九人だからって別に ”旅の仲間” でもなんでもない人たち
ハンナさんの言葉に、その場にいた全員の顔に
保険屋さん――ドーラさんよりも早く行方不明者を捜し出す依頼?
「つまりですね。この依頼主が捜されている行方不明者というのが、“アレクサンデル・タグマン” さんという探索者さんなのですが、この人は帝国の南の国境に領地を持つタグマン辺境伯の三男なんです」
ハンナさんの話によると、そのタグマン辺境伯爵家の跡取りであった長男がつい昨日不慮の事故で亡くなってしまい、実家にいた次男の方が跡取りになったそうです。
そうなると、それまで三男だったアレクサンデルさんは――。
「“予備の予備”が、“予備” に昇格したってわけか」
アッシュロードさんの言葉にレットさんが顔を顰めたのに気づいて、握ったままのマントをクイクイッと引っ張ってアッシュロードさんを睨みます。
レットさんも貧しいとは言え貴族の生まれなのです。
アッシュロードさんは肩をすくめる仕草をして、わたしからすぐに視線を逸らしました。
「そのとおりです。三男は家にいられると困るが、次男は家にいてもらわないと困る――貴族の家にはよくあることです」
ハンナさんの顔にもレットさんと同じ種類の
ハンナさんも貴族の、それもかなりの家柄の生まれらしいです。
「妙な話じゃないか。アレクサンデルのことは確かに知ってるよ。あたしが契約している被保険者で間違いない。でも、そのアレクサンデル ――アレクが行方不明になってるなんて話、初めて聞くんだけどね」
「保険屋さんに未帰還者の連絡が行くのは、屯所(迷宮入り口の衛兵さんの詰所のことです)から報告が上がってからですから」
それはわかります。
そのためにわたしたちは迷宮の入り口の衛兵さんに、潜るたびに “名前とレベルと所属パーティ” を申告しているのですから。
衛兵さんは日勤?を終えるときに、その日一日の申告者の帰還・未帰還を書類にまとめて探索者ギルドに送ります。
ギルドの職員さんは(残業で)その書類を精査して、未帰還者がいれば保険屋さんに連絡が行く取り決めになっているのです。
つまり、どういうことかというと……。
「アレクさんは昨日の時点では生還してるんです。これはわたしがこの目で書類を確認したので間違いありません」
ああ、だから昨夜あんな時間に、制服姿で酒場の前を通り掛かったのですね。
わたしたちのために、いつも残業ありがとうございます……。
「……バレンタインの言っていることは確かだ。俺もそのアレクとかいう奴を昨夜酒場で見ている」
アッシュロードさんに肯定されて、ハンナさんの顔がパッと明るくなりました。
「意外です。ゆで卵に夢中だとばかり」
「同じ
相変わらずマントを握ったままのわたしに、アッシュロードさんがブスッとムスッと答えます。
「それじゃ、そのアレクさんて転職組なんですか?」
「それがそうじゃないんです。アレクさんは生まれながらにしての
「えっ? そんなに物凄い
生まれながらに
「転生者ってやつじゃないのか。稀にいるらしい。祖先の能力値を引き継いで隔世遺伝で上級職として生まれてくる人間が」
ほーっ、そんな人もいるのですか。
初めて聞く話です。
「まぁ、俺には縁がなかったけどな」
肩をすくめるレットさん。
レットさんは “善” の戦士で、貴族の生まれでもあります。
やはり 神に祝福されし聖騎士である
アッシュロードさんも意識していたみたいですし……。
「
「――それで、そのアレクとかいう奴が行方不明なのか? 昨夜は酒場にいたんだろ?」
ジグさんが脱線しかけた話を元に戻します。
「昨夜の一件でアレクさんの所属していたパーティが、彼を除いて全滅しているのは確かです。今、その遺体は寺院に運ばれて保管されています。ただ……」
「ただ?」
「寺院には身元不明の遺体も運ばれているんです。その……損傷が激しくて確認ができなくて」
脳裏に “
わたしはアッシュロードさんの顔を見上げました。
「祭りが始まったあとまでは無理ってもんだ」
「で、ですよねー」
あははは……。
さすがのアッシュロードさんも、月光強化された “
((この
「アレクさんは父親で現当主のタグマン辺境伯とは折り合いが悪く、勘当同然で家から放逐されたそうです。それで剣で身を立てるべく、この城塞都市にきて探索者になったとか」
ハンナさんが両腕を抱えて話を続けます。
女性らしい豊かな胸が強調されて……目のやり場に困ります。
「なにがあっても、もう家には戻らないと言っていました。タグマンの家名は捨てたとも」
「つまり、もしアレクが死んでいたとして、あたしに蘇生されるとまた探索者に逆戻りされる。それを避けたいってわけだね」
「ここまでの話を整理すると、どうもそうなりますね」
と、これは今まで黙って話を聞いていたフェルさん。
「いえ、むしろタグマン家が欲しがっているのは、アレクさんの “死体” と言った方が適切かもしれません」
「……自分たちの手で蘇生させてしまえば、あとはどうとでも出来るってわけだね」
パーシャが嫌悪感も露わに呟きます。
「……それで結局そのアレクとかいう男は死んでるのか?」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
カドモフさんの言葉に、それ以外の全員が黙り込みます。
そうです。
それが問題なのです。
「おい、杖。あんたちょっと覗いてみな」
「杖って……俺のことかよ? 酷え言い草だ」
「くくっ、あんた自身が “無用の長物” じゃないってところを見せておくれでないかい」
な、なんでしょう。
このドーラさんとアッシュロードさんの絶妙な距離感は。
そんな二人をハンナさんも恐い顔で睨んでいます。
やれやれ……といった様子で、それでも口の中でモゴモゴと祝詞を唱え始めるアッシュロードさん。
“
「……え!? それってどういうこと!?」
そのとき受付のカウンターで、ハンナさんの同僚の方が口を押さえて叫びました。
全員が――祝詞を唱えていたアッシュロードさんまでも、男神さまへの嘆願を取りやめて、その受付嬢さんを見ました。
驚きと言うより、強い困惑の表情が浮かんでいます。
「どうしたの?」
同僚の方の尋常ではない様子に、ハンナさんが声を掛けます。
「え、ええ、それが……」
困惑顔の受付嬢さんと、彼女に急報?を告げたギルドの男性職員さんが、異口同音に答えました。
一瞬の沈黙のあと、
「「「「「「「「「……寺院から……死体が消えた……」」」」」」」」」
異口同音に、わたしたち全員が呟きました。
な、なにやら……ホラーな匂いが漂ってきました。
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