ジャイアントリーチ★

「……いえ、やっぱり冗句ジョークでしょう」


 “永光コンティニュアル・ライト” の光の中に現れたそれを見て、わたしは引きつった笑いで冗談めかしました。

 冗談めかすしかないほど、魔法光の中に現れたのは “巨大なヒル” だったのです。


「“巨大ヒルジャイアントリーチ” !」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669709355469


 パーシャが怖気を震って叫びました。

 この迷宮の第一層には、“大ナメクジジャイアント・スラッグ” と呼ばれる巨大な軟体動物が生息しています。

 名前のとおりとてつもなく大きなナメクジなのですが、そのおぞましさときたら何度遭遇しても慣れるものではありません。

 ですが今目の前に現れた巨大なヒルは、おぞましさすら上回っています。

 ヒルは他の生き物に張り付き、血を吸うことで生命を維持しているのですが、吸血の際にで皮膚を食い破るのです。

 当然 “巨大ヒル” にも、ギザギザした歯の生え揃った円い口は付いていて……。


 要するに――あの大きな口は、気持ち悪すぎるのですっ!


 そんな最高に気持ちの悪い巨大な環形かんけい動物が、四匹も這いずり寄ってきたのです。

 あまりの生理的嫌悪感に、パーシャでなくても鳥肌が立つのを抑えられません。


「気をつけて! そいつは毒持ちよ!」


 パーシャを背にかばいながら、フェルさんが注意を喚起しました。

 そうです。

 すでに戦いは始まっているのです。いつまでも狼狽えている場合ではありません。

 わたしは瞬時に気持ちを切り替えると、戦棍メイスと盾を構えヒルを観察しました。


(――体長は “大ナメクジ” と同じ五メートルくらい。吸盤状の口もそうですが、周囲でうねっている複数の触手がやっかいです。あの不規則な動きからの連撃は、かわしきれるものではありません)


「“神璧グレイト・ウォール” いきます!」


 間髪入れず叫び、祝詞の詠唱を始めます。


 “神璧” は、第三位階の加護。

 “解毒キュア・ポイズン” は、第四位階の加護です。

 第三位階の加護を一回温存して、第四位階の加護で最悪複数回治療するのは愚かと判断しました。

 慈母なる女神ニルダニスの強き御力が、降魔ごうまの壁となってか弱き子供たちを包み込みます。


「ありがてぇ!」


 装甲値アーマークラスを大幅に強化されたジグさんが、士気を大いに高めて “巨大ヒル” に突き進みました。

 鞭のようにしなり襲いかかってくる複数の触手を、順手に握った短剣ショートソード で次々に切り落として身体に触れさせません。

 隠れるHide in Shadow からの不意打ちSneak Attackを得意とする盗賊シーフ にしては、正面突破が過ぎるように見えますが、ニルダニスの守りを得たことでより大胆に動けるようになり、却って回避率があがったかもしれません。


「――死にさらせっ!」


 罵詈を浴びせながら跳躍したジグさんが、いつの間にか逆手に構え直した短剣を振りかぶり、“巨大ヒル” の頭部と思われる場所に突き下ろしました。

 小盾バックラーを投げ捨てた左手を柄頭に添えて、力と体重を切っ先の一点に集中。

 魔法の短剣は分厚く弾力のある皮膚を突き破り、確かな痛撃を与えました。


「――ぬんっ!」


 ジグさんとは対照的に、低い重心からの一撃を別の一匹にお見舞いしたのはカドモフさんです。

 横殴りの重い一撃は、“巨大ヒル” の胴体を真一文字に易々と切り裂きました。

 アナゴ狩りの際に、“壕の怪物モートモンスター” の胴体を半ばまで両断して見せた、強烈無比な斬撃です。


「――っっっ!」


 もちろん、もうひとりの戦士も負けてはいません。

 レットさんは重い木製の盾ラージシールドで触手の攻撃を打ち払いながら、身体を起こした二階建ての宿屋ほどもある “巨大ヒル” の直下まで踏み込み、魔法の段平ブロードソードで袈裟斬りにしました。

 まるで呼子の笛のような、甲高く耳障りな巨大環形動物の断末魔の悲鳴が響き、ムッとする生臭い体液が噴きこぼれます。

 しかし、レットさんはを浴びる前に素早く飛び退いています。

 それはまさしく練達の戦士の身ごなしでした。


 カドモフさんとレットさんが相手取った “巨大ヒル” は致命傷を負ったらしく、それぞれ巨体を横倒しにして痙攣しています。

 ジグさんが頭部を串刺しにした一匹は、かなりの痛手を受けたようですがまだ絶命には至っていません。

 

(加護で援護を――いえ、今の彼らの実力なら大丈夫)


 “棘縛ソーン・ホールド” で残り二匹の動きを封じようかとも考えましたが、思いとどまりました。


「ジグッ!」


「おうっ!」


 スイッチ!

 目の覚めるような見事な連係で、レットさんがジグさんと入れ替わります。

 深手を負った一匹を戦士がひとりで受け持ち、無傷の一匹をもうひとりの戦士と盗賊が挟撃する、どちらの “巨大ヒル” に対しても優勢な戦力で立ち向かえる必勝の態勢です。

 そこからは、一方的な戦いでした。

 “巨大ヒル” は無数の触手をうねらせてレットさん達を捉えようとしますが、全て回避されるか、盾や “神璧” で弾かれました。

 まずレットさんが手負いの一匹にトドメを刺し、すぐにカドモフさんとジグさんが無傷の一匹を “なます” に刻んで、戦いに終止符を打ちました。


「うへぇ……ひでぇ臭いだ」


 パーシャの口癖が移ってしまったかのように、ジグさんが辺りに充満する悪臭に顔を顰めました。

 ですが気持ちは分かります。

 この生臭さは、本当に “うへぇ” ……です。


「ったく、なんだつーのよ、この立て札は! 気色の悪いもんを呼び寄せるんじゃないわよ!」


 不快極まる臭いに、パーシャの口の悪さも青天井です。


 ――そのとき。


“兄弟よ、気をつけたまえよ”


 不意に立て札の文字が明滅しました。


 そして――。


 ズルッ……ベチャッ……ズルッ……ベチャッ!


 またもあの胸の悪くなる粘着質な音が近づいてきたのです。


「――ちょっ!? 冗談はやめてよ!」


 ハッ!


「まさか、その看板が――」


 ハッとしたときには、もう次の戦いが始まっていました。



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