キャットファイト

「はぁ? なんであんたが、アッシュロードがあたしの仕事を請け負うのに口を挟むんだい! 受付には関係ないだろ!」


「関係はあります!」


「どんな関係だい!」


「それは」


「それは?」


!」


 ええと……これはいったいどういう状況なのでしょうか?

 探索者ギルドのエントランス。

 その待合所、受付カウンターの前で、受付嬢のハンナ・バレンタインさんと 城塞都市最強の探索者でマスターニンジャであるドーラ・ドラさんが、剣呑極まる雰囲気で対峙しています。


「――なっ!」


 まずはハンナさんの先制?パンチに、ドーラさんが絶句します。


「全面的ってなんだい、全面的って!」


「全面的は全面的です! とにかくあなたのことが気に入りません!」


 フーッ! とハンナさん。


「ギルドの受付がそんな差別していいのかい! 公私混同じゃないか!」


 シャーッ! とドーラさん。


 大きな雌猫が、文字どおり毛を逆立てています。


「わたしはアッシュロードさんの担当者です! 彼があなたに振り回されて危険な目に遭うのを見過ごすわけにはいきません! “冒険をしないのが冒険者” なんです!」


「はぁ!? それじゃ何かい、“探索をしないのが探索者” だって言うのかい! そんな馬鹿な話があるもんか!」


「それは屁理屈です!」


「屁理屈だって理屈のうちさ! いいかい、その形のいいお耳の穴をかっぽじってよく聞きな!」


 ドーラさんはそこで一息吸い込んで、


「“潜ったら飲んで、飲んだら買って、買ったら” ! そしてまた潜る! 二日酔いで、寝不足で、女の匂いをプンプンさせて迷宮に潜って、それでお宝ガッポリ稼いで意気揚々と還ってくる! それぐらいのがなけりゃ、本物の探索者だなんて言えないんだよ!」


 待合所に置かれた円卓をバシバシ叩きながら吠えます。

 買うとかヤルとか、なにやら不穏当な言葉が飛び交ってますが……凄いです。屁理屈もここまでくると妙な説得力があります。


「そ、それこそ、馬鹿な話です!」


 さすがにタジッと、怯むハンナさん。


「馬鹿で結構だね。馬鹿じゃなきゃ誰が探索者なんてヤクザな商売をやってられるかってんだい」


 手の甲を頬に当ててなぜか、“オネエ” なポーズをとるドーラさん。


 そんなドーラさんに、


 ――ぐぬぬぬぬ!


 と再びハンナさんがボルテージを上げていきます。


「これは……いったいどういう状況なのでしょうか?」


 わたしは眼前で繰り広げられる言葉のキャットファイト取っ組み合いに、困惑して呟きました。


「いや、見たまんまの修羅場でしょ」


「ええ、そうね。これは修羅場よ」


 パーシャとフェルさんが、女性特有の呆れと諦めの混じった声色で答えます。

 そうですか。

 これが “修羅場” という奴ですか。

 初めて見ました。

 レットさん、ジグさん、そしてあのカドモフさんまでもが、


『……面倒な場面に出くわした。素知らぬ振りをしておこう』


 ……的なオーラを醸し出して目を逸らしています。

 男の人はこういう時にセコくて情けないです。

 男の人と言えば、この騒動の発端になったと思われる人がいるはずなのですが……。


 いました。


 背中を丸めて裏口からコソコソ出て行こうとしている、斑に汚れた濃色の外套マント

 ああ、さすがにそれはセコくて情けなさ過ぎますよ、アッシュロードさん!

 わたしはタッと駆け出すと、アッシュロードさんのマントのすそをハシッとつかみました。


「な、なんだ!?」


「さすがにそれはセコくて情けなさ過ぎますよ、アッシュロードさん!」


 大事なことだからもう一回!


「馬鹿、デカい声出すな。気づかれるだろ」


「フガフガッ(あなたが問題の解決を先送りにしようとしているからです。情けない)」


 アッシュロードさんがわたしの口を手で塞ぐと、怯えたようにハンナ&ドーラさんを見ました。

 当然ふたりは、そんなアッシュロードさんの情けなさ極まる行動には気づいていて。

 でもなぜか、おふたりの視線はわたしに突き刺さっていて。


((――ラスボス参戦!?))


 え? え? え?


 なぜそんな恐い顔で、わたしを睨むのですか?

 わたしはおふたりの味方ですよ?

 アッシュロードさんの逃亡を未然に防いだのですよ?


「おやおや、誰かと思ったら危うく酒場に “神雷ゴッドサンダー” を落としかけたアッシュのお気に入りちゃんじゃないか」


「え? お気に入り?」


 ドーラさんの言葉に、思わずアッシュロードさんを見上げてしまいます。


「な、なんだよ、その目は?」


「い、いえ」


 お気に入り……。

 お気に入り……。

 お気に入り……。


 エヘッ。


「「「「「「「「……」」」」」」」」


「はっ、その様子じゃどうやら後遺症の心配はないようだね――なぁ、“お嬢”」


「誰が “お嬢” ですか! ――でも、本当に大丈夫そうですね。よかった。心配してたんですよ」


 ひとまず休戦――といった風に、ドーラさんとハンナさんが緊張を解いた様子でわたしを見ました。


「ご、ご心配をお掛けしました。ご覧のとおりピンピンしていますので、何卒お気遣いなく」


 アッシュロードさんの汚れた外套を握ったまま、恐縮至極のわたしです。


「あの、それでいったいどうしたのですか? なにやら剣呑(これでも随分と柔らかくした表現ですよね)としたご様子でしたが……」


「お嬢が!」「ドーラさんが!」


 またまた火が着いてしまう、お二人。


「「――はぁぁぁ」」


 そして、すぐに深々と溜め息を吐いて。


「元はと言えば、あんたが悪いんだよ。エバ・ライスライト」


「わたしが……ですか?」


 ???


 わたし、何かお二人の仲を悪くするようなことをしたでしょうか?


「あんたがそこのホビットの頼みを訊いて、そのエルフたちのパーティを生還させちまったから、話がややこしくなっちまったのさ」


 目を閉じて、やれやれと顔を振るドーラさん。


「はぁ? なによ、それ。なんでそこであたいらが出てくるのよ?」


 わたしが反応するより早く、パーシャがそれまでの呆れ顔を一変させて素っ頓狂な声を上げました。


「ええ、解せませんね。なぜわたしを名指ししたのです、ドーラさん」


「あんた、あたしと迷宮保険の契約をしてるだろ。ライスライトがそのホビットの頼みを訊かなければ、あんたたちのパーティは迷宮で全滅して、あたしは契約通りあんたを回収。その費用を請求できたんだよ。おわかり?」


 そういってから、ドーラさんは険のある瞳をアッシュロードさんに移しました。


「ま、それもこれも、どっかのお人好しが “保険屋の仁義” を破ったせいなんだけどね」


「……」


 ススッ……と、ドーラさんの視線から顔を背けるアッシュロードさん。


「だからあたしは、その分そこの男に働いてもらおうと思っただけさ。それなのに、このが」


「繰り返すようですが、わたしはアッシュロードさんの担当です! ギルドとしては、あなたの無茶振りで彼が危険な目に遭うのを看過するわけにはいきません!」


「女の匂いをプンプンさせてよく言うよ――いいかい、これは探索者じゃなくて保険屋同士の話だ! ギルドが口を挟む問題じゃないんだよ!」


 フーッ!


 シャーッ!


「ちょっと待って。それじゃわたしがあなたと迷宮保険の契約をしたことが、この騒ぎのそもそもの発端なのですか?」


「まぁ、事の始まりはそうなるかね」


「あんたいったい何様のつもりよ! あたいらのパーティが全滅した方がよかったっていうの!」


 事態を飲み込めたフェルさんが困惑し、パーシャが顔を真っ赤にしてドーラさんに喰ってかかります。


「いやはや――いいかい、ホビット。保険屋ってのは分の悪い商売なんだよ」


「どういう意味よ?」


「考えてご覧。あんたらが低レベルのうちは回収・蘇生費用も大して高額にはならない。なんせ、たった “レベル×250 D.G.P. “の2倍だからね」


「それがどうしたっていうのさ」


「まあ、聞きな。だけどあんたらが運良く生き残れて、迷宮の奥深くまで潜れるようになったとする――そうさね、思い切って最下層まで行けるようになったとしようか。そして、そこで全滅したとする」


 いつのまにかドーラさんの話に聴き入っている、わたしたち。

 この猫人族フェルミスのマスターニンジャの忍術に、捕らえられてしまったかのように。


「最下層は本当に地獄さ。熟練者マスタークラスのパーティでも、何かの拍子にあっけなく全滅するくらいにね。あたしら保険屋はね、それでもあんたらを回収しに行くのさ。金のためじゃない。それが契約だからさ」


「十中八九、二重遭難すると分かっていても、あたしらは行く。そしてあんたらと一緒に “苔むした墓” を迷宮に建てる。“役立たず ここに眠る” ってね」


「あたしら保険屋は契約者が “ひよこ” の時はその尻拭いをして、“鷹” になったあとは空から一緒に墜ちることになってるんだ。低レベルの時ぐらい稼がせてもらって何が悪いってんだい」


「ひよこは……鷹にはならないわよ」


 それでもドーラさんにツッコミを入れるパーシャ。

 でもその舌鋒に鋭さはなく……。


「おや、そうだったかね。でも猫にとっちゃ、鶏も鷹も似たようなもんさね」


 カラカラと笑うドーラさんに、わたしたちは――ハンナさんも含めて――毒気を抜かれて黙り込むしかありませんでした。


「――とにかく “死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー” が手に入らない限り、こっちは商売にならないんだ。アッシュロードの件は譲る気はないよ」


「“死人占い師の杖” ……?」


 突然出てきたキーワードに、ハンナさんが反応しました。


「おや、言ってなかったかい? あたしの持ってたのが先日めでたく御昇天しちまってね。今のあたしは “探霊ディティクト・ソウル” の加護が使えないのさ。ボッタクリ屋” にも在庫がなくて、だから是が非でもこの朴念仁が必要なんだよ」


「奇妙な符合ですね……」


 ブスッとふてくされた様子の朴念仁さんには気づかない様子で、ハンナさんが形のよい小さな顎に手を当てて考え込む仕草をしました。


「? なにがだい?」


「いえ、今朝ほどギルドに依頼があったのです。行方不明の探索者を捜してほしいと。それも丁寧なことに “死人占い師の杖” まで持ち込みで」


「はぁ? なんだい、そりゃ?」


「しかも条件があって、その探索者が契約している保険屋よりも早く見つけ出すこと――つまりドーラさん。早く見つけ出すことなんです」


 な、なにやら……ミステリーな匂いが漂ってきました。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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