The Laughing Kettle - 笑うヤカン -★

「「「「「「………………」」」」」」


 固まって……しまった……わたし……たち。


「あれ、なんだい。笑わないのかい。てっきり大笑いすると思ったんだけどね」


 笑うなと念を押しておきながら、肩透かしを喰ったようなラーラさん。


「いえ……だってあれ……深鍋ケトル……ですよ……」


 扉の奥は七区画ブロックほどの回廊で、その最奥に鎮座していたのは丸みを帯びた巨大な金色の深鍋ケトル……つまりヤカンでした。

 そのヤカンがから溢れ出た眩い金貨の中で、文字どおりニヤニヤと笑っています。

 そして遠くから響く甲高い声。


「金くれよん~♪ 金くれよん~♪ 金くれよん~♪」


「「「「「「………………」」」」」」


「ま、少々がめついのが珠にきずなんだけどね――行くよ」


 小さく鼻を鳴らすと、ラーラさんが回廊の奥に向かって歩き出しました。

 わたしたちは顔を見合わせ、おのおのやるせない溜息を吐くと、重い足取りで命を吹き込まれた物体アニメーテッド・オブジェクトの尊顔を拝すべく、後に続きます。

 人間の言葉を話すアヒルさんの次はヤカン……。

 ショートさんのように良いであることを祈りましょう……。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211709059274


「知識は金なり! 我が知識の泉に触れたければ、黄金を以て対価とせよ!」


「~会った早々に金をせびるのはやめとくれよ、先生。萎えちまうからさ」


 ラーラさんはそう言いながらも、親指でピン! と大きめの金貨を弾きました。

 くるくると回転する金貨は見事な放物線を描いて、ヤカン……先生の金貨の山に落ちました。


「黄金を以て対価とせよ!」


 ヤカン先生がわたしを見ます。

 なるほど……これは確かにがめついです。

 わたしは嘆息するとお財布の紐を緩めて、迷宮金貨を一枚ヤカン先生の頭に置きました。


「まずは名乗れ! そして自身を語れ! しかるのちに問いを発すれば、我が知識の泉に触れられよう!」


 わたしは左右を見て仲間たちがうなずいたのを確認すると、パーティを代表して自分たちの素性とこれまでの経緯いきさつを、ヤカン先生に説明しました。


「お初にお目に掛かります、金色こんじきの賢者さま。わたしはエバ・ライスライトと申します――」


 ショートさん、ララさんと繰り返してきた内容なので、より簡潔にわかりやすく話すことができたと思います。

 ヤカン先生は甲高い声を潜めて、話を聞くことに注力していました。

 いちおう賢者と呼ばれるだけのことはある……のでしょうか。

 やがてわたしの説明が終わりました。


「……というわけで、わたしたちは今ここにいるのです」


 わたしはホッと一息吐くと、おそるおそる先生の大きな顔を見ました。


「どうなんだい、先生? この子たちはまた元の時代に戻れるのかい? その方法はあるのかい? もしあるなら過去を変えてこの世界を救うことが――」


 と突然、


「“時の賢者” 特異なり!」


 ヤカン先生が叫びました。


「魔術師 “ルーソ”、錬金術師でありながら黄金ではなく時間に魅入られた者! その研究異端にして、本道なり!」


「異端にして本道……ってどういう意味さ?」


「時間の研究は物理学で魔術師の研究としては本道ですが、錬金術師としては異端……ということでしょうか」


 錬金術とは鉛から黄金を生み出す学問? ですから。


「そんなの当たり前じゃないのさ――なんでこう頭のいい奴は簡単なことでも難しく話すのかね」


「それで賢者さま……過去に戻る方法は?」


「“時の賢者” 特異なり!」


 再び叫ぶ、ヤカン先生。


「……あんた、もしかしてわからないのかい?」


 ジト目を注いだラーラさんの右手が、腰の “蝶飾りのナイフ” に伸びます。


「久しぶりにあんたでレベル上げをしようかね――あんたたちも一緒にどうだい? こいつはこう見えて経験値がんだよ」


「……」


 凄みのあり過ぎるラーラさんの言葉に、わたしたちだけでなくヤカン先生までがタラリ……と汗を流しました。


「衝動に流されるは愚者なり! 衝動に抗うは賢者なり! “時” のことは “時の賢者” に訊ねるのが本道なり!」


 舌なめずりするラーラさんを思いとどまらせるべく、必死に言葉を吐き出すヤカン先生。

 ヤカンだけあって戦いともなれば手も足もでないのでしょう……。


「だからその “時の賢者” とやらは五〇年も昔におっ死んじまってるんだよ! あんた、この娘の話を聞いてなかったのかい!?」


「“時の賢者” は健在なり!」


「……え?」「にゃんだって?」


 続いたヤカン先生の言葉に、わたしとラーラさんが同時に驚きの声を上げました。


「“時の賢者” さまが生きているのですか!?」


「おいおい大先生。いくら助かりたいからって仮にも賢者ともあろう者が、嘘は行けないねぇ、嘘は」


「賢者は虚言を吐かず! 真実のみを語る! 我が知識の泉に濁りなし!」


 一瞬前とは打って変わり、自信満々な様子のヤカン先生。

 顔を見合わせるラーラさんとわたし。

 隼人くんたちも怪訝な顔を浮かべて視線を交わしています。


「知者は知者を知る! おお、感じるぞ! 魔術師ルーソの知の波動を!」


「おい、大丈夫なのか、このは」


「こいつは確かに金の亡者で頭に来る奴だけどね、嘘は言わないよ」


 五代くんの露骨すぎる言葉に、ラーラさんが鋭い視線を向けます。


「それで “時の賢者” さまは……ルーソさまは今どこに?」


 話を進めます。

 今はこのヤカンの賢者を信じるしかないのです。

 そしてヤカン先生は断言しました。


の波動は地の底深く! 時に紛れて存在を保つ!」





「……それで、どうするよ?」


 ラーラさんが手配してくれた休息用の空間スペース

 壁際に置かれた簡素な寝台に腰掛けた早乙女くんが呟きました。

 大柄な身体が身じろぎするたびに、簡易寝台のそれよりもさらに簡素で安普請のベッドが、ギシギシと不安な音を立てています。


 誰もすぐには答えませんでした。

 やるべきこと、なさねばならないことはわかっているのですが、口に出して立ち上がる気力が欠片も残っていないのです。


「今日はもう休もう」


 ややあって隼人くんが重い口を開きました。


「俺たちは疲れ切っている……休息が必要だ」


「賛成。こんな状態で決断なんてできない」


 田宮さんが賛同してベッドに身体を横たえ、他のみんなもならいました。

 わたしは今少しだけ睡眠の誘惑に耐えました。

 隼人くんが話をしたそうな瞳をしていたからです。


「地の底深く、時に紛れて存在を保つ……前半はともかく、後半は謎かけリドルだな」


 目を閉じた仲間に配慮して囁く隼人くん。


「地の底深くというのは、おそらく迷宮の深い階層のことでしょう。それ以外は……現状ではなんとも言えません」


「……そうだな」


「あなたはよくやっていますよ、隼人くん」


 助言ではなく、励ましと慰めを求めている彼に微笑みます。


「わたしはこれまでにも何人かの優れたリーダーを見てきました。皆タイプは違いましたが秀でた探索者であり指導者でした。あなたには彼らや彼女らのようになれる資質が見て取れます。自信を持ってください」


「幼なじみの贔屓目じゃないといいんだけどな」


「まあ、それも少しあります」


 えっへん! と嘘を吐くわたし。

 彼が望んでいること、言って欲しいことがわかってしまうわたしは、やはりあのころとは違うのです。

 それでも隼人くん顔には、安堵の表情が浮かびました。

 彼にのしかかっていた緊張がやっと少しだけ解けたのです。


「寝るよ」


「おやすみなさい」


 目を覚ましたら、わたしたちは迷宮の奥底に向かうことになるでしょう。

 それは辛く困難な探索になるはずです。

 でも今は、今だけは、優しい夢をみたいのです。

 安らぎに包まれて眠りたいのです。


 きしむ寝台に身体をあずけ、毛布を被ります。

 眠りは速やかに訪れ、わたしの意識を連れ去りました。



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※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

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