襲撃

「――何者です! わたしたちを筆頭近衛騎士グレイ・アッシュロード様の命で “王城レッドパレス” におもむく者と知っての狼藉ですか!」


 自分たちを取り囲んだ男女――一〇人はいる――に向かって、凛とした声でハンナが言い放つ。

 彼女は探索者ギルドの受付嬢でしかない。

 しかしその生まれは、狂気の大君主 アカシニアス・トレバーンの出現以後多くの貴族が断絶されたなか、未だに家名を保ち続けている大貴族 “バレンタイン侯爵家” なのである。

 身についた品位、威厳、重みは、周囲を圧した。


 ダイモンは引き抜いた ロングソードを構えながら舌を巻いた。

 貴族の生まれだとは小耳に挟んでいたが、このお姉さんは本物だ。

 ダイモンとて、これまでに幾たびかの命のやり取りを潜り抜け、人や魔物が放つ気配には敏感になってきている。

 ハンナが発した気迫は間違いなく周囲を圧した。

 それは確かだ。


 だが――。


  “カドルトス寺院” のエバ・ライスライトへの害意を早くから察知して、対応策をハンナに託したアッシュロードだったが、その “深度” を見誤っていた。

 寺院側のエバへの害意の深度は、アッシュロードが考えているよりも遙かに深かった。

 伝説の “銀髪の聖女” の再誕――それは現世への女神ニルダニス降臨の可能性を意味する。

 そしてそれは、実際に彼らの眼前で起こりかけた。

 もしあのとき女神が降臨し、その御力でこの都市を救っていたら、彼らが帰依する男神カドルトスの権威は失墜していただろう。

 信徒たちの信仰は根本から揺らぎ、女神が自らの口で自身への帰依を求めでもしたら、雪崩を打って改宗者が出ていたはずだ。


 アッシュロードは、男神も女神も信じてはいない。

 それ以前に、そもそも

 存在しているのは、“より高次元での宇宙的規模の集合意識エネルギー” だ。

 この世界の人間は、便宜上それを男神や女神と呼んでいるに過ぎない。

 信仰心パイエティとは、その “集合意識エネルギー” に接続するための能力でしかない。

 だからアッシュロードのように “神がでーきれー” で自分の髪に付着したフケほども信じていなくても、“集合意識エネルギー” に接続その力を引き出し利用することができる。

 

 だから寺院側の焦慮の深度を見誤った。

 彼らにとっては男神カドルトスに帰依する者の信仰こそが、自分たちの権威の根元であり、すべてなのだ。

 それを揺るがす存在が現われれば、躊躇なくファングを剥く。

 そしてその牙は実際に剥かれた。

 “カドルトス寺院” の高僧たちは “聖女再臨” の報告を受けるや否や、直ちにその抹殺を麾下の実働部隊に命じた。

 手段は問わない、一秒でも早く、聖女が女神になる前に殺せ――と。

 知らぬ存ぜぬで押し通せなければ、理由などあとでいくらでも付けられる。

 “蜥蜴の尻尾” でも “スケープゴート” でも、殉教者になりたがる者などいくらでもいるのだから。


 あるいは普段の忌々しいほどに抜け目のないアッシュロードなら、正確に看破していたかもしれない。

 しかし昨夜からの暴風雨のような状況の変化と蓄積した疲労が、そのアッシュロードをしてつい “自分の尺度” で物事を測らせてしまった。

 昨夜の今朝で、そこまで強行手段には出ないだろう。

 出るにしても多少の猶予はあるはずだ――そう判断させてしまった。

 彼らしからぬ、希望的観測―― 致命的な過誤ファンブルだった。


「――ど、どうする! コイツら目がやばいぞ!」


 ダイモンが叫んだ。

 確かに周囲を圧したはずのハンナの威厳も、自分たちを取り囲む信者たちには通じてない。


「やむを得ません――血路を開きます!」


 ハンナにも躊躇はない。

 覚悟はとうに決めている。

 立ち塞がる者があるなら、暴徒だろうと狂信者だろうと打ち倒して進むまで。


「正義はわたしたちにあります! 邪魔をするなら斬り捨ててください!」


◆◇◆


 プンプンプンッ! プンプンプンッ! プンプンプンプンプンプンプンッ!


 プンプンの三三七拍子です!


「――ねぇ」


「なんです」


「空気悪くなるから、いい加減に機嫌直してよ」


「お構いなく。空気なら最初から悪いです。問題にもなりません」


 カビ臭くて、コケ臭くて、腐敗臭がして、排泄物の臭いまでするくらいです。

 あと少しくらい空気が悪くなっても、全然許容範囲です。


「あんたたち、さっきまであんなに仲良かったじゃない。いったい何がそんなに気に食わないのよ?」


 リンダが意味不明といった顔で、わたしをなだめます。


「さっまではさっきまで、これからはこれからです! わたしは今日の今日までこんな不誠実で不真面目な人を見たことがありません!」


「……不誠実と不真面目ってどう違うんだ?」


 道行くんが、ボサボサの頭をボリボリと掻く気配がします。

 プンッ! もうあなたとは目も合わせてあげません! プンッ!


「そういうところが不誠実で不真面目なのです! 人の言葉尻を捕まえて重箱の隅を突き、挙句の果てには甘言を弄して人を操るなんてもっての他です!」


「そんな言わなくても……」


 もはや “処置無し” といった感じでため息を吐くリンダ。


 道行くんのわたしが空高くんの傷を癒したあと、道行くんはレクチャーされたとおり聖水で魔除けの魔方陣を描いて、キャンプという名前の安全地帯を作りました。

 おそらく血を流しすぎたのでしょう。

 今は眠っている空高くんが目が覚めるのを待っているところです。

 その間に道行くんは自分が倒した “犬の頭をした毛むくじゃらの怪物” の死体を改めて、一〇枚程度の金貨(のような物)を手に入れました。

 まさに殺して奪う――強襲&強奪ハック&スラッシュです。


 野蛮です! 残酷です! 不誠実で不真面目です! こんなのは娯楽でもなんでもありません!


(……彼女って、こんなに “怒りん坊” なのか?)


(……普段は全然そんなことないんだけど、あなた瑞穂のに触れられちゃう人だわ)


(……あ? なんだそりゃ?)


「――そこ、なにをヒソヒソやっているのですか! わたしたちが置かれている状況を考えてください! 不謹慎です!」


((……))


「……その状況とやらはどうなってるんだい?」


 その時、弱々しい男の子の声が下からしました。


「空高くんっ」


「気がついたのね!」


 魔方陣の描かれた石畳に寝かされた空高くんが、薄らと目を開けてわたしたちを見ていました。



「……そうか。ちょっと信じられない話だな」


 道行くんからおおよその経緯を聞かされた空高くんは、そういってから右肩に手を触れました。

 鎖で編まれた鎧(これを帷子かたびらというのでしょうか?)には穴が空いていて、周りには乾きつつある血がベッタリと付着しています。


「……でも信じるしかなさそうだ。あの痛みは現実だったし、さらにその怪我が治ってる」


「……どういうことなの? これってただのアトラクションでしょ? なんで出られないのよ……」


 空高くんが暗い迷宮の天井を見つめながら呟き、冷たい石畳の床に体育座りをしたリンダが零します。


「……どう思う?」


「……さあな」


 空高くんに視線を向けられた道行くんが、微かに顔を横に振りました。


「……でも考えてることはあるんだろ? お前はいつだってそうだからな。聞かせろよ」


 気のせい……でしょうか? 空高くんの言葉にトゲが籠もったように聞こえました。

 あくまで俺の勝手な解釈だが……と前置してから、道行くんが考えを述べました。


「……VRがあまりにもリアルすぎて、脳味噌が現実だと思い込んじまったのかもしれない」


 だから傷を負えば苦痛を感じるし、血も噴き出る。

 逆に魔法があると強く思えれば、怪我だって治せる。


「それじゃ、現実のわたしたちはどうなってるわけ!?」


 リンダがヒステリックな声を上げて、道行くんに食って掛かりました。


「……わからない。もしかしたら意識不明で病院のベッドで寝てるのかもしれん」


「……アニメやラノベで、散々使い古されたパターンだな……しかもそのパターンだと……」


 空高くんが、そこで口をつぐみました。


「そ、そのパターンだと……?」


 わたしは恐る恐る、先をうながします。


「……ここで死ぬと、現実の俺たちの心臓も止まる」


 答えたのは空高くんではなく、そのお兄さんでした。


「じょ、冗談じゃないわよ! わたしそんなの嫌よ! 絶対に嫌!」


「……それで目覚めるにはどうすればいいと思ってるんだ? そこまで考えているんだろ?」


「……今ここにいる俺たちが、これは虚構アトラクションだと確信できれば目が覚める可能性がある」


「……その確信を得るには?」


「……虚構と現実の接点に到達すること」


「……つまりはゴールか」


「……ありがちだけどな」


 空高くんが道行くんの〆の言葉を受けて、上半身を起しました。

 ふらつき、わたしは慌てて彼を支えました。


「すまない」


「い、いえ」


「……方針は決まったか?」


「ああ、ゴールを目指す」


 道行くんが問い掛け、空高くんが答えます。

 道行くんが考え、空高くんが決断を下す。

 このふたりはどうやら、そういう呼吸で出来上がっているようです。


「“冒険の再開RESTART AN "OUT" PARTY” だ」


◆◇◆


 氷で蓋をされた城門跡からかなり離れた平地に、約一〇〇〇名の兵士たちが整列していた。

 全員が完全武装で、城壁に掛けられた長い縄梯子を下りての集合だ。

 遙か北方の永久凍土のように凍りついた城門はここまでその冷気を及ぼしていて、兵士たちの骨を冷やしている。


 二騎の騎士が、現在彼らの眼前にいる。

 一騎は漆黒の板金鎧プレートアーマー を着込んだ人族ヒューマンの男。

 もう一騎は、同じく漆黒の鎖帷子チェインメイルに身を包んだ 猫人フェルミスの女。

 彼らの指揮官であり、副指揮官だ。

 これから彼らはこのふたりの指揮の下、“紫衣の魔女大魔女アンドリーナの迷宮” の迷宮へとおもむく。


 指揮官の男が馬上のまま、見送りにきた筆頭国務大臣司令官と言葉を交わしている。

 迷宮に馬など必要ないのに苦労して城壁の外にまで運び出してきたのは、指揮官が徒歩では士気に関わるという “阿呆” のような理由だったが、なるほどそれも一理ある――と今は多くの兵士が思っていた。

 彼らにしてみれば、自分たちが命を託す男が(トレバーンの留守中)この国で一番のお偉方とはいえ、安全で快適な王城で過ごす “お大臣さま” にペコペコしている姿など見たくはない。

 少なくともこの演出なら、ペコペコして見えるのは “お大臣さま” の方だ。

 やがて、黒衣の指揮官が見送りとの会話を終えた。


「寒いからさっさと片付けて家に帰るぞ――出陣」


 グレイ・アッシュロードは彼の指揮する兵士たち号令を下すと、馬首を “街外れEdge of Town” に向けた。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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