ウォーロック

 隼人ら五人がジグとカドモフに託した言伝は、紆余曲折の末にエバ・ライスライトに届いた。

 ほろ酔い気分で王城に帰還したふたりは、仲間の聖女に友人たちからの伝言をつたえる前に、緊急配備の敷かれた城門で不審者として捕らえられ、衛兵たちの詰め所へ連行されてしまった。

 そこで “黒衣の魔術師” の一党ではないかと厳しく疑われ、いくら否定して聞き入れてはもらえなかった。


『自分たちは “大アカシニア” からきた親善訪問団の一員であり、然るべき筋に確認を取ってくれればわかる!』


 と繰り返したが、そのもまた、舞踏場で起きた混乱から抜け出せずにいたのだ。

 ふたりの身元が確認されることはなく、結局地下牢に放り込まれた挙げ句に、その存在を忘れられるというおまけまで付いた。

 彼らが発見されたのは事件から丸一日が経ってからであり、ふたりの姿が見えないことに気づいたエバが施した “探霊ディティクト・ソウル” の加護によってであった。


『殺気立った衛兵に拷問トーチされなかっただけでも幸運だ』


 臭い飯さえ食わせてもらえず臭い身体で牢から出てきたふたりを、スカーレットなどは慰めたが、ジグにしろカドモフにしろ臭い顔がますます臭くなるだけだった。

 そこでふたりはようやく “僭称者役立たず” の復活と王女エルミナーゼの略取を知らされ、合わせて酒場での成り行きと隼人たちの言伝をエバに伝えられたのである。

 もちろんだからといって、エバが旧交を温めに出られるわけもない。

 事態は収束に向かうどころか時を追うごとに混迷のたび合いを増しており、決定的な現場に居合わせてしまった親善訪問団他国人たちは、リーンガミル城内で半ば軟禁状態に置かれていた。

 彼らの今後は、女王マグダラと使節団長トリニティの会談に掛かっていた。


◆◇◆


「このような時に “大丈夫か?” と訊ねるのは愚かと理解しているが……大丈夫か、マグダラ?」


 女王の私室に招き入れられた他国の宰相は、幼馴染みの表情に戻って、実娘じつじょうを連れ去られた遠縁の親友を憂いた。


「この部屋を選んだのは誤りだったかもしれませんね……本当は弱い素顔を見せてしまいそうです」


 言葉どおりの弱々しい笑みを返す親友を、トリニティは痛々しい思いで見つめた。

 親友は今、慰めを求めてる。

 だが今なによりも必要なのは、それとは別のものだ。


「グレイ・アッシュロードはこういう時、あの男一流の対処法を持っていてな。まず “頭” と “心” を切り分けるのだ。そして冷静な頭でできることを考え、動揺する心にやるべき仕事として与えるのだよ」


「……覚えています。しかし “探霊” でエルミナーゼの反応があったのは “呪いの大穴” の最奥……ニルダニスの試練を乗り越えた “運命の騎士” でなければ辿り着けない場所です。そして当代の騎士は……」


「ああ、“禁呪” によって記憶を封じられ、自分の本当の名すら覚えていない。だから当代ではなく、次代の騎士を送り込むのだ」


「ですが志摩隼人……新たな “勇者” はいまだ未熟の身。とてもあの迷宮の深奥には」


「別に “運命の騎士” が “勇者” である必要がないことはアッシュロードが――ミチユキが証明しているではないか」


「――請う、善策を示したまえ」


 マグダラが頭を下げる。

 同じ “賢者” でありながら、動揺し弱さを露呈した今の彼女には、幼馴染みの思考に追いつけない。


「布告を出すのだ。リーンガミルだけでなく、このアカシニア全土に向けて。迷宮から王女を連れ戻した者には、望み得る限りの報償を与えると」


「……」


「あれだけの騒ぎだ。箝口令など無駄だ。すでに噂は千里を走っているだろう。秘密にしたまま流言飛語を招くより、よほどいい」


「しかし “僭称者”の復活を知れば、民たちに動揺が……」


「そこを抑えるのがため政者の務めではないか。悲運を嘆き、手をこまねいている暇はないのだぞ、マグダラ」


 そしてトリニティは最後に付け加えた。


「……二〇年前、君とアラニスが運命を切り拓いたのは、ただただ我武者羅に行動したからではないか。あの時できたことが、今できないわけがあるまい」


「……」


 マグダラは母親としてうつむき、やがて女王として面を上げた。


「そのとおりです、トリニティ。すぐに文案を起草させ、布令を出しましょう」


「ではわたしも直ちに帰国し、上帝陛下が悪い虫を起こさぬよう自分の務めを果たすことにしよう」


「お願いします、賢者ウォーロック――戦争を封じる者よ」


「ウォーロックか……本音を言うとだな、マグダラ。わたし自身が迷宮に潜って、あの薄汚いに “対滅アカシック・アナイアレイター” を喰らわしてやりたいのだよ」


「それはわたしもです」


「お互い、偉くなりすぎてしまったな」


「ええ、本当に」


 最後にもう一度幼馴染みとして微笑み合うと、女王と隣国の宰相は短い会談を終えた。



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