進撃の近衛

 目の前で人族ヒューマンの女と猫人フェルミスの少女が、巨大で醜悪な “食人鬼オーガ” によって、今まさに補食されようとしている。


 ダイモンたちは思った。

 自分たちの手には剣がある。

 身体には鎧をまとっている。

 魔術師は呪文を修得している。

 では、エバ・ライスライトにあって自分たちにないもの――それは、なんだ?


 なんだ?


 答えが出る前に、ダイモンが怒号していた。

 意味を成さない雄叫びに近い罵詈雑言を、“食人鬼オーガ” に向かって叩きつける。

 仲間への指示も、事前の打ち合わせもない。

 身の内に突発的に湧き起こった衝動に駆られた行動。

 女や少女を助けたかったわけではない。

  “食人鬼” が憎かったわけでもない。

 戦いたかったわけでも、死にたかったわけでもない。


 ただただ、耐えられなかった。

 惨めさに、耐えられなかった。


 いつまで経ってもエバの後釜の回復役ヒーラーを見つけられず、その日限りの僧侶プリーストを見つけては、どうにか迷宮に潜る日々。

 そしてその日雇いさえも、それ以降は二度と雇われようとはしない。

 未だ全員がレベル1のまま。

 底の底。

 底辺の底辺。

 城塞都市、最低最弱のパーティ。

 それが今の自分たちだった。

 その惨めさが後先考えない蛮勇につながった。


 要するにダイモンはこの時、しまったのだ。

 そしてダイモンの狂気は、瞬く間に仲間に伝染した。

 いや、火を着けたと表現した方がより適切だろう。


 クリスが ロングソード を、リンダが短剣ショートソードを手に、やはり狂気じみた形相と叫び声で “食人鬼” に突進する。

 セダとエドガーが得物を手に走り出すことなく同時に “昏睡ディープ・スリープ” の呪文を唱えだしたのは、魔術師メイジとしての条件反射だった。


 セダの “昏睡ディープ・スリープ” は耐呪レジストされたが、エドガーの唱えた方が通った。

 突然の睡魔に襲われた “食人鬼” が、つんのめるように転倒する。

 “亜人種”である “食人鬼” は、“犬面の獣人コボルド” や “オークゴブリン” 同様に、睡眠系の魔法への抵抗力が低いのだ。


 痛みすら感じない昏睡状態に陥った巨人に息が絶えるまで――息が絶えたあとも、滅多矢鱈に得物を振り下ろし続ける。

 セダやエドガーも加わった五人で、それは執拗なまでに “食人鬼” の身体が挽肉ミンチに変わってもなお、彼ら自身が疲れ果てて動けなくなるまで続いた。


◆◇◆


「――次席近衛ドーラ・ドラ。ただ今推参!」


 身体を極限まで丸めた体勢での、超高速回転。

 三体の “炎の巨人ファイアージャイアント” を一瞬で屠った “影” が、シュタッとアッシュロードの前に着地し、しゃなりと立ち上がってみせた。


「相変わらず派手な登場しやがる」


 しなやかなポーズで不敵に笑う “ドラ猫” の背後で、首から上を失った巨人が三体、土塊を巻き散らせて折れ重なる。


「筆頭近衛の背中を守るのがあたしの役目だからね。あんたばかりに美味しい真似はさせないよ」


「上等だ。久しぶりに派手に踊るか」


 アッシュロードは苦笑し、久方ぶりの相棒との共闘に心が弾むのを否定できない。


「アイ・アイ・ニャー!」


 ドーラがそれまで順手で握っていた両手の得物をクルリと回転させ、逆手に持ち替える。


「おまえの二刀は久しぶりに見るな」


「本来、二刀流は忍者のお家芸だからね。見せてやるよ、ひと味違うわざってやつを」


 言うな否や、ドーラはアッシュロードの肩をタンッと踏み台にして、宙高く舞い上がった。


「頭の上はまかせな!」


 そしてアッシュロードの頭上より雨のように降り注ぐ巨人が鮮血。

 軽やかに、華やかに、そして艶やかに。

 マスターくノ一の舞うところ、死出の手向け花が深紅の花を鮮やかに咲かせるのだ。


「だから、人を踏み台にすんじゃねえ!」


 アッシュロードが吠える。

 ドーラが “柔” なら、彼は “剛”


 大柄なドワーフの胴よりも遙かに太い “炎の巨人ファイアージャイアント” の大腿部を、右手の “悪の曲剣イビル・サーバー” の一刀で両断。

 倒れ込んできた巨人の眉間を左手の “魂殺しスレイ・オブ・ソウル” で串刺しにして、そのまま死体を支えてみせた。


 さらに振り払うようにして巨大な頭骨から “魂殺し” を引き抜くと、別の一体に向けて猛然と突き進み、これを瞬息の手際で何度も激しく突いた。そしてそのすべてが当たりヒットし、瞬く間に二体の赤銅色の巨人を屠ってみせた。


 これまでのアッシュロードとは、明らかに違った。

 +3相当の魔法の武具に身を包んだ熟練者マスタークラス君主ロードの戦闘力は、高い耐久力を誇る “炎の巨人” ですら容易に屠るレベルにあるのだ。


 “悪の曲剣” は、切れ味こそ若干劣るものの “旋風ミキサー剣”の異名を持つ古の名匠が鍛えた業物と同じ、最大攻撃回数四回を誇る。

 これは通常のロングソードの 四分の一の軽さであり、四倍の攻撃回数だ。

 忍者を除く熟練者の素の攻撃回数の三回と合わせて、実に最大七回の攻撃を放つことが可能なのである。

 左手の “魂殺し” も “悪の曲剣”と同じ四回の攻撃回数を誇る “短剣” としては最高級の魔剣だ。


 身にまとっている “悪の鎧イビル・アーマー” に至っては、+3と謳っていながら、その実+4相当の魔法強化が施されている甲冑であり、その装甲値アーマークラスはミスリル製の板金鎧プレートアーマーやあの “君主の聖衣ローズ・ガーブ” に迫るなのである。

 並の魔物の攻撃など、かすりもしない。


 城壁の歩廊で “ガーゴイル”による空挺攻撃を撃退した守備兵たちが、二人の近衛騎士の圧倒的な戦いぶりに大歓声を上げていた。

 “炎の巨人” が何体いようとものともしないその強さ。


 ――勝てる! この二人がいれば勝てる!


 劣勢だった守備兵たちの士気が一変した、まさにその瞬間。


 


◆◇◆


「――だから、アッシュロードさんはどうしているのかと訊いてるんです!」


 わたしは城門を守備する兵士の隊長さんに、噛みつくような口調と表情で再々々々度訊ねました。


「だから、我らが指揮官閣下の居場所を素性もわからぬ探索者に教えるわけにはいかんと何度も言ってるだろう!」


 隊長さんが、わたしに負けず劣らず噛みつくような口調と表情で怒鳴り返します。


「おまえたちにはに集合して予備隊を編制するよう、王城から指示が出ているはずだぞ! さっさと行け! 命令に従え!」


「それはわかっています! わかっていますが、せめて安否ぐらい教えてくれてもいいではありませんか!」


 ああ、もう! さっさと教えてくださいよ! この石頭の、香具師の、モモンガーの隊長さん!


「これだから探索者という奴は! 指揮官の安否や所在は――」


 その時、業を煮やしたパーシャが、石頭の、香具師の、モモンガーの隊長さんに食って掛かりました。


「あんた、知らないの! この娘は、そのアッシュロード閣下のなんだよ!」


「「「「「「「「「――!!?」」」」」」」」」


 パーシャ以外の、わたしを含めたその場にいたすべての人が


「それも、あの上帝トレバーン陛下公認の仲なんだから!」


「「「「「「「「「な、なんだってーーーーーっ!!!?」」」」」」」」」


 ――って、わたしまで一緒に驚いていてはいけません!

 パーシャが作ってくれたこの流れに、上手く乗らなければ!


「そ、そうです。わたしはあのアッシュロード閣下の奥さんなんです」


 年相応に膨らんでいる(と自分では思っている)胸を逸らして、出来るだけ偉そうに宣言します。


 ピキピキピキピキ……!


 と、なにやらエルフの僧侶さんの方から不吉な音が聞こえてきますが、この際それは無視です。


「この顔に見覚えはありませんか! トレバーン陛下の馬前を乱してこの顔を!」


 ビキビキビキビキビキビキビキビキ……!!


 “ピキピキ” が “ビキビキ” になっていますが、無視です!


「おお、そういえばあの時の――!!!」


 周囲の兵隊さんの間から、期待通りの声があがりました。


「隊長殿! 間違いありません、自分は見ました! 確かにこの娘――いえ、ご婦人レディは、閣下のご妻女です!」


「な――っ!!?」


 見る見る顔色が変わっていく隊長さん。

 よく見ると、昔のアニメ映画で見た衛士隊の隊長さんに似ています。


「こ、これは失礼をばいたしました! わたしは城門内側の守備を任されている――」


「それはいいですから、あの人はどこですか!!? 無事なんですか!!?」


「はっ! ご無事であります! 閣下は現在、城門の外に単身出陣なさっておられます! あれぞまさに剛勇無双の英傑! 筆頭近衛騎士の名に恥じぬ立ち振る舞い! 武人の本懐まさに尽きるという――」


「あのバカーーーーーーーッッッッ!!!」


 わたしは叫ぶなり、篝火を蹴倒すような勢いで城門脇の防御塔に飛び込みました。


「あっ! こら、おまえらは駄目だ!」


「なに言ってるの! アッシュロード夫人をひとりに出来るわけないでしょ! 護衛だよ!」


「一時の方便に決まってるじゃない! 緊急避難的な、超法規的措置よ!」


「このパーティのリーダーだ! 通らせてもらう!」


「んじゃ、俺も」


「……ドワーフは友は見捨てん。たとえそれがどんな友でも」


「“レディ・アッシュロード”です! 夫の安否を確認するためにまかり通ります!」


 防御塔内部の螺旋階段を名乗りを上げながら駆け上がります!

 上から下りてくる伝令兵とおぼしき人がギョッとした顔で尻餅を突くのを無視して、防御塔上部の指揮所に出ました。

 なぜか誰何をするべき守備兵の人がいませんでしたが、わたしはこれ幸いにと城壁の歩廊に飛び出ます。


 胸壁に駆け寄ったわたしがその間から見たものは、折り重なる何体もの赤銅色の巨人の真ん中に立つ、アッシュロードさんとドーラさんの姿でした。

 二人はお互いの死角を守り合うように、背中合わせで立っていました。

 まるで敵中に出来た鉄壁の出城のように、赤い肌の巨人たちを寄せ付けません。

 これなら……大丈夫。

 わたしは本能的に察しました。

 これならきっと無事に還ってきてくれる。


 ですが、その時になってようやくわたしは気がついたのです。

 アッシュロードさんが、ドーラさんが、そして城壁の上に立つすべての兵士の人が、同じ方向を見つめていることに。

 同じ方向。同じ一点。獣人の大軍勢――その中心部を見つめていることに。


 その瞬間、雷鳴のような沈黙が戦場を切り裂きました。


 誰も彼も、騎士も兵士も探索者も、魔物さえもが声を失う中、獣人たちの大軍が割れていきます。

 静々と、粛々と、整然と、魔物の大軍勢の真ん中に一本の道が出来ていったのです。

 そして……わたしたちは見たのです。


 蒼白い月光に照らされた紫の法衣ローブをまとった一人の女性が、ボッ、ボッ、ボッ……と道の両側に点っていく松明の灯りの真ん中を、まるで海を割った予言者のように、こちらに向かって――城門に向かって歩いてくる姿を。



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