシュロード生還の知らせを聞き、ホビットの少女が飛び上がった。
過酷な
「最後の一言はよけい! ――本当なの? 本当なのね!」
友人を一喝したエルフの少女の瞳からほろほろと大粒の涙が零れ、両手で隠された口から嗚咽が漏れる。
「やれやれ、これで大きな心配事が減ったよ」
歴戦の
「それで今、彼はどこに?」
「寺院の療養所です。傷は女王陛下の “
屯所の指揮を執る中隊長が、リーダーの戦士に答えた。
「す、すぐに行きましょう!」
矢も楯もたまらずにエルフの少女が叫ぶ。
「まってくれ、君たちはまだ魔術師の鑑定を受けてない!
「「「「「「はぁ!!!?」」」」」」
・
・
・
「まったく! これだからお役所仕事は!」
白磁のような肌を朱に染めて、フェリリルが憤る。
「お役所じゃなくて軍隊だけどね……」
肩をいからせ大股で先を行くエルフの友人を追いながら、パーシャが突っ込む。
「同じようなものよ!」
「もうちょっと静かにしなよ。仮にもあんたの
屯所から解放された探索者たちはニルダニス大聖堂の白亜の通廊を、
仲間の生還を知って歓喜したのも束の間、精神鑑定のために足止めされた挙げ句、肝心の鑑定役の魔術師が待てど暮らせど現れない。
ギリギリする時間が過ぎ、日も暮れたところでやっと現れたと思えば、鑑定自体も微に入り細を穿つくどくどしいもの。
いくら女王の安全のためとはいえ、過酷な迷宮探索で摩耗した心身にこの仕打ち。
むかっ腹も立つというものだ。
「傷は癒えて眠ってるだけなんだから、逃げやしないよ」
これだから恋する女は――と、ピッチ走法で続くホビットは内心で肩を竦めた。
業腹は覚えたもののいまだ恋を知らないパーシャは、すぐに冷静になった。
“神癒” を施された以上、あとは目覚めるのを待てばいい。
なにも心配することはなく、“おっちゃん” は逃げも隠れもしない。
「これはいったいどういうこと!?」
突然響いた悲鳴に、パーティは即座に反応した。
「どうしたの!?」
エルフの
狼狽も甚だしく尼僧に詰問するハンナ・バレンタインが、蒼ざめた顔で振り返る。
「アッシュが……消えてしまったの」
もぬけの殻のベッドを前にホビットの少女の楽観論は、いとも簡単に砕かれた。
◆◇◆
それは
一滴の酒も入ってないにも関わらず、これまで経験したどんな二日酔いよりも酷い覚醒だった。
全身の節が痛み、筋肉という筋肉は炎症を起こし、肌は焼け石の熱を持っている。
口の中は乾いて粘つき、棘を含むようだ。
(……確か俺ぁ、マグダラに “神癒” を受けたよな……)
乱打される割れ鐘のような頭で、アッシュロードは思った。
どうや希代の
そうでなければ自分のこの
“神癒” の効果を逆転させた “呪詛” なる加護があるが、まさか誤ってそれを?
まさかとは思うがとにかく冗談でもなんでもなく、本当に呪いを受けたように身体が重い。
アッシュロードは腫れぼったい目蓋を上げた。
いや、すでに上げていたのだが、何も見えなかった。
視力さえも異常を来しているのか。
そもそも自分が立っているのか倒れているのか、それすらもわからない。
四方に手を伸ばしかけてようやく自分が、そのどちらでもないのを知った。
アッシュロードは椅子に拘束されていた。
金属性の手かせで両手が後ろ手に、頑丈な椅子につなぎ止められている。
両足も同様だ。
(……意味が……わからねえ……)
気分が悪すぎて恐慌も来せないのは、ある意味幸運だった。
だからアッシュロードは、周囲の観察を続けられた。
視界の中に徐々に浮かび上がってくる、朧な白線。
(……一×一
冗談ではなかった。
死者の魂魄を喰らうと言われている
(……アホか……これが冒険なものかよ……)
誰もいない部屋で拘束されたまま目覚める。目の前には見知らぬ女がいて……。
一瞬そんな冒険譚をずっと昔に読んだような気がしたが、すぐに意識から消えた。
気配が……かすかな足音が近づいてくる。
生存本能が足掻きか。
頭痛と耳鳴りで死にたくなるほどなのにアッシュロードの聴力は、確かにその音を捉えた。
(……
接近する足音は複数。最低でも五人。
それぞれの鉄靴が石畳を叩き、堂々とした足取りで誇示するごとく近づいてくる。
腰に帯びた剣が鎧に触れて、全身を装甲で覆った “
アッシュロードはここのところ
ギギギィィ!
軋んだ音を立てて暗闇に、光の穴が開いた。
逆光を背に立つ
五人の “
すでに全員が抜剣している。
当然だ。
探索者であれ魔物であれ迷宮の玄室に足を踏み入れるのに、武器を抜かない間抜けはいない。
間髪入れずその足下から、五本の紅蓮の火柱が噴き上がった。
“
当然だ。
グレイ・アッシュロードほど(迷宮において)間抜けとはほど遠い男はいない。
座して死を待ったりはしない。
問題は本当に座したまま、身動きが取れないことだ。
(……どうしたもんか……)
頭痛に、筋肉痛に、関節痛……耳鳴りまでやかましい最低最悪の
装備はない。一切。
武器どころか鎧すら身につけていない。
薄い肌着の感触があるだけだ。
そうなると残りは神頼み――加護しかないわけだが、手足を縛り付けている手かせを都合良く断ち切るような加護を、アッシュロードは授かっていない。
授かってない以上、別の悪巧みをするしかない。
(……さて上手くいくか)
アッシュロードはひび割れた唇で苦労しながら、ふたつの加護を嘆願した。
「ぬおおおおっっっっ!!!」
“
言うはやさしで、そんな簡単にいくものではない。
アッシュロードはさらに吠え、皮がズル剥けるのも構わず、手かせから無理矢理に手首を引き抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ! くそったれ!
自分をこんな目に追い込んだどこの誰とも知らぬ輩に向かって、アッシュロードは口汚く罵った。
残るは足かせだが足首のサイズ的に、手首のようにはいかないだろう。
それこそソウで斬り落としでもしなければ外せそうにない。
そして足かせの具合を確かめようとして、アッシュロードは気づいた。
「畜生……そういうことか」
この最悪の不調の原因。
左手の中指。
手首から流れる血に塗れて、“死の指輪” が
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