第五種接近遭遇★

“――懐かしい気配がしたので、久しぶりに降りてきてみれば”


 脳内に直接響く清澄な声に、アッシュロードとドーラは目蓋を上げた――いや、上げさせられた。


“お久しぶりね、ルシフェル。ご機嫌いかが?”


 背に輝く三対の翼を持つ “熾天使セラフ” が、屈託なく微笑んでいた。


 “天使”


 人々が “天界” と呼ぶ、高次元異世界の住人。

 越次元の能力を持ち、遙か古来よりこの世界地上に姿を現してきた。

 人間にも度々目撃され、その美しくも神々しい姿から信仰と結びつき、男神や女神のしもべとして認知されている。

 実際 “天使” のは人を遙かに超え、未だ未熟な人類に神に近しい者として捉えられるのも、むべなるかな――なことだった。

 ふたりの古強者ベテランは、“棘縛ソーン・ホールド” の加護を受けたように指一本動かせない。

 しかし目の前の六枚羽には、祝詞を唱えたような素振りはなかった。


((い、いや、こいつが “上位天使” なら、それぐらいのことは朝飯前か))


 翼の数から見ても、目の前の天使はより上位の存在だろう。

 無詠唱で加護を嘆願するぐらい、雑作もないのかもしれない。

 アッシュロードもドーラも信仰心など欠片も持ち合わせてなく、“聖典” など読んだこともない。

 天使の知識は全て怪物百科モンスターズ・マニュアルから得たものか、伝聞程度でしかなかった。

 “紫衣の魔女アンドリーナの迷宮” に天使は姿を現さないのである。


“あら、そんな無粋な真似はしてなくてよ”


 アッシュロードとドーラが同じ考えに行き着いた瞬間、またも頭の中に “熾天使セラフ” の――今度は愉快げな声が響いた。


“あなたたちは単に驚いているだけ。落ち着いて深く息を吸ってみなさいな。人間はそれで気持ちが解れるのでしょう? 知っているわ”


 そこまで言われて、ようやくふたりは自縄自縛に陥っていたことを悟った。

 確かにそのとおりだ。

 だが仮にも熟練者マスタークラスを名乗っている探索者が、姿を見ただけで自ら金縛りに陥るとは……。

 “高位悪魔グレーターデーモン” と初めて対したときも、こんなことはなかったというのに。

 探索者たちは知らなかったが、“熾天使セラフィム” は上位どころか上位の天使であり、最も神々に近しいとされている存在であった。


 金髪、碧眼。

 白磁よりもなお白い肌。

 エルフをも上回る完璧な容姿。

 身長は思いのほか小柄で、一六〇センチメートルをわずかに下回る程度だろう。 

 中性的だが、声や口調から女だと思われる(天使に性別があればの話だが)。 

 落ち着きを取り戻しつつあるふたりの古強者は、目の前に突如として現れた高次元の生命体をようやく観察することができた。


「心を読むのは無粋じゃないっていうのかい? それに頭の中に直接語りかけるのはやめとくれ。気色が悪いったらないさね」


“人間は不便ね”


 まだ狼狽え気味のドーラの言葉に、“熾天使” は年頃の町娘のようにコロコロと笑った。

 そして、


「――これでいいかしら?」


 と、喉から聖鈴の音にも似た声を響かせた。

 探索者一の美声と言われているフェリリルの祝詞も、この声の前には霞んでしまうだろう。

 聴く者が聴いたら、それだけでひざまづき感涙にむせんでしまう――そんな声だった。

 だがアッシュロードもドーラも、篤信という言葉からは一番縁遠い存在だ。

 啓示を受けた田舎娘のようにはならない。


「ああ、すまないね。なにせ人間ていうのは不便に出来てるもんだから」


「気を悪くしたのなら謝るわ。ごめんなさい」


 “熾天使” が素直に謝罪した。


 面食らうドーラ。

 これでは悪いのは自分の方ではないか――と思った。


「心を読んだことも謝るわ。でも許して。あなたたちがいきなり剣でくるとも限らないでしょ? ここは “そういう場所” だと理解しているのだけど」


「「……」」


 ふたりの古強者探索者は、自分たちが依然として目の前の天使に呑まれていることを認めざるを得ない。


「ここは “真龍ラージブレス” の領域。わたしたちの力は彼の蛇の力で大幅に抑えられているの。天使だって痛い思いはしたくないですもの」


「……なるほど。道理だ」


 アッシュロードが嘆息した。

 少々ズレてはいるが、こちらに害意はないらしい。

 友好的フレンドリーな魔物とも、また違う。

 人外NPCに近いといえば近い……のだろうか?


「あんたが友好的な魔物なら、“イビル” の俺たちでも問答無用で斬りかかったりはしない」


 自分たちは先ほどの “死人使いネクロマンサー” との戦闘で、予期せぬ深手を負っている。

 この六枚羽が “高位悪魔” 以上の力を持つ存在なら、今は争いたくない。

 返り討ちに遭うのが関の山だ――と、火傷でひりつく顔を顰めながら、絶賛休業中の迷宮保険屋は思った。


「そうしていただけると嬉しいわ。わたしは剣でよりも、お喋りをする方が楽しくて好き」


「剣は斬るもんだよ――まあ、稀に殴ったりもするけどね」


 噛み合っているようで噛み合っていない会話に、ドーラが顔を振って吐息を漏らす。


「殴られるのも斬られるのも、痛くて怖いことには変りはないわ――それよりも、お喋りをするには名前を知っている方がより楽しくなるの。あなたたちの名前を教えてくださらない?」


「あたしはドーラ。そっちのやさぐれてるのがアッシュロード――でもね、そういう時は、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんさね」


「あら、自分たちの常識を他の種族に押しつけるのはよくないわ。争いのもとよ」


「“郷には入れば郷に従え” ――ここは天界じゃなくて人界だよ」


「ああ、その言葉なら知っていてよ。前にお喋りした聖職者クレリックが教えてくれたの――いいわ、郷に従ってあげる」


 “熾天使” はパムッ! と掌を合わせて楽しげにいうと名乗った。


「初めまして、ドーラにアッシュロード。わたしは “ガブリエル” ――さあ、一時憂さを忘れて、楽しい楽しいお喋りをしましょう」


 底抜けに邪気のない、明朗な声。

 脳天気と言えばよいのか、世間知らずのお嬢様と表現するのが相応なのか……。

 六枚の純白の翼をパタパタさせると、歌うように “熾天使” がせがんだ。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669171688786



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