一別★

「……なんて温かな心安らぐ光でしょう……まるで女神の御胸に抱かれているようです……」


 玄室を満たす柔らかな光を浴びて、わたしは恍惚こうこつと呟きました。

 一×一区画ブロックの玄室の中央に安置された、奇妙な形状の錫杖。

 柄頭に小さな一対の翼がある杖から溢れ出す光に、睡眠だけでは取れなかった疲労や恐怖のおりが解け去っていきます。


「どうだい凄い御利益だろう? これが “ニルダニスの杖” さね。この杖のお陰で、あたしたちはなんとか息をさせてもらっているのさ」


 “杖の間” にわたしたちを案内してくれたラーラさんも、まるで日向ぼっこをする猫のような心地よさげな顔をしています。


「俺……なんだか、やれそうな気がしてきたよ」


「そうね……身体の奥から不思議な力がみなぎってきてる感じ」


 早乙女くんと田宮さんが、やはりうっとりした表情を浮かべています。


「そりゃよかった。寝て食ったあとだっていうのに、揃いも揃って死人みたいな顔をしてたからね。連れてきた甲斐があったてもんさ」


 愉快げに笑うラーラさんに、わたしを含めたパーティの全員が苦笑します。

 昨夜の泥のような眠りから覚め、つましい食事を摂ったあとも、わたしたちの意気は上がらず、むしろ昨日よりもさらに低下していました。


「ありがとう、ラーラ。お陰で持ち直した」


「礼には及ばないよ。それだけあの魔王から受けた影響が強かったってことだからね」


 ラーラさんの言葉に、朗らかにお礼を述べた隼人くんが表情を引き締めます。

 彼女の言うとおり悪魔王 “パズズ” から受けた負の波動は、目に見えない形でわたしたちの心身を蝕んでいたのでした。


「それで――行くのかい?」


「ああ、行く」


 即答する隼人くん。


「体力も気力も回復した。もう躊躇う理由はない。俺たちはこの迷宮のどこかにいる “時の賢者ルーソ” を探し出して、過去へ戻る方法を尋ねる。そして無事に過去に戻れたら “悪魔王” の復活を阻止してこの世界を救う」


「頼んだよ。多分、あんたたちが最後の希望だ」


 柔和な表情が消え、ラーラさんが真摯な眼差しと声で頼みました。


「必要な物は可能な限り提供するよ。水に食料、武器や防具の類いも――もっともそんなに大層な物は揃えられないけどね」


「ありがとうございます。助かります」


「よーし、 善は急げだ! さっそく始めようぜ!」


 微笑むわたしのお礼を、早乙女くんの元気な声が追い越します。


「……坊主は前向きでいいよな」


「うるせえ、俺はまだ在家だ!」


 五代くんが茶々を入れ、早乙女くんがすかさず言い返す――パーティの雰囲気も、ようやく元に戻ったようです。

 わたしたちはうなずき合うと “杖の間” を出て、探索の準備に取りかかりました。



 休息所に戻るとラーラさんの指示を受けたドッジさんたちによって、必要な物資が運び込まれていました。

 背嚢や雑嚢、毛布などは元の時代の物が引き続き使えます。

 武器や防具もです。

 この拠点もギリギリの備蓄をやりくりしているしているはずです。

 提供してもらう品は最低限にしなければなりません。


「そんだけでいいのかい?」


 水や食料以外、ほとんど手を付けなかったわたしたちに、ラーラさんが訊ねました。


「ああ、武器や防具は自前のがまだ使える。水と食料だけわけてもらえれば十分だ」


「なんだか、かえって気を遣わせちまったみたいだね」


 隼人くんの言葉に、苦笑するラーラさん。

 それから、


「なら、せめてこいつを持っていきな」


 そういって、一振りの剣を田宮さんに差し出しました。


「あんたサムライだろ? そんな頼りない得物じゃこれから苦労するよ」


「これは……」


「あたしの予備の剣サイドアームさね。無銘だけどね、よく斬れるよ」


 田宮さんが手渡された剣の鞘を払うと、ギラリと息を呑む刀身が現れました。

 その形状、その美しさ、その凄み――。

 これまで彼女が帯びていた曲剣サーベルとは、明らかに一線を画す存在感。

 紛れもなく本物の “日本刀” です。


「……こんな業物がこの世界に存在してたなんて」


 声だけでなく、長めの柄を握る手が震えています。


「遙か東方の島国 “蓬莱ほうらい” から持ち込まれた一振りだろうね。この先迷宮の深いところに行けば “達人の太刀マスター・ブレード” や、もしかしたら伝説の “妖刀” だってみつかるかもしれないよ。それまではそいつを使うんだね」


「ありがとうございます! 大切にします!」


 田宮さんはそれまで腰に帯びていた曲剣を外すと、代わりに新しい愛刀を差しました。

 そして柄に右手を添え、目にも留まらぬ抜き打ちから、いくつかの型を披露します。

 惚れ惚れするような太刀筋。

 身が引き締まるような力強さ。

 まるで剣舞を見ているようです。

 やがて田宮さんは刀を鞘に戻すと、身体にため込んでいた吸気を吐き出し、残心を解きました。


「いい刀だ」


「うん、これならいける」


 隼人くんに、田宮さんがはにかんで見せたとき――。


 カンッ! カンッ! カンッ!


 打ち鳴らさせる鼓の音が、迷宮に響きました。


「――ラーラ! 奴らだ!」


 ほぼ同時に自警団のひとりが飛び込んできて、急報を告げます。


「や、奴らって……?」


「魔族どもさ! ここのところ大人しくしてたかと思えば、性懲りもなく現れたようだね!」


 怯え身体を縮こまらせる安西さんに、武器を取って立ち上がったラーラさんが答えます。


「わたしたちも行きます!」


「馬鹿お言いでないよ。あんたたちにはあんたたちの仕事があるだろう。あたしの仕事はここを守ること。迷宮探索には拠点が必要だからね」


 勢い込む田宮さんに、ラーラさんが優しい眼差しを向けました。


「さあ、行きな。慌ただしい別れだけど、それも一時のことさね」


「皆さん、行きましょう。ここにはいずれ必ず戻ってきます。ラーラさんたちとは、その時にまた笑顔で会いましょう」


「よし、行こう!」


「銀の扉への道順は覚えてるね? 今はもう二階へ降りるにはあの梯子しかないよ」


「大丈夫です」


 わたし、隼人くん、ラーラさん、そしてまたわたし。

 矢継ぎ早に交わされた会話が、別れの挨拶でした。

 わたしたちは銀色の扉へ。

 ラーラさんたちは地上への縄梯子の前に築かれた前哨陣地へと、それぞれ走ります。

 迷宮探索とは、迷宮と拠点との往復に他なりません。

 そしてそのための新しい拠点が、この “礼拝堂跡”

 その拠点を、ラーラさんたちは守ってくれているのです。


 バサバサバサバッ!


 第二層へ縄梯子に向かうわたしたちの頭上を、激しい羽音が飛び越えていきました。


「“雨樋石像ガーゴイル” !」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669532774864


「どきなさいっ!」


 裂帛の気合いとともに田宮さんの新しい刀が鞘走り、魔族の尖兵を一刀両断に斬り捨てます。


「押し通ってください!」


 わたしは後方を警戒しながら叫びました。


 再び探索へ。

 再び迷宮へ。


 わたしたちは一〇〇年を隔てた “呪いの大穴” をひた走ります。



--------------------------------------------------------------------

※スピンオフ第二回配信・開始しました!

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

--------------------------------------------------------------------

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る