ザ・ボディ
「「「「「「「「「……寺院から……死体が消えた……」」」」」」」」」
その場にいた九人――九人ですが “旅の仲間” でもなんでもない人たち――が、異口同音に呟き、固まりました。
なぜ固まったのかというと、寺院――蘇生を専門に行う “カドルトス寺院” という場所は、とにかく警備が厳重なのです。
遺体を安置、あるいは保存しているのですから、不浄なる霊や魔物が寄ってくる危険もありますし、安置者の金品を狙う不道徳で不謹慎な人間が忍び込んでくる可能性もあります。
ですので、二重三重の魔除けや警備の
「ちょほいとおまちよ。それじゃなにかい? ある意味あの “
ドーラさんがみんなの胸の内を代弁してくれました。
「いえ……それが盗み出されたわけではなく……」
なにやら歯切れの悪い、ハンナさんの同僚さん。
「なんだい、ハッキリおし。愚図は嫌いだよ」
「歩いて出て行ったらしいんです……一人で勝手に」
あははは……と乾いた笑いを浮かべる受付嬢さん。
「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」
再び固まる、いつの間にか呉越同舟なわたしたち。
「は、はは……そいつは笑える冗句だね。気に入ったよ」
初めて見ます……ドーラさんの引きつった笑い顔。
「それは……死体が勝手に起き上がって、あのカドルトスの寺院から出て行った……そういうことなのですか?」
パーティ外の人に対してはあくまで礼儀正しいフェルさんが、受付嬢さんに確認します。確認せずにはいられないのでしょう。
「そういうことになりますね……はい」
「まてまて。落ち着こうぜ。その出て行った
「なんか今までの話の流れからして、あたい物凄く嫌な予感がする……」
ジグさんの言葉に、パーシャが物凄く嫌そうな顔をして言いました。
「……アレク・タグマンなのか?」
カドモフさんが簡潔に訊ねます。
とかく脱線しがちなわたしたちのパーティを、極限まで無駄を削ぎ落とした言葉で軌道修正してくれるのが、この若きドワーフの戦士さんなのです。
「……はい」
ゾゾッ……と背筋に悪寒が走りました。
きっと、みんな走りました。
「だって行方不明なんでしょ? 寺院に運ばれたのはバラバラで損傷が激しくて、身元がわからなかった探索者なんでしょ? それがなんでアレクだってわかるのさ?」
きゃー、やめてパーシャ!
それ以上、想像させないで!
「そりゃ、やっぱり……ひとりでにこう、グチャッ、ビチャッと引っ付いて……」
「ちょっと! 気味の悪い想像させないでよ!」
硬い毛の生えた身長に比して大きめの足で、ジグさんを蹴っ飛ばすパーシャ。
わたしはといえば、アッシュロードさんのマントを握ったまま、青くなって震えています。
何を隠そうわたしは “お化け” とか “ホラー” とかが、大の苦手なのです。
元の世界にいた頃は、
“おまえ不思議ちゃんだから、そういうの平気そうだよな”
とよく言われましたが……。
全然 平気じゃありません……。
(そもそも “不思議ちゃん” ってなんですか……)
「は、ははは……これはいい冗句だ。悪くないね、好きだよ、こういうの」
「つまり、昨夜の騒ぎでバラバラになって死んだアレク・タグマンは、寺院で勝手に合体した後、その足で出て行った……そういうことか?」
だ、だから、詳細に言わないでください、レットさん!
「ちょっと待て。なんでそう難しく考える。寺院に運ばれた死体が歩いて出て行ったのなら、それは誰かが蘇生させたからじゃねえのか?」
アッシュロードさん!
ああ、アッシュロードさん!
アッシュロードさん!
思わず字余りの俳句のように、胸の中で快哉してしまいました。
さすがアッシュロードさん!
そうです、それです!
それが唯一無二の、論理的かつ倫理的な思考です!
それぞまさしく、“オッカムの剃刀” です!
わたしは感動に打ち震える目でアッシュロードさんを見上げました。
「確かめる術があるとすれば……」
「寺院に話を聞きに行くのか?」
「いや、それよりも手っ取り早い方法があるよ」
ハンナさんとレットさんのやり取りに、ドーラさんがニヤリと笑って加わります。
「なぁ、アッシュ。さっき途中でやめちまったあれをさぁ、またちょちょいのちょいとやっておくれよ」
艶めかしい仕草で人差し指を立てると、アッシュロードさんの頬をツツッと撫でるドーラさん。
そして、フッと耳に息を吹きかけます。
ゾワワワッ! と震えるアッシュロードさん。
「ドーラさん! ギルド内でそういう “卑猥な” 言動は慎んでください!」
フーッ!
「男に手間かけさせるんだ! これぐらいしてやるのが女の甲斐性ってもんだろう! “ねんね” は引っ込んでな!」
シャーッ!
「話が進まないから、いい加減にしてくれよ。おふたりさん」
「「……チッ……」」
ジグさんのド正論に、苦々しげに矛を収める二匹の美猫 。
「やっぱり……やらないと駄目か?」
及び腰のアッシュロードさん。
わかります。
その気持ちは凄くわかります。
普通に蘇生されているならまだしも、パッチワークされた歩き回る死体なんて、誰も “念視” なんてしたくありませんよね。
「だ、大丈夫です、アッシュロードさん。わたしが
「握っててあげますって……さっきから握りっぱなしだろうが」
「そ、それでもです」
「今にも泣き出しそうな声で言われてもなぁ……だいたい、おまえ “
「“それはそれ。これはこれ” ……ですよぉ~」
自分で自分に暗示をかけて、ブーストしてるに決まってるじゃないですかぁ~。
「か、確率は二分の一です。わたしの運を分けてあげますから、頑張って覗いてみましょう」
わたしの口から運という言葉を聞いて、ハンナさんがなにやら微妙な表情をしたみたいですが、もちろん気づきませんでした。
「よ、よし。それじゃ行くぞ――」
「お、おういえ」
アッシュロードさんはさっきと同じように、口の中でモゴモゴと祝詞を唱え、“
そして待つことしばし……。
「ど、どうですか? 見えましたか?」
周りのみなさんが固唾を呑んで見守っているので、代表して。
「……見えた」
「そ、それで?」
ゴクリ……と生唾を呑み込む音が連続して聞こえます。
「……普通に歩いてた」
「そ、そうですか」
途端に流れる弛緩した空気。
最初からいた九人だけでなく、ハンナさんの同僚の受付嬢さんや男性の職員さんまでもが、ホッとした表情を浮かべています。
そうですか。
普通に歩いていましたか。
それは本当になによりです。
いやー、よかった。よかった。一時はどうなることかと――。
「……ゾンビ顔の男が」
「「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「…………え?」」」」」」」」」」」
つ、つまりそれって……。
「……ああ、アレクサンデル・タグマンは昨夜 “
お願いします……誰かこのホラー過ぎる展開を止めてください。
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