悪辣なるパーシャ

 ……寺院から勝手に目覚めて……ゾンビ顔でほっつき歩く死体……。


 その場にいた全員が見事に凝固しました。

 わたしたちの名誉のために言っておきます。

 わたしたち探索者にとって、“ゾンビ顔でほっつき歩く死体” は日常茶飯事であって決して怖れる存在ではありません(恐くない恐くないと、自己暗示でブーストしてますが)。


 わたしたちが怖気を震ったのは、なにより不浄な存在を排斥し護られている “カドルトス寺院” から、そのゾンビ顔が現れ出たことなのです。

 いったいどれだけを施せば、そんな真似ができるというのでしょうか。

 そんな真似ができるのは、いったいどれほどなのでしょうか。


「そ、それって、たんに顔色が悪いだけじゃないのですか? ほ、ほら、蘇生直後は皆さん誰でも体調が最悪ですし……」


 オッカムの剃刀……オッカムの剃刀…… と心に念じながら、アッシュロードさんに確認します。


生命いのちの波動が感じられない……不死属アンデッド だ」


 不死属……不死族……腐死……ふし……。


「……アレクなんだね?」


「……ああ、顔色は悪いが間違いない」


 念を押すドーラさんに、アッシュロードさんが頷きます。

 不気味な沈黙が、探索者ギルドのエントランスに立ちこめます。

 その緘黙かんもくを打ち破ったのは、恐怖という状態ステータス異常に強い種族耐性を持つホビットでした。


「ハンナさん、その依頼書。ちょっと見せて」


 パーシャがハンナさんに向かって一歩進み出ます。


「え? あ、どうぞ」


 虚を衝かれた様子で、ハンナさんは反射的に依頼書をパーシャに手渡しました。

 パーティのみんなが、パーシャの手の中の依頼書をのぞき込みます。

 わたしもアッシュロードさんの外套をつかみながら、首だけ伸ばしてのぞき込みます。


「……おい!」


 アッシュロードさんが臭い顔をしていますが、キニシナイ。


「……依頼内容……行方不明者の捜索……死亡していた場合は死体の回収……報酬……迷宮金貨五〇〇〇枚……」


「「「「「迷宮金貨五〇〇〇枚!」」」」」


 5,000 D.G.P.!


「……条件……行方不明者が契約している “迷宮保険請負人” よりも早く発見、または回収すること。これは絶対条件なり」


 やはり、何が何でも遺体を確保したいようですね


「付帯条項…… “探霊ディティクト・ソウル” の能力を持つ “死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー” を貸与するものなり。捜索に役立てることを望む」


「「「「「「……」」」」」」


「ハンナさん、この依頼あたいたちでも受けられる?」


 パーシャが依頼書から顔を上げると、決意の籠もった瞳で訊ねました。


「え? え、あ――どうでしょう。アッシュロードさん、アレクさんはにいるんですか?」


「地下一階だ」


「地下一階での行方不明者の捜索なら、あたいらのレベルでも受けられるよね?」


「え、ええ。それは確かに……」


 パーシャに言質を取られる結果になってしまったハンナさんは困惑顔です。


「おい、パーシャ」


「レット、受けよう! 今ならあたいらでも受けられる! でも、もしアレクがこのまま迷宮の奥まで行っちゃったら、ギルドの規定で受けられなくなっちゃうよ!」


 探索者ギルドでは、冒険者ギルドのように頻繁に外部から依頼があるわけではありません。

 あくまで迷宮探索を生業とする人たちの支援を目的とした、官営の組織だからです。

 ですが、たまにこのような依頼が持ち込まれることもあります。

 そういった場合、目的地となる迷宮の階層によって依頼を受けられるかどうかの選別がなされます。

 ギルドに登録している探索者なら誰でも依頼を受けられる――というわけではないのです。


 例えば、わたしたちが当面の目標としている “噛みつくものBiting” という魔剣がありますが、あの剣を手に入れるには地下三階まで潜らなければなりません。

 “この剣を手に入れて欲しい” という依頼があった場合、受けられるのはレベル7以上の探索者になります。

 地下二階で行方不明になった身内(探索者)を捜して欲しい――場合は、最低レベル5以上。

 これは聖職者がレベル5で “痺治キュア・パラライズ” の加護を授かるからで、地下二階から出現する、いわゆる “麻痺持ち・毒持ち” の魔物に対抗できると考えられているからです。


( “解毒キュア・ポイズン” はレベル7で授かる加護ですが、これは同様の効能を持つ “水薬ポーション” がボルザッグさんのお店で購入できるためです)


 パーシャの言うとおり、依頼を受けることができるはずです。

 できるはずですが……。

 なんというルールの穴を突くマンチキンな解釈でしょうか。


「レット、あたいを信じて。みんなも。決して思いつきで言ってるんじゃないんだ」


 パーシャがみんなを見渡し、そしてレットさんも視線をメンバーに走らせます。


「俺は構わないぜ。ただ潜って強襲&強奪ハック&スラッシュを繰り返すより、目的があった方が張り合いがでるしな」


「……俺も異議はない」


「仕方ないわね。今のわたしたちにはお金が必要だものね」


 ジグさんが、カドモフさんが、そしてフェルさんが、それぞれがそれぞれらしく賛意を表します。

 レットさんが残るわたしを見ます。


「え、ええと、わたしも構いません」


 みんなが納得しているなら反対する理由はありませんし。


「わかった――ミストレス・バレンタイン。俺たちがこの依頼を受けよう。問題はないな?」


「え、ええ。確かに現状ではお断りする理由はありません」


 ううん、困った――といった表情ながら、ハンナさんが不承不承に頷きます。

 規定にない理由で依頼への受領希望を断れば、職権乱用になってしまいます。

 例え、わたしたちの身を案じてくれてのことだとしても――いえ、だからこそ、文字どおりの公私混同になってしまうのです。


「わかりました。この依頼はレットさんたちにお任せします。でも無理は駄目ですよ。それからアレクさんが地下二階に下りてしまった場合は……」


「わかってる。その時点で俺たちがレベル5になってなければ、依頼は辞退する」


「そうしていただけると助かります」


 ホッと吐息を漏らすハンナさん。

 本当に奇麗でよく気のつく優しい女性です。

 わたしたちも、この人に迷惑を掛けないようにしなければいけません。


「――よし、そうと決まれば作戦会議!」


 パーシャは機敏です。

 表情や立ち振る舞いもそうでしたが、それに加えて今日はこれまでになく頭の回転も目まぐるしいようです。

 きっとこれが魔術師であるパーシャの本当の姿なのでしょう。

 そして、わたしが外套をつかんで逃がさないようにしているアッシュロードさんを見上げます。


「おっちゃん勝負よ! アレクは、あたいたちがから!」


 見事な啖呵を切ると、


「行こう、みんな!」


 肩でブンブンと風を切ってギルドから出て行きました。

 やれやれ――といった感じで、他のメンバーもパーシャに続きます。


「……おい、行かなくていいのか?」


 毎度毎度、パーシャに一方的に宣戦布告をされてしまうアッシュロードさんが、何とも言えない虚脱した顔でわたしを見ました。


「あ、はい」


 それでも、まだ外套から手を放さないわたし……。


「……あの」


「……?」


「ベッド……お部屋を貸していただいて、ありがとうございました。本当によく眠れました」


「……礼ならおまえんとこのリーダーに言え。俺はあいつにしつこく頭下げられて根負けしただけだ」


 それでも、まだ外套から手を放さないわたし……。


「おい、まだ何かあるのか? 仲間、行っちまうぞ?」


「……無事で……」


「……あ?」


「……生きていてくれてよかったです」


 やっとのことでそれだけ言うと、わたしはみんなの後を追って駆け出しました。


「……」


「や~れやれ。見せつけてくれるねぇ」


「ほ~んとです。見せつけてくれますねぇ」


「……そんなんじゃねえ」


「ふん、まるで “生まれたばかりの水鳥の雛” の前に、偶然居合わせちまった年寄り犬みたいだね、あんたは」


「そんなことより――いいのかバレンタイン。依頼内容を俺たちにペラペラ喋っちまって。利益相反だろう」


「いえ、わたしたち探索者ギルドの使命は、あくまで迷宮に挑む探索者さんの支援です。保険屋さんといえどギルドに籍を置く探索者には違いありません。この依頼は何か臭います。注意してください」


「ああ、それはわかってるよ。キナ臭くて “砂場より鼻が曲がる” 」


「それに――」


「? それに?」


「勝負は正々堂々と着けたいですからね。あなたに何かあられるとわたしが困ります」


「はーっはっは! お嬢にしては上出来じゃないか!」



※ “砂場より鼻が曲がる” 猫人族フェルミスの言い回しでトイレよりも臭い――の意。


◆◇◆


 作戦会議です。

 馬小屋で、装備を身に付けながらの作戦会議です。

 パーシャ曰く、今は “砂時計の一粒が砂金よりも高価” なのだとか。


「いい? 今、あたいたちは千載一遇の機会を得てるの。今回の捜索する死体は 。だから、 “探霊ディティクト・ソウル” の加護を何度も願う必要がある」


「そうね、あの加護は捜索対象者の大まかな位置しかわからないから」


 鎖帷子チェインメイルを着込みながら、フェルさんが同意します。


「そう。それなのにおっちゃんはすでに一回使っちゃってる。さっきギルドでね」


「あ、でもアッシュロードさんは、最高であと五回同じ加護を嘆願できるはずよ?」


 と、これはわたし。


「それはないと思う」


「? どうして?」


「同じ位階の加護に “焔柱ファイヤー・カラム” の加護があるから」


「……あ」


「そうか。あのオッサンたちが使える唯一の集団攻撃魔法か」


 わたしがハッとし、一足早く革鎧レザーアーマーを身に付けたジグさんが(本当に手際のよい人です)納得します。


「うん。熟練者マスタークラスの二人組なら武器だけで大概の場合はどうにかなるだろうけど、それでも最低ひとつは残しておくと思うんだ。それが探索者の本能だから」


「……説得力はある」


 胸当てを着け終えたカドモフさんがボソリと頷きました。


「おっちゃんたちは “探霊” の加護をそう何度も使えない。動き回ってるアレクを捜すのにこれは凄く辛いことだよ。それに比べて、あたいらには “死人占い師の杖” がある。運悪く壊れない限り何度でも使える杖がね」


「あ、でもアッシュロードさんは、“ 滅消ディストラクションの指輪” を持ってるわよ。あれなら――」


「今回に限って、おっちゃんはあの指輪は使わないよ」


「? どうして?」


「あの指輪のボルザッグでの取引価格を知ってる?」


 パーシャが意地悪げな表情を浮かべて、わたしに訊ねます。


 もちろん、知りません。


「なんと、20,000 D.G.P. 」


「!」


「それに比べてアレク・タグマンのレベルは6。回収と蘇生の費用を請求したとしてもとても指輪の価値ほどじゃない。あの指輪はじゃない。もし使って壊れでもしたら、おっちゃんは大赤字だよ。あたいだったら今回の仕事では絶対に使わない」


「「「「「なるほど!」」」」」


「あのおっちゃんはセコそうだからね。多分確実」


 多分確実ってなんですか。

 カラカラと笑うパーシャに、なんとなくパンチしたくなりました。


「でも、たとえ先に彼を見つけたとしても、不死属アンデッドになってしまった以上一度は倒さないとならないわ。その状態からの蘇生が可能かどうか。可能であったとしても依頼人に死体を渡してしまえば、“望まれない蘇生を魂に強要させる” 手助けをすることになる」


 フェルさんが聖職者らしい苦悩を漏らします。


「蘇生が可能かどうかまではわからないけど、可能ならあたいたちで生き返らせちゃえばいいじゃない」


「……え?」


「思い出して。依頼書のどこにもなんて書かれてなかった。だから、あたいらでアレクを生き返らせても契約違反でもなんでもないのよ」


「「「「「なるほど!」」」」」


 凄いパーシャ!

 あなた本当に頭いい!

 それならアレクさんを、お家の事情からも助けることができる!


「いや、まて。パーシャ。俺たちにレベル6の探索者を蘇生させられるほどの金はないぞ?」


 レットさんが肝心なことを忘れてるぞ、おまえ――みたいな声音で言いました。


「なんのために “死人占い師の杖” があるのよ。アレクを確保したら用済みなんだから、売っ払って蘇生費用にしちゃえばいいじゃない」


「い、いや、あれは借り物で……」


「使ってる最中に壊れたっていえばいいでしょ。あれも “永久品” じゃないんだから。それで解決よ」


「き、汚ねえ……おまえ、本当に “秩序にして善ローフル・グッド” か? “混沌にして善カオティック・グッド” の間違いじゃねえの?」


「困ってる人を助けるためなら手段を選ばないのが、“秩序にして善正義の味方” なの」


「「「「「……」」」」」


 もはや言葉も出ない、その他のパーティメン……。


「よ、よし、状況は理解できた。それなら急ごう。アレクに地下二階に下りられたら元も子もなくなる」


「それなら大丈夫」


 みんなを急き立てたレットさんに、パーシャは事も無げに答えました。


「? なぜだ?」


「ゾンビに縄梯子を下りる知恵はないからよ」


 この子は最初からすべてわかっていたのです。

 その上でわたしたちを誘導したのでした。

 これぞ、“お買い得商品が残り一個!” の計!

 誰もが飛びついてしまいたくなるその心理を、巧みに突いたのです。

 悪辣なり、パーシャ!

 そして、見事なり!


 こうして、わたしたちの “スタンド・バイ・ミー死体捜しの旅” が始まったのです。



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